『ミカサフミ ワカウタのアヤ』のこと。最新解明の事。「ネコヱのミチ」のこと。

このところ、ずっと考えて悩んでおりましたのが、
「ネコヱのミチ」の事で御座いました。
寝ても醒めても、です。

         <ルビ消しを、今朝からやっていまして、 

          そこで、「あ」と、気づきました。

          ルビは、無いのが良いですね!

          『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の増し刷りの、わたくし手持ち用の一冊です>

このところ、
「ネコヱ」のことをずっと、思索を続けておりました。ら?!
あー、見捨てても無い事で御座います。
やっと、長いトンネルを抜け出た気分で御座います。
やっと、やっと、本質が見えてまいりました!


さて、
「ネコヱ」のミチの事、
平成の24年から、実に、重い悩みのキーワードでした。

あたらしいキーワードでした。

むつかしいことでした。
でも、ちょっと、今日において、少しだけ、晴れやらん!と言った事で、ある程度解明に至りました。
少しと申しますか、ランクの処では、
一段ぐらいは理解度がUPでしょうか。
とにかくも、少しづつで御座います。
わたくしの思いとしましては、すこしく、
アマテルカミのおこころに、一歩は、添えつつあるか?
と、自負の処で御座います。ほんの少しでのことでは御座います。
でも、40年前には解からなかった、アマテルカミのお気持ちが、
やっと、少しのひとつは、眼前に出来たと思いましたひとときが、
今朝の事で御座いました。
アマテルカミの、お偉さを、
今朝も実感することで、嬉しく有り難い嬉しさを、
身に、迫って思う事がうれしい事で御座います。


    <『フトマニ』の項目のナンバリングです>

このことが、本当の「国学」、
「ヲシテ国学」の醍醐味ですね。1300年来の初の事で御座います。

もう、ムラサキシキブも実が美しくにも成ってまいりました。

カラムシの花が咲いていました。

カラムシは、繊維を取りだして、

衣服にも使い、虫歯を引き抜くのにも使ったりもしていました。

苧麻とも言います。

葉も食べられますし、実も、食べられます。

わたくし作の、干瓢の水差しと、カラムシです。

近付いて見ます。細かな可愛い花です。

| 日本史・国語 | 16:08 | comments(4) | - |

『ホツマツタヱ』1アヤの10回目。ヒルコヒメのラブレターのおウタ。

さてさて、
そう言う事で、アマテルカミは、イサワ(現代の志摩市の伊雑宮の付近)に、
ミヤコ(首都)を遷されたのでした。


『古事記』が『日本書紀』が、インチキの漢字訳をしてしまったので、
「女神」だなんてことに、歴史の捏造をされてしまって、困った事です。
それは、まったく誤認の1300年間でした。
8代目のアマカミ(古代の天皇陛下)が、アマテルカミであらせられます。
やっと、わかったわが国の真実です。
だって、天皇陛下は、女性の場合はリリースのお立場の場合だけで、
向後ずっと何千年も受け継がれる伝統です。
アマテルカミが女性として認識したら、やっぱりおかしいでしょう!
のちのちの何千年来の伝統から言っても。
ずっと男系なのに、どうして? アマテルカミが女性なの?
アマテルカミの女性論は、まったくの、『古事記』『日本書紀』の垂らし込んだ「毒」です。
解毒をしましょう!
このミチを真面目に取り組むのが、本当の「国士」です。
マトモの伝統に戻せる根拠が、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」です。
なにしろ、記紀の原書です。
アマテルカミの時代とは、
考古学の時代で言うと、
縄文時代の終わりか、弥生時代の初めの頃の話です。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究から、
神武天皇の以前に、12代のアマカミがご即位されていた事が解かりました。
わが国の建国は、初代のクニトコタチさまに遡ります。
時代は、考古学での区分で言うと、縄文時代の前期に相当します。
『古事記』『日本書紀』と、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」との対比比較は、
『定本ホツマツタヱ』をご覧ください。
ヲシテ時代(漢字以前の我が国の事)の、12代の景行天皇56年までの記事について、
一文字も欠かすことなく、掲載してあります。
もちろん、『ホツマツタヱ』は40アヤの全文を掲載しています。
校異(こうい、写本の記載の違い、校本の異同の事)も頭記しました。
             ・
現在の三重県志摩市の伊雑宮は伊勢神宮の摂宮になっています。
そのいわれが、アマテルカミのミヤコの地であったからです。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究で、
初めて明らかになった事実です。
1300年来の、『古事記』『日本書紀』からの歴史のひも解きでは、
まったく解からなかった、わが国の真実です。
さて、1300年来の迷妄を、
どうでしょう、
醒めさせてゆくと言う、記紀原書のヲシテの持つ、
本来の担うべき役目について、
お解り頂けますでしょうか? この、大きな錯誤の1300年来の常識に「喝!」です。
         ・         ・
1300年来からの、たぶらかされてきていた常識を、
壊すわけです。ぶっ壊します。
この構図がお解り頂けますと、簡単です。
漢字での直訳が悪い、という事が、一発でお解り頂けます。
でも、現代の文章は、漢字かな混じり文が普通の文章で、
このスタイルが現代のスタンダードです。ある程度は、ここに、寄り添わないと、
現代人に読んでももらえません。ここがむつかしいところで御座います。
古文の原字原文に立脚しつつ、
現代文の風体に寄り添いを、芸術的に極めるのが、美的感覚の極致でしょうか?
極致を極めてゆくのも、たのしさです。

すっすごい、ヲシテです。
記紀の原書としての、
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」です。このランクを崩さないでくださいませ。

「偽書」にはね、いくらなんでも酷いです。
「偽書」に貶めようとするのが「いときょう」さんですね。ひどい事で御座います。
どうして?
「偽書」のレベルに貶めようとするのか?
まったくのところ、わたくしには、
理解が出来得ません。です! ね。
折角の真実の「真書」の『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」なのに!
記紀の原書ですよ! それを、どうして、「偽書」に貶めるんですか? ばかみたい。

まあ、どうせ、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字も、

読めやしない人が、いっぱしに専門家を「騙(かた)る」のも、

まあ、少しの残り時間の事でしょうね。

ホント、ホント、バカみたいなアホみたいな話が、数十年も続いて来て、本当にあほらしいと思います。

「いときょう」氏なんて、何回も、ミチを訪ねに、わたくしのもとにも、

訊きに来て居ていましたが、まさか?

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

彼が、読み書きも出来得ないとは?

当時の私には、思いもよらずでした。

幾ら何でもと、良いようにと、多くにも過誤にミスリードしたのを、今には、反省しています。 

ヲシテの字は、そもそものところ読めるの??

の、基礎の理解のあたりからの、基本からのアプローチが、絶対的に、彼、「いときょう」氏には必要でしたね。

わたくしの、反省するところで御座います。

            ・

あれ?
脱線が、また、多くなってしまいました。すみませんです。
あれこれ、多義にわたっての説明を迫られることも、この頃は、多くなりました。
これも、うれしい事で御座います。
それはそうと、
『ホツマツタヱ』の、1アヤの、その中間からのお話しでした。
     ∽     ∽     ∽
さて、本題。『ホツマツタヱ』の1アヤの10回目です。
ヒルコヒメさんは、8代アマカミのアマテルカミのイサワのミヤに、
おいでになられていました。
妹なのに、年上のヒルコヒメさんです。


アマテルカミは、トヨケカミの直々の教えを受けておられましたので、
一日の長がすでにおありでした。
ヒルコヒメは、「はへる」(侍る)と言った感じでした。
折りからの、トヨケカミのご薨去(こうきょ、貴いお方のカミアカリ)のあと、トヨケカミをお忍びするお祭りがもようされます。
アマテルカミは、今の京都府の北部にミユキ(御幸)になられていました。
その時に、キシヰ(和歌山)のイナタ(稲田)に、害虫のイナゴが大発生したことが起きました。
ミヤコ(首都)のイサワには、アマテルカミはこの時にはご不在でした。
さて? 害虫の発生に対して、どう対処するか?
コトは、緊急の事態です。
キシヰ(和歌山)からの、訴えをお聞きになったのは、
お留守をうけておられた、正皇后さまのムカツヒメ(ホノコ)さまでした。
そこに、「はへ」(侍る)っておられたヒルコヒメさんもおいでになられました。
キシイ(和歌山)からの訴えは、深刻でした。
「はへる」(侍る)ヒルコヒメさんは、ムシ(虫)払いのウタを詠みました。
   たねはたね うむすきさかめ
   まめすめらの そろはもはめそ
   むしもみなしむ
特殊のヲシテ文字も多く使って記されていますウタです。


原字でヲシテ文字で読んでゆきますと、幾つもの、
読み解きのヒントが思い起こされてまいります。
それが、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
大切さです。
31文字よりも、一文字多い、32文字ウタは「マモノ(魔物)」除(よ)けになります。
字余り歌と言う、ネガティブな感覚ではなくて、
字余らせ歌の、より、アクティブな、現代の感覚で言うと「魔よけ歌」になります。
31日のコヨミの隙間に、マモノが入って来やすいのを、
32の日で、音韻の余らせでギチギチに満たすと、
マモノ(魔物)は絶対に入って来れません。
この思いを込めて、字余らせ歌の32音韻で、
ヒルコヒメさんがお詠みになった、
「たねはたね」のおウタです。
さて、
キシヰ(和歌山)のイナゴ(イネの害虫)をどうするか?
今現代では、農薬が発達しました。簡単なことですけれど、当時は、大変なことでした。
ヒルコヒメさんの「たねはたね」のウタを、
とにかくも試してみよう。
正皇后さんのムカツヒメは、急いで、キシヰ(和歌山)にお行きになります。
そして、
ムシ払いの、「たねはたね」のおウタを、
田んぼにやるわけです。
効きますのでしょうか?
ムカツヒメさまは、30人の女性を両翼にたたずませて、
つまり、ムカツヒメさんを含めて総勢が31人ですね。
田んぼの東に立ち、360回、「たねはたね」のおウタを、
大きな声でうたいました。
そうすると、どうでしょう、イナゴの虫は西の方に飛び去って行ったのでした。
あれあれ、ビックリです。
アキには、すっかりと、充実した稲穂の実りになりました。


これほどの、奇異の出来事もあるのか?
人々は驚嘆するのでした。
イネも若返ったので、ヒルコヒメには、ワカヒメさんという讃え名が付きました。
キシヰのクニの名前も、ワカのクニと呼ばれます。
さてさて、
キシヰ(和歌山)、いやワカのクニの人々は、何かお礼をしたいと、こう、思うわけです。
これまであったアヒミヤに、もうひとつ、アヒのマエミヤ(日前神宮)を建築することにしました。
前も、良かったけれど、今回の、「ムシ払い」のことは、また、素晴らしい。
そう言う意味でした。
前からあったアヒミヤは、改名してクニカケ(国懸神宮)と呼ぶようになりました。
さてさて、若返りを授けてくれたのはワカヒメ(ヒルコヒメ)さんです。
その、32音のマヨケ(魔よけ)ウタを詠んで下さったワカヒメ(ヒルコヒメ)さんにも、
何か? 感謝の意を、呈したい。 そこで、風光明媚のタマツシマに、
行宮(あんぐう)のところを、建築することになりました。
カタで、みちしお(満潮)と、ひきしお(干潮)の、
素晴らしい景観がタマツシマの真骨頂です。
すばらしく美しいところに、どうぞおいで下さいませ。
という、キシヰ(和歌山)の人達の思いですね。
わかります。 タマツシマ、とっても、風光明媚の名景です。
今にも、玉津島神社として立派に祭られてあります。

和歌山の名前の元になったのは、おウタの「和歌」も意味しますし、

若返った意味の「ワカ」の意味もあります。

漢字の「和歌」に限定してしまうと「若返る」方の肝心の大切な意味が吹っ飛ばされてしまいます。

漢字訳の不具合の頂けない所です。
             ・
キシイ(和歌山)の人々の感謝の思いのもとに、
新築のなったタマツのミヤに、
ワカヒメ(ヒルコヒメ)がタマツシマにご滞在の時の事でした。
アマテルカミからの勅使に、アチヒコが使わされてきました。
もう、ワカヒメ(ヒルコヒメ)も、讃え名が付いたので、気後れすることもありません。
かねてからの思いを、ウタに込めて詠みました。
   きしいこそ つまお(を)みきわに
   ことのねの とこにわきみお(を)
   まつそこいしき


ウタミ(ウタフタ・札)にそめて、アチヒコ(のちにオモイカネ)に渡しました。
アチヒコは、返事をしようにも、相手が、アマテルカミの妹君です。
どうしたものか?
また、マワリウタ(回文のウタ)ですので、びっくりしちゃったのでした。
さてさて、どうしたものか?
一旦は、ミヤコに持って帰って、カナサキさんや他の人達にお知恵を借りて、
相談をすることにしました。

今度は、アチヒコの方が、威張れるほどではないと言うかすこしは身の置き所の位置の狭いとも、そう言う思いにも成ります。

男女の関係の、きわめて微妙なアヤの織り成しですね。

これが、重要なのですね。

ワカヒメさんは、もう、対等なわけです。

もう、功績を建てる前のヒルコヒメさんではなくて、

若返るの虫のハライをやってくれたワカヒメさまです。

もう、もう、

オモイカネと、対等ですね。

ちなみに、 

アチヒコさんは、ワカヒメさんからのラブレターのマワリウタ(回文)、から、

もう、

オモイカネての、そう言う意味で、

オモイカネさんという、呼び名が、誰とも無しに起きて来て、

もはや、アチヒコさんなんて呼ぶ人は、まずなくなってしまいました。

思いかねて思いかねての、オモイカネさんです。

| 日本史 | 13:13 | comments(6) | - |

1000年の断交の事。ヘンな人とは付き合わないのが、100%の最善です。わが国のミチの事。

1000年の断交ですね。
ヘンな人とは、距離を置く。これは、人付き合いの常道です。
わたくしの趣味で、体力維持の社交ダンスで、良く学びました。
自分に非が有っても、それが解からない人も居ます。

沢山のお人と付き合います。

それで、よくわかりました。
そういった、ヘンなお人。「二のこころ」のないヒトには、距離を置く事です。
距離の段階に、幾つものレベルを設けて制御をしてゆくべきです。
近々に問題にもなる、セキュリティの考え方と吻合します。
これは、
ヲシテ時代も同じで、
「ヤヱガキ」の考え方に現われていました。
こちら側が、「二のこころ」で接していても、
あちら側が、そうではない場合も多くあります。
「トのヲシヱ」の相互依存の関係が成立するのかどうか?
その大前提の「二のこころ」の共通の意識レベルの共有が有るのかどうか?
幾つかのテストで、この段階について、

早期の関係性の理解のテストが必要です。

 

             ・
幾ら真面目に、こちら側が対処しても、
ハナから、敵は目的が違う場合が、往々にしてあります。

これが、ビックリにも、

現在に往々にしてあります。
いつものことですが、ハナからは良い様な話を垂れこんで来る人に、
まあ、6割強は話半分で聞いた方が良いようです。
わたくしは、いつものことなので、もう慣れました。

いつもなのですね。
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の、
わが国の、本当の固有文字について、
読み書きしないで、専門家ぶりたいだなんて、
あまりにも、わが大文明の発見について、
バカにした態度で斜め上の目線で接してくるのです。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

その書かれている文字も、読めやしないのに?

完全に浮き上がっています。
ほんとうに、バカじゃないか?
いつもいつも、そう思ってしまいます。こんな。

いつものつまらないグチに、
皆さまの耳を汚(けが)してしまいまして、あいすみません。
言いたくもない事々で御座います。いつもの事で御座います。
ですが、
このところの、まだまだ酷い事例が多く起こりました。その実情報告として、
お聞き流して下さいますれば、幸甚のことに存じます。
まだまだ、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」は、
闊歩しております。どうやって、こういう、売国奴的な行為について、
釘をさせるのか?
まだ、有効なてだてが、見つかっておりません。
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」は、Chinaの思う壺ですよ。

どなたか? ぜひ。

こういった、バカみたいな初歩的なレベルのお話しに終止符を、

ドンと撃ってはいただけないものか?  念願しております。

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の駆逐です。

本当の、わが国の存立の重大ないしつえ(イシツエ・礎石・礎定)です。

本当に、キモの据わったおかた。

ご登場にと、願えますでしょうか?

| - | 11:06 | comments(0) | - |

『ホツマツタヱ』1アヤの9回目。「しかるのち」の間に起きたこと。 我が国の文明の、現代からの、大発展の再出発は、一番の重要ポイントは、1300年間も騙されてきていた『古事記』からの卒業です。要するに、インチキの漢字幻惑の騙されに卒業です。よくも、あんなに

さて、前回(1アヤの8回目)までに、東西南北の古い名称が、
「キツサネ」であることや、
さらに、中央の意味の「ヲ」が、どうして入るようになったのか?
そこには、アマカミ(古代の天皇陛下)の教え(ヲシヱ)や導きの、
重要性が込められていた事がわかったと思います。
天地の恵みは「キツサネ」で代表して表されます、
祖先や先人たちからの知恵の恵みは、
アマカミの教え(ヲシヱ)の「ヲ」で、表すわけです。
つまり、
私たちの良い生活は、天地の恵みに加えて、父母やそのもっと前の先人の努力と知恵によって、
ソフト面から受ける恩恵の大きな事が、
本当に有り難い事だと、その思いに気が付く事、それが、中央の「ヲ」を入れて、
「キツヲサネ」と言うようになったわけです。
伝統を最も濃く伝達して下さるのがアマカミ(古代の天皇陛下)です。
深い意味が「ヲ」の中央を意味する音にはあったのでした。
『ホツマツタヱ』の1アヤの舞台となった時代は、考古学的な時代区分での縄文時代です。

あるいは、弥生時代に入りつつあった時代と言う事も出来るかも知れません。
われわれの先人たちは、優れていたのだと、いま、あらためて思いを新たにします。

天地の恵みや、先人たちの智得や努力の積み重ねの恵みに支えられて、
私たちの生活が成り立っている事を知り、感謝する世界把握が「ヲ」の入った「キツヲサネ」、
と言う言葉に込められていた訳です。
そうなのです、ヒトって、自分ひとりで生きているわけでは無かったんです。
何気なしに使っている言葉だって、先人たちの知恵の結晶であるのです。
その知恵を、集約して伝えて教え(ヲシヱ)の中心たるヒト、
それが、アマカミ(古代の天皇陛下)であり、「ヲ」の意味だったのです。

              ・

ここまでが、『ミカサフミ』の主文にある、『ホツマツタヱ』との同文個所です。
そうなのです。『定本ホツマツタヱ』や『記紀原書ヲシテ』には、同文個所に傍線を目印に付けました。
参考になさって下さい。
『ホツマツタヱ』と『ミカサフミ』には、カミヨの方ではとくに、
同文個所が多くあります。
このことは、取りも直さず、さらにとても古い時代からアヤ(文章)が纏められていた事を、
証明している事になります。わが国の文化や文明の歴史は、
現代人が思っていたよりもずっと古くから、高度だったのです。
ちなみに、奈良時代、漢字が入って来てからしばらくして書き留められた『万葉集』、
そこにも、とても素晴らしい歌が多いです。
それも、一般人に拠って詠まれた歌が、とっても素晴らしいのです。
防人(さきもり)の歌なんてのも感動します。
つまり、わが国は、何千年と変わらぬ文明国だったわけです。
ただ、経済状況は、今から比べるととても貧弱だっただけです。
時代が変わっただけです。
ヒトの精神的な生活面に視点をすぼめて焦点を当てると、
今現在の私たちよりも、いきいきとした、生活を実現していたとも思えます。
さてさて、そういう、縄文時代か、弥生時代の初めの頃かの話です。

さて、1アヤでの、同文個所は、
『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』の先行文献での「キツのナのアヤ」と呼ばれていた部分です。
『ミカサフミ』は、サルタヒコの質問と、アマノコヤネの答えの文章がこの後に続きます。
『ホツマツタヱ』の方は、「ホムシサル アヤ」が掲載されます。
「ホムシサルアヤ」の部分で、ヒルコヒメがワカヒメと呼ばれるようになったのか?
そのお話しが綴られています。
本当はどうであったのか? ですよね。
わたくしたちの求めたいところは。
そうなのです、その答えに真正面から立ち向かって記述をしたのが『ホツマツタヱ』です。
さすがだと思います。
『ホツマツタヱ』の28アヤまでを最終編集したクシミカタマさんには、
その思いがとても強くあったわけです。
クシミカタマさんとして、一度もまみることが出来なかったアマテルカミ。
もう、クシミカタマさんからしたら、伝説のアマテルカミですね。
ヲシテ文献の書物によると、
本当に素晴らしい。
敬慕から、もっと親密なこころの距離は縮んでゆきます。
ですが、もう、アマテルカミはお亡くなりになってしまわれていたのです。
時間を取り戻すことは、ムリです。
もっともっと、密接なアマテルカミとして、
クシミカタマさんのそのお気持ちに、寄り添って『ホツマツタヱ』の1アヤを読んでまいりましょう。


このみニシ ミをわけおふる
キノミゆえ キミはヲメカミ
しかるのち イサワのミヤに
はへるとき
(木の実の実のるのはニシの方角に相当します。そして、ミ(実)を別けてそのおのおのが、
また、芽を出してイノチ(生命)を得る事になります。
この理由があるため、東の「キ」と、西の「ミ」とが、
男女の事にも当てはまって、男が「キ」でもあり、女が「ミ」とも言うわけです。
つまり、男女のはたらきの「カミ」の意味で、「キミ」と呼ぶのです。
「キミ」とは、「ヲメ」の「カミ(はたらき)」と言う所以(ゆえん)です。
さて、然るのちの事です。
イサワのミヤにはへる(侍る)とこのことでした。そうヒルコヒメさんの事です。
イサワのミヤは、アマテルカミのミヤコでの2番目に営まれたところです)
と、
舞台が、イサワのミヤに移ります。
さらっと、「しかるのち」と、
5文字に記されていますが、相当な出来事がこの間にあった事を、
私は説明したいと思います。
1、捨て子にされてから、父母のイサナギ・イサナミさんの許に戻ってきたこと。
2、弟のソサノヲを母親代わりに育てたこと。
3、ハラミのミヤで、兄のアマテルカミから講義を受けたこと。
4、マナヰでのトヨケカミの崩御の事。
5、イサワにミヤウツシのこと。
ざっと、5つつは、説明したいと思います。
長い年月が、1〜5の間に起きていました。
『ホツマ辞典』の年表を掲げます。


ヒルコヒメ(ワカヒメ)さんの、生誕から、お亡くなり(カミアカリ)までの経緯が良く解かると思います。
さて、
「しかるのち」(ホ1-15)
の間に起きたことを解説しましょう。
捨て子にされて、カナサキさん夫婦に育てられたことが有りました。
立派に成長したヒルコヒメは、イサナギ・イサナミさんの許に戻ってきます。
そして、アマテルカミの妹君として、扱われます。それが「アメのイロト」の意味です。
此処が解かる典拠は『ホツマツタヱ』3アヤの19ページにあります。

そして2番目の弟のソサノヲ(スサノヲともソサヲともいう)を育てました事、
母親代わりでもあったのです。
それは、『ホツマツタヱ』の5アヤの9ページあたりに事情を読み取ることが出来ます。

母のイサナミさんは、ソサノヲの悪さの事から事故死なさってしまいます。
その後、ヒルコヒメ(ワカヒメ)さんがお育てになったわけでした。
ソサノヲがツミ(罪)を得て流離ってゆく際に、「ひとめ、姉のヒルコヒメに会いたい」
と言って、許されたのも母親代わりで育った事情があると良く理解されます。


3番目のハラミ(富士山南麓のミヤ)での話です。アマテルカミから、「ネコヱのミチ」の、
教えを受けます。
アワウタ(アワのウタ)の極致は、「ネコヱのミチ」にあったのでした!
『ミカサフミ ワカウタのアヤ』にて、平成24年(2012)に初めて解かった事実でした。
年長の妹君のヒルコヒメさんでも、
トヨケカミから高度な教えを受けていたアマテルカミは、
もう、相当に「アメのミチ」に深い造詣をお持ちだったのでした。


『よみがえる縄文時代 イサナギ・イサナミのこころ
−新発見『ミカサフミ ワカウタのアヤ』アマテルカミが解き明かす−』
(池田 満、展望社)にて詳しく解説しました。
この箇所は、ワ-64行目にあります。


アマテルカミのその深い哲学内容に、どうぞ、思いをはせる事をお勧めします。
いかに、わが大文明は、ヲシテ時代にすごかったのか!! です。

その後に、コクミの「怠政」の事件が起きます。
それから、トヨケカミにまつりごとの立て直しを依頼することになりました。
ご高齢のトヨケカミは、天寿を覚られます。
そしてトヨケノリにて、お亡くなりになられます。
「トヨケノリ」とは、生きながらにして、ご墓所のホラアナに入ってゆかれて、
死したるのちにも、世を人々を護ろうとする、その行いの事を、
トヨケカミからの壮絶な行為で、「トヨケノリ」と言われるようになりました。
トヨケカミのお入りになられたお山は、比治山、久次がタケ(岳)とも呼ばれます。
麓には、比沼麻奈為神社が祭られています。
そうして、トヨケカミのいまわの際には、
アマテルカミが、おん遺(のこ)しことを承るのでした。
この故に、アマテルカミはミヤウツシをなさいます。
遷宮といますか、首都のお遷しです。
新宮のところは、伊勢の今の志摩市のイサワのところです。
その理由が、『ミカサフミ』に記されていました。

「ウ」を受けるためだったのです。
原文で見ますと「ウ」の字が特殊文字であることがわかります。
この文字は、温かいエネルギーを指し示している事が、
他の用例から良く解かります。
オモイカネが、ミヤコの造営に関わったのでした。
そして、この、オモイカネが、のちにヒルコヒメと結ばれます。

と言うのが、
「しかるのち」(ホ1-15)
の間に起きた出来事のサラッとした解説です。
オモイカネがイサワのミヤを造営したことを知っていると、
この後の話の展開に、おおっと思うベースが出来る事になります。
さて、
次回は、いよいよ、
ヒルコヒメさんが、どうして? ワカヒメさんと呼ばれるようになったのか?
そのお話しに突入します。

| - | 11:09 | comments(3) | - |

京都ヲシテ講習会の会場が変更になります。8月17日より。

京都のヲシテ講習会の、会場が変更になります。

次回の

8月17日から、京都駅からすぐ近くです。
歩いて7分の明覺寺(めいかく じ、明覚寺)さんの会議室になります。

京都ヲシテ講習会

パンフレットが出来ております。
京都ヲシテ講習会のパンフレット

お問い合わせください。

わたくしが、「ホツマ」や「ほつま」とは違って、「ヲシテ」の言葉を強調しますのには、

訳(わけ)が有ります。

単なる現代文への直訳では、大切な意味が大きく切り取られてしまうからです。

翻訳には、イメージ操作がどうしても付きまといます。

何千年も前もの、古い文章は、

やっぱりむつかしいのです。簡単なる直訳にすると、

「偽書」の創造に成っちゃいます。ここが、現代人に理解がむつかしいです。

でも、

漢字の「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」、を、

良く無いと、その気付きが、とっても重要です。

直訳だと、どうしても、江戸時代の「偽書」の位置です。

それは、そうです。

江戸時代の言葉に直訳したからですね。

いっぱいいました、鳥居礼、吾郷清人 など、のエトセトラ。ETC.

 

そういうように貶めたのは、一体誰のやり口だったのでしょうか?

おとしめの人達は、今もその亜流の、「いときょう」氏とか、いっぱいいます。

どうして、このような大切な事項が解からないのか?

私にとっては、絶対疑問です。

『古事記』『日本書紀』の誤訳の酷さを、

それを、直そうと。

その、こころざし。

わが国の貴さを、

本当に、解かってきたの????

ですね。

また、

そういう、意味不明の、直訳レベルの不理解に陥らないようにと、

これを、わたくしは、40年余にわたって警鐘を鳴らし続けています。

 

 

| - | 09:23 | comments(14) | - |

『ホツマツタヱ』1アヤの8回目。東西中央南北の、真ん中の「ヲ」の重要性の事。どうして、「キツサネ」が「キツヲサネ」と言われて来るのか?

古い時代の、わが国の国祖のクニトコタチさまの時代。
そのころは、東西南北を「キ・ツ・サ・ネ」と、言って表現していました。
それが、時代を経るごとに、別名称も出てまいります。
一音韻の表現では、他の言葉との間違いが生じやすいので、
多音韻の言葉が編み出されてまいります。
東の「キ」には「ヒカシ」。
西の「ツ」には「ニシ」。
南の「サ」には「ミナミ」。
北の「ネ」には「キタ」。
単音韻の語彙から、多音韻の語彙への進展です。
幼少のヒルコヒメ(のちのワカヒメさん)には、その違いが判らないので、
養父のカナサキさんにご質問なさったのでした。ヒルコヒメは、アマテルカミの実の姉君ですが、
父母が、アメのフシ(現代の厄年)に当たっていたために、捨て子にされて、カナサキさんの拾い子となっていたのでした。


(のちに、イサナギ・イサナミさまのもとにお戻りになる際に、アマテルカミの妹君(アメのイロト、アマテルカミの、おん妹君)の扱いになりました)

さて、
「キツサネ」の説明のコトは、もう一段と、話が進みます。
東西南北の「キツサネ」に、中央の意味の「ヲ」が、付加されてまいります。
つまり、中央の「ヲ」が入って「キツヲサネ」になる事です。
この説明もしないといけない。と、カナサキは感じていました。
でもカナサキさんは、どう言ったらよいのか? 悩みました。今考えても、わたくしも悩みます。
中央の「ヲ」の概念を、どうやったら、ヒルコヒメにお解り頂けるのだろうか
そこで、
ミチを説く事の次第に事寄せて説明することにしました。

『ホツマツタヱ』の1アヤの12ページからを、掲げます。


        ∞      ∞       ∞
カナサキさんは、語ります。
              ・
たとえば、そうですね。こうして、わたくしなどでもミチを説く事が知られてくると、
よく、人が訪ねて来ることもあります。そんな時にも、「キツサネ」って、有るんです。
来るのは、「キタ」に相当します。
ミチを求めてくるので、その「タ」のハル(春)のキ(エネルギー)を、
訊きたいと、そう言う事ですから、「キ」「タ」の、「タ」を求める意味の「キ」です。
ですので、「キ・タ」と言うわけです。
折角に来てもらっても、目的が違うような事が良くあります。
わたくしたちは、国家の事を重要な視点と考えていますけれど、
そうではない人も多いです。
単に、体力の維持とか、転倒の予防や、ボケの予防にと、その目的も様々です。
それも、決して悪い事ではありません。
でも、
私たちの願うところは、国家の安寧にあります。
少しお話しをしていると、その目的意識の事にも、
理解が及んでまいります。
       ∽       ・        ∽
さて、現代的な視点も、ここに、少し説明を加えたいと思います。
転倒の予防や、ボケの予防と、
国家の安寧にどう寄与してゆくかとのことには、
目的意識の違いにランクの差が有ります。
目的意識の合う合わないの、そう言う違いもあるわけです。
その、目的意識の違いが合うならば、次の段階にと、話し合いは続いてゆきます。
その、目的意識の違いが、大きく異なると解かってくれば、それは、レールの軛(くびき)の
ちがいで、あっちにいったり、こっちに向かったりです。
方向性が別れてゆくのは当たり前です。
さて、
こうして、
私生活的なことでの目的意識の求める人達は、「キタ」だけに過ぎない事に成ります。
わたくしの思いは、どうしても、国家の安寧なる維持に重きを置くからです。
ちょっとだけの、聞きかじりのような取り込みで、いわゆる(現代的の感覚でコピペとか、パクリ)簡単な模倣で、
なんかすごい知恵を得たように思って大満足します。それも悪い事ではありません。
それも、ひとつの過程です。
ヒトは色々で、そう言う過程を経ることも重要な路筋であります。

さてさて、
本来の道筋は、
「縄文建国」のことですね。わが国は考古学に言う縄文時代の、
それも、古い事に、縄文時代の前期に於いて建国が為されていたのでした。
それを「トコヨクニ」と号します。このすごい事実が分かったのは、
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の、
発見と、現代研究の成果です。
まだ、50年ほどの研究の歴史です。
これから、学会や、大学や、国立の研究所など、しっかりしたモノを作ってゆく必要があります。
これからで御座います。正しい歴史の再構築です。
その根幹には、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、読み書き。
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の原文に通じるお方が、
全国のあちこちにと、たくさんの頻出をしてきてくださいますことが、まずもっての、第一の定礎に成ります。
アマテルカミのお使いだった文字、5・7調の正式文章の文体に、通じてこそ、わが国の古典に初めてアクセスし得るレベルです。
もう、
多くのお方が、出ておいでで下さいます。
うれしい!! です!!!

松本善之助先生も、どれほどお喜びの事か! と、このあいだも、

ひしひしと、思いました。テープ貼りに5人も来て下さいました!
アマテルカミのおこころに、やっと、今皆さんと、語らう事が出来ます。

それは、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字に拠ってです。
これこそが、アマテルカミのお望みの事だと、わたくしは、思います。
有り難い事で御座います。

忘れてもよくないと思います。

「ニヱ」の用例を掲げます。


「ニヱ」の「ヱ」は、ヤ行のYeが多いようです。

「アナニヱ」の事は、どう理解するか。まだまだ、定見は得ていませぬようで御座います。

多くのお知恵のお方様、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』

の「ヲシテ文献」の解明にと、ご参戦をして下さいますことをつねに願って居ります。

 

              ・
さて、『ホツマツタヱ』の1アヤの12ページのところに話を戻しましょう。
こうしまして、
カナサキさんの許(もと)には、多くの人が「ミチ」を聞きに訪ねてくるのです。
この場合の、教えの中心はカナサキさん。つまり、ここが「ヲ」になります。
中央の事が「ヲ」なのです。「ヲシヱ(教え)」の「ヲ」です。
通常のホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字ですと、中点ありです。

 


でも、特別に、尊んでの場合など、中点無しの「ヲ」のヲシテ文字を使ったりします。

この使い分けのニュアンスが解かるには、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

その、5・7調の原文の書き取りがどうしても必要です。

これが解かってきたら、大体のところの認識で、初等教育からの卒業です。

中点無しの特殊文字の「ヲ」の文字はこういう感じです。 

でも、カナサキさんの時代でも、多くの場合が、目先の事ばかりの、求めが多いのも事実だったようです。
ハル(春)には、フユ(冬)の、厳しい勤めが有ってこそ、花開く優雅さも大きくなります。
ナツ(夏)の木の葉の繁りの青青さには、やっぱり、フユ(冬)の、厳しい勤めが有ってこそなのです。
アキ(秋)の実りの豊かさも、フユ(冬)の、厳しい勤めが有ってこそなのです。
ですので、
どうやって、フユ(冬)の、根を練る勤めを、どうして、まっとうするのか?
その、秘密についての問いが有ると嬉しいのですね。
ミチを聞きにやって来た人も、目的が合うと話はその先の奥深いところにも進んでゆきます。
でも、来た人が目的が違っていたら、つまらないとなります。

目的の違いです。聞きかじり族のお方は、やっぱり違うようです。

すぐに、つまらないと言って、お帰りになります。こういったお人は、単に、来ただけでした。

そう言った場合とは異なって、良いお方たちの場合は違います。
さて、さらに話が進んできます。国家の国事のことを思うからですね。

そうしますと、「二のこころ」がお互いに生じてきます。
判らない事はさらに訊き進んだり、して、お互いに理解度が増します。
「ミ・ナミ」の状態になります。「ミ」に成ってゆく「ナミ」の及ぼしです。
お互いが良く良く納得出来たら、落ち着いてきます。
もう、煮え沈むような感じ。それで「ニシ」です。
納得・満足してキタに帰ってゆきます。納得してミチを自分のモノとして「タ」に働かせてゆくためです。

その、「根っこ」を育むのが「ネ」です。「ネ」は、殊の外に大事です。

種も、まずはじめは「発芽」のこと、「根っこ」が先に出てきます。
さて、こういった循環の事を、
樹木の「キツサネ」の一年について、考えてみましょう。
もっと、中心としての「ヲ」のイメージが湧いてまいります。
そして、フユのネの時期がいかに重要かが解かると思います。
              ・
キ(樹)の一年を見てみます。
ハル(春)に、ワカハ(若葉)を出してきます。
ナツ(夏)になると、アオハ(青葉)になります。
アキ(秋)には、ニヱのモミチ(紅葉)になります。赤くニを得るわけです。
フユ(冬)には、落ち葉の黄色になります。
これを、「キツサネ」の目線で見ても納得できます。
つまり、
「ネ」の根っこを充実させるのが「キタ」です。ハル(春)に向かっての準備をします。
人と人の関係でも、親切にしてもらったら、感謝を持つと言う事、これが「ネ」に相当します。
そこから、季節が進展してきましたら、兆しが萌え出でます。「ヒカシ」です。
「ひらき」「来ること」「為す事」の「ヒ」「カ」「シ」です。
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字で考えますと、良くわかるイメージです。
どう開いて来るか、どう開いてゆくか? は、すべて、「根っこ」からの萌芽です。
感謝の思いからは、「二のこころ」。いやな思いからは、「反目のこころ」。
すべて、「ネ」に拠ります。
「ミナミ」の「サ」には栄えます。青葉の栄えです。養分のたくわえがこの時期のうるわしさです。
さて、
次の季節の、アキ(秋)には、実にと纏まってゆきます。
結実です。こうして、「キ・ツ・サ・ネ」と、季節の役割は変化して、
樹木だって伸び栄えて、次代につないで行きます。
この循環の経緯の事、大雑把に言って「キ」「ツ」とも言えます。
「キ」のヲと、「ツ」のメとが、合わさってこそ、の季節の循環で、
「ミ(実)」を結んでくれるのです。
ヒカシの「キ」と、「ミ(実)」になるニシとの間の真ん中が、
とり結びの重要な位置です。
知恵やマツリコトでの中央の「ヲ」にあって、
キミが教えておさめるので、ワ行の「ヲ」に記されます。
ヲシテ文字の中点無しの「ヲ」は教えの中心の意味が強く意識された特殊文字です。
祖先からの、長期間の時代に蓄積された知恵を、集約しているのがアマカミです。
アマカミのキミが、中心になることがさらに、天地の恵みの「キツサネ」を、
もう一段とグレードをUPせしめてくれます。
それが中央の意味の「ヲ」を加えての「キツヲサネ」の言葉です。


「ヲ」って、ホント、大切ですね。

と、カナサキさんは、
お若いヒルコヒメ(のちの、ワカヒメさま)に説明していました。
ヒルコヒメは、とても怜悧でした。カナサキさんの言葉を、スッスッと、解かってゆくのでした。
当時はニシノミヤと呼ばれていました。
現代での、兵庫県の西宮市です。
広田神社も、西宮神社も、その、ヲシテ時代の中期の「ニシノミヤ」の区域に入っていました。

                  ・

循環の季節の表現の、ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの重要性と、「キツヲサネ」との関係を、
ご理解頂けたかと思います。
わが国の本当の文明って、「縄文哲学」は奥深くも深淵で高貴さが強く際立っています、ね。
すごいことです。
漢字に捉われていたら、絶対に分からない感覚です。
これが、わが国の本当の真実「やまとことは」の高度さそのものです。


原字のヲシテ文字で読んでゆくと、本当に、「おー!!」って、感動です。
なんで、どうして? こんなにも、「縄文哲学」って、すばらしいのか??!!!


わが国の本当の文明は、ヲシテ文献で解明された如く「縄文哲学」にありました。
「縄文哲学」に基礎をおいて、漢字以前の時代の文化・文明は形作られていたのが、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見と、
ここ、50年来の現代研究でやっと解かったので御座います。

簡単そうで、1アヤだって、どれほどむつかしいんだ!!!

と、直訳じゃない観点からの感覚からは、

こういうように、多くのふくらみが、生じてまいります。

まだまだ、わたくしは、一端を述べたものに過ぎません!

四国の、おシツさまからも、新見地も頂いております。すごいことです。

いかに、わが国の縄文時代・弥生時代の文明がすごかったのか!

これを解明して、新たな教科書も創ってゆかねばなりません。

まさに、仕事は山のようで御座います。

| 日本史・国語 | 13:25 | comments(0) | - |

『ホツマツタヱ』1アヤの7回目。交感神経と副交感神経の事。

「キタ(北)」の「タ」は、「ハル(春)」に相当しまして、また、「キタ」の「タ」が、
ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの、概念のうちのひとつの「タ」であることも、
ご理解頂けたかと思います。


わが国の本当の文明って、「縄文哲学」は奥深くも深淵で高貴さが強く際立っています、ね。
すごいことです。
漢字に捉われたら、絶対に分からない感覚です。
これが、わが国の本当の真実「やまとことは」の高度さそのものです。

「来る」の動詞など、単音の動詞語幹のお話しに踏み込んでゆきたいと思います。
「ある」「いる」「うる」「える」「おる」
などと、動詞化言葉の「る」をくっ付けると、動詞として使えます。


現代でもこの機構は健在です。「事故る」「トラブる」など、新造語にも活用されます。
わが国語の適応力は、今にも活発な躍動をしています。
単音動詞語幹の事、動詞化言葉の「る」をくっ付けると、
くっ付け前の単音韻の意味が能動的に表れます。
それが、
「ある」「いる」「うる」「える」「おる」
「かる」「きる」「くる」「ける」「こる」etc.
となってゆきます。
ア行には、派生の意味合いの起きるのも少ないです。子音のイメージが、存在を表現する「タネ」であるからです。
分岐する概念が少ないのですね。
「ある」「いる」「うる」「える」「おる」の違いの事、
何かしら感じるところがあると思います。
子音のイメージが「タネ」で同一ですから、母音の違いによる差が、
「ある」「いる」「うる」「える」「おる」に現われて来ます。
初めに起きた言葉を「第一語意(仮名)」とも申せましょうか?
「第一語意(仮名)」に次ぐ、「第二語意(仮名)」や「第三語意(仮名)」などの語意に分化もします。
「いる」には、「居る」も「要る」も「射る」も「炒る」も「鋳る」も生じて来ます。
「うる」には、「得る」も、「売る」も生じて来ます。
「おる」には、「居る」も「折る」も「織る」もあります。


カ行には、
「かる」(刈る、狩る、借る、駆る)などとも、「第一語意(仮名)」に次ぐ、「第二語意(仮名)」や、
「第三語意(仮名)」などの語意も分化します。
48音それぞれ面白いので、みなさま、一度お考え下さい。
これが、縄文時代の初め頃の感覚です。
わが国の初期の文明開化です。クニトコタチさまの、わが国の建国の当初の時代です。

               ・

さてさて、
「キタ(北)」の「タ」が、どうして?
ハル(春)と、関連するのか?
前回までの解説でお解り頂けたと思います。もう、二音韻語の発生の時代です。

クニトコタチさまの時代からは、少し後世にくだります。
さて、今回は、
『ホツマツタヱ』の1アヤの11ページの文章の吟味に付いて、
もう少し踏み込んで考えたいと思います。
「 アサキ オ(を)うけて
ナガイキの ミヤのうしろオ(を)
キタとイフ ヨルはねるゆゑ
キタはネそ」
原文をご覧ください。

ひらかな・カタカナにしただけで、意味合いの削除が多くされてしまいます。
怖い事で御座います。その怖い事が、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字が読めないでは、
少しも感じられないと言う、さらなる、怖さの事。
GHQがやって来て、床の間の床柱(とこばしら)にペンキを塗りたくられても、
何にも感じない恐怖に同じです。直訳偽書の怖ろしさ、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の恐怖です。
こわいですね。
「ある」「いる」「うる」「える」「おる」や、
「かる」「きる」「くる」「ける」「こる」だって、
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字で考えると、スキッと語意が解かってまいります。

本物だからですね。
               ・
さて、
そうして、ミヤの大宇宙からの恵みをいっぱいに受ける、南向きの、
その後ろ側、それを「キタ」と言うわけです。
「ハル(春)」が萌(きざ)すから「キタ」と言うわけです。
日の巡りがあって、気温の巡りはひと月ぐらいの遅れが有るのを、
「トシノリ」に込めてクニトコタチさんはお教えになられていたのです。
興りが有って、展開が有る。
兆しが有って、開花が起きる。
ミナミの長生きを得るには、後ろ側に、根っこが有るのです。
それが「ネ」です。日中の活き活きとした、はたらきの活動をする為には、
夜にゆっくりと休む必要があります。
人体でもそうです。
交換神経と副交感神経の、織(お)り合わせです。
日中の活発の時期の交感神経。
夜中の休息時期の副交感神経。
ふたつの撚(よ)り合わせ織り合わせが、人体の絶妙なバランスを取っています。
ひとひ、の、一日でもそうです。
日中の、活動の時。
夜中に休む時。
このバランスが必要です。
夜中にゆっくり休むことで、「ネ(根)」を「ネル(練る)」事が出来ます。
充分に休んで、チカラを付ける。
それが、「ネ(根)」を「ネル(練る)」の役目です。今に言う、副交感神経のはたらきです。
季節のことに勘案して言うと、
冬至からが、「ネ(根)」を「ネル(練る)」本格の時期に成ります。
それで、「キタワス(鍛える)」の意味がここに有りました。
「タ」の「ハル(春)」の息吹きをこの時期に込めてゆくから、
硬いクロカネ(鉄)の鋳物の鉄だって、ハカネ(刃金)になります。

煉り鍛えるからです。それで、つよくて強靭にして柔軟さを持ち得ます。
硬いだけじゃダメなんですね。もろいのです。ポロって、折れて砕けちゃいます。

いかに、「タ」の「ハル(春)」のモエの息吹きを込めるか。

込め得るのか? これが、「ネ」の「キタ」の意義です。
どうでしょうか?
「ヨルはネルゆゑ キタはネそ」
の深い意味合いのこと、感動して貰えましたでしょうか?

ヒトも、夜も寝ないで頑張り続けていたら、いつか? ボキッて折れてしまいます。

何処か脆弱な所が病を得てしまいます。ゆっくり休んで下さいね。
「ネル」の言葉でも、「寝る」も「練る」も「煉る」も、複雑に意味込めが為されていました。
だから「キタ」は「ネ」だったのです。
「ネ」は、「キタ(北・ネ)」でもあり、「寝る」でもあったのです。
原字のヲシテ文字で読んでみると、
「おー!!」って、感動の納得が得られます。
なんでこんなにも、「縄文哲学」って、すばらしいのか!?!!!

       ・      ・      ・      ・      ・
わが国の本当の文明は、ヲシテ文献で解明された如く「縄文哲学」にありました。

直訳は「縄文哲学」を覆い隠すだけです。
「縄文哲学」に基礎をおいて、漢字以前の時代の文化・文明は形作られていたのが、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見と現代研究でやっと解かったので御座います。

本邦初の、1300年ぶりよりも、もっとの、

ゆうゆうに、2000年以上の、本邦初の新解明の出来事であります。

バッカみたいな、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」では、とても、ムリなことで御座います。

この新事実に、辿り着けるには、です。

| - | 11:37 | comments(2) | - |

『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。

「キタ(北)」の「タ」は、「ハル(春)」に相当します。
「キタ」の言葉を説明するにも、「縄文哲学」が必要です。


なぜならば、「キタ」の「タ」が、
ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの、概念のうちのひとつの「タ」であるからです。
国家建国の、わが、縄文建国の始まりに際して、
国祖のクニトコタチが、「トシノリ」を定められたことに始まります。
ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの説明なくしては、
「キタ」の「タ」の「縄文哲学」は説明困難なのです。
それほどに、国祖のクニトコタチの時代の哲学概念は高度です。
私が読み解いて以来、ずっと、『ホツマ辞典』にも記載して、
ずっとずっと使って来ている、座右の図を掲げます。

さてさて、もう一度、ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの関連のその「トシノリ」を、
考えてみたいものです。
ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの理解の基礎には、
勿論の事に「アワウタ(アワのウタ)」や、48音図表の理解が必要です。
さらなる上に、
ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの「トシノリ」の概念が有ります。
             ・
ひらがなや、カタカナで「アワウタ(アワのウタ)」を読んでいるのは、
入り口の段階のレベルです。もちろん、悪い事ではありません。

わたくしは、その上の望ましい姿を、主張しているだけです。
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字で、読み書き出来て来ましたら、
発声の際のクチの形状にも、スキッとした統一感も出来て来て、
発音も格段に美しくなります。レベルのもう一段のUPですね。
アマテルカミもお使いであらせられたヲシテ文字、それを読みもできない書きもできないでは、

レベルUPには、お話にもならないと思います。

ここで、多くのこれまでの「いときょう」さんとか、鳥居礼君とか、
そういった、直訳の人達は全員落伍します。残念なことですが、私にはどうしようもありません。
教えを乞われたら、もちろんのこと、いつでも懇切にと親切にとサポートを致します。
それは、本当の「国学」樹立に向けて一緒に歩む同志としての位置だと認識しての事です。

 

        ∽  ∽   …   ∽  ∽

 

さて、「キタ」の語意の事、これも、かなりむつかしいので御座います。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の出現と現代研究の進展で見えてきた、
ひとつの、仮説の段階です。でも、おもしろそう。かなりに。
さて、そのことは、
「キタ」の言葉の用例を分析してみて分かったのでした。

「北」の意味の用例、27例。

「来る」の意味の用例、23例。

「きたなき」「きたなく」「きたなし」「きたなき」「きたなし」「きたなし」の用例。

と、

「きたわせ(鍛わせ)」「きたひ」「きたえ」の用例。

この用例の中で「キタナシ(汚い)」の意味に使われている言葉が、

語源を考えるときの、
カナメになります。
「キタ」が「無い」から「キタナシ(汚い)」と言うわけです。
「タ」のハル(春)が来ないから絶望的で、それで、「キタナシ(汚い)」と言うわけ。
なんと、納得できる語源なのか!
と、私は感動をもって感激でした。

漢字の置き換えから、「汚い」のイメージで考えると、
「タ」のハル(春)との関係性なんて気が付きません。
どうしても、アマテルカミのご使用であらせられた、
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字を、
今に実際に読み書き出来てこそ、本当の、わが国の「縄文哲学」が解かります。

「鍛える」のことばも、「タ」がハル(春)の意味だとすると、何とも納得できます。

               ・
歴史的に考えますと、
一音の語が、古いです。
二音や三音など、複韻重韻の語は、単音韻の言葉よりは後発性だと、そう睨んでおりました。
「キ」「ツ」「サ」「ネ」の方角の一音の言葉は古いです。
「キタ(北)」の言葉は、その後になってから発生したと考えられます。
つまり、2音韻の複合語だったと理解が及びます。
「キ(来る)」と「タ(春)」の複合語だったのです。
国語の発達・発展は、縄文時代の前期の中葉の頃に、
まとまった進展が起きたと思われます。48音韻の成立が有ったと思われます。
その後に、縄文時代の後期に、また、大きな進展が有ったように、私は捉えています。
それが、ヲシテ時代の中期に該当します。2音韻の複合語などの発生です。
水田稲作が国家経済の根幹にとなる時です。
でも、
その後、奈良時代でも平安時代でもそうでしたが、
一端危急の気候の変貌の異常気象に見舞われましたら、
ちょっと前までの、高度な集積的な農業がバラけちゃう事態も、
何回も、経て来ています。その際は、また、小家族の静かな暮らしの、
言うならば古来からの「縄文生活」に、しばらくは、なりをひそめて、気候の好転を祈念しているのが、
私たちの先祖の姿であったと思います。
すごい事で御座います。
縄文時代の前期からの考古学の発掘からの歴史が、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、ぴったりと、当て嵌(は)まります。
不思議なことです。やっぱり、『古事記』の原書は、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」であるとして考えると、
100%スキッと納得します。

さてさて、
「キタ(北)」の「タ」が、どうして?
ハル(春)と、関連するのか?
このことも、「縄文哲学」の概念に依拠して初めて、「おー!!」って、感動の納得が得られます。
なんでこんなにも、「縄文哲学」って、すばらしいのか!?!!!


わが国の本当の文明は、「縄文哲学」にありました。
「縄文哲学」に基礎をおいて、漢字以前の時代の文化・文明は形作られていたのが、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見と現代研究でやっと解かってまいりました。

| 国語 | 09:38 | comments(6) | - |

『ホツマ ツタヱ』1アヤの5回目。「キタ」の意味のこと。

アマテルカミは、国民の幸せのために、と、
長生きをなさって下さっておられました。
それも、誰も食べられないほどの、
苦い苦い薬草をお召し上がりになられて、です。
長寿の薬草のチヨミクサは、とても苦かったとの事でした。
          ・
と、
カナサキさんから、わたくしたちがこの話を聞きますと、
この、日本人ならジーンとくる感動の話は、
『古事記』にも『日本書紀』にも、
たったの一行ぽっちだって、書かれていません。
だから、翻訳ものの、劣化コピーの『古事記』や『日本書紀』は、
ダメだっていう事で御座います。

とくに『古事記』は、ネストリウス派の神教の影響が強いので、

良く良く注意すべしです。

この点、本居宣長はポンコツだったと言えます。

1300年前の帰化人グループのおとしめに、気が付かないのです。

言ってみれば、お花畑もいいところでした。

それに比して、本居宣長の師だった賀茂真淵は偉かったですね。

松坂の一夜の物語は有名でしたが、

いまでは、あまり聞いた事無い人も多いようです。

やっぱり数段の格上です、賀茂真淵は。

けっこうの識者でも、戦中や戦後生まれのお方は、

『古事記』と『日本書紀』との違いも知りもしないお方も多いです。

本居宣長は、生涯かけて、あこがれの恩師の賀茂真淵に不実の償いをしていました。

事実上の「破門」をされたからですね。

三重県の津市の石水美術館に、それと解かる書簡が保管されています。

わたくしが思いまするに、師の先にと乗り越えてゆく事は、

本居宣長には出来得なかったのでしたですね。残念ながら。

「破門」されたら、「ミソギ」をして出直してくるか?

または、師の先にと歩みを進めるか?

ふたつにひとつ、前進的なスタンスではですね。

どちらにも、前向きの展開が出来得ず、悶悶と、

世知辛くやっていっただけの人物が、本居宣長だったとも言えましょう。

彼も、そこで、脱皮をして行けたら、すごかったとも思います。何しろ、彼は、頭いいし。

なんでも「根性」が大切だと思います。とくに、あたらしい「国学」の樹立という、

大きなテーマでは、尚更です。

 


       ・       ・
さて、さて、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、話を戻しましょう。
私たちもそうですが、
ヒトは、天地自然からの恵みを受けて、生命を繋げています。
一時だってそうです。
アマテルカミのご長寿も、やはり、天地の恵みを得てこそだったのでした。
天地の恵みの事も、東西南北の「キツサネ」の名称にも反映がされての命名でした。
温かさを得る「みなみ」とは、活力のみなもとです。
多くの活力を得るようにと、アマカミ(古代に天皇陛下)の「ミヤ」は、


南向きに建築されていました。これが常識的な標準です。
今でも、神社の多くは南向きに建築されています。
アサキ(朝の気)を受ける南、とも言えますし、
もっと深く踏み込んで考えますと、


「ア(アメ・宇宙の源)」からの「サ(さわやかに広がる)」の「キ(エネルギー・ナミ・恵みのちから)」
を、多く受けるのがミナミで「ミ(実・身・身体)」に「ナミ(成りくるもたらし)」の意味にも取れます。
樹木でも、南側は年輪の幅が広くて、早く成長しています。「ミ(実・身・身体)」に「ナミ(成りくるもたらし)」を、


多く受けるからです。
そうして、南向きに建築されるアマカミの居宅はミヤと呼ばれます。
「ミ(実・身・身体)」に「ナミ(成りくるもたらし)」の来るのが、

「ヤ」のように際立つからです。だから、「ミヤ」と呼ばれるのです。


「ヤ」は、上方の「ア」との繋がりを表します。大地に当たり広がる雰囲気も表現しています。
大宇宙の中心からの恵みを、人々に広めるイメージに成りましょうか?
そのミヤの、後ろ側は、「キタ」と言います。
「キタ」も意味の込められた言葉です。


「タ」が「来る」ことの意味が込められてもあるようです。
「タ」は、温かさの充満してくる春の事でもあります。
ヲシテの文字をよく見て貰うと解かります。


棒が3本、丸の空中に入っています。
温かさの棒が4本。
冷たさの棒が4本。
この入れ代わりで、季節変化を表現します。ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの、原理です。
「縄文哲学」の基礎です。
これも、ヲシテ文字で書かないと訳が分かりません。

基礎的な概論は、辞典の『ホツマ辞典』(池田満、展望社)で既述しています。
「タ」の文字は、棒が3本、丸の空中に入っているので、
「ハル(春)」に相当します。
「キタ」の言葉を説明するにも、「縄文哲学」が必要です。
「縄文哲学」に基礎をおいて、漢字以前の時代の文化・文明は形作られていたからです。
「キタ」の説明を聞くだけで、もう、お疲れでしょう。
今回はこの辺で置きましょう。まずは、みなさま、『ホツマツタヱ』か、『ミカサフミ』の、
1アヤ、2アヤを暗唱・暗記なさってみてください。
やり方は、『ホツマ縄文日本のたから』(池田 満、展望社)を見て貰うと解かります。
漢字以前の我が国の大文明は、ここが、扉を開く入り口です。

さらに、くわしいく新たな新発見の概念の事は、『よみがえる縄文時代 イサナギ・イサナミのこころ −新発見『ミカサフミ ワカウタのアヤ』アマテルカミが解き明かす−』(池田 満、展望社)で、ご覧下さい。

 

| 日本史 | 17:40 | comments(4) | - |

白内障の眼の修理が、ほぼ、終えました。

目の白内障の修理の事。
ご心配をおかけしてしまいました。
美智子さまよりも、わたくしの症例は、かなりの相当に軽症のレベルでした。
言わば簡単です。でも、もとからの眼が、わたくしの眼はそんなにも上等でないので、
手術後はメガネがどうしても必要です。
そもそも、わたくしの眼には白内障の修理のあとにも乱視と近視が残ります。
さて、このあいだ、行き付けのメガネ屋さんへと、行ってみましたら、
眼科医の処方箋が必要だと。

つっけんどんな、応対でした。

これが、余りにも酷い対応でした。

こんなにも困り果てているのに、そんな!

もう、20年来の付き合いのメガネ屋さんなのに????!!

もう、来ないでね!! って言われたように受け止めざるを得ませんでした。

さてさて、
そう言われても困りましたが、何とか、メガネを作って貰わないと困るので、

何とか、眼科医の先生に処方箋を出してもらいました。
でも、
微妙なメガネの度の合わせのことは、
やっぱり、メガネ屋さんでないとね。

やっぱりメガネ屋さんですよ!!

「読書用メガネ」を、って、言っても、眼科医さんでは、馬耳東風もいいところです。

こまかなところは、どうしても、隔靴掻痒で、どううしようもないです。

やっぱり、感覚としては、意味不明のようでした。
それで、あれこれと、メガネ屋さんは2〜3軒、めぐりました。

そういったことから、メガネ屋さんの贔屓を変えるような事態に至りました。
患者さん・目の視力に不自由な方に、
寄り添って下さいますのが、いつまでも、支持を得ることになるのかと、
そう思いました。

困っている事に、どう? 対応できるのか?
眼科医は、疾病のあるいは眼の病気の治療ですね、ご専門は。
見えにくいのをどうして、補強して、頂いてそれなりに有り難いのか?
それが、メガネ屋さんのこころいきですね。
もう、どうにも、落ち着いているのに、

ところがですね、

大問題でした。
眼科医の処方でないとメガネを作れません、って?
あまりにも、おかしな話だと思います。

2〜3軒目の事で御座いました。
おかげで、良いメガネ屋さんに辿り着きました。

有り難いです。
JINSさんです。

こちらは、検眼のレベルが、一段か?

二段か?? どうにも、違うように、

今日の処、感じました。

あんなにもお若い女性が、テキパキと、レベルの相当の上位の、

的確な対応の事、

もう、他のメガネ屋さんには、行く気がしませんです。

| - | 16:45 | comments(4) | - |

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