冷泉家の秋山会のお題が「望月(もつつき)」であることから。青連院さんの青龍殿の大舞台のこと。

冷泉家の、
秋山会での献詠のお和歌(うた)のお題が「望月(もちつき)」でした。
わたくしは、こう詠みました。
幾世へしの状況を、ばっと思ったので御座いました。
さてさて、

どう言いましょうか?
女房は、まだまだなやんでおります。
さてさて、ウタが詠めますかどうか?
今秋の秋山会には、
青蓮院さんの新設の東山の青龍殿に参詣するとの事です、
ですが、女房のウタが出来ないでは参加は見合わせですかね?

展望が、青連院さんの青龍殿の大舞台はすごいんだという事で御座います。

 

 

 

 

 

| 日本史 | 11:27 | comments(0) | - |

『飛鳥藤原京の山河意匠』木庭元晴さん(関西大学出版部)

新しい感覚による掘り込みです。


ちょっと面白かったです。
と、言うよりも、かなり面白いです。

あまり耳にしたことない様な、こなれていない用語に、はじめ面喰いますが、
わかってくると、おー、なるほど、って感じになります。

いかに、土地利用が時代の経緯の重なりにと、さらに重層的に乗っかってきているのですね。

そういう、自然の為しゆきの図られが、

河川の流れの付け替えも、自然的な流路変更にも多かったですが、

人工的な、河川の流れの付け替えも頻繁になされてきていた事が、

よくよく、眼前に明らかにしてくれる書籍で御座います。

ちょっと、この本は、読むのがホネでありますので、

よほど、ご興味の強いお方以外はどうかスルーなさって下さいませ。

 

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、
「ヲシテ国学」に向かう経緯においての、
梅沢伊勢三先生の『記紀批判』に相当する位置にも近いです。
かつての、
昭和の中頃からしましたら、
いまや、時代は進みました。
イラストレーターなどの、パソコン上での便利なソフトも、
驚くほどに発達しました。
おおきな、ブレークが出て来て当然です。

『記紀批判』の次の段階の掘り進みのツールの列記本として考えて頂くと、

ピッタシかも?
木庭元晴さんの開発なさった手法は面白いです。

とても、おもしろい事で御座います。

 

そうそう、
「ヲシテ国学」にと、どうして、歩を進めてゆくべきか?
昭和の中頃の梅沢伊勢三先生の位置は大きいです。
そのもうちょっと前には、
江戸時代の中頃の富永仲基の解明・発露はすごいことでした。
本当の意味での「中世」からの覚醒の仕事、理論的にの事ですが、
この大仕事をしたのは、
このお二人なのでしょうね。

信長は、端緒を付けただけのことで先駆け的な取っ掛かりだったと考えて良いでしょう。

 

なには、ともあれ、

おちょろけて売国に走り回る人たちも、多いので、

マトモ派と、

そうではない人たち(こっちの方が、俄然に多い)と、

目鼻違いをよくご覧になって区別をなさって下さい。

ヘンテコの人達は、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

その文章も、原字では読めもしないので御座います。

あわれなるかな、で、と、わたくしは思いますが、いかがなるかは、

皆さまのご判断で御座います。 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

| 日本史 | 10:10 | comments(1) | - |

表現の勉強のこと。「What a Wonderful World」のこと。

ダンスで、
ジャズの音楽がよくわからないと、
言われてビックリしました。

結構、良く踊れる人なので、
どう答えたものか?


           <女房の陶器の菓子器です>

グレングールドのバッハは聞いたことある?
とか聞きましたけれど、
解からなかったですね。

 

 

           <お祝いの品にと、買ってくださるとの事。

            桐箱つきです>

日本舞踊は、やっていたと、その人は言います。

動きに芯がある人で、ぐにゃちゃんではないしっかりした人でした。

さらには、わたくしの音楽の取り方が良いと、違いが判る人でした。

それで、聞いて来てくれたんですね。

なにか、答えてあげたい。

 

ウタとは、何か?

その本質とは?

苦しさの中から、希望をどう見いだしてゆくか?

 


           <サクラの菓子器です>

そこを、
苦しみの無い人には、どう解かってもらえるのか?
わたくしは、悩みと苦しみが、身の責めとしてずっと御座いましたので、
身に積まされます。
ルイ・アームストロングの、「WHAT A WONDERFUL WORLD」が、
解答になるか?

かれは、苦労を重ねた人です。

身に積まされます。

そうだ!
今度、その人に逢ったら、言ってみようかと思いました。

あの苦労を。
例の、ソデイカさんと、カイトさんのカップルのダンスも良い表現でした。
さて、
平均年齢70UPですから、ネットも見ない人が多いので、
どう説明したらいいものか?
また悩みます。

 

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、で書いてみて、
あの時代の素晴らしい文章を読んでみたら、
感動しますものね。
それを、どうやって、お伝え出来ましょうか?
常常に、何十年来の悩みで御座います。
ルイ・アームストロング、やソデイカ・カイトのカップルに、
学ぶとパッと広がるかも知れません、すごく良いアイデアが!

 

 

 

 

 

 

| 歴史から長寿・健康まで | 19:19 | comments(0) | - |

日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。

ここ、現代に至っての45年来の事ですが、
簡単の安易に、「とりあえず、 何とか」
と、直訳を求めに、と、お茶濁しのレベルにやって来る人は、
90%ダメでした。

45年来の経験から、

99.9%と言ってもいいのかな?

とも思っています。

ヲシテの字も読めないでどうするの??

「とりあえず、直訳で」って、

そんな事を言ってくる、あなたは、どこかおかしいですね。

もうもう、もう、もう、100人は下らないでしょうね。

そういった、簡便のまやかし族は。

ほんとうに、ほんとうに、みごとに、

みんながみんな、玉砕ですね。

よくよく考えて、熟慮してまいりましたらば、

かれらは、「朝日新聞」っぽいのですね。

やったら、上目線と、被害者意識で、迫ってくるんですね。

こまっちゃう。

だって、

アマテルカミもお使いだった、ヲシテの文字です。

わが国の、本当の固有の文字でしょう!!

この事実を、

まじめに、真実に沿って、

真面目な受け入れが、出来ないのか???

 

どう見ても、

近隣の、国のさしがねが、

あってと、

そう思えます。

おかしげな、ことは、多いです。

 

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、

わが国の「固有文字」なのですよ!!

これを、粗末に扱うのは、そう言う程度のレベルの人は、

どう考えてもおかしいです。

45年来、わたくしは、真面目に取り組んできて、

この事を強く思います。

 

 

わが国に、漢字以前に、本当の固有の文字があって、

五母音にも、動詞の活用にも縄文時代の初めの頃からの醸成の時期からの、

その、理解と辿りが出来るのだと、

これほどにも、素晴らしい大発見に、

スルーするのは、

どうみても、外国勢力の回し者のことごとに、

支配された人たちですね。

その、洗脳が薄れるまでは、

待つまでしかわたくしには、手立ては御座いません。

ちゃんと、出来得る限りのことは、真面目にしてまいりました。

 

 

わたくしは、口には出さないまでも、

強く思いますね。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」が、これほどにも、

きちっとしたモノだと、ちゃんと解かってきたのにも、

スルーしたり、ばかみたいな貶めに走ったり、ひどい人たちは、ここ40年来に気持ち悪いぐらいのも多く見聞きしてきました。いったい、彼らは、「日本人」としての本当の気持ちがあるのかな? ?? と、

このごろは、いつも、大きな疑問に思っています。

 

所詮は、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字も読もうともしない人達は、

「とりあえず、直訳を読んで、世に知らせてあげよう」

って、あまりにも、理解と感動の程度の低い人達は、結局は、
何にも役にも立たない。劣化コピーの製造家。わが国の貴さの貶め族でしかない。
おちょろおちょろと、結局は、足手まといの邪魔ばっかり。

でも、理解の初めは、

ちょろちょろであるのが普通で御座います。

いつも自分自身に言い聞かせている言葉は、

「あせってはなるまじ」で御座います。

それはその筈で、

わたくしも、ダンスだって、はじめの数年間は、

本当にワケが解からなかったので御座います。

でも、

言われてこそ、解かる所も御座います。

たまには、きびしく、も、必要かなと、自分の出来なかったアホさに、

気を付かせてもらったのは、きつい「ダメだし」でしたですね。

今にして思えば。

           ・         ・
そういったことで、少しづつは、
粘って進めて参って居ります。

そう言ったお人も多い事では御座いますが。

苦労をしておりますです。
そりゃ、このような、記紀の原書の再発見と、
研究の、現代研究の成果の事ですから、
簡単には参りません。
なにが?
って訊かれると、
また、困っちゃいますが、
大きな構造には、抵抗勢力の存在。
中程度の問題には、
やっぱり理解がむつかしい。

漢字渡来から、わが国に文化や文明が出来て来たと、
1500年来に言われ続けて来て、
染み付いた、敗北感。
だまされの敗北感ですが、
これを除去するのが、本当にむつかしいです。
幾ら言っても、「漢和辞典」なんてChinaストーリーにまぶせる、
思想操縦の本を開くのを、ついつい、習性としてしまっているのが、
悲しいかな、
もう、
1500年来の我が国の、真実だったのです。
で、安易的な、漢和辞典なんかに頼って勉強すれば勉強する程に、Chinaに染まっちゃう!!

最もひどいのが、『古事記』のChina思想のまぶしですね。

『古事記』は、読んだら読むほどに、China思想にかぶれちゃいます。
苦しくも悲しい話。
本当に、かなしいかなしいお話しの1500年来でした。

 

なにしろ、

因幡の白ウサギは、だましたらOK,勝ちだって言うんですよね。

わが国の価値観とは、真逆です。

ちなみに、「因幡の白兎」は、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」には、

ひとことも、書かれてはいません。

ようは、帰化人たちの、そこに、おもねる人たち、

今にして例えますならば、「朝日新聞」のような感じで、フィットするので御座いましょうか?

 

 


ですが、
でもね、
本当の、わが国の高貴が解かる古典が、
50年前に見つかったのですよね。
すごい事で御座います。
まだまだ、
世間には、ごみの秀真伝や、神代文字の類レベルとしか、
まあまあ、認識もしていないのが、
勝ちですね。
いま、ならば、大きな勝ち組に入れますよ。

それには、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

読み書き!!

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字で、

ちゃんと、『ホツマ ツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」を、

きちっと、読み書きできるのが、

一番の石据えです、礎定ですね。

これが無かったら、虚無の事もいいところですよ。

いわば、「アホも、やすみやすみに言ってね」と、

わたくしは、そう言いたいですね。

あー、

そう言ったことで御座いますよ、

きらわれても、やはり、

言わねばならない。

ええー??

 

苦しくも、

そんな、ことに、

そんなことを、言わねばならないの?

わたくしが…   。

だれか、代わりに言ってよ。

って、言いたいです。

 

ともかく、とにかくも、待つしかない、

のが、わたくしの手立てで御座います。

 

 

できるだけ、

ヤマトことばで書いてゆくのが、

ベターですね。漢字の言葉に変換すると、

微妙に、おかしくされてしまうように、

段々と感じるようになって来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本史 | 15:04 | comments(11) | - |

綺麗な、ノートのこと。工夫の事が、とにかくも大切で御座います。

台風12号の影響で、インターネットが、朝から、しばらく不通になっていました。
やはり、不便ですね。ネットの不通は。

さてさて、
うつくしく、色分けして、ノートにヲシテの原文の文章を、
記しているお方が居られました。


良いですね。うつくしいですね。

きれいなヲシテの文字の手書きを見ると、
本心、ホッとします。

それで、ちょっと、ひとこと言いたいと、思いました。

「ひとことぬし」の風で御座いましょうか?

わたくしは、至って、ご気楽ですので、

マズイな! と、お気が付かれましたら、是非ぜひ、お教え下さいますよう、

お願い申し上げます。

言い過ぎるたちが、わたくしには御座いますので、

大きな瑕疵で御座います。直そうとも思う事は重々御座いますが、

やむなくも、性根は、そう言う事で御座いましょうね。

           ・ 
さてさて、

このお方は「大意と教科書」とも、言って下さって、うれしいです。
直訳じゃ、ほんと、貶めレベルだと、気が付いて下さっておられますね。
このお方の、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
文字の形は、ずいぶんと、手慣れて来ています。
相当に、綺麗になりました。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字は、
うつくしいですね。

鳥居礼流のクズレの文字の形状には流れていないのが、

当たり前ともいえ、良いですね。
とっても気持ちの悪い形の、その典型ですね。鳥居礼流の「ホツマの字」は。

くずれた、「え」の文字形は、やはり、

気持ち良く無いです。目にするにも。
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」を読んでいた人たちは、
どうも、文字の形状が、

気持ち悪い様な崩れ方向に流れてしまいます。
なんで、あんなにも、変てこな形状に流れてしまい行くのか??!

鳥居礼流の、文字形状です。
「トのヲシテ」の「トコヨクニ」なのに、
「常世国」と直訳やって、いばっているんですね。
歪めようと、そうしているのだと、
そう思うと、理解も出来ますね。

どう考えても、「トのヲシテ」の概念なのに、

「常世の国」の感覚に直的な当て嵌めはおかしい!!
漢字に捉われちゃってて、Chinaの思想操縦、
わが国を貶めようとする魂胆に巻き込まれちゃっているようです。
まだ、逃れられても居ない。
「トのヲシテ」を「瓊(あかいたま)玉」だと、
漢字直訳して、さも、良いことしたと威張る人たちです。
そんな直訳は、貶めだと気が付かない!!?
「あかいたま」が、
どうして?
「みんなで力を合わせたら、相乗効果が期待できるから、
1+1=2よりも、もっと、良くなりますよ!」
の、本当の「トのヲシテ」の理念・概念と、どうして?
大きな齟齬があるのか?
こんな、大きな差異も解からないと、
いうことでしょうね。

 

Chinaまぶしの、2000年来に、

ここに、終止符を打ちましょう!!

やっとね。

 

このことを、

わたくしは、ずーっと言って来ました。

 
「みんなで力を合わせたら、相乗効果が期待できるから、
1+1=2よりも、もっと、良くなりますよ!」
の意味と、
「あかいたま」の「瓊(あかいたま)玉」では、
ぜんぜん違うでしょう!!
どうしてこの差が解からないの??

漢字の概念にの、直訳の、それは、

大、大、間違いでしょう!!!!!

こんなにも、
大切なことを、
「みんなで力を合わせたら、相乗効果が期待できるから、
1+1=2よりも、もっと、良くなりますよ!」
の理念・概念を、
「あかいたま」の「瓊(あかいたま)玉」に、
直訳したら、これは、
Chinaにおもねった、忖度であって、
わが国の高貴さを貶める事でしょう!
だからダメなんです!
と、
そう言ったことを、わたくしは、ずっと、言い続けて来ました。
おもねるのが、
曲学阿世の言葉ですね。
わたくしは、一切において、我が国の貴さを、そこにリスペクトしていますので、
おもねることは100%御座いませんですね。

  <和仁估安聡さんの、理想の文字形に、

   フォントをまとめました。

   一応、あらかたOKですが、

   これから、こまかな、

   微調整・微修正をしてゆきます。

   おそらくは、99.9%のお方が、

   一体何を変更したの??

    って、おっしゃわれるんでしょうね。

   でも、これからが、

   また、ひとつの山場なんですけれど… >


おもねるのは、直訳族の人達の事ですよ。
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」
吾郷清人から、鳥居礼、鏑邦男、千葉なんとか、「いときょう」など、その部類と言ってまず間違いなさそうです。だって、マトモにホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、読み書きも、
朗読だって、出来はしないのであると、
そう、仄聞を、
あれこれと、聞いてもおります。

だって、

こんなにも、

すばらしい、わが国の文明の真実を、

どうやって貶めるのか?

そこが、彼らの仕事ですね。

そのように、わかると、

容易くなりますね、理解が。

 

と良い仕事なのでしょうね? 「直訳の貶め」って。

簡単ですからね。

 

まともに、ヲシテ時代の原字で原文を読めてるの?

99%疑わしいと思います。もう、何十年もたってもですよ!!? やっぱり、

目的が違うのだと思いますと、なるほど!!  です。
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
そして、ヲシテ時代の中期のころの、
あの素晴らしい文章について、そこに、
リスペクトの無い人、
おーって、感激もしないお人は、
やっぱり、どうなのか? って、わたくしは、思っちゃいますね。

目的が違うのですね。
ヘンなお人は、過去、
いっぱい、たくさんに、おいでになさって居られましたでしたね。
それらの人々は。

どうも、鳥居礼流の「ホツマ」の文字形がお好みのようで御座います。

例外なく。

ところが、

このあいだからは、
鳥居礼流の、「ホツマ」の文字は、
どうも、違和感を感じると、入門したての人も、
そう言う感想を、わたくしは、聞いても来つつあります。
やっぱりね!
と言う感触の事、納得します。

やっと、時代も、前向きの方向性にと向き出したのかも知れません。

 

だって、100回も書いていたら、

鳥居礼流の、「ホツマ」の文字体の形状は、何か、違和感を覚えてくるはずだと思いますね。

ふつうの「日本人」の感覚が備わっていれば??

ですかしらですかしら。

やっぱり「いときょうさん」などの、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

こと、普通に、簡易にも読めもしないのは、普通の、さも、尋常の事ではありません。

どうみても、おかしいです!!


やはり、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字を、
マトモに読み書きも出来ないのでは、

そう言った、複雑な事情は、どうしてもうかがい知ることは、

ムリですね。100%。

例えて言うならば、

お受験で、高尚なところの幼稚園にも受かりませんでしょうね。
今は、やんごとなきところの幼稚園でも厳しいそうで御座います。
鳥居礼流の「ほつま」の文字の形状は、

わたくしは、あまりにも頼りないと思います。

 

彼等は目的が、違うんだと、

そう言うように理解をしてゆきましたら、

「ああーあー、あー、なるほど!!!」

なので御座いました。

ここまで、理解が進むのには、わたくしは40年余来の年月を必要としました。

わたくしは、どうにも、やさし過ぎるのかも知れません。

良いような? あるいは、そうでも無いような?

ものごとは、いつも・いつも、至って複雑で御座います。

 

やはり、
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
読み書きもまともに出来ない人たちとは、
区別をしてゆくべきかと、
おくればせながら、
やっと、
心の奥底から、
強く思ってまいりました次第で御座います。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
読み書きも出来ないのに、
「先生」づら(面)は、なんぼなんでも、無いだろう。
有り得もしない異次元だと思うんです。
100%においてもおかしい!!!
だと思います。

みなさま、
おかしげの、かたりの人達には、
ちゃんと、Noあるいは、スルーのこと、
お示して下さいませね。
マトモな所は、
「日本ヲシテ研究所」で、表示をしています。

そのほかの人達のこと、眉に唾を付けて見て、

よくよく、考えてみて下さいませ、ね。

 

吾郷清人から、鳥居礼、鏑邦男、千葉なんとか、今村なんとか、

また、「いときょう」など、

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の、

そこに、もっとひどくも、悪い尾ひれを付けて、

貶めレベルの程さに、

乗っかって、偽書の貶めをした累々の悪事、

なの、ですが、ご自身の意識では貶めをやっているとも、

100%気が付かないのが、

あまりにも、

あわれさを、

さそいますね。

なんともなんとも、哀れで御座いますとしか、

わたくしには、言いようも御座いませんです。

 

わたくしは、いつものように、

やっぱり、

嘆息のみで御座います。  ですね。

長ーい、嘆息で御座いましょうか。

 


将来は、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」のことが、
マトモな形で、出題されて来ると、良いですね。
その時代の事を、長生きして、待ちたいと思います。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」のことでは、
一般的な常識は、通じませんです。
まだ、ちゃんとした学校も、
整備してゆく以前の黎明期ですから、
「ヲシテ学」については、
どこの学校にも、どんな大学にも無いのです。
どうやって将来、導いてゆくか?
そこを担っているのが、「日本ヲシテ研究所」です。
やっと、徐々にですが、
将来の世界を担って背負って下さいますお方が、
少しづつ、出現してきてくださいました。

手書きで、綺麗な、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、
を、書けるようになりましたら、
わたくしは、リスペクトします。

それはそうでしょう、
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
文字形だって、変てこに写すのは、
気持ちが悪いのです。
ね。

一番気になるのが、
「え」の母音の「カセ体」の形状ですね。
わが国の本当の精神的な独立の基礎が、
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
復活にあると思うのです。

やはり、
良い形、江戸時代の中期に遡っての、
伝来の伝統の形状を、まずは、身に付ける事と、
その上で、
さて? 漢字国字化時代以前はどうだったのか?
その、遡及の事にも思いを馳せてゆく、二段階です。
伝統の、江戸時代の中期の最古期の写本の、
そこにある、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字に、
リスペクトが無いと、
やっぱり、拝み屋さんのようになって来ちゃうんですね。

そういったこともあって、
伝統の、江戸時代の中期の最古期の写本の、
その、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字への、
リスペクトですね、尊んで、尊敬の念を思う事ですね。
それで、
デジタル処理でのフォントにも、
和仁估安聡さんの筆風の、理想文字体として、
「Y体」を、今、製作しています。
「縄文文字ヲシテY」体です。
先に、製作しましたのが、
「縄文文字ヲシテA」体です。
ふたつの、スタンダードは必要だと、
そのように判断を致しました。

「縄文文字ヲシテY」体の「Y」は、和仁估安聡さんの、
「安聡・やすとし」の「や」で、「Y」です。
和仁估安聡さんは、現存の祖本・親本の『ホツマツタヱ』の、
完写本を残して下さいました。
特殊ヲシテ文字も、最も豊富に区別してくれていますので、
現在のところ、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」について、
文字形についても、この写本が一番の「善本」になります。
そこから、
綺麗な文字を探し出して『記紀原書ヲシテ』や『定本ホツマツタヱ』を、
つくりました。
でも、
デジタルのフォントの時代になって、極めて大きな文字の300ポイントのような、
それほどにもの、大文字にも対応できるようにするには、
元の文字が、小さいと、単純拡大だと美しくは仕上がりません。
ここがむつかしいのですね。
多くの文字の形状の考慮や、文章にした際の字並びなど、
広い観点での総合判断が必要になります。
うつくしさを、求めてゆくと…。
まじめに、やってゆくとの事で御座います。

          ・

和仁估安聡さんのフォントの製作で、

目がショボショボして、

自分の手で書くヲシテの文字が、

ぐちゃぐちゃになってしまいました。

なさけない。まあ、こんな日も御座いましょうか?

 女房とふたりで、考えて詠んだウタです。

でも、

ほんとうの「もちつき(望月)」の

意味合いは何か?

よくよく、真面目に考えてまいりますと、

やはり、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

その、本来のイメージから考え直してゆくべしですよね。

これは、保存のスタイルの違いで、市松模様もきれいですね。

こちらの方は、市松文様のない保存です。

              ・

あっと、いま、メールの知らせがありました。(平成30年7月30日、10:35の現在です)

『よみがえる日本語』がまた、売れちゃいましたとのお知らせのメールです。

正編と、「供廚僚詞編もあわせて、二冊です。

どうしよう? もうあと、1〜2冊しか無いのですね、正編の現在庫は。

また、刷らないといけない。かも??

「ああーあー、どうしよう??  どうしよう???」

悩みが尽きません。

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

| - | 16:30 | comments(8) | - |

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、わが国の、国体の事。国学としての認識の事。お楽しみ族との区別の事。

国学としての路筋、

つまり、本筋の事です。

それと、傍流との、その区別の事。

お楽しみの事などの派。自分探しの流派などとのその違いの事ですが、この区別は難しいですね。

            ・

わたくしは、はじめっから、
わが国のそのきちっとした基を作って、
定め直してゆこう、と、
そう思って、わたくしはずっとやって来ました。
初学の人には、
その思いは、長らくは理解がむつかしいのでも御座いましょうね。

現代、近来は、

自分探しに明け暮れて、彷徨う人達が多かったですからね。

敗戦後の混乱はひどかったです。

敗戦後の混乱期からこの方、もう、70年ですか!

長い長い、長ーい、混乱期です。思いのところの混乱期です。

でも、

よくよく考えましたら、

もっともっと長かったのですね。

70年どころでもなくて、

1500年来の、思想混乱のドブドブだったのです。
それは、
漢字が来てから、文化・文明が出来て来たと、
長らく、洗脳のような感じで1500年来もの長きにわたって
聞かされたら、
やむなきの事情でも御座います。
そこに、
やむなき思いで、棹差すのが、わたくしの立場ですから、
それは、構造的にも大変で御座います。

やっぱり、なかなか、真相が解かってもらいにくい!
でも、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
この、あの、すごい内容が、
本当にわかってくると、
やはり、
ちゃんとやってゆかねばと、
わたくしは、そう、思ってやってまいりました。
この、真実の思いは、
かならず、同感のお方は出て来てもらえるはずだ…。
この絶対的な確信がここに御座いました。
まあ、
これだけ、少ないながらも世に発信しましたから、
消え去ることは無いと思います。
さて、さて、
マトモな反応と評価は?
それは、世の事、
こちらサイドでは、ハカリ知れません。
他の宇宙の事々のような、あなた様まかせの、異次元のおはかりです。
わたくしたちは、ちゃんとやってゆくだけの事で御座います。
まじめに。
まじめに。

 

今回の、和仁估安聡さんの思うべしの理想、

そこへの焦点を当てた、現代的なフォントの遡及再現は、

ちょっと、良さそうな構想だと思います。

この仕事は完成させておくべきモノだと、

そう、判断しています。

ダンスの友達からは、「お金になるの?」

なんても、聞かれちゃいますね。

1000年先ばかりを考えるわたくしにとりましては、

「へ?」っていう、感覚なのでございます。

大坪併治先生と、似たような感覚が、

わたくしの本心と似てもいるのでしょうか。

 

そう言いまして思い出しました。

「ながきよ」のまわりうたがありました。

 

むかしは、わたくしも「長き夜」

とばかり思って来ました。

それは、単純な直訳理解程度の、お楽しみレベルだと、

だんだんと、わかってきましたね。

なんで、直訳はバカみたいなのか?

時間が掛かります。

骨董品でも、エセものに、

はじめはどうしても引っ掛かるもので御座います。

わたくしも、結構多くの勉強をさせて貰って来ていました。

言うにも、はかなしのレベルの事で御座います。

それが、お勉強なのでございますね。

授業料をきっちり払ってまいりましたので、

彼我の区別に、だいぶ、目星も付けれるようにもなりました。

さてさて、

どれほどの、どぶに捨てた授業料を、

お使いだったのか?

それが、見えない教養なので御座いましょうか?

「なかきよ」って、大宇宙の中心からのもたらしの「なか」なんですね。

「長」なんて直訳は、目線の1ミリの、あまりにも、バカみたいな直訳ですね。

 

冷泉家の、秋山会のお題が「もちつき」でした。

女房は、お餅をイメージしたそうでした。

ホツマのモチコさまは、「持つ」がイメージされて「持子」さんと、

漢字訳されてしまいましたのも、おかしなことで御座います。

和仁估安聡さんなのか? もっと前の時代の人の錯誤だったのか?

安直な漢字当て嵌めは、あとから、後世の人にそしられるばかりですね。

さてさて、「もちつき」の望月の、

ウタです。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

| 日本史 | 19:11 | comments(0) | - |

食べ物の事。タンパク質の日量摂取量は、おおよそ100g目標です。

暑中の、お暑いさなか、

みなさま、

体調を崩されませぬようにと、念願いたします。

全国各地、あれこれと、大変で御座います。

      <クワの新芽が、また出そろって来ました。

      春にそうとうにバッサリ伐り込みました。

      また、おいしい2番手の新芽を食べられそうです。

      暑さのおかげで、クワは元気です。うつくしいです>

さて、人間の方ですが、

暑いからと言って、タンパク質や脂肪類などの摂取を減らすといけません。

おソウメンだけでサラサラ、なんて、

たまにはいいですけれど、

高タンパクと、適切な脂肪分の摂取を、こころがけてください。

厚生労働省の栄養摂取の基準から考えて、日量のタンパク質の摂取量が目標100gです。

だいたい普通の体型の人は、です。

わたくしは、計算して食べ物のコントロールをしています、おおざっぱですけれど。

お米は、白米でも玄米でも、タンパク質の含有量は7%程度です。

ですから、お米だけで日量100gのタンパク質を摂ろうとしましたら、

単純計算で、1.4kgほど食べなくてはなりません。

素麺は、タンパク質の含有量は、もっと低いですから、ご注意!

(ソウメンのタンパク質は、3.5%で、お米の半分です)

お米のことですが、

1.4kgは約1升。わたくしにはとても食べられません!

それと、糖質が、余り運動しない、

われわれ現代生活者には、大きな過剰になります。

 

そこで、高タンパクの食品ですね。

元気で長生きをしたい、って、思うならばです。

そうは、思わない人には、もちろんのこと、関係御座いませんので、

どうか、スルーして下さいますようにと、お願い申し上げます。

元気で、やっぱり、長生き、と、

そう、思われるお方様、

お魚や、大豆製品や、お肉など、

高タンパク食を、バランス良く摂取するように心掛けて下さい。

一日、100gです、タンパク質は! 目標! ですね。

お骨も大切です。

なぜならば、お骨とは、

約2割強は、コラーゲンが造っていました。

つまりは、コラーゲンって、タンパク質です!

 

   <全薬工業さんのHPからの引用です>

カルシウムばかり、幾らたくさんに摂っていても、お骨の補強にはなりません。

タンパク質が、とっても大切です。

要するに、お米だけでは、健康と長寿になりません。

高タンパク、と、油脂類の付加がどうしても必要です。

 

そこから先は、個人ベースの酵素の働き方の違いとか、

個々人の生命活動の微妙な差が、大きなウェイトとして、

関与してきますから、

個人個人で、工夫をして下さい。

 

 

わたくしは、冷ややっこのために、お豆腐と、

それと、イワシの煮付け用のパックを買ってまいりました。

食物連鎖の、はじめの方を、常食するのが、健康の基本です。

やっぱり、基本は、お豆。と、小魚!

汚染の物質濃縮が低位に保てます!

これって、廉価にも、また生活基本の健康の基本維持の知恵でもありますです。

主の栄養を、ここに摂って、

あとは、野菜とか貝類とか、海藻やキノコとか、あれこれとバランス良く!!

 

先日も、

学校の先生をやっている人が、

来客で、わたくしの料理を見ていて感心していました。

「イワシって、そんなに安価なの?」

って、聞かれて、こちらがビックリしてしまいました。

平成の生まれの人は、基本、贅沢してきていた生活に、

浸かって来ていたのでしょうね。

江戸時代などでも、

大阪の豪商の商家の主人の食べ物でも、京都のハイレベルの町屋衆の献立でも、

日頃の食卓は、もっと、もっと、質素でした。

 

毎日、イワシが食べれるのは、この、近来でも200年この方ですよ!

って、

来客の人に説明していたら、

「へー、 ?!」

っと言う顔をしていました。

だから、現代人は、60才越えてもみんな元気なんですね!

ちなみに、小さなイワシを、お骨ごと食べていたら、コラーゲンがいっぱい摂取できます。

 

よくよく考えたら、

栄養状態の改善が、最も大きな要素だと解かる筈なんですね。

 

 

さてさて、そのような江戸時代の中期の頃、

現存の最古の、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

写本の書写された頃、

このところ、考察を続けております。

江戸時代の中ごろは、それでも、

豊かになってはきたとは言っても、それも、

昔との比較です。

現代生活と、較べたら、とても貧相なものです。

そんな中で、

溥泉さんにしても、和仁估安聡さんにしても、

よくよく、あれだけの仕事をなさって下さいましたもので御座います。

本当に、敬服いたします。

 

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

内容のすごさに、突き動かされ来たのが、

真実の姿だったのでしょう。

 

今になって、改めてみましたら、考えるだけで、

ゾクゾクしてきますね。

その時代に、行き合わせていたら?

なーんて、思っちゃったりもします。

溥泉さんや、和仁估安聡さんに、

お目にも掛かりたかったですね、

タイムトラベルが出来れば最高ですね。

とくに、溥泉さんの勉強した元本について見てみたいです。

もちろん、和仁估安聡さんの、元本も、見たいです。

今、遡り得る、面影の見える最古期の写本です。

 

その、タイムトラベルもまだ、技術の未完の今現代には、

やはり、残して下さいました写本からの追跡しか手立ては御座いませんですね。

 

あれこれと、グリグリの「あ」や「わ」や、

助詞の「は(わ?)」何かをたくさん見ていましたら、

目がグリグリ回って来ました。

暑さのせいもあるかも知れませんね。

江戸時代の中期のあたりには、

コピー機も、写真のカメラもありませんでしたから、

写本が、ベースになります。

虫食いも、紙のよれとか劣化も、写本で次世代に受け継ぐのが、

一般的なやり方でした。ごくごく、一般的なものですね。当時は。

さてさて、習熟度が、

此処に合わさってきて、

われわれの、悩みの種になります。

 

             ・・

 

ヲシテ講習会の京都を、数年前から始めましたけれど、

初めて、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

その文字形を書いてみて貰うと、

ビックリです!

半分ぐらい、50%ぐらいの人が、

ぜんぜん書けません。

あれって、? 

そう思いました。新しいお方のおいでになられる毎に、

あ? また!って、 そう思うので御座います。

何故なので御座いましょうか?

まだ、その、納得できる回答は見出し得ては居りません。

 

そんなままで、

過去、40年来あまり、

直訳にばかりに右往左往してきていた人たちには、

何とかしてあげたいとの思いも御座います。

でも、凝り固まった、コリタマは、解きほぐしもむつかしいので御座いましょうね。

でも、

ハルナは、解きほぐし得ました!!!

えらいです!! ハルナは!

 

 

さてさて、さて、

このあいだも、新しいお方も見えました。

京都の、ヲシテの講習会です。

意気込みがあれば、なんでも、クリアーしてゆけます。

だれだって、2000年ぶりの、

新発見のわが国の「独自文字」の「ヲシテ」なんて、読み書きが出来るようになるだけで、

本当に大変なので御座います。

46年来、わたくしは、

多くの人々に接してきて、その、難易度の大変さを、

今更ながらに、実感しています。

はじめは、だれでも、初心者で御座います。そう言えば、わたくしもダンスを始めたハタチぐらいの際に、ドギマギしておりました。

手に汗をかいていましたね。

掌(てのひら)でしょうか?

掌に、汗一杯の人を感じる時々に、

いつもいつも、ああー 、そうだったなー っと、

始めた頃の事を思い出しています。

できるだけ、たのしさを感じて貰えるようにと、

気を使って、小心にやさしくしています。

いつも、いつもが、

初心忘するるべからず。で御座います。

あの、

ドギマギ・どぎまぎ、のこと、

掌(てのひら)に、汗をいっぱいかいていたのは? 

それは、

懐かしい思い出です。

きっと、みなさま、

そういう、思い出話に花を咲かせることも来ますよ。

 

そうそう、 

昨日も、ダンスをやり始めて、大人しく座っている人に、

声をかけてみました。

あたたかく、あたたかく、見守るべしで御座いますね。

絶対の事にご記憶ください、わたくしは、掌の汗の多さについては、

未来永劫において、だれにもあかしはしません。

なぜならば、わたくしも、あの、初心の時に、

どれほど、ドギマギしたか?

過去の、63−20ぐらいで、40年余の、

そんな昔でも、掌の汗を感じましたら、

今現実に、パッと、よみがえってくる、フラッシュ・バックの記憶です。

わたくしは、あーっと、何でも支えようと思って無意識に手を差し伸べるのは、

初心の頃の、あの、強烈な記憶の事からなのでしょうね。

 

でもでも、

過去の間違いを認め得る人だけですよね。

まともに、前を進んでゆけるのは。

過去、40年来、その過去は、 

とっても良いお方様も、お出になって下さいました。

 

さてさて、

フォントの、新制作で、

助詞の「は」のことで、ゴチャゴチャしています。

この文字の形状も、結構にむつかしいです。

まあ、これで良いでしょうか?

おおよそには、伝承時代の形成と考えて間違いはないとは、

わたくしは、こう思っては居りますが、

今現代に、伝承時代からの流れの事もあって、

標準文字のヲシテに準じる扱いにとせざるを得ないのです。

この、助詞の「は」の文字がないと、やはり、読みにくいです。

ヲシテ時代の中期には、どうだったのでしょうか?

本当に、普遍的な使用・流通が為されていたのか?

わたくしは、微妙であるとは、そう言う疑念は払拭は出来得ては居りませんです。

でも、でも、現代的には、有った方がよりベターですね。

むつかしいところで御座います。

 

ヲシテ時代の中期ごろのわが国の、その、大文明の解明と理解に、肉迫して解明をしてゆくのも、

大きな、路筋です。

ヲシテの、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

その文字形の歴史的な把握の経緯について、

歴史と、これは、写本の精査でかなり明らかになります。

その、もっと前には、つまり、

漢字の渡来する以前には、どうであったのか?

またまた、また、

もう一回、

江戸時代の中期の

理解を深めてから、

奈良時代や飛鳥時代の以前の、漢字渡来の時代の前、

つまりは、本当のわが国の国語のことも、

あきらかにしてゆきたく、

て考えています。もちろん、歴史や国家思想や、哲学も、

きちっと、もとの、すばらしいわが国の本当の真実の伝統を明らかになってゆくわけです。

 

                    ・・

1、栄養をしっかりと摂る。適度な運動もちゃんとやる。

2、睡眠など、休養をしっかりととる。

3、暑さに、あまりに息苦しくなってきそう、

に、思えて来たら、早めに休息する。

この三原則で、うまく、乗りきってゆけるのでは?

と、思っています。

 

あと、今年の酷暑の暑さも、

15日ほどになりました。

そう、言った気持ちで、

思いましたら、  ば…、いかに。

 

 

 

 

 

| 歴史から長寿・健康まで | 19:23 | comments(1) | - |

渦巻きの「あ」と「わ」のヲシテの文字形の考察について。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字も難しいので御座います。追記、室井麻耶子さんの事、カラヤン、ケンプ先生の事。

先頃から、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字のフォントの、

文字形について、江戸時代の中期、

現在遡り得る、最古の写本のころ、

どう言う理解であったか?

その再現を試みています。

    <和仁估安聡(わにこ やすとし)さんの写本に、

     ホツマツタヱの良い文字がありました。

     「マ」のヲシテ文字は、縦棒の尻尾が、

     ちょっと曲がるんですが、

     何故なのか? いまだによく解かりません。

     ほとんどの「マ」文字の形状が、

     そういう事に曲がっているので御座います>

ようやく、基本文字の48音韻は、

骨格がまとまってまいりました。

さて、

特殊文字につきましてが、これまた難物なので御座います。

それ、

お金になる仕事?

なんて、

ダンスの友達に聞かれましたけれど、

言っても、ぜんぜんわかっては貰えませんですね。

1000年先に見据えた仕事って言うのは、

今、明日に、どうのっていう話ではないので、

「えへへ」、って笑って置きました。

眼は、チカチカで、大変なのでは御座いますが…。

この、暑いさなか、も。

 

この仕事は、やはり重要だと思うのですね。現在に伝承の、最古期の写本の時代性の掘り起こしですから。

 

さてさて、

今日は、渦巻きの、ぐりぐりの「あ」と「わ」の問題です。

グリグリ「あ」については、

かなり安定した文字に書かれています。

 

このような感じです。

珍しくは、一重や、四重なんかにも、

バリエーションはありますが、

和仁估安聡(わにこ やすとし)さんと同時代の、

溥泉(ふせん)さんの写本を見ても、上に掲げたグリグリの「あ」の文字体に、

認識していたと判断できます。

ところが、

渦巻きの「わ」の方は、

ちょっと事情が違います。

 

左側の、中に四角の形状のあるグリグリの「わ」について、

どう評価するか? です。

さて、

この文字は、『ミカサフミ』の初めの方に出て来ます。

右側の、普通のグリグリの「わ」は、『ホツマツタヱ』や、

『生洲問答』にも、書かれている一般的なグリグリの「わ」です。

『生洲問答』には、「ミカサフミ ハニマツリのアヤ」が記されていて、

和仁估安聡さんの、もっとも晩年の、円熟期の筆であるとわたくしは考えています。

さてさて、

どう考えるといいのか?

同時代性として、溥泉さんの手書き文字の方を見てみましょう。

グリグリの「あ」は、やっぱり同じで、

二重か二重半の、グリグリで、上部で終わる形状です。

溥泉(ふせん)さんの手慣れたころの『春日山紀』の草稿本です。

グリグリの「わ」は、『春日山紀』には、ないのですね、

その用例が、残念です。

もうちょっと、早い時期に書かれた『朝日神紀』にはありました。

一例だけ。

 

溥泉さんも、

中の四角のグリグリの「わ」の文字形は、認識していないですね。

溥泉さんは、和仁估安聡さんより、一世代ぐらい前の人物です。

江戸時代の中ごろに木版印刷で『春日山紀』を出版した傑物です。

 

このごろ、

溥泉さんと、和仁估安聡さんは、

面識もなくて、別の写本を見ていたと推測し始めています。

でも、

その、祖本のふたつは、極めて近い時代に分離した枝分かれのように、

考えて良いかと思います。

 

さてさて、

グリグリの「わ」の事に話題を戻します。

江戸時代の中期ごろの話ですね、

でも、どうなのでしょうか?

その他の人は、どう考えていたのでしょうか?

もうちょっと時代が降るあたりの写本に、

『フトマニ』の写本があります。

これも、文字形の江戸時代中期の遡及に役立つものなので御座います。

野々村立藏さんが写本して下さったものです。幕末から、明治にかけてのものです。

 

 

 

 

 

 

また、

小笠原長武さんの『フトマニ』の写本もあります。

叔父さんの小笠原長弘さんが明治36年に安曇川に再訪した際に、

野々村立藏さんに請い受けて写させてもらったわけです。

小笠原長武写本の、奥書に有る文章を掲げます。

この元は、和仁估安聡さん(わにこ やすとし)の写本から写したと考えられます。

今は無くなってしまっている、和仁估安聡写本の『フトマニ』からの写しだったと推測されます。

 

小笠原長武さんは、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字に、

相当慣れておられました時期のものですから、

和仁估安聡さんの文字をかなり忠実に写せたと、

わたくしは判断できるからです。

 

 

 

グリグリの「わ」の文字は、

やはり、

普通の形状が、一般的理解と言えます。

 

 

また、

どうして?

和仁估安聡さんの写本から写したと、言えるのか?

それは、『フトマニ』の「シ・コケ」の項目にあります。

 

 

4行目の下に、「ミリタ」とありますが、

「ア」が抜けているんですね。

「ミリタ」の文字も、後から書いたような、筆です。

この事から、野々村立藏写本から小笠原長弘さんが写本したという事は、

まずないという事が解かります。

では?

元の本は?

それは、和仁估安聡写本が最有力で、

ひょっとしたら、もっと前の時代の、写本かも知れません。

すなわち、

小笠原長弘写本を経由した、小笠原長武写本が、今のところ、善本だと判断できます。

と、いうことからしますと、

和仁估安聡さんの、慣れないうちのウブ書き文字が、

中に四角のグリグリの「わ」の文字だったのでは?

と言うわけです。

さて、

ぐりぐりの「あ」と「わ」のことだけで、

かなりややこしい、話になってしまいましたね。

こういったことが、

矢張り、結構重要なのですね。突き詰めて考えていって、なにがまともか?

そこへの理解の情熱が、本当の真面目さの事なのでしょうね。

 

ー 追記、7月18日 ー

今朝の「日経新聞」文化欄(34面)で、

室井麻耶子さんの話しが出ていました。

97歳、現役のピアニスト、

音の響きが、メロディックさが良いですね。

その話の中で、

カラヤンの練習を見に行った思い出が語られていました。

何度も何度も「ナイン(ノー、ダメだし)」を言って、

それが曲の最後のたった一つの音だったそうでした。

うまくゆくと、「ありがとう!」と言って、

練習が終わったそうでした。

室井麻耶子さんの、話で、

「この人もたった一つの音をつかまえようとしている。さすがだと感心した」

と言うわけでした。

室井麻耶子さんのこころざしの純粋さに感動します。

カラヤンの誠実性について、純粋性の事でしょうか、

そこに感動する室井麻耶子さんに、わたくしは感心し感動を覚えたわけで御座います。

室井麻耶子さんは、

メロディックについて、

ケンプ先生にもレッスンを受けたそうです。

あれ??

ケンプ先生?

それは、聞き覚えのあるお名前でした。

ケンプ先生のレッスンで、

それで、やっと、解かってきたという事でした。

ヴィルヘルム・ケンプ先生は、とても素晴らしい演奏です。

わたくしは、若い時によくよく聴いていました。

やっぱり、ケンプ先生のピアノはすごいですね。

本物のアーティストですね。

わたくしも、かくありたいと、願っております。

今日や明日の話は、別にして、

永遠なるうつくしさについての憧憬の、そこへの求めてゆく、

気持ちなのでしょうね。excellentの感動のレベルですね。

そう言った感覚で、ケンプ先生に、昔から信頼を寄せていました。

わたくしは、ピアノは弾けませんけれど… 。

ダンスは、何とかやれます。

本当は、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」で、

ビシッとした、感動を生み感じて貰えるモノを、

残してゆきたいんです、

ほんとうの気持ちは、ここに御座いますね。

1000年と言うより、

もっと長い未来にも通用する、

定理というか、原理と言うか、

だれもが納得して、おー、って、

思ってもらえるような、そういうものを、

死ぬまでに残しておきたいと思っての常日頃の努力であると思っています。

なにしろ、

わが国の文明って、本当に、すごいのです。

全世界を見渡しても、類例が絶無ですから、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の現代出現と、

同様に、類例のない新展開です。

だから、われわれ日本人には受け入れの受容の事がむつかしいのですね。

長い歴史のあるための、いわば、副作用ですね。

 

だって、

普通の人だったら、

神武天皇が、国家建国の祖だとして、もう満足してしまいます。

それはそれで、間違いでは御座いませんが、

でも、

縄文時代や弥生時代など、わが国には、もっとむかしにスゴイ文明があったことが、考古学で、

発掘されて、証明されてきました。

明治時代の以降の発見です。

わが国のことを、本当に知ろうとしたら、

考古学にも、文献の古事記や日本書紀やもっと前の原書の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」にあたってみなくてはなりませんね。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、

『古事記』『日本書紀』の原書であることを、わたくしが証明しました。

いまだに、有効な反論は提出されてはいません。

もう、かるく、15年は過ぎています。

反論が無いという事は、「偽書説」の貶めは、もう、バンザイなのでしょうね。

それはそうでしょう、真実は、どっちみち、いずれにせよ、

曲げることはムリ筋ですからね。

 

 

ー 追記 (H30、7、24)ー

パソコンの画面が、「お花畑」のように綺麗になって来ました。UPします。

 

       特殊文字の製作の途中の字並びです。(7月25日)

       和仁估安聡さんや溥泉さんの、漢字訳は、

       直訳的ですので、除外すべきです。

       外国思想に取り込まれてしまいます。

       わが国のヲシテ時代のその高度な理念を理解してから、

       翻訳に掛からねば、外国思想に迎合してしまいます。

       ここがむつかしい。

       ついつい、漢和辞典を見て理解しようと、

       誤訳のレールに乗っかってしまい易い罠です。 

       良く無い漢訳文も、百害あって一利なし、とはいえ、

       ヲシテ文字の書き間違いを直すためには、

       漢字訳も役立ちます。

       ヲシテで「サチヒコ」と書かれてあったところも、

       漢字訳で「阿智彦」と横に書かれていました。

       この例の場合「アチヒコ」と、

       本来はヲシテで書かれてあって、

       「サチヒコ」は誤記だと、認定できます。

       百害はあるけれども、一利はあるか? でしょう。

 

          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

| 国語 | 17:42 | comments(0) | - |

「縄文文字ヲシテを復活! 供彙單 満のこぼれ話。こちらで、続きの「供廚鮟颪ますので、よろしくお願い申し上げます。

以前にお世話になっていました、ブログが、

容量満杯になってしまいました。

「縄文文字ヲシテを復活!」のブログです。

 

さて、困ったと思って居りましたところ、

新しく、心機一転に、

こちら様で、

お世話になります事に致しました。

 

UPしようとして、

以前のブログで、

容量満杯に気が付いた画像です。

『新訂ミカサフミ・フトマニ』(池田満、展望社)から引用いたします。

『フトマニ』「ア・ムク」の項目です。


常に常に、向上心を持って、進んでゆかねばならないと思っています。

そして、自省の事で御座いましょうね。

いつも、いつも、

何か、足りなかったか?

もっとこうしていれば、良かったな!

と、明日に向けての希望の反省の事で御座いますね。

大坪併治先生に、拝眉を賜って、会得した健康で長寿の秘訣にも共通することで御座います。

今日も、ダンスで若いって言われました。

そして、やっぱり、反省点にも、幾つか気が付きました。

教えてもらえました。

足腰鍛錬プラス・アルファなのですが、アルファの要素がウェイトを増してきております。

 

さてさて、

103歳の大坪併治先生も、少年のように、お気持ちがお若いと、

お見受けしました。

「気は心」なのだと、そこに、大いに集約されますもので御座いましょう。

大坪併治先生は、90歳からパソコンを開始なさいましたから。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」には、

アマテルカミのご長寿でお元気でおわしましたことが、

「カキツハタ」(アヤメか、花ショウブのような花)に、

たとえられてあります。 

こちらのブログ

http://wosite.jugem.jp/

に、引き続き書いてまります。

よろしく、お願い申し上げます。

 

 

 

 

 

| 日本史 | 08:20 | comments(6) | - |

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    いけだ (08/10)
  • 日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。
    山脇幹夫 (08/10)
  • 日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。
    白井忠俊 (08/07)
  • 日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。
    いけだ (08/06)
  • 日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。
    山脇幹夫 (08/06)
  • 日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。
    いけだ (08/06)
  • 日本史をまじめに考慮して、くつがえして、2000年来、いや、少なくとも6000年来の訂正をする事。
    山脇幹夫 (08/06)
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