「縄文カレンダー」の2019年版が出来ました!

わが国の、風土の自然観を取り戻す事も、
重要な事柄で御座います。「縄文カレンダー」は良い道しるべです。

「トホカミヱヒタメ」の意味合いが良く実感できると思います。

極めて早い時代での「のと(祝詞)」が、

「トホカミヱヒタメ」の言葉だったのです。

いわば、祝詞(のと)の初発の事に近い。

縄文時代の、すくなくとも前期の頃には確定的に言えるでしょう。

「トホカミヱヒタメ」って、すごいとなえ(唱え・称え)の言葉なのですね。

天地自然とマッチングした、ものすごい、祝詞(のと・のっと)の言葉だったのです。

その原理が、この、「縄文カレンダー」に解かり易くまとめられて記述されました。

 

さて、さて、思いましたらば、出来れば、太陰太陽暦にも戻したい思いもします。

とは言いましても、
最早、世界は密接なつながりもあり、
グローバルには、西暦が大きなウェイトを占めています。

むつかしい問題でもあります。
さて、視点を変えて、よく考えましたらば、
稲作以前は、太陽暦の方が主体だったことも考えられます。
暦の受け入れの感覚も、ふたつのレンジが有っても良いかも知れません。
でも、わが国の風土において、太陰太陽暦は、捨てがたいものがあります。

昨夜は、シモツキの5日、上弦の少し前で、細めのお月さんでした。

雲目に隠れたりしながら、田圃道を照らしてくれていました。

つくしい光景です。

さて、とは言え、霜も降りれば、

シモツキとて、サトイモの葉もしょぼくれて枯れて来ました。

「きはみおち」(黄ばみ落ち)のその季節の巡りです。

よくよく、温かくしてお風邪など召されませぬように、と、願います。

『カクのミハタ』の「トシウチニナスコトのアヤ」は、

さすがに、超国宝物の絶品のクラスですね。今のところは、その真価の解かるお人も少ないのが、正直のところ残念ながら、実情で御座います。

ヘンに、おとしめようとたくらむ人達に、40年来やられっぱなしに、やられ続けて来ていましたので、

今のところ、マトモな反論するのは私を含めて数人の事で御座います。残念なことですが、このところ、潮流にも転換期が来つつあります。GHQのWGIPのおとしめのギルティ宣伝に、70年経って、ようやく目が覚めて来て下さいましたお方が、あちらこちらにも、出現です! うれしい事で御座います。

さてさて、70年前の歴史改竄のこと、

それも、直して行くべきです。

 

またまた、また、

1300年の、昔にやられちゃっていた、いわばWGIPのおとしめのギルティ宣伝のような、

漢字の導入期のおとしめのプロパガンダについて、

やっぱり、直してゆくのが本当の筋論だと思うんですね。

これを言っているのは、今のところ、私だけのような雰囲気です。

さてさて、どうして? 成り行きましょうや??

 

 

そのことはさておき、諸病に掛からないようにと工夫するには、

自然の季節の巡りを理解するのも、とても重要で御座います。

「もちゐ ほとこし」の事も、ヱヤミ(病気)避けだったのです。

健康維持にも、自然の巡りの理解が欠かせません。

 

もっともの最優先事項は、健康の事です。

その上が、楽しく暮らす。

さらに、この理想を実現してゆくには、もっと大きなレベルの安寧のルールが無くては成り立ちません。

国家も必要です。

早くにも、縄文時代に、わが国は「縄文建国」を成し遂げていたと言うべきなのでした。

それは、「トのヲシヱ」による、文化建国だったのです。

 

その、本当の基礎の状況が解かる「縄文カレンダー」です。

 

 

 
「縄文カレンダー」の2019年版の、お求めなどのお問い合わせは、
冨山喜子さんへお願い致します。


今回の改定に向けて、文章も全面的に見直したとの事です。
良くなったと思います。

| 歴史から長寿・健康まで | 11:40 | comments(0) | - |

百田さん『日本国紀』と、ヲシテからの『日本国前紀』のこと。『ホツマツタヱ』の「タ」と「ヱ」の意味合いの解明につきまして。

百田尚樹さんの『日本国紀』かなり売れゆきも良く、
敗戦後に蔓延してきた自虐史観の払拭に、
一役はたしてくれそうです。
ひとことでまとめて言いますと、
「わが国は、2000年来の立派な国家である」
という事です。
もちろんこれは、世界のどこを見回しても、
わが国ほど素晴らしい「国」は、なかなかお目に掛かれるものではありません。
偏狭なナショナリズムの気持ちを、取り除いて考えても、
現在、130か国以上のどこと比べ得るか? と、私も思います。
その意味、百田尚樹さんの見るところは、ある意味、良いと言えましょう。

さてさて、
その先の話が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
わが国の歴史の再構築の事になります。
なぜならば、『古事記』『日本書紀』の原書が発見されて、
現代研究が進んできたから、
わが国の歴史の根底からの見直しが必要になった 事実が起きてしまったからです。

ここ、50年のそのような近々の出来事で御座います。

 

もちろんのこと、

わたくしには悪意は100%にもに毛頭、

悪意は御座いません。

ですが、

新発見の事実によるわが国のさらなる素晴らしさのupに於いてのインパクトは、

さらに、大きなものであるとわたくしは思います。

もっと、

わが国は、もっともっと、

更に素晴らしかったのだ!!!!!

と、この発見をしたからには、

生を掛けて、生命を掛けて、イノチのことです、

ご説明、訴え、ご理解を賜るべく進んでゆくしかないと思って居ります。

つまりは、もはや「わが国は2000年どころじゃなくて、少なくとも6000年の歴史がある」
と、言うべきなのです。
『古事記』『日本書紀』の原書が発見されたのです、驚愕の事実です!

今やっと、現代研究50年ではっきり言えるようになりました!!

 

かなしいかな、1300年のその年来のくやしさですね。

その、その、くやしさをわかってももらえない、

悲しさで御座います。

 

 

わが国の歴史を、
たった2000年だと、思い込ますことに成功したのが『古事記』『日本書紀』の、
漢字文献だったのでした。

百田尚樹さんでも、やられちゃっているんです。おそるべし、『古事記』の罠です。

 
あれ?
敗戦後に蔓延した自虐史観と、構図がそっくりじゃありませんか?

なんだ、70年前に起きたことが、

まったく同様の「自虐史観」植え付け操作のプロパガンダが、

1300年前にも挙行されて、虚構の歴史観が植えつけられていたのです。

あーれー、昔にもやられちゃっていたんです。1300年前にも。

この事実が判明したのが、ここ50年の、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見・研究からしての、

新事実でした!

『古事記』『日本書紀』とは、

漢字が来てから文化や文明が出来たと、そういう、虚偽のプロパガンダの書籍だと、時代要請の上で書かれた書物だったのです。
そうなのです、そう言う事情から、

真実の我が国の素晴らしさが、

記紀の原書の発見と現代研究から、さらに、もう一段階も二段階もupするんです。

そうなりましたらば、もう一段階の一昔前、

つまり1300年の前の、漢字移入時においての「自虐史観」を払拭しましょう!
と、言うべき話になります。

これが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
「ヲシテ国学」の樹立です。その意義なので御座います。

どうですか?

すごい話で御座いましょう?

へんに、おとしめの人達のお軽いたのしげなお話しに惑わされることは、

お気を付け下さいませ。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究です。

真摯な真面目な歴史にまつわる、訂正を入れようとするべき根拠の発見なのです。

現実面で、その事実をあばいてくれたのが考古学でした。

国立博物館で縄文展が、ものすごい迫力で展開されて、

あれ??

わが国の、その、元は、ひょっとしたら「文明国」だったのかも知れない?

って、ちょっとは、縄文展で感受なさって下さいましたお方も多かったと思います。

 

やはり、簡単にはゆきません。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の受容は難しいです。
直訳じゃ、ダメなのです。漢字移入時においての「自虐史観」を受け入れてしまう事になるからです。

直訳だと、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」になっちゃうから、ご用心のほどを!!

さて、
そうしましたら、
『日本国紀』に前半の部分は、とくに、大幅な見直しをしてゆくべきであることになります。
さしずめ『日本国
紀』として、書くべきか?
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の専門家でないと、
この述作はとても、その、任に堪え得るものではありません。
さて、やはりやってゆかねばと思います。

あれ?
でも良く考えてみましたら、
既刊の『ホツマツタヱを読み解く』や『縄文日本のこころを旅する』や、
『ホツマ縄文日本のたから』や『ホツマで読むヤマトタケ物語』や、
総合解説の『ホツマ辞典』
を読んでもらうと、
『日本国
紀』としての内容は、おおよそ、8割は入っていることに気が付きました。

『ホツマツタヱ』が解かってきて貰えますと、
『ミカサフミ』や『カクのミハタ』の『フトマニ』などの奥の院的な高度な書物にも理解が至ってきて貰えます。

もちろんのこと、『日本国紀』の構想は、温めながら抱卵をしてゆく所存で御座います。
もう少し、今、国語の出来つつある原理原則の解明に、この大きな疑問にトライ中で御座います。
これが一段落してから『日本国
紀』に向かいたいと考えております。
なにしろ、頭が一個しかないものですから、不便で御座います。
手も、2本しかないので御座います。

 

         ∞      ∞     ∞

 

さてさて、歴年の大疑問の解明の事が出来してまいりました。
動詞活用の表記の事で御座います。
松本善之助先生からの、命じられましたる課題のひとつでした。
『ホツマツタヱ』の「ツタヘ」の動詞の言葉が、
ハ行じゃなくて、ア行とか、歴史的仮名遣いからしたら、
逸脱している用例が多い事を、
松本善之助先生は、随分とお悩みになられていました。
そのひとつの、解答が、四国の合田さんの解明によって、
つい、数日前にもたらされました。
ここに、ご紹介したいと思います。
さすが「おシツさま」で御座います。

        ・      ・
『ホツマツタヱ』の本当の意味合いのこと。「つたゑ」と、「つたえ」、それと「つたへ」のこと。

微妙なニュアンスの文章表現で、
高度な意味の込められ方が、
『ホツマツタヱ』の文献名に、為されていたようです。


そもそも、『ホツマツタヱ』の文献名には、
「ほつまつたゑ」「ほつまつたえ」とも写本に記されています。
ちなみに、「つたふ」のことばの用例は以下に詳しいです。
http://woshite.com/ya/img124.jpg
『和仁估安聡本 ホツマツタヱ』(松本善之助監修、池田満編著解説、新人物往来社、平成5年)
http://woshite.com/ya/img120.jpg
http://woshite.com/ya/img121.jpg
http://woshite.com/ya/img123.jpg
http://woshite.com/ya/img125.jpg
また、
今回の、四国の合田さんの発案で、その元の動詞の活用形は、

すでに、

ヲシテ時代の中期にも、皆さん認識していて認識済みの事であるようです。

もう、アワウタが一般にも広く唄われていた訳です。
すなわち、
単に動詞活用の「ハ行」表記の基本は、もとよりある訳です。
勿論のこと、ヲシテ時代の中期にもですね。だいたい、ヲシテ時代の中期とは、縄文時代から弥生時代にかけての考古学の時代区分に相当します。
縄文土器の素晴らしさは、国立博物館での縄文展で多くの人が感動していました。
あれほどの文化の有った時代です。われわれのご先祖さんたちは、当時にも、優れていたのですよね。

そうであるからには、子供じゃあるまいし、
動詞の活用の原理なんて、
アワウタの原理をちゃんと掴(つか)んだら、
だれだって、間違いなしに理解出来るわけです。
基本的に「つたふ」の活用は「ハ行」ですよ、
ですが、ニュアンスでもっと意味を盛りたい際には、
「ア行」にも「ヤ行」にも変移させて意味込めをしていたと理解すると、
いろいろな不思議なことが、氷解してまいります。

『ホツマツタヱ』の「つたゑ」とは、
「ほつま」の良い事
「つ」たくさんの
「た」足す事、愛情をもって育ててゆく、春の温かな
「ゑ(え)」得ること、授かる事

「たす」の教え治めてゆく意味の動詞は、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、
広く出典しています。おおよそ、この語根の言葉は100例弱の用例を検出しました。


どう言うように現代語の言葉に当て嵌めても、しっくりと来ません。

むつかしいです。
「治める」では、権力による弾圧的な治世がイメージされて、そぐわしく無いです。
「養育す」にも、意味合いは近いですけれど、対象が子供に限定されてきやすいので、問題があります。
「養(た)す」と、言う表現を、松本善之助先生は試みられていましたが、定着も難しい事でした。
「た」と言う言葉は、「トのヲシヱ」の「と」の言葉と密接に意味合いを通用していることが、
ヲシテ文字のイメージで見ますとすぐにわかります。


           (ト)

 

           (タ)

子音の文字形の「Y(ワイ)」の集まる集積のイメージが、

ハニ(固体)態の「ト」になると固まった雰囲気になります。

ウツホ態(気体)の「タ」になるとアグレッシブになって来ます。

「トのヲシヱ」を能動的に働かせる状態がウツホ態の「タ」の意味合いと理解できるのです。

さて、その「タ」の言葉の理念を、
「ゑ(え)」得ること、授かる事において、
現象の表面上をなぞる表現の「ハ行」の動詞の表現では、
軽過ぎるのですね。
それで、
得るものだ、と言う意味合いを強く言うべき気持が、
「ア行」にも「ヤ行」にも変移させて、
『ホツマツタヱ』や『ホツマツタエ』と言う表記だったと理解出来得るわけです。

「伝える」の意味でもあるんだけれど、「タ」の温かな気持を得るための書物でもあると。


つまり、ジャズの主で種のメロディーに、
思いを込めて添えるようなバリエーションの、
表現として、「ア行」にも「ヤ行」にも、動詞の活用の範囲を広げて表記をする。
そこに、5文字7文字の制約の強いヲシテ時代中期の公式の文体に、
アドリブ的な、意味合いの付加をしたと考えると、
動詞活用の、行の乱れの意味も、必然的であったと考えることが出来て納得に至る訳です。
勿論のこと、伝承時代においての写本伝承上に書き間違いも多く、
現有の写本にも秘められてはいる事でありましょう。
でも、
余りにも多い、歴史的仮名遣いに、端的にわかるような動詞の活用の表記の乱れが、
多いのです。やはり、多過ぎだと、わたくしは思っていました。
現代で言えば小学生レベルでも解かるようなおかしさを、どうして? 直しもしなかったのだろうか?そこに、
もっと高位のレベルでの意味合いの付加を込めたとしまして、
この仮説のもとで、勘案を進めましたら、
理解の不都合さに悩んでいました諸事実が、わけもなく解決して解消してくるのですね。
すごいことでございます。
これの範疇のひとつが、
今回の
ある別の高位の次元の意思が働いて、
意味合いをわずかな行文に込めるための、
智慧がそこに働いて来ていたとみるべきなのです。

 


さてさて、「た」と言う言葉の大きさについて、
もっと、われわれは大発見だと、さらに大々的に報道やら発表やら主張やらをしてゆくべきだと思います。
「た」の言葉の概念のことはかなり高度なので、
直訳のレベルの段階だと、さっぱり訳も解かりませんですね。

ヲシテの字が読めなかったら、わが国の国語の造語器としての土台の理解が出来ないからです。

 
「トのヲシヱ」との関連の概念であると、そう言う説明を、
説き得て現代風にわかりやすく!!
ってこと、どうしてゆくか? ですね。
いつもいつも考えさせられます。

さてさて、
今回の、
「つたゑ」のことは、まさに、そう言う真相の真実発見の感動の物語に軌を一にする出来事でした。

どうして?
わが国の、文化も文明もすばらしいのか!!?

ひとつの発見ごとに、
いつも涙することです。

「つたゑ」の「た」とは、
天皇陛下が、国民の幸せにおいて、現状のご認識と、それを経てから、そこに、どう? 「た(た・足す)」してゆくかを、思い悩みご祈願あそばされるその事々なので御座いました。

ひとことで、言い表しましたら「タ」を為す。


なので御座います。

大東亜戦争の敗戦後の、自虐史観から、もう70年余になって、
『古事記』『日本書紀』の貶め記事に重きを置く、
歴史観が蔓延して、
この頃には「大王」だなんて、おとしめの表現をする人も多くなってしまいました。
本来なら漢字以前の伝統に立ち返って「アマカミ」や「アマキミ」あるいは「スヘラギ」として讃えてゆくべきです。

               ・
それを、何が悲しくて「大王」だなんて言うんでしょうか?
これこそが、『古事記』に込められた毒牙にかかって脳幹にまで毒素の蔓延した雰囲気であると、私には思えます。

「トのヲシヱ」や「タ」の精神で、国民を教え導く政(まつりこと)のお気持ち、

それが、現在にも連綿として繋がる皇室の精神です。

これ程の高貴なレベルのことなのに、

それを、何が悲しくて「大王」だなんていうのか?

わたくしには、どうにも納得も出来ない大きな違和感を感じます。

やはりどこかの回し者に、操られた人なのかも知れません。「大王」なんて貶め語をいうのはですね。

 

世間的には、

10万部ぐらいのボリュームの版が作れたら?

って、言われます。

勿論のこと良く良く解かっても居るつもり、です。

ですが、むつかしい。

歴史の根拠になるほどと言って貰えるような、

そこが、私の立場。

押さえるべきは、もちろんのこと、

ちゃんと見て押さえていますよ。

この、当たり前のレベルはほぐせません。

ちゃんと、根拠のあるレベルでの発信がありうるべきだとおもいます。 

よくよく、考えてゆくことが、問題解決の手段にも成り得ましょう。

 

               ・

 

先日に、冨山喜子さんが来宅で、
アワウタを、いろんな歌で吹き替えの、
替え歌でやっていました。
第九の歓喜の歌にも、赤とんぼでも、他にもいっぱいやっていて、
リズムも乗り、それにメロディーも添えて面白く出来ますようで、
楽しくやってゆけそうでした。ビックリするようなアイデアが、
また面白いものですね。


ととのえの なからうみちの
あさことの めくりよかれと
あわのうたには

 

健康で長生きのこと、みなさま、この思いは、

アマテルカミもおっしゃっておいでになられておられました。

 

アマテルカミの、

本当のお気持ち、

そのことを、思い巡らすこの幸せを、

わたくしは思います。

なんてなんて、なんて、すばらしい、

事などだろうか!!! 

 

 

| - | 05:48 | comments(2) | - |

ご近所の図書館の有効利用のこと。

あまり図書館を利用なさっておられなかったら、

図書館同士の書籍の貸し借りサービスを、

ご存じでないお方もあるかも?

と、気が付きました。

今は、便利になっています。

お近くの図書館に、訪ねて行って下さいませ。

とくに、ウチの近所ですと、田舎ですので、

ガラガラで来館者待ち状態です。

こんな本を読みたいんだけれど、って、相談しますと、

「取り寄せましょうか?」って、聞いてくれます。

予算が切れていると、送料がこちら負担になる場合もありますが。

どうしても見るべき書籍の場合、

上京してとか、交通費などに比べたら、楽なモノであります。

 

良いメールを頂きまして、その返書のメールを、

掲示させて頂きます。

 

      ・    ・    ・ 

   

○○○○様

 

拝復
お早うございます。
ヲシテの原字原文で、読み書きをなさって下さいます事、
嬉しく存じ上げます。

Chinaの思想汚染の、2000年来からの成り行きに、
この際、克服とまではゆかなくても、
せめて気付きの段階には、持って行きたいです。

古典ですので、
原文の原字での暗唱と読み書きの「写経」を、
毎日2〜3行ずつやってゆくと、
ある時から、パッと視界が開けて見えてまいります。
あせらずに、少しづつ取り組むのがコツのようです。

 

京都のヲシテ講習会では、
何しろ、見るも聞くも初めてのお方も、
おいでにもなりますので、
幅広く、聞いてもらえるようにと、
工夫を凝らしています。
導入部の、日頃の話題から入って、
各アヤの解説を主に説明します。
その後に、原文の朗読をします。
毎月、解説文に見直しをしていますが、
毎回、新発見が、やはり御座います。
ヲシテの、真実性なるが故の、奥深さの証明でもあります。
テキストは、ルビ付きにしています。

そのあと、
書き取り「写経」をしてもらって、
ヲシテの字の書き順など、質問に答えたりします。

資料は、A3で通常10枚前後と、
録音のCDです。

 

お送り先を、お知らせくださいましたら、
お送り致します。

 

刊行した書籍が、
一気に、あれもこれも在庫切れになり、
増し刷りで、てんてこ舞いです。
それで、
余り出ないものが、後回しになっています。
『よみがえる日本語』の1冊目も気にはなっているのですが、
青木さんも、平岡さんも、あまり熱心に増し刷りを言わないものですから、
後回し状態です。

 

『ホツマ縄文日本のたから』を、
増し刷り終えまして、
『縄文日本のこころを旅する』の、
増し刷り訂正のところのチェックをして、
先日に、送ったところです。

 

『よみがえる日本語』の1冊目のこと、
図書館でなら見れると思います。
国立国会図書館にも蔵書してあります。
この頃は、書籍の貸し借りが、
図書館どうしてしてくれるサービスも、
ありまして有効です。
わたくしも、
時々この、図書館同士の、書籍貸し借りサービスを、
有効に利用しています。

 

「ヲシテ国学」にむけて、
基礎は、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の原字原文の読み書きです。
『ホツマ辞典』を参考にしてもらうと、辿れると思います。
それと、記紀との比較対比をしますと、確定的に、記紀よりもヲシテ文献が古い事が解かります。
記述の違う箇所の内容の比較をしましたら、記紀が、ヲシテ文献から翻訳されてきている事も解かります。
さてそうしましたら、
もう、記紀なんて、机の脇にどけておいて置くべきだと解かってまいります。
これで、China由来のオカルトなどとの決別が可能になります。

記紀に翻訳されなかったところを、重点的に見てゆくと、
我が国の、漢字渡来以前のすごい文明性が解かってまいります。
『ホツマ辞典』で、サポートしています。

また、
その他の、解説書も、どうか、ご参考になさって下さい。

 

                    敬具

                      池田 満 拝

| 日本史・国語 | 02:34 | comments(2) | - |

カナツキ(カンナツキ・旧10月)のもう、モチ(満月)です。風邪予防のこと。

昨夜の、月明かりは美しかったです。
雲間が、ぽこんと切れていて、深い青空が見えていました。
雲の上からは、ほぼ満月の月が雲間の端で照らしていました。
先ほどに、降った様な水にほのかな月明かりの光が路上にあちこと、明るくしています。(私のカメラには撮影不能でした)
クニタマ(地球)って、どうしてこんなにも、うつくしいのか?

そういえば、今朝、「ビナンカズラ」の実を、
朝日が照らしていました。

カエデのモミヂも、うつくしいです。

サクラのモミヂも、早や落ちの樹には残っていませんが、
残っているモミヂ葉の美しい事。

この、季節の移り変わりのさまは、 

「みてくらそむる」の、
ようです。『ミカサフミ』に典拠があります。

アメミヲヤの創造の祖(をや)が、

その、宇宙の初発からの伝統によって、「イキ」を吹き出して、

それで、山野の彩りが染まる。

そういった自然観です。縄文文明の出来て来て来た頃の感覚です。

田舎では、よくわかります。

昨日に詠みましたウタです。

  (ハのオサに ヘにつりわけて

   ヒをナクル 数いたらせて

   フエ(増え)巻くチマキ)

 <織り機の事で、タテ糸の交互の上下の振り分けをする器具の綜絖(そうこう)とは、

  実は、古語で「へ」と言うのでした。

  その、タテ糸の上下の隙間に横糸を通すのが、「ひ」です。

  タテ糸の左右のブレを制御するのが「は」の「オサ」なんですね。

  「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」の、

  「は」「ひ」  ぬけ 「へ」  ぬけ なのでした。まさに、「成して、生え・増えてくる」感じですね>

 

           ・

 

季節は、カナツキに、それも、
もうモチ(満月)になろうとしています。
ヲヲナムチが、病避けにと、「ヌルテ」を焚(た)いて、
人々に暖をとらせた季節です。『ミカサフミ』に記載があります。

また、『カクのミハタ』の「トシウチニナスコトのアヤ」にも、

同様の記載があります。

『ホツマツタヱ』だけで、漢字以前の我が国の大文明の全貌が、

わかるわけないです。『ミカサフミ』や『カクのミハタ』が、

どうしても必要です。 『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」と、わたくしがいうのは、

本当の我が国の「国学」の樹立を目指しているからです。

このところ、

女房が、『フトマニ』の私の解説文を読んで、

いたく感心しています。『新註ミカサフミ・フトマニ』(展望社)です。

自分の字で読み書きしてみると、『フトマニ』のその奥深さが解かるのですね。

 

 

「カナツキ」とは、
温かいはたらきの、4本の内の、最後の一本までが、
地中に潜って行ってしまう事を表現しているのが、
「ミ」のヲシテの文字です。

それで、寒いはずなのです。

普通の感覚に思うよりも、原理からして寒いのです。

わが国は、漢字が渡来する前の、もっと古い時代の縄文時代の前期から、

「国家」として成り立っていた、文明国でした。

この真実に、ほんとうに、気が付いて自覚が出来てくるのが、

未来に向けての、真実の一歩目です。それには、漢字以前の世界観に目覚める必要があります。

すなわち、

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の復活と、ヲシテ原字原文の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の取り戻しが基礎になります。直訳じゃ、「売国」的な構造のママです。だって、直訳でChina風に染めちゃっているのですから、ダメなのです。

 

 


子音の横棒が、地表を意味します。

子音の縦棒が、温かさの働きの最後の一本です。

地表の上は、寒いはたらきをもたらす4本の「メ」が満ちます。
皆さま、風邪などの予防に、暖をおとりになられて下さい。

    ・

なお、

「みのうちの めくりよく」のこと、

病気の予防の極意のようです。

『ホツマツタヱ』の1アヤにありました。

アワウタを朗唱するのも、役立つようです。

          ・

 

我が国の本当の独立には、

アマテルカミもお使いであらせられた、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

これを、ちゃんと、その復活が、

まずもって第一番の、いの一番です。

我が国の本当の文字と、ヲシテ時代からの本当の根本の伝統の文章を取り戻してからが、

ちゃんとした、階段の一歩になります。

それまでは、

「対処療法」的なことで、漢字の直訳の亜流の風下での位置に甘んじているだけで御座います。

こういった意味で、

どうしても、

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、の現代復活を、

わたくしは目指しています。なにしろ、記紀の原書なのですから。

つまりは、2000年来からのChinaの陰謀に、

もう、騙されないように出来得るのは、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」が有りてこそ、

それも、原字・原文での取り戻しが出来てこそです。

それが出来ていない人は、「又聞きちゃん」の「マタさん」ですね。

どこが、おかしいかって言いますと、

Chinaのサングラスを通してみているから、おかしいのですね。

 

また、

世上の「常識」しか知らないのに、

折角に見つかった、我が国のタカラモノに、

まったくの検知の不可能のお人も、多いです。

この方は、こちら側の努力不足の感も否めないことも事実で、忸怩たる、

そういう思いも無きにしも非ずでは御座います。

 

でも、何百万部も売れたらからって、

その、本に込めた思いは、なかなか世間には浸透しても居ないのも、

百田尚樹本を、わたくしは、すべて見ましたけれど、まあ、そう言ったことでしょうか?

世間は広い事で御座います。

でも、

『ホツマ辞典』は、もう、類歴の販売冊数で、5000部はとっくに突破しているので御座います。

初版を1000部刷ってから、増刷も繰り返しと、

さらには版をあらためて、もう、3版目にもになっています。

とても、わたくしの力だけだとは、とてもとても思えません。

我が国の、本当の大文明なるが故です。

わたくしは、そう思います。

まじめな、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

理解は、着々と進んできていると思います、「直訳」の方式では無いマトモな路筋での…。

今日も、この間から考えていました「いさ」「いし」「いす」「いせ」「いそ」の言葉の意味も、

少々解き明かしが出来て来ました。

わがくにの、大文明って、

掘れば掘るだけ、

ソフト面での文献学でも、幾らでも出てくるんですね。すごい、大文明だと思います。

ヲシテ文字の、イメージでこそ、

 

我が国の国語の根幹が解かるのですから、本当にすごい事で御座います。

 

さらに、さらに、わが大文明のミチのおくの素晴らしさに、

わたくしは追い行って精進しております。

それが、果てしない程のすごさなのが、鳥肌立つほどの、

我が国の真実なので御座います。

だって、

「いさ」「いし」「いす」「いせ」「いそ」の意味でも、

ものすごい事だったので御座います。この内容だけで、本の一冊やそこらは出来ちゃいますね。

もちろんのことですが、

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、

記紀の原書だと、位置確認の確定作業の上、

そのことの、基盤の認識が出来ていてこその事で御座います。

なにしろ、根拠と基礎が重要の事実で御座います。

 

直訳での、意味不明の、

幻様なる、国籍不明の理解では無いのです。

8世紀に、国史として編まれ編纂・編集されたちゃんとした、

『日本書紀』のその、翻訳前の原書だと、

わたくしは、認定して、その研究成果を書籍にも上梓しております。

このごろは、ぼちぼちと、売れ行きも多くなってまいりました。

さすが、わが国は、縄文時代からの文明国ですね。

やっぱり、本物に分かるお方も多いです。

| 歴史から長寿・健康まで | 09:40 | comments(13) | - |

「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。

続信の、メールで、

また良いご返書だったので、

ここに、わたくしの回答のメールを、UPさせて頂きたいと思いました。

 

           ・     ・

 

○○○○さま

 

拝復

 

敗戦後の目に余るような、ギルティー・プログラムは、

それが、まんまと成功してしまい、

今現在に至っているという、

なさけないことです。

これからの数年で、雰囲気は変化が起きてくるようにも、

私も感じております。

 

その時に、

「ヲシテ国学」の求められてくる、

Xディーの起きる際に、

こちら側が、応えの対応できる力を付けなくては!

と、前々から思って居りました。

この40年余で、

徐々には、対応能力もUP出来つつ御座います。

やっと、松本善之助先生に、顔向けも出来そうです。

 

銅鐸が39個出たから、「みそこたから」にと、安直な当て付けは、

余りも単純で、ちょっとどうだか?していると思います。

「みそ・こ・たから」と読む方が良いかも知れませんし。

「み・そこ・たから」(水底のたから)と解釈する方が、

ウタの意味合いとして、少しは意味も採り易いです。

ですが、確定的に言える根拠には欠けていますので、

やはり、今のところは、未詳にとしておいて、

後考に待つのが冷静な所の判断だと考えます。

 

「あるひ」の「ひ」のヲシテ文字は、お日さまの「ひ」によく使う、

特殊ヲシテ文字です。

  ― 追記、今気が付きましたけれど、「あるひ」の「ひ」が特殊文字の用例でした。

    すみません、ここに、修正訂正をさせて頂きます―

特殊ヲシテ文字の一覧の表は、

『記紀原書ヲシテ』の上巻の後ろ見開きや、『ホツマツタヱを読み解く』にも、記載しました。

辞典にも載せておけばよかったですね。すみません。

コード表がありますので、添付します。

 

京都の「ヲシテ講習会」の資料の事、

資料のコピーと共に、録音のCDはパソコンで聞けるようにしています。

費用は、1000円頂いています。参加費と同じです。

次回は、11月17日の開催です。

通常、翌日には、クロネコのメール便で発送をしています。

お送り先をおっしゃって下さいましたら、次回から発送いたします。

今度は、『ホツマツタヱ』の23アヤの前半です。

送金先は、郵貯か、地方銀行の百五銀行にと、お願いしています。

 

漢字の国字化された時代は、

聖徳太子の時代よりもずっと古くて、

13代の成務天皇から、14代の仲哀天皇のそのあたりから、

数代も経ないうちの事だと考えて良いと思っています。

すなわち、激動時代に入る訳です、漢字国字化時代の始まりのころとは。

ギルティー・プログラムですよ、まさに。

 

 

                  敬具

 

                   池田 満 拝

 

            ・      ・   

 

なお、

特殊ヲシテ文字のリストの事、

こちらからアクセスも出来ます。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、リスト。

 

| - | 12:46 | comments(6) | - |

記紀の原書の意味をどう説明出来得るか? 「たまもしつ」のウタのむつかしさのこと。

あまりにも、良いメールを頂きましたので、

返事のメールを、ここに、掲載させて頂きたいと思いました。

素晴らしい事で御座います。

 

          ・

 

拝復

メールを頂き、有り難うございます。

 

今日も、国語の事で、ヲシテ由来から見る語源を考えておりました。国語のその出来上がりつつあった縄文時代の前期(?、もっと古いのかも?)のころ、深い「縄文哲学」の真意の基礎がそこに出来上がっていた事を思います。その時代への遡及を追求解明をしております事で御座います。

ひとつ、とけたので、ひとり祝杯を上げておりました。

 

 

さて、

お答えすべき、その1ですが、まだ東京での「ヲシテ講習会」は、

開催に向けての動きが出て来ておりません。今のところ、京都の一個所だけで開催しております状況で御座います。

 

馬野周二先生のお元気の頃に、

幾分には、「学会」の準備にも、と動きが出始めたことも御座いました。

その節には東京の学士会館で学会準備記念会をやったこともありました。

ところが、時期は尚早でして、直訳レベルでの段階に終始していました。

 

 

思いまするに、

記紀の書かれた1300年来、根無し草化の政策は、

近々のGHQ占領政策と、まったく軌を同じくするやられっぱなしのことで、

我が国の本当の伝統をつぶしに掛かっていた訳で御座います。

でも、わが大文明ならでは、で、

漢字につぶされつつも、根っこは残ったので御座いました。

そして、

あー、こんなにも、我が国の大文明さの事が、

これ程すごかったのだと、

それが判明したのが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見と研究からで御座いまして、おおよそ、ここ40〜50年の事で御座います。

6000年からの本来のわが大文明の伝統は、

漢字につぶされるほどヤワじゃなかったのです。

 

ヲシテの読み書きで、ヲシテ時代の文章を取り戻す事から、

1300年来の根無し草化のやられっぱなしから、

根拠を取り戻すことが可能になります。

目から鱗のはがれる思いが、ヲシテの読み書きから、

語源のヤマトコトバの真相に遡る大旅行の6000年のタイムスリップが可能になります。

 

ゆっくりでも、ヲシテが読めたら、もう、鬼に金棒で御座います。

読めるのと読めないのとでは、雲泥の差で御座います。

ヲシテは、さながら、タイム・マシーンとも言っても良いのか?

 

おっしゃられます事の、ふたつ。とても、正鵠を得たご理解のこと、素晴らしいことだと存じ上げます。

 

ゝ興颪任覆い海箸髻100%ではなくても)どう理解させるか

記紀と比べ主にどこが違うか。正しい古代史の主な点ビッグ3から5点。 今後1年位でなんとか、概略で良いので、纏めてみたいと思っています。 その後、トのヲシヱの縄文哲学の理解を数年かけて醸成したいと思います。

 

さて、他のお方にと、伝えるべき要点としまして、

ヲシテ文献が、真書としての根拠は、

A,記紀の原書であること。(記紀との対比比較が根拠になります)

B,国語がヲシテのイメージから創られている事。(助詞の意味あいが、その解かり易い要点です。ヲシテの読み書きが出来て、この理解も説明も可能になります)

C,神社などに伝わる伝承が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の記述のとおりであること。(傍証になります。あちこち、旅すると楽しいです)

 

 

34アヤにも、たった2か月でお進みになられたとは、まさに驚嘆のことで御座います。

 

さてさて、お訊ねの事ですが、

「たまもしつ」の、

このウタの意味合いは、とにかく難解な箇所です。

「ミカラヌシ」(ホ34-60(9019)、ホ34-60(9021))の意味は、わたくしにも、まだよく理解できていません。でも、「ミカラヌシ」を銅鐸だと、そう言う当て付けは、おそらく、将来にも間違いであるという事になることは、明らかになってゆくかと思われます。

銅鐸の事、まだ、ヲシテ文献でどういう事に照らし合わせると意味合いが合うのか?

まだ、考えがまとまりません。

 

解からない事を、それは、正直に告白する方が、誠実なあり方だと、私はかねがね思っています。

いくら綺麗に塗粉しても、ひと雨降ってはがれちゃうようなことは、わたくしはしたくないです。

 

出雲の斐伊川は、河川の流れの移動が激しくて、

ヲシテ時代の中期から、後期にかけての時代は、

西流して、出雲大社の方向に流れていたと言われていたりします。

もっと、考古学の発掘が進んできましたら、

詳しい事情が判明もして来てもくれましょうか?

まだ、考古学で掘り進んできている事は、

氷山の一角であると、そう考えるのが冷静な見方であると、わたくしは考えております。

 

「みからぬし」は富田林市の美具久留御魂神社にゆかりが残っています。

http://kamnavi.jp/en/kawati/migukuru.htm

http://www.7kamado.net/miguku.html

銅鐸との関連は、ここにも見当たりませんが…  ?

「タマ」だったら、「まがたま」のようなものだったら、

あるいは? とも思いますが… ?

「ヤミヤのタマモ」の綺麗な、

水中の水草の花見に行ったわけですから、銅鐸とどうして関連があるのか?

わたくしには、どういう関連で当て付けるのか? 意味が理解できません。

「ヤミヤ」は、

弘法大師の「いろはうた」伝承のある島根県出雲市塩冶町、神門寺が、

「ヤミヤ」の伝承にもピッタリですよね。往古は、塩冶町あたりに斐伊川の流れがもっと太く流れ来ていたようだと、考古学の発掘の成果から聞いたことがありました。

http://www.kannon.org/jiin/01/26/index.htm

 

水草のたぐいは、下記のような感じです。

http://www.kannousuiken-osaka.or.jp/zukan/zukan_database/mizukusa/list.html

 

どう考えても、「銅鐸」に繋がりを求めるのは? わたくしには疑問です。

 

 

なお、

京都でのヲシテ講習会の資料や録音のCDは、

東京や千葉などのお方など遠方のところには、

お送りをしています。

 

「東雲物語」ご評価有り難うございます。

ヲシテの文章が原文で読めるのが、

専門家としての、第一条件で御座います。

 

                    敬具

 

                     池田 満 拝

| - | 00:52 | comments(0) | - |

相手の事を思う、「カリ(雁)」のこと。

  雁にても はてるかなとも
  このふゆに ととまると思う
  あのときのちきり

 

むつかしい、理解のことは、あれこれと御座います。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、

記紀の原書ですから、どうみましても、大切極まり無き事で御座います。

 

そうそう、

本質について言えば、もっと古く2000年来の、

いや、3000年来か、さらにはもっと、もっと古代からに遡るのが、正しいかも知れませんね。

すくなくとも、6000年は。

それはそうです、『古事記』『日本書紀』の翻訳前の原書ですから。

わたくしの取り組んできていた文献学と、

その、別の筋道の、現物の発掘での取り組みが明治以降に、

それを、考古学が発掘の地道な調査で明らかにしてきて下さっています。

鳥浜貝塚の遺跡って、12000年来のタイムカプセルですよ!!

ホント、縄文建国の時代の優雅さを彷彿とさせてくれています。

スゴイ発掘物が、鳥浜貝塚から出て来ています。

スコップと移植ゴテやハケで、極めて精緻な櫛も発掘して下さいました。

もうもう、もう、10000年は超えたすごい漆塗りの朱に彩られた精密な櫛であったり、もう、ビックリです。

わたくしの、6000年来って言う表現は、極めて、控えめに言ってもそうであるという、

その意味での、6000年の「縄文建国」の年代の表しの仕方です。

九州の東名遺跡の、その発掘の成果にても、また、

縄文文明の、10000年説は、確たる証拠の根拠になりつつあります。

いったい、わが国の文化・文明って、

どれほどにすごいのか?

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」でわたくしの考えているよりも、

考古学の発掘で明らかになってきている、事実も、さらに、凌駕をしてきています。

漢字が渡来してから、文化が生まれた。

だっていう、

バカみたいなパラドックスに、

もう、おさらば! したいですね。

ここが重要です。China丼からの卒業です。

なんでもかんでも、漢字に訳してからモノを考えるからChina丼になっていたのです。

まあ、

おさらばしたいですね。その1300年余のばからしさ。記紀、特に『古事記』の誤訳の多さは極め付きです。外国勢力や、おもねる、曲学的な阿世の人達も多いです。

 

勿論、考古学の発掘と進展によって、もっと、確定的に言える年代も更に遡ることは、

わたくしの希望的な観測にも、おそらくは、倍はゆくんじゃないか?

つまり、概略的には12000年の建国とか、10000年建国説とか、そう言う議論の勃興に期待をしています。

まさに、これからの世界をリードして先導してゆくべき、

それは、わが国の叡智においてしかない。

 

さてさて、

文献学からの解析の事で御座います。

「カリ」と「カモ」 との区別の事、
これも、極めて不思議なのです。

「カリ」とする水鳥はどこまでか?

「カモ」もどう見たって、そんなにも、変わり映えもしません。

カルガモだっていますし、どこから、どこまで、「カモ」「カリ」の区別に、

どういうように、峻別をすべしか??

「カモ」というのは、雁行をして帰ってゆく種類とは別と考えていたのか?

この差をどう考えるかですね。

カモのその、現在に生物学的な分類の種も、バリエーションが複雑です。

さらには、ふるい時代に因っても捉え方も変化があってもおかしくも無いはずです。
「丸刈りのパラドックス」にも通じます。簡単ではありません。

だからむつかしいのですね。

             ・・

さて、古来、ヲシテ時代の初期の頃から、
「カモ」は、水鳥の自走する象徴にとられています。
「カリ」は、「カワカリ」とも典拠にもありますが、

これは、ヲシテ時代の中期にある典拠にその根拠を確定することが出来ます。

ヲシテ時代の晩期にも、ヤマトタケさまのご葬送にも、

「カリ」のことは典拠としてあります。

「カリ」は、その雁行のイメージが奈良や平安の時代にも濃厚です。
ヲシテ時代中期の「カリ」と「カモ」 との区別の事はどうだったのか?
私にはまだよく見えておりません。
と言いますのも、
「カリのヲヤ・コ」のお言葉を、ヲシロワケさま(12代スヘラギ、景行天皇)が、おっしゃっておられるのです。

(ホ40-81(10716))
まだ、おこころについて、そのお言葉の内容が良く解かりかねています。
「カリ」は、マガン(真雁)は、大陸で子育てしますので、親子の事を見聞きはむつかしいものです。
でも、子供を行儀よく連れ立って歩くカルガモは、現代にも話題になります。
親子の連れ立つようなしぐさを愛でるなら、カルガモでしょうね。

そのイメージを、「カリのおやこ」のお言葉として、ヲシロワケさま(12代スヘラギ、景行天皇)がおっしゃっておられると理解すると文脈が通るのです。私も納得です。

で、そこで、気になるのが、
「カリ」と「カモ」、ほんの微妙なニュアンスの違いの事なのですね。
これが、実際の事にどう結び付けて考えるのか?
結構難しいのですね。

とにかくも、「カリ」は、夫婦のキツナが強いのだそうです。
プレーリー・ドックのような。

「カリ(雁、マガン)」は、夫婦間のキヅナが強くて、

本来は、大陸に帰るべきその季節に、

パートナーが不具合だと、

もう、もう、帰還をあきらめちゃうケースも見受けるのだそうです。

すごいですね。

それのことをおっしゃってのことなら、

ホ40-81(10716)

 

の「カリのヲヤコ」の意味にも納得ができるのです。

それで、ウタを詠みました。

 

いつだって、

はてるとも、そう思い、

その時をうつくしく、

自分自ら、うつくしさにさわやかに思う事がしあわせなのかな?

でも、でも、

ヲシテ文献みたいな、すごいものに出会ってしまったら、

生ある上は、そのイノチのあるうえは、

看過も出来ないワケでして、

出来得る限りの仕事は、

取り組んでゆく。

そう、わたくしのスタンスで御座います。

なにしろ、アマテルカミにせよ、

初代のクニトコタチさまにせよ、

すばらしいのでありますから。

 

「曲学阿世」って言葉は、

今村流とか、鳥居礼流とか、いときょう流とか、

直訳のひとたちに、ピッタシだと、わたくしはそう思います。

なにしろ、「China丼」からの説き起こしですよ。

おなかがペコペコの時は、天津飯もとってもおいしいです。

辛い、マーボドウフもおいしいですね。かなり辛い料理も、わたくしは大好きです。

そうなのです。

でも、直訳したら「China丼」から、説き起こしなので、

支那料理の、ベタベタからのアレンジになっちゃいます。

和食の爽やかさ、それを、ギタギタのChina料理にして、

そうだ、あんたらは、これを有り難く食えって、そう言うわけです。

でも、わが国は、もっと前の数千年も以前から、さらに美味しい食べ物で食卓を彩ってきていたんですね。

おとしめ族は、そこを、あげつらうわけです。

もっときれいなお皿を、ってなふうに。

小さな瑕疵を、あげつらうのですね。

やられてしまうひとも、当時にも、続出。

いまも、ルーピーとか、いっぱいいます。

 

そう言ったことで御座います。。

さわやかさのうつくしさは、

消されてしまう、

そういうようなことが、

どうしても多いですよね。

あー、これが、1300年来のあやまりだったのです。

漢字文への直訳で、本当の、わが国のうるわしさが消されたのです。

翻訳削除です。

やっと、

この、誤謬に、大間違いに、

ただそうと、訂正してゆこうと、そう言い始めて、

やっと、50年です。

まだまだ、で御座います。

そう思います。

どうぞ、ご安心ください。わたくしは、生ある限り、まじめにやってゆきます。

そして、継いでくださいます、おこころざしのそのお方様も、着実に増加してきてくださっています事を、如実にわたくしも理解をしてきております。

さすが、

ヲシテは、ほんと、

ヲシテは、永遠ですよ。

掛け値なし。

で、絶対に騙されないキーワード、「ホツマ」「ヲシテ」の文字が読めますか?

この、呪文をおっしゃって下さいませ。

95%のおかしげが、篩(ふる)い除けれると思います。

そもそも、95%が大体おかしい場合が通常です。

 

 

| - | 16:09 | comments(2) | - |

記紀原書の発見から、長命の記事のリストです。『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、長命の事をピックアップしました。

記紀の原書の発見と、現代研究の始まりの事ですから、
この、現代のこの50年は、
わが国の歴史認識においての、
ドギマギのランクをはるかに超えたる出来事でした。

そのなかで、長命に関する記事の確認が幾つもあります。

記紀の原書ですから、事実として、受け入れてから考えるべしです。

かなり、ご長命の事がうかがわれます。

アマキミ、あるいはスヘラギの、ご宝寿の事は、『ホツマ辞典』を見てもらえば、

「年表」で、すぐに、わかります。それ以外で、目立つところの、

アススのコヨミで確実なところを、リストにしましたのが、

上記の、表です。

健康長寿の、その、支えの参考になるかと思いました。

            ・・

ご長寿のお方々の、ひとこと解説です。

 

ワニヒコ、『ホツマツタヱ』の28アヤ(章)までを編集した人物。クシミカタマとも言う。ワニヒコが28アヤまでの記し染めた書物(巻子本、おそらく絹本であろう)は、アハのアカタ、つまりアワミヤに納めおいたと記述がある。(ホ28-110(7515)、ホ40-96(10778))アワミヤの場所が何処だったのか? 議論百出の現在の状況である。飛鳥時代にも活躍した三輪氏、大神氏の源流の祖先にあたる。カンヤマトイハワレヒト(神武天皇)の、ヤマトウチ(二朝廷並立の統合、漢字時代になってからは直訳的な「東征」とも)に重要な寄与をしたミギのトミ(右の大臣)。代々のミギのトミで、初代がソサノヲの子のオオナムチ。国家の平穏と平和をつかさどるのが役目。

 

アメタネコ、『ミカサフミ』の前半の方を編集したと、推察される人物。『ミカサフミ』は、現在の発見分が約2割程度であるため、アメタネコがどの程度の編集に関わったのかの詳細は未詳。平安時代に藤原氏となってゆく、源流の祖先にあたる。国家の、行く末を見つめ、大きなタテ(経て)の道筋の間違い無きを保つのが仕事。

 

イキシコメさま、9代スヘラギのフトヒヒさまの、正皇后になられた。イカシコメさまのお名前も以前にあった。かなりの魅力的なお方様であられたと、推察される。クレオパトラも楊貴妃も、それは、大して目じゃないほどだったようだ。イキシコメさまは、もっとすごいのが、さらなるご長寿。とにかくもすごいお方様であられた。ヒトとして、この世に生を受けたのだから、イキシコメさまのことは、わが教訓にとすべきか?(スヘラギは、神武天皇以降の天皇陛下の事を示すことが多い言葉)

 

トヨスキヒメさま、初代のミツエシロ(伊勢神宮の斎王)のお方様。

 

ヤマトヒメさま、二代目のミツエシロ(伊勢神宮の斎王)のお方様。伊勢神宮の再興を為されたお方様であられる。

 

ヲシロワケさま、12代のスヘラギ。漢字時代になってから景行天皇と、呼ばれて、こちらのお名前の方が現代の私達には、なじみが深い。ヲシテ文献に記載のある最後のスヘラギ。ヲシテ文献の記載の後になってから、ミヤコ(首都)をヲウミ(近江)にお遷しになられているのが、『日本書紀』の記載に載っている。外国からの情勢が緊迫してきている事を指し示していると、推考できる事柄だ。ヲシテ文献以降は、『日本書紀』など、漢字文献に拠ってしかわが国の歴史は辿ることが出来ない。

 

ヲヲカシマ、『ミカサフミ』の最終の編集をした人物。平安時代に藤原氏となってゆく、源流の祖先にあたる。激動の、漢字の流入を余儀なくされて来る時代に、切羽詰まった「国士」的な思いから、高齢をおしても、『ミカサフミ』の編集に命をささげた人物であると考えられる。さすが、「ヒタリのトミ(左の大臣、臣下の第一番)」の重責を、一身に受けて、最高齢の活躍も、まだ未だしの思いが、ヲヲカシマさんのこころの内であったと、わたくしは推察する。祖先の、その深い世界観・哲学の境地にまだ辿り着けていないと、忸怩たる思いはヲヲカシマの胸に去来していた事だと、わたくしのそう思うところだ。もちろん、わたくしも、ヲヲカシマさんのところに一緒になって苦しんでいるからそう思うのである。

 

オオタタネコ、『ホツマツタヱ』の最終の総合の編集をした。タタネコとも、ミワのタタネコとも言う。飛鳥時代にも活躍した三輪氏、大神氏の源流の祖先にあたる。先輩のヲヲカシマに、常に強い影響を受けていたのがオオタタネコだったのだろう。代々の「ミギのトミ」としての重責を、『ホツマツタヱ』の最終編集の仕事に燃え尽くしたと言えよう。どうみても、高齢に鞭打ってもの、先輩のヲヲカシマと、相携えての切羽詰まった緊迫感のこの、大仕事が『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』、また、キミ(ヲシロワケさま)にては『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の最終の編集の仕事だったわけだ。切迫しつつある状況、今にも眼前に見るようだ。

| 歴史から長寿・健康まで | 23:15 | comments(2) | trackbacks(0) |

『古事記』『日本書紀』の原書の発見。「ヲシテ国学」の構築の事。

『古事記』『日本書紀』の原書の発見と、
その現代研究の事が、
此処まで進んできているのだと、
そう、わたくしは、まじめに、
訴えて、ずーっと四十六年来に来ています。

『定本ホツマツタヱ』、『ホツマ辞典』や、『ホツマツタヱを読み解く』などの出版で、

根拠をくわしく述べ得ております。もちろん、解説書も多く出版しております。

でも、

世の中は広いので、広くには知られていません。

ほんと、世の中は広い事で御座います。

今朝の、「日経新聞」の「私の履歴書」の前橋汀子さんの話でも、

バイオリンのソリストにナタン・ミルシテインと、言う立派な人が居たことを、

わたくしは、初めて知りました。

 

              ・

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」が、ここまで、

発見後の現代研究で、此処まで解かっても来ましたけれど、

一般への、ちゃんとした普及を阻んでいるのは、

直訳の、安直訳文が演出した「偽書」としての広まりのためでした。

 

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」が悪さをしていたのです。


鳥居礼など「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の族の人達が、跳梁したがために、
悪いイメージを及ぼしてしまいました。
松本善之助先生は、苦虫をかみつぶした表情でしたですね。

直訳にと、その偽書作りは、敗戦後に、はなはだしかったですね。

せっかくの、記紀の原書のその、大発見なのに…。

悲しいものでございます。

それが、敗戦後以来の悲しい真実で御座いましょうね。

 

                 ・


とは申しましても、
当時は、まだまだ、「縄文哲学」の真相については、解明の以前だったことも、残念ながら、事実で御座いました。

このあたりに付きまして、

『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助、展望社、池田 満編)に、

解説に記載を致しました。
やや、
「縄文哲学」の全容を明らかにし得たのは、
『ホツマ辞典』の出版の時点のあたりでしょうか。

これを読んで、馬野周二さんが、わたくしに話を聞きたいと、

すっ飛んでこられました。

それで「第一人者」だと、馬野周二氏が認定をして評価を下さいました。

また、松本善之助先生からのご評価はこちらをご参照ください。
もっと前には、『ホツマ神々の物語』において、大まかには示し得ていまして、この本は、再出版しまして『ホツマ縄文日本のたから』(池田満、展望社)として、再版を繰り返しております。おかげさま。もう、今回で5刷目になります。前版の『ホツマ神々の物語』でも3刷りですから、合せますと、8刷りにもなりますか。松本善之助先生のご評価も、とても、抜群で御座いました。

考えてみましたら、松本善之助先生の脳血栓など大病のその以前に、

ご評価戴けました書籍は、わたくしの、処女出版の『ホツマ神々の物語』のただ一冊だけでした!
ヲシテの真実性が、すこしづつ世に浸透してきて来ましたら、それこそ初版本は希少価値のプレミアが付くような事にもなりましょうか? あれ、もう、わたくしの手元にも少ししか無いです。



そう言いますれば、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、

『カクのミハタ(『フトマニ』)』の「ヲシテ文献」の解明にも、
新解明のアイデアが少しづつ現われて来ています。時代は、進みます。

3000年来の不思議の宝物のトビラも、

少しづつ、すこしづつ、開いていっております。

 

わたくしは、ちゃんと、作り上げてゆくだけで御座います。

ご評価のことは、それは、あくまでも、世間様のご判断で御座います。

一応は、松本善之助先生や、馬野周二氏のご評価も頂いておりますが、

まだまだ、まだまだ、先の山は「ヲシテ国学」の樹立ですから、

もっともっと、大きな仕事が待ち構えています。

          <今、取り組んでおります、「助詞」の研究です>

             ・

でも、でも、

よく考えましたらば、

この、ここ15年で、

随分の「ヲシテ国学」樹立への深化の解明が起きて来ています。

あと、20年あれば…、

と、思います。

せめて、10年ですね。

「ヲシテ国学」の大まかな樹立には、根幹のところが、見えても来つつ御座います。

まじめにやっていれば、こそだと、そう思います。

もっと、明瞭になってくるまでの、あと、10年か20年ほど、

それまで、どうか、

木簡の様な確定的にわかる発掘材料の掘り上げは無い事を願っております。

        <京都のヲシテ講習会の写真です>

もう、すこしで、文献学的には、あと少しで大きな山場が越えられそうで御座います。

何と申しましても、

文献学でしか、精密な思想内容にはくわしくたどるすべは御座いません。

掘って出てくるモノには、精神性の概念は、どうしても、希薄ですから…。

 

| 日本史・国語 | 07:39 | comments(8) | - |

アメミヲヤ(天の御祖、Mi woya)のこと。本当に高度な、とても精緻な哲学の内容に裏付けされています。天地開闢(てんちかいびゃく、あめつちのひらきはじめ)とも密接に関連しています。さすがの、縄文土器のあのすごさの時代性と、まさに、同一時代性を感じます。

フジバカマと、アサギマダラの蝶です。

 

        <京都の法泉院さんで、今朝(10月21日)に、

         フジバカマの花に来たアサギマダラの蝶です。

         多くのフジバカマの花が咲いていて、

         昨日は、良い香りにホワッとほだされていました。

         アサギマダラも、良い香りに惹きつけられるのでしょう>

漢字の渡来のしてくる以前は、文化や、文明の以前だったと、
そう、
1300年来に言われ続けて来ていたので、
もう、無反応のパブロフの犬の条件反射になってしまっていましたが、
本当は、そうでは無かったんですね。

本当は、わが国って、ものすごい文明国だったのです。

「アメミヲヤ」のこと、(天御祖)のことは、『ホツマ辞典』と、

『縄文人のこころを旅する』に、詳しく書いていました。

ともに、池田 満、の著で、展望社の刊です。

何回も増し刷りを、増版ですね、

増し刷りを何回もという事は、それなりに、ご評価を頂いているという事だと思われます。

 

わが国の、本当の素晴らしさとは、やっぱり、素晴らしくもすごい事だと思います。

 

それも、縄文時代の前期からの事です!

もう、もう、6000年来の大文明国だったのです!!!

     <アサのヒの光りに、シベ(蕊)がかがやいていました>    

それを、ねたんで、ねたまれて、

渡来人たちや、その風潮に迎合する人たちからの、貶めのプロパガンダで長い間やられちゃっていたのですね。

知らず知らずのうちに、China風に悪しくにも染められちゃっていたのですね。

1300年の余りの長い期間のうちにも、です。

それがやっと解かってきたのは、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、

『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の現代研究が進んだからです。

『定本ホツマツタヱ』や『ホツマ辞典』などの出版に拠ってです。

アメミヲヤ7.jpg

        <天地開闢のことは、『定本ホツマツタヱ』の15ページに記載しました、

         「7か所の比較」が考える上での基本になります。

         ことあるごとに、わたくしは考えるために、

         このために、拡大コピーをして座右に貼り付けています。

         何回考えても、むつかしいので御座います。

         それだけに、わが国の漢字以前の文明は、とても高度だったのです。

         「直訳」なんてChinaまぶしをやっていたら、

         とても、わが国の縄文時代のすごい文明力なんて、

         解かる訳も御座いません。

         Chinaまぶしの直訳は、吾郷清人、鳥居礼、千葉富三、

         あるいは、今村聡夫、「いときょう」、大江幸久などなどの各氏です。

         きのうも聞かれましたので、宮崎貞行氏も高畠精二氏も追加して記載します。

         さてさて?

         聞いてみて下さい、かれらは、ヲシテの文字の読み書きも、

         満足には出来ませんよ。それで、専門家って? 言えると思いますか?

           

         べべさんの取り組んで頂いています、教養課程の敷居を、クリアー出来たら、

         名誉回復の事、大いにさせて頂きます。わたくしも、強く願ってもおります。

         わたくしの主張しています事は、極めて簡単です。

         ホツマ文字の事、ヲシテ時代の事を云々して論を言うなら、

         ヲシテ文字の読み書きが出来て来てからですよね!!!

         って、本当に簡単な主張です>

やっと、本当は、わが国は、縄文時代の前期頃から素晴らしい国家を築いていたのだ。

って、やっと、解かってきたのが、ホンに『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』)など』の「ヲシテ文献」の発見と現代研究の始まってからです。

                ・・

    上の「7か所の比較」の表に、貼り付けてある、「長さの換算表」を掲げます。

    「トメヂ」の長さの事についての考え方です。

    『ミカサフミ』に詳しく記されています。

    「トメヂ」の長さの単位が、38サトにイコールだと言うのです。

    すごい、高度な数字も、天文学も進んでいたのですね、縄文時代は。

    クニタマ(地球)の周囲長の365分の1の長さを「トメヂ」と規定していたのです!

    クニタマ(地球)の直径は、114トメヂとしていて、

    ほとんど、円周率のパイに近い数字です。365÷114=3.2018 

  

                ・

もちろん、考古学の発掘からは、縄文時代に、すごい文化・文明があった!!

って、そういう報告はありましたけれど、

Chinaからのおもなプロパガンダの本の『魏志倭人伝』に、

もとを、たどろうとする、

敗戦後の、あの悲しい、そしてひどい自虐史観の感覚の蔓延のもとでは、

あああ、ああ、そういうことで御座いましたです。

本当に、ほんとうに、悲しい事で御座います。

 

                ・

 

さてさて、わたくしが、

この仕事に取り組み始めて、もう、わたくしは研究46年目になりました。

早いもので御座います。あっと言う間で御座います。

池田 満.jpg

   <京都のヲシテ講習会の

    平成30年9月15日の時の写真です>

どうして?

わが国のその凄い真実の事かって?

余りにも、多い新発見の数々の中でも、きわめて白眉なのが、

「アメミヲヤ」のことです。

             ・          

それが証拠には、
「アメミヲヤ」って、

50年前には、だーれも、知らなかった大事実です。

「アメのミヲヤ」とも言います。

さて、

日本は広しと言いましても、

50年前には、「アメミヲヤ」って、だーれも知らなかったのです。

このような、大きな理解が、わが国の古い時代、

それも、縄文時代に有っただなんて、

誰が、いったい、ひとりとしてだれひとり想像出来ましょうか?!
すごい概念が、漢字の渡来以前には有って、
それで、
わたくしは、心底のことから大感動したわけで御座います。

かんぴょうの水差し.jpg

          <カンピョウの水差しです。

           池田 満の作。女房の焼き>

もはや、

どうしても、この大感動は、わたくしのこころの内にだけにとどめるべきモノではない。
その大感動を、どう伝えるか?
それが、『縄文人のこころを旅する』(池田満、展望社)に、
もう、やむにやまれぬ気持で書いた訳で御座いました。
さいわい、
このところ、やっと、ご理解くださいますお方様も、
お出でて下さいます。
ありがたい事で御座います。

やっと、いまに、本当の真実の理解を分かち合える。おおよそ、2000年来からの稀有な出来事です!

わが国の、本当の素晴らしさがここに、現代、どなた様かとも共有の認識に至れるうれしさで御座います。

とにうるをえる.jpg

                ・

それにつけても、思いますのは、
漢字の、それも、現代風の現代語の概念での、直訳の当て付けでは、
わが縄文時代の、あの高貴さの、あの、とんでもなき美しさの世界観を、

地の底までも貶めるような所業なのか???

とても、あの素晴らしい漢字の渡来以前の高貴で高度な世界観は、

直訳の当て付けの翻訳では、

多く見積もっても、5%も再現なども出来ません。

かえって、
GHQのペンキの塗りたくりの貶めに、してしまっちゃうのです。

酷い貶めで御座います。

それが、直訳の現代漢字の仮名交じり文の簡単のコピペの当て付け作業です。

ひどいんですよ!
さてさて、
考えてもみて下さい、
縄文土器の素晴らしさの、あの、火炎土器に、
真っ赤な、サイケな色のペンキを塗りたくられたら、
どうでしょうか?
わたくしは、唖然としてしまいます。

憮然としてしまいます。怒りの表情にも出て来ますよね。

国宝ですよ!

それに、ペンキの真っ赤を塗りたくるなんて!?

せめて、

せめては、
朱の、水銀朱の、あのうつくしさの色に、
彩って下さいよ!! って、どうしても、声を出さずにはいられません。

少々の問題点には、まあまあ、と、言ったりも出来ますが、

わが国の貴さに、尊厳に、これを貶めてくるひとたちには、

断固として、わたくしは立ち向かいます。だって、世界に類を見ない、素晴らしさですよ。

どうしてどうして?? 貶めたいのか? わたくしには理解不能で御座います。

「(アメノミヲヤの) なすイキは きわなくうこく」の書です。

典拠は、『ミカサフミ』にあります。(ミ6-3(11351))

「アメノミヲヤの なすイキは
きわなくうこく」
と『ミカサフミ』の「タカマナルアヤ」に記されています。
また、他の用例では『ホツマツタヱ』14アヤには「ウイのヒトイキ うこくとき」とも記されています。(ホ14-9(2383))
「キワ」とはどういう意味なのか?
単に「際立った」とかの現代用語の「際」に当てて良いのかどうか?
とても微妙です。他の用例とも勘案して、また、文脈にも良く熟慮して考えてゆくのが、直訳からの卒業の方法です。『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の読み方は、現代語の感覚に即の当て嵌めをしない事が大切です。

 

      <勉強のためにいろいろとやっています>

そうなのです。
漢字の渡来以前ですから、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の時代はですね、
簡単な、直訳の漢字当て付けでは、齟齬を生じさせるばかり、
誤訳を創るばかりです。

「トのヲシヱ」の「ト」の概念を、

「赤い玉」の「瓊」の漢字に当てたら、100%バカみたいでしょう!

と、わたくしは思います。

これが、漢字直訳のダメさです。
わが国の本当の美しさや高貴さを貶めるばかりです。
わが国の大切にすべきものを、Chinaなどに叩き売ってしまうばかりです。

本当の「トのヲシヱ」の意味は、みんなで力を合わせて、もっとより良い社会にしてゆきましょう!

って意味です。

みんなで、力を合わせるのが「トのヲシヱ」の真骨頂ですね。

それを、ホント、バカも休み休みにしてほしいです。

赤い玉の「瓊」に替えたら、シャーマニズムの世界に貶める事になるのですね。

貶めの、目的によって、言っている人たちです。

こころの本体が、いわゆる「日本人」ではまだなっても居ないのでしょうね。

だから、彼らはおかしいのだと思います。

 

              ・・

そのような、売国的な「直訳」で売名行為に走っていたのが、

鳥居礼君とか、鏑邦男さんとか、千葉富三さんとかです。

そのあとに、金魚のウンコみたいにくっ付いて、さらに酷い事などをいいふらしているのが、

今村聡夫さんとか、「いときょう」さんとか、他にもいっぱいいます。

さて、さて、ちゃんと目が覚めて下さいましたら、わが国のこれからのタカラにもなっても頂けましょうか? と、

随分と前から、願いもして、それなりにも発信しても来ましたが、ムリなことは、やはりムリなことで御座いますね。所詮は、目的が違う事は、ママ御座います。

 

         ・       ・       ・

 

そうそう、

これほどにも、わが国の大切なる、この精神のこと、

つまり、

協力し合う精神のことを、

赤い玉、だなんて、バカみたいなことに、曲がった直訳の翻訳をするのが、ひどい事で御座います。

つまりは、このように、

大切でうるわしい、わが国の精神性の、
たからものを、二束三文で売ッパラうほどの行為は、
愚かさの極限とも申せましょうか?

こうほねのみずさし.jpg

       <こうほねの水差しは池田 満の作>

さてさて、
寄り道をしてしまいましたが、
「アメミヲヤ」のこの大きな概念の事、
今回も色々と考えておりましたらば、ひとつだけ、新しく解明の点を得ました。
一昨日の京都の講習会で述べました。まだ、試案の段階です。
納得となるか? 異論が出てくるか?
しばらく様子を見ることになるかと思います。

 −−追記 (平成30年9月19日)−−

  早速、四国のおシツさまから、賛同の意見を頂きました。

ふたもの.jpg

         <女房の作品です。うちわは矢谷長治先生>

ちなみに、
「アメミヲヤ」の事を考えるには、
次の用例が、役に立つと思います。

くわしい解説は、

『ホツマ辞典』28ページや、

『縄文人のこころを旅する』第10章「アメミヲヤの真相」195ページから、

を、ご覧下さい。ともに、池田 満 著、展望社 です。

なお、『ホツマ辞典』の系図には、アメノミヲヤは載せておりません。

わたくしたちの祖先に繋がる、初代のクニトコタチや、人類の初発のミナカヌシとは、

次元の違う、創造祖がアメミヲヤであるからです。

同じ言葉でも、意味内容の違う用例があります。

この概念分離をしておかないと、まさに「直訳レベル」になります。

アメミヲヤ1.jpg

 

アメミヲヤ3.jpgアメミヲヤ4.jpgアメミヲヤ5.jpgアメミヲヤ6.jpg

貴きヒトや、その立場のモノが、出来るだけカバーしてゆく、noblesse obligeのような感覚は、

実は、わが国においては、

遠く、古く、

縄文時代の前期頃からもそなわっていた事が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」でわかります。

少なくとも、縄文時代の晩期には確実にこの感覚は醸成されていたことが、

文献上にも『ホツマ ツタヱ』『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」にわかるので御座います。
すごいですね、わが国って!

ほんとうの、本当の、このすごさを、

わかって、それでこそ、その先の展望があると、

わたくしは、ずっと、思いこしてきているので御座います。

さらに、

「アメミヲヤ」の「ミ」の意味は、

単に、尊敬語だけではなくて、

「生じせてくる」意味の、ヲシテ文字の「ミ」のイメージが強く込められています。

ベースのよこ棒から、縦棒がぶらさがるのは、何かを生じさせているイメージです。

 

つまり、「アモト」の宇宙の中心からの齎(もたら)される「イキ」の恵みの、

降されて来ることを、「ミ」の音韻で強く言っている言葉なのです。

とくに、『ミカサフミ』の記述内容は哲学の面で深奥です。

さすが、アマノコヤネさんの偉さです。

 

             ・・

女房の焼き物の釜を、覗いてきました。

かま.jpg

良い感じに、焼き上がったようです。

新匠工芸会の、東京展と、京都展の日程です。

新匠工芸展、73.jpg

東京展.jpg

京都展.jpg

 

写真の追記です。

珍しい、クワコ(野生のカイコ)を、女房が見つけました。

ハスの実が美しいです。

ユズの実が大きくなって来ました。

 

 

「ヲヲンカミ アメのミチなす」って言葉があります。

クシヒコの子孫のヲミケヌシの言葉ですね。ここでは、一歩下がってオミケヌシと、

表記が為されています。

アメのミチなんですね、アマテルカミがご政道での人々を教導なさっておられたのは、ですね。

要するに、その時代、その時代に合わせた「トのヲシヱ」なのです。

永遠のすごい、ものすごい真実のロジックの極致が「トのヲシヱ」なのだったのです。

アマテルカミも、「トのヲシヱ」に、「アメのミチ」を理解できたので御座います。

ああーあー、あー、なんたるか!

すごいことで御座いますね。

「アメのミチ」とは!!!

そして、その原理を定め得たクニトコタチさまの偉さに感動します。

わが国って、本当に素晴らしい国がらなのですね。

漢字の渡来以前に、その時代を、ちゃんと真面目に『ホツマ ツタヱ』や、『ミカサフミ』、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」で現代研究で再発掘したから、

やっと、1300年来に新解明の事実です。

ですから、『古事記』『日本書紀』なんかの漢字文献は、もう、除外して考え直す時代になった訳で御座います。

 

  ・・

ー追記ー

『ザ・リバティ』さんに記事を載せて頂いて、
また、「アメミヲヤ」のことを、さらにさらにと、大き過ぎるテーマでもあるよです。
あれこれと考えていました。
余りにも大きなユニットの概念なので、
何回考えても、パシッとした、説明の文章にはまとめられないでいます。

でも、今回の『ザ・リバティ』さんの記事は、かなり良くまとまったと思っています。

編集長の綾織さんや担当の駒井さんが、しっかりとお考え下さいましたからです。

有り難うございました。

ほんと、未来の「日本」のためでもあり、

世界の遠い幸せに大きく貢献する一歩です。

記紀の原書の今の時点での、この、

プッシュは貴いです。

直訳のおとしめ族に、蹂躙された、

過去の40余年来の事を思い出していました。
直訳の人達との闘いの日々でありました。鳥居礼君とか、鏑邦男、千葉富三、今村聡夫、いときょう、高畠精二などなどの各氏、どうして直訳のような低いレベルで、ゴチャゴチャやっているのか? 不思議に思っていて、もう40年にはなりました。

ようやく、疑問が解けたのが、今年で、要は高畠精二氏のGHQのご用達の翻訳会社の理念に基づいて、わが国の貶めを図るのが、その真相であったようだと、ようやくに、わたくしも認識し始めました。

この、40年来、なにかおかしいと、

そう思っていたのが、GHQのわが国の貶めのプロジェクトの残像だったのです。

すみません、わたくしは、ご気楽で、やっと、今の時点で気が付いてきた段階でした。

お人よしにも、程がありますね。


最も大きな差異は、根幹の基礎のホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
読み書きが彼らにはスラスラ出来ないのですね。

とくに、高畠精二氏は、おそらく書く事も読むことも、ヲシテをですね、99、9%出来ない方に、わたくしは高額の掛け金を積みます!!
外国文字としての「ヲシテ」でしかなかった。彼らにとっては、でしょうね。
それじゃ、
あのすごい「縄文哲学」の神髄が解かる訳がないのでした。
やっと解かった、40年来の青空でした。
もう、曇ることは無いですね。

ヲシテ時代の真実をわかるには、どうしても、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の読み書きの基礎の素養が必要です。
絶対無理ですよ! 「いときょう」さんはホツマの1アヤの暗唱もですし、暗記も出来ないと、今時点で、わたくしは賭けろと言われたら、大金だって賭けますよ。

それで、べべさんに、基礎の素養の修練をと、せめて今からでも「いときょう」さんにも本当のうつくしさをわが国のですね。それを知って欲しい!

その思いで、
小説にも書いたので御座います。
折角にも、こんな素晴らしい我が国の宝物に遭遇して、
余りにものちゃらんぽらんでは、悲しいと思います。

それで、貶めているのですから、実も蓋も無い!

言い過ぎても、それはどうかとも思いますので、

この程度の、
ヒトコトヌシ程度に致します。

やや、目の見開きを、期待しております。

何ともの今までは! の彼にも、花開いてくる、

すばらしい未来も待ち受けているのかも知れません。

それは、本人の覚悟と努力と見識の見開きにあります。

わたくしは、すごい光が放たれて来たら、そこには、

生涯をかけて応援する傾斜におもむくこと請け合いで御座います。

 

 

 

 

 

| 日本史 | 10:47 | comments(11) | - |

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