「みつる たこ」に、「八面玲瓏」のお言葉を頂きました。これからは、「みつる たこ 八面玲瓏」です。

仲間誉めのようにも思われてしまうかも?
おもはゆいです。でも、もっと大きな意味を、この言葉に込めて頂いていました。
それが、「八面玲瓏」と、「みつる たこ」に形容して下さいました言葉です。

「八面玲瓏(はちめん れいろう)」とは、まあ、なんと、うつくしい言葉でしょうか!


             <スイセンとレンギョウです>

名付けの親は四国の合田さんです。おシツさまです。

現代の現在、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の理解度での、

日本のそのトップの5本の指に数えるうちのおひとりです。

タダものでは御座いません、逸物で御座います。

おシツさまからの評価は、わたくしは、100%尊重致しております。

レベルでいいますと、博士課程の以上ですね。

            ・
これまでの、わたくしの八面六臂のしてきた事、
それは、ただただバタバタとして来ただけから、ひとつ、
抜け出してきたよう、なのか?

そこを、おシツさまは、評価なさってくださいましたような事かと思います。

そこに至るには、
日頃のダンスであったりの種々の修業の結果が、少しは、出て来ているのかも知れません。


         <侘助咲きの、薄いピンクのツバキです。

          なかなか大きくならなかったので、

          半分あきらめていました>

女房も、修行僧のように出かける「みつる」って言っています。

決して、ただ遊んでいるだけで無い事を、女房も、理解しているようです。

あれこれと、もがいている日々で御座います。

そうして、
多くのお人に鍛えて貰っております。

            <今では、新聞受けと見比べても、

             大きな樹になりました。

             もう、植えてからざっと35年になります。

             50年とか500年とかで棟木にもなりますね。

             材によって、年数は違いましょうが、

             長年の蓄積こそ、力の源でもありますね。

             『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の記述の通りです。

             ホ17−46。

             今年は、枝透かしをしようかと思います。

             実に良い樹に伸びて来てもらいました。

             今朝、女房が、お義姉さんの森茉莉さんに、

             切り花にして、持ってゆきました。

             大阪の木屋では、あんまり良い椿が無いんだと、

             言っていたそうでした>

「みつる たこ」に、そう、カンムリ(冠り)の名を、お名付け下さいまして、

それで、
「みつる たこ」の絵に、これから「八面玲瓏」の文字を入れることにしてみました。
次の第二作目からです。おシツさまからの命名で御座います。さすが、で御座います。

次からの染め以降、変更点は、

第一点は、「トホカミヱヒタメ」の文字を大きくします。
第二点が、「八面玲瓏」を入れてと、少し、バージョンUPします。
色合いもちょっと修正などもしてみます。


              <みつる たこ、の一作目です。

               もう、プレミアものになるかもしれません。

               行き先は、大体決まりまして、残部はゼロです。

               アメからの守りの意味で、

               トホカミヱヒタメの、

               隅違えのことは、振り替えました。

               一般的には理解がむつかしいので、

               二回目からの染めには、地表上の方を重要視します>

地表上の「トシノリ」の運行からくる守りをしてくれるのが、
「トホカミヱヒタメ」です。宇宙からの恵みの守りを表現しています。
建国の祖のクニトコタチさんからの、
その偉業の事、

その哲学的な把握の事です。

すごい事です。
現代に、再び、今ここに顕彰したいです。
この思いも「八面玲瓏(はちめん れいろう)」なんですね。

             <カンアヤメ、珍しいですね。

             アヤメは、夏のモノですけれど。

             寒い時に咲く、カンアヤメです>

| - | 14:33 | comments(0) | - |

「いのしし」女房の陶器です。「新匠工芸会」春季の展覧会です。

女房は、「いのしし」を作りました。
どうでしょうか? 背の蓋を取ると、花活けにもなります。

おすまし、いのしし.jpg

               <岩の上に乗っかって、睥睨している雰囲気だそうです>

うりぼう、も、2匹。

うりぼう2.jpg

上の、娘さんは、花活けになります。

こちらの、色黒の弟のやんちゃの方は、線香建てになります。

お灸をすえてやってください。

うりぼう1.jpg

春も、はずむようです。

ですが、世上はいろいろ起こります。
「豚コレラ」心配です。

 

                 ・

 

こちらは、「さくら ねこ」、別の処に出す予定です。

さくらねこ.jpg

| - | 14:11 | comments(2) | - |

「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。

国家をどうやって、護り再建してゆけるか?

本当の「国士」たることの最重要の事でありましょうか?

       <京都のヲシテ講習会にて、H31年3月16日です。

             「みつる たこ」も登場しました>


       <カワヅサクラがもう、満開に近いです。

        河津のさくら、やさしい、さくらです。

        気の早い早咲きサクラです。

        わたくしたちのよう>

思えば、国祖クニトコタチさんの、
わが国の建国のその、理念の「トのヲシヱ」は、
精緻です。
2000年からの歴史だと言う事でさえ、
ねたまれる。


                <モクレンです>

でも、本当は、
国祖のクニトコタチさんの精神があってこそ、
私たち現代人のこころにも「日本人」だと繋がるものがあるのですね。
皇室のこころ、そのモノが、「トのヲシヱ」なのですから。

Chinaから、漢字が来てからわが国に文化が出来たなら、
半島と似たり寄ったりになっているんじゃないですか?
私はそう思っちゃいます、このごろです。

 

其処に付いての判別をし得るのが、
記紀、つまり、『古事記』『日本書紀』と、
翻訳前の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」との比較です。
せっかく見つかった宝物を、

現代語に直訳して貶めて隠蔽しようとする、外国からの、
怪しげ勢力。それに、お花畑で乗っかる人たち。
それらを、ちゃんと寄り分けをしてきちっと汰(よな)げる事こそ必要だと思います。

 

「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。

記紀には、出ていなかった「トのヲシヱ」の記述が、解かるのは、

50年前に見つかった『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」であればこそです。

そして、『定本ホツマツタヱ』(松本善之助監修、池田満編著、展望社)

には、記紀との対比比較が原文できちっとなされています。

ここに、根拠を得ることが出来ます。

 

           <早咲きのさくら。

             オカメサクラです>
『定本ホツマツタヱ』のこと。

 
わたくしは、この本を、やっぱりひとつのタイムマシーンだと思っています。
1300年前に、『古事記』『日本書紀』に翻訳された時点の、
その詳しい事、

その翻訳の前と、翻訳の後とを、
パッと見れるんですね。

どう? インチキされたのか?

 
その内には、もっと、10兆円とか、ものすごい、
物理学応用技術で、本物のタイムマシーンも、いずれかあるいは出来ましょうか?
でも、
今ある、既発見の写本の精査な考察の構築で、

夢をいつかの、見果てることに委ねないでもOKなんです。
ほぼ、スペックとしての目的の「タムマシーン」は出来ています。私たちの必要とする1300年前を遡るためだけなら、の、「タイムマシーン」です。

さすがにビジュアルの「動画」まではムリですけれど。
記紀との比較においての、必要な情報はちゃんと把握できる、それで、いわば「タイムマシーン」です。まあ間違いなく、そう申しましてよいでしょう。『定本ホツマツタヱ』(松本善之助監修、池田満編著、展望社)です。

| 日本史 | 16:37 | comments(5) | - |

本のスタイル、装丁のこと。ちゃんとした製本だと、どうしても割高になっちゃいます。

一般に「本」って言いますと、
簡易な、文庫本とか、新書本とか、
やっぱり手軽に、目にもあったりも多いので手にする機会も多いです。


    <表面の布は、どうしても、色あせちゃいます。

     右端の初版は、平成14年ですから、もう、17年物で御座います。

     けっこうの、ある意味ビンテージものでした。

     左端のが、最新版の平成30年2月版です。きれいですね。

     中の2刷りは平成21年、それでも、10年物なんですね。

     わたくしの書斎は、日が良く入るので、日焼けもしやすいようです>

でも、
長年使ってもらう、まあ、20年か30年は極々普通に使うってもらえるんじゃないかな?
って本には、
それなりの、こころ使いをしております。
製本など、装丁(そうてい)にも気を使います。
『定本ホツマツタヱ』でもそうです。

また、辞典でしたら、また同様にて長く使ってもらえるように、
布の、表貼りをして、強く堅ろうの装丁にします。上等の製本の仕様です。
ざっと、軽く言っても10万回開け閉めしても、ボロケちゃわないように。


      <17年物のビンテージでも、大丈夫です>

それが、布貼りの装丁のやり方です。
また、紙を止めるのも、糸かがりの製本にしています。

これが、きわめて有効な書籍としての本格的な仕様の決め手です。

やっぱり、糸かがりです。
8枚とか16枚で、糸で縫い束ねる方式です。
本の背の処を、ごろーじあれ。
束になっているのが解かると思います。
そうではない本も、多いです。これは糊の貼り付け本って言いまして、
安手の製本です。

糊付け本は、やっぱり弱いです。


       <このあいだ、読もうと思って買ってきたばかりの、本です。

        一般的な、糊つけ本の代表です>

やっぱり、これだと、10万回の開閉には耐えられないので、
あっちこっちと、ボロボロに傷んできます。

製本の質にこだわると、本の単価は高くなります。

(糸かがりを、やるかどうか? 糊付けの安手の製本に、お安くとどめるか? 製本の単価がかなり違います。

糊付けの製本じゃなくて、もうひとつ格上の、アジロ綴じでもなくて、

もっと、上等の、本当の上製本の糸かがりが、10万回の開閉にも耐えてくれます。製本費はかさばりますが、やっぱりいいものを、提供したいです)
長く使ってもらいたい! その目的において製作するべき書籍は、
どうしても、製本費も布貼りとか、製作の単価も上がってしまう。
ホントは、安くにも上げたいのですけれど、
20年、30年と、

いやいや、40年、60年ですね。

そうやって使い込んでもらっても、
ビクともしないモノ。どうしても、それなりの書籍の格としても必要です。

記紀の原書なのですから、そんじょそこらの、ヘンなものではないです。

 

どうしっかりしたものであるべきか?

たとえば、

わたくしの常使いの、『定本ホツマツタヱ』はもう、17年は使い込んでいます。

表の金押しもボロボロですけれど、本の作りは、まだまだしっかりしています。

おそらくは、あと17年は充分に使えると思います。

だいたい、普通に使い込んでも40年は堅いところであると思います。

   <装丁の布目もすり減って来ても、本自体はまだまだ大丈夫です>


辞典だったり、基礎書籍だったり、
どうしても、長年使ってもらえる用途にと製本の質にもこだわることになります。

読み捨て本の、
一般に多く普及レベルの、文庫本とか、新書タイプとか、
それと比べると、
どうしても、割高になってしまうのは、
ひとつにはそう言った、長く使ってもらえるようにとの、
製本費のことなどのコミコミの価格で御座います。
どうか、ど理解のほどをお願い申し上げます。

     下に掲げた、これは、『ホツマ辞典』です、初版の本も、

     平成11年の出版ですから、もう、20年かなり使っていますが、

     製本は大丈夫、ちょっとだけゆるくにもなりましたが、

     それほどは、いたんでいません。やっぱり、

     糸かがりまでしてある、本格の上製本ですね。

     上製本と、単に言っても、その内実は、

     糸かがりまでしてある、最上の製本のものは、

     見てみてくださいませ、結構少数です。

『古事記』『日本書紀』の原書で、
わが国の、本当の基本の「国学」の元の書籍ですから、
やっぱり、安手の糊付けの貼り付け本じゃ、それは有り得ませんですよね。
格式の問題の話で御座います。

『定本ホツマツタヱ』も、『ホツマ辞典』も、これは、
どうしても、糸かがりの本式の製本で、布張り製本の上等のレベルにと致しました。

で、頒価はちょっとどうしてもお高くなっちゃいました。ごめんして下さいますでしょうか?


それで、製本には、どうしても割高になっちゃいます、そういう、メカニズムで御座います。
でも、でも、30年40年と使っていただきましたら、結構の場合に、

よくよく考えて貰いましたら、割安感もあるんですね。
絶対の処40年使ってもらっても、大丈夫のように、作って御座います。
ご安心のほどを!

| - | 17:21 | comments(2) | - |

ホツマのことから、ヲシテの国学への覚醒のこと。 有村治子(はるこ)さんのこと。 追記「みつる たこ」のイラストのこと。

はじめは、みなさん、日本のあちこちに旅行してビックリするもので御座います。

つはき2.jpg

               <ツバキと、マンサクです。

                マンサクの花は、とっても良い香りがします>

全国各地について、どこに行ってみても、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での記載にまったくピッタリなのです。

それはそのはずで、

『古事記』『日本書紀』の原書の、

本物の我が国の歴史そのものが、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」ですから、

全国どこに行ってもピッタリなのは当然です。

まあ、最新、新発見の旅行記の虎の巻としての活用も、

勿論の事に、ひとつの手です。

 

でも、

本当の価値は、旅行本のガイドじゃ有り得ないぐらい大切です。

わが国の、本当の国柄を知るには、

記紀の原書を「国史」として扱ってゆく必要性が有ることに、

やはり、気が付いて来てもらえますと、

それこそが

本当の正着です。正着を打つ目を養うと、本当に楽しさが何十倍にもなります。

観光の旅行で、100年を費やして楽しむのも、

悪くは有りませんね。良い事で御座います。楽しいです。

でも、

ちゃんと本当の真価が解かって来出したら、

これ程にも大切な、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、

旅行ガイドブックの虎の巻のランクの程度に、

さらに、今のままの「偽書」のランクの扱いに終始させておくのが、

なんなんだかなー? ってことに、やっぱり思い至る訳ですね。

つはき1.jpg

 

そこには、アマテルカミの、わが国民を思いやって下さいます深いおこころが、

今の現在の皇室にもちゃんと受け継がれてきている。

この事実に目ざめてまいりましたら、

本当に有り難いことだと、わが国の縄文時代以来の国柄の事を、

ぐっと、じっと、感謝する訳で御座います。

本当に、たとえようもなく有り難くうれしい事で御座います。

 

たとえば、神社に行きまして「ご祭神」が何方(どなた)であるかを、

ご覧ください。

大概(たいがい)が、ご先祖であったり、大昔の偉人であったりします。

北野天満宮でも、ご祭神は菅原道真公です。偉人ですね。

明治神宮だったら、明治天皇さんだし、

近江神宮だったら、天智天皇さんですし、

橿原神宮だったら、神武天皇さんですね。

ご先祖であったり、大昔の偉人の多くの場合、

その他での場合の、

自然神であるのは、愛宕神社とかごく少ないのが事実ですね。

そこが、真相をときほぐしてゆく、キーポイントになります。

わたくしの場合、清和源氏の末裔ですから、

ずっと遡ると、56代の清和天皇さんにつながります。

もっとずっと遡ると、神武天皇さんに繋がります。

もっとさらに遡ると、アマテルカミにつながります。

そうなんですね、100代も遡ると、2×100乗になります。

1,267,650,600,228,229,401,496,703,205,376。

125代も遡ると、2×125乗になります。

42,535,295,865,117,307,932,921,825,928,971,026,432。

とても、多くて、勘定しきれません。

つまり、100代も日本社会で暮らしていたら、

血の混ざっていない人は、もう、皆無だと言う事でしょう。

わが国に来て、普通に暮らして数代を経たら、みんなどこか親戚です。

すなわち、アマテルカミの血縁にも繋がっている事になるのですね。

だから、祖先の意味の「カミ」だと言う事になります。

つはき3.jpg

 

 

「かみ(神)」と言う概念が、現代には、

とにかく、ごちゃ混ぜになってしまっています。

「八百万の神」って言われ続けて来ていたので、

そこの処からがおかしくなってきていたのです。

これが、そもそもの間違いのもとの『古事記』的な「神」の捉え方だったのでした!

漢字以前の時代においての「カミ」の言葉の意味とは、

『古事記』的な「神」の捉え方とは、随分と内容が違うと言う事です。

一番の違いは、誤解の大元が、実は、このところに起因していました。

直訳の場合は、この大きな違いに気が付かないで、

十把一絡げに「神」と直訳してしまうのが大間違いの元だったのでした。

たとえば、後世の「国司(こくし、地方長官)」に相当する意味の「カミ」の言葉でも、

直訳だと「神」に当て付けちゃうので、それは無茶苦茶なわけです。

そんな程度のシロモノが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」。

だれが見ても、ちょっとマトモな人からは「偽書」だと思われること、100%確実です。

 

そのあたりのくわしい「カミ」概念の区分けは、『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)の解説に記述しました。

 

どうやって、この、奇跡の書物の発見が為されたのか?

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見50年の記念に、

見直しまして、再編してその発見の手に汗握る物語を上梓出版しました。

よくもまあ、松本善之助先生は奇跡の書物の現代発見をなさって下さいましたものです!

その発見の物語を述べるのが、

『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)です。

そこに、わたくしは、誤解の大元について解説を加えました。

 

その解説の箇所には、

「かみ(神)」の言葉についての現代語とのギャップの解説を、

ここが肝心で要の最重要の箇所であると、

見定めましたので、くわしく記述しました。

 

これまで、40年来にわたっての、「直訳偽書の秀真伝」の人達は、

もう、この解説をいっぺん読んだらギャフンの感じでした。

自分たちの間違っていたこれ迄の路線について、

その思い違いにやっとやっと気が付いたようでした。

もっと前にも『ホツマ辞典』(池田 満、展望社)にも、用例も掲げて解説をしておいたのですけれど、

もっと直截的な物言いでないと、彼らには、解からなかったようです。

辞典は、よりパブリックの要素が強いので、出来るだけ公正・中立的な表現に努めたものです。

さしもの「直訳偽書の秀真伝」の族の人たちも、『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)の解説を読んだらギャフンと来たようでした。

 

それで、彼らが路線変更してきてくれたら、

マトモな方にね、

そうしましたら私も、温かく対応します。

すべて水に流して受け入れもするんですけれど、

もう、彼らはイカッちゃって、反発だけでした。

「あれ?」、それって、おかしげの事実を指摘された「ウミサチヒコ(海幸彦)」の取った態度に似ていませんか? 「ウミサチヒコ(海幸彦)・ヤマサチヒコ(山幸彦)」の物語は、『ホツマツタヱ』の25アヤに詳しいです。来る3月16日(2019)

京都の「ヲシテ講習会」の講義の処です。

何で? 彼らは、そんなにも怒るんだろうか? あ? そうだ、彼らは目的が違っていたんだ、彼らの目的は、別の処だったんだ! と、やっと、わたくしの悟る所になりました。

彼等は、『古事記』的な史観・神観を、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に読もうと、いわゆるChina読みに、つまりは迎合読みをしたかっただけだったんでした。それって、Chinaの漢字占領下のママじゃないですか? 阿(おもね)る曲学阿世的とはその事ですよ。真実に対して、真面目に向き合うのが「学」ですから。

殉じてでも、真実に真面目に向き合います、わたくしは。

そりゃ、ま、彼らとは袂を分かつのみで御座いますね。私の採るべき方向は。

つはき4.jpg

 

 

そう言った人たちの、仲間のひとりが、

「いときょう」さんですね、

びっくりしました。

10年ぐらい前になりましょうか?

「ほつま」の一番大切な所は何ですか?

って聞きに来ました。

それなりの返答を、その際に私はしましたけれど、

幾ら何でも、「いときょう」氏がホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

まったく読み書きも出来ないお人だとは、その時に、いささかも、思い及ばずでした。

自分が専門家だと言う触れ込みで偉そうにして来るんですから、まさか? ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字が読み書きも出来もし得ないなんて!

今にして思えば、ミステイクの指導をしてしまいました。

何だかわかった様なそぶりで来るので、

わたくしはウブさゆえに、ちょっと、いや、大きく間違っちゃったようでした。

今にして思えば、幾ら何でもの、大間違いのボタンの掛け違えの齟齬でした。

初めっから、「あなたの場合は、もっと基礎学力を!!」 って指導していたらよかったですね。

 

今にして思いますと、

歴史簒奪のGHQの意思のもとに操られる走狗での位置が、彼の場合にてのようです。

根底には、わが国の大文明に、

この50年来の世紀の大発見に、

どうやって簒奪してゆけるか?

それが、狙ってくる諸外国の人達のテーマになっても居るんでしょうね。

ひとつが「偽書」仕立てです。

こちら側とは、まったくの正反対です。その目的や感覚は。

 

「記紀の原書で大切だから、記紀の間違いは訂正しましょう!」

と、いうのが私の立場です。

ところが、どっこい、

「いときょう」氏は、「『古事記』に訂正をしようとは思わない」って、

言って迫ってくるんです、私に面と向かって。そして、私の考えは間違っていると批判してくるんです。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字も読めもしない書けもしない人がですよ!

ビックリで、あんぐりです。

なにも、わたくしとしては言葉が継げませんでしたですね。

二の句が継げないとは、この事を言うのか! って、実感させてもらる、良い勉強になりました。

レンホーさんからでもあるまいし、ですね。誰から言われちゃってるのかと思います。

 

 

そんなのが、

それが、これまでの処は多かったのでした。これまで40年来です。

90%は、大体のところあやしいです。

これからは、そう言う人達も多少は減って来そうで、楽しみにしています。

でもでも、まだまだ、要注意の時期が続きます。

よくよくみなさま、眉に唾を付けてお考え下さいませ。

ニコニコとしてやって来る人は、70%恣意的な目的があるようです。

そして、悪魔のささやきを言うのです。耳元で。

そういったことで、80%ほどの人はやられちやぃますね。

怖い事で御座います。

でも、

歳月は遡れません。

ある程度はちゃんと、わたくしの仕事を見て来ているのか?

って、ウブなわたくしはそう思い込んでいたのが間違いです。

だってね!!?

高級料理店にご招待して貰ったり、ちょっと、幻惑も及ぼされちゃいました。

そういった事は、すべておかしい事でしたすね。

わたくしは、牛肉なんて食べませんからね、その時どうやって排除し除外していたのかも忘れましたが、いやいや、食べたくもないものを並べられて困ったな! のレベルでした。それが、ご馳走してくれてる感覚であるのが、余りにも滑稽でした。あれ? この人、専門家ぶっているのに『ホツマツタヱ』の15アヤを読んだ事無いのかな? と、その時に少し疑問には思いました。 

 

『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)には、

『古事記』的な神観からの離脱の事を、

つまり、Chinaからの思想操縦からの、

1300年来の、リセットをするすべを、記述しました。

松本善之助先生の、神社でふと見上げた紅梅に悟った、

わが国の真実の物語、そうだ! 神社とお寺は別モノだったんだ!

と、本当の我が国の真相の発見に至る、発見物語。

松本善之助先生は、ふと見上げた、雪中の紅梅に「あ」って、

瞬間に悟られたそうでした。座禅をいくら組んでいても解からなかった真実!

それは、

わが国って、神社! お寺とは違うものがあったんだ!

今まで何をやって来ていたんだろうか?

座禅座禅・修行修行って、一体何だったんだ?

ホンの瞬間の瞬きもしない間に、悟ったんだ。

と、松本善之助先生はおっしゃっておられました。

今も、わたくしの耳の奥には聞こえてくる、善之助(よしのすけ)先生のお声です。

その物語りに添えて、

『古事記』的な神観からの、本当のわが国風への独立離脱の解説を加えて添えて…。

 

            ・

 

このあいだ、

たまたま、国会答弁を聞いていましたら、

良いお方の話を聞きました。しっかりしたスタンスのお方で人物だと感心しました。

有村治子(はるこ)さんです。

「女性宮家」の問題で、付帯決議の付加に異を唱えたお方です。

わたくしは、この事に大きく評価をしました。

早速に、後援会に申し込みをしました。事務所にFAXを入れただけですけれど。

今年(2019)の改選に際して、上位の得票数で、改選を果たして欲しいと切に願います。

ー追記、3月10日ー

有村治子さんの事務所から、後援会署名の礼状が来ました。

あれ? 参議院の投票って、1枚目も2枚目も同じに、候補者の個人名の記入が、

それが、候補者にとって有り難かったんですって!

初めて知りました! ハガキをUP致します。

 

         ・        ・

 

ー追記、3月6日、19:24ー

 

「みつる たこ」のイラストです。

さっき、書いていたら、

女房が、とても、褒めてくれました。

と、言いますのも、

ダンスの友達から「たこ ちゃん!」って言われています。

なぜだか? 良く解かりませんが、

そう言う愛称になっています。それで、メールの返信に、「みつる たこ」を、

書いた訳でした。

女房がとっても喜ぶので、それで、

UP致しました。

髪の毛も生えて来たし、「たこ ちゃん」もないでしょう。

って言っても、やっぱり「たこ ちゃん!🎵」。

それで、しょうがないので、毛を3本生やしました。

「みつる たこ」です、頭の毛は。しょせんがぷわぷわ若草山的な生え方ですからね。

そんな程度のことで御座います。たった三本でも、盛り過ぎかも?

           <カワヅサクラ(河津のさくら)です>

でも、

このごろは、団扇であおぐと、毛のさわさわ感が、自分にも感じられて面白いんです。

「たこ ちゃん」のあだ名の事こと、

絶対に相手にけがをさせない、フォローを100%する、の意味で、

足を8本にも、無い能力も振り絞っていろいろ踏ん張る意思の事。能力は、まだまだですけれど。

そこの評価でしょうか?

| 日本史・国語 | 04:21 | comments(5) | - |

哲学思想の発展のこと。「縄文哲学」について。「五行思想」はずっと後からの派生物であること。

わが「縄文哲学」のこと、
歴史的な変遷を図にしてみようと思いました。

国語の発展とも、「縄文哲学」は密接に関連しております。
大きな考え方の捉え方は、『ホツマ辞典』(池田 満、展望社)にご覧下さい。
260ページの「アマカミの表」が解かりやすいです。
また、詳細なヲシテ時代(漢字以前の時代)の、
年表は『ホツマ辞典』の274ページから302ページまでに記載しました。

              ・

Chinaよりも、わが国の大文明のほうが先行していて、

連綿性も持続的であり、かつ文明として強靭であることは、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」で明らかになりました。

なにしろ、拠って立つところの理念が、すばらしいからです。

何万年にも冠たる「トのヲシヱ」です。

 

それを、どうしても隠し隠蔽の工作をしたいのが、China流ですね。

ひとつは、「偽書」に貶めてゆく方策。

相当に、過去40年来に、わたくしの近辺にも暴風雨の如くに吹き荒れて来ておりました。

40年来の初期の頃に、ご縁のあったお方の多くは、ほとんど、その被害にあわれた模様でありましょう。

 

仕事の大きさに押しつぶされた人。

悪魔のささやきにやられちゃった人。

わが大文明の構築、という、大目的に目覚められなかった人。

 

発芽しても、しゅっと、消え行ってしまった理由はさまざまです。

 

ところがですね、さすが、お花畑のママの人も、全部が全部ではありませんでした。

もはや、真実に気付いて下さいますお方は、けっこうの人数にもなってまいりました。

さすがでございます。

 

この、40年来からのChina流の「貶め式」の方法はほとんど無理で無効になりました、と思えて来ています。

わたくしが『定本ホツマツタヱ』や『ホツマ辞典』、『ホツマツタヱを読み解く』など、

一連の出版をしてきているからでありましょう。

「日本ヲシテ研究所」のサイトをご覧願います。

「ホツマ」は「偽書」というレッテル張りを、わたくしは、ことごとく、打ち砕いて破って来ました。

もう、正面からの反論は皆無の状態です。もう、側面からのバカみたいな中傷のことばかりしかありません。

わたくしに対してのつまらない中傷を言う人たちが、何かちょっとでものマトモな仕事をしたの? のレベル。まったくお話しにもならないレベルです。妬みややっかみは、どこの世界にもあります。

国語の解明も『よみがえる日本語』(明治書院)にて、もう2冊目までもが出版済みです。

China流の「偽書」にと貶める、誹謗中傷の路線は、もう、100%のダメ路線でしょうね。

明明白白のあきらかです。おとしめの路線は、もう、実効力もなく、効きませんね。

おかしげレベルの、直訳からの亜流本も多く出ましたけれど、

必要のあっての初心者本ですね。これもどうしても必要です。

幾つもの段階があってこそ、少しづつ、マトモな理解にも到達し得てまいります。

 

よくよくにも思うのですが、

「中華思想」のことですが、

まったくのところ、わが国の「トのヲシヱ」の方が、

時代も先行しているし、思想の精緻さも格段に上です。

それを、こんなものがあっては、沽券に係わるって、そう言う事でしょう。

Chinaが一番でないと困るのです。

「中華思想」が成り立ちませんからね。

それだから、どうしても、百万偏のウソを言い続けても覆い隠したいと言うのが、かれらの気持ちであるとも、

わたくしは、おもいやってしまいます。

それなら、彼らの気持ちもわかります。納得です。

それなので、これまでは、

出来るだけ、ソフトにと、このあたりの事情のことは表現をしてまいりました。

奥歯にものの挟まった物言いでは、理解してもらえない場合は、

もうちょっと直截的な表現も必要かも? って、思うようになりました。この頃の事で御座います。

もうちょっと、ピシッと、言っておくべきかな? って。

 

        ・       ・        ・

 

また、かれらは、新たな貶めの策謀をはじめますよ、見ててください。ネチネチとね、ニコニコと、表面ではね。

また彼らはやって来ますよ。高畠氏は、もう、そういった活動もこのごろは低調のようですが、同様の人達はまた出てまいります。

また、何かしらやって来ますよ。目的が、既得権益の維持ですから、そこをこちらはちゃんとわかっての対応です。

でも、どうやられてこようとも、もうここまで来たら、真実は明らかになって世間に広まりつつあります。これまでに灯し続けて来ていた小さな真実のともし火は、もう、消えることも、消せることも、まずもう無いでしょう。無理でしょうね。此処まで来ましたものね。小さなこのともし火こそは、貴さについてちゃんと解かって来てくださいましたら、まあ、消え入ることは絶対には有り得もないレベルに達しましたでしょう。これが、わたくしの40年来の仕事です。さて、そこからの本当の真実の開花!  それをわたくしは祈っています。

わが国の、本当の貴さを守ってゆくのが、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の真実を知り得た、本来の国士たるべきのとってゆく為しゆきなのでしょうね。

 

本当の、国防の最前線とは、思想の歴史の正しさについて、

真面目に考える、わが国の場合は、

本当にそうだと思います。記紀の原書が、わが国史の根底に備わってからのこと、

此処が、最大にして近々にも未来にも最重要の事柄であります。

さてさてさてさて、この、記紀原書の重大性のこと、

50年前に見つかったばかりですから、

世間への流布は周知はまだまだです。

でもでも、でも、わが国の本当の大文明を知り得るのは、

基本の文字のことからだったのです。

漢字の渡来以前なんですよね。根本が!

だって、縄文文明の10000年あまりものその、一万年のレベルもの歴史ですよ!

本当の歴史、だれが、この事実を否定をすることができましょうか?

それを、嘘偽りで無かったものにしたいのがChinaの人達です。

そんな挙動は断固として拒絶するのが、わたくしたちの当たり前の反応ですね。

これも、リトマス試験紙ですね。

はっきりと、区別できます。

明瞭な区別が、ここで判別できます。いいことです。

あっちのひとか? 我が国風のひとか? 簡単にわかります。

それはそうでしょう、『古事記』『日本書紀』以来1300年来に簒奪してきたわが国の本当の貴さを、

その、ひどい歴史の貴さの簒奪の事実が明らかにされるのですから、

彼等は、あせっちゃいますよね。

それほどの、大きな仕事なのです。よほどのことに、こちらがわはハラを据えなくっちゃしょうがないです。

| 日本史・国語 | 06:04 | comments(2) | - |

ウルメのイワシのこと。「ヲシテ文献」には「ヰワシ」として出典があります。 天皇表のこと。

イワシには、大概の処4種類。
っていうと、
たいていの人が解からないようです。


   <これは、ウルメの日干しです。名人の作です。

    奥は、オニクルミ。さすがに割るのが大変。

    でも、味わいは抜群! トコタチさんの時代からのモノでしょう>

イワシとアジとの違いも判らない人も居られますようですので、
どう言ったらよろしいやら…です。
ブログも、更新をあまりほっといてもと思っての、
隙間ウメの記事で御座います。
でも、
イワシの、種類の区別は知ってほしいです。
『大言海』では、
「よわし(弱し)」から転じた名称に「いわし」となったと、語源説を提唱しています。
各文献での古い典拠は『字鏡』あるいは『倭名類聚抄』(和名抄)にあるとのこと。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、典拠がありました。

度忘れしていまして、訂正いたします。

「ヰワシ」として出典しています。


イワシは、昔からよく食べられていたはずだとは思います。

いやいや、食べ物の豊かだった縄文時代や弥生時代だったら、

もっと、でかい魚もよく獲れたはずです。

東京湾の魚の狩猟も、江戸時代の初めに、大阪の方の尼崎から移住してきて貰って、

佃島に漁師町を作った。家康の時の話でした。それが江戸前のお寿司の始まり、佃煮の始まり。

              ・

 

さて、イワシの4種類です。
カタクチイワシは、お刺身がおいしいです。(形は、ちょっと小ぶりです。カタクチのお刺身は、本当に最高です! 極め付きの、美味しいモノの上位です。新鮮のカタクチイワシのお刺身は、何物にも代えることも出来ないほどの絶品です。本当に美味しい)
ウルメイワシも、新鮮ならお刺身がお勧めです。もちろん、煮るのも最高です。焼くと形がバラバラになり易いので、ご注意の程度です。天ぷらも最高です。
普通に良く食せられる、マイワシは、煮るか焼くかどちらかが良いですね。脂分が多いので、またまた、おいしいですね。勿論、天ぷらも最高です。
ヒラゴイワシの食べ方は、マイワシに準じます。でも、身がやわらかいので、焼くと崩れやすいです。煮た方が良いですね。

もちろん、4種類すべて日干しも、煮干しもOKです。

カタクチイワシの煮干しは、最高ですね。

ウルメイワシは、日干しが良いです。そもそもが、上品な味わいですから。

ウルメの言葉の意味は、「目が大きくて、ウルウルしているから」でしょうね。

漢字に当ててあるのは、まあよいところでしょう。この場合は。

でも、

本当のところは、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字で書いてみて考えると、

もっと、スパッと本来の我が国の言葉の持つ原意に則して解かってまいりますのが不思議と言えば不思議です。

 

    ・     ・

 

御代の代替わりの事を、
色々と考えていました。
先のコメントの話から、
12代景行天皇さんから、
43代の文武天皇さんまで、
30代もの時代変遷でしたと言う事が、
出てまいりました。
思えばすごく長い時代の変遷です。30代もの代替わりとは!
その長い時代の事を、どうにもなんとなれば理解出来得るか? と思っておりました。
今も、もう、また御世の替わりのことともなり、
わたくしのような一般庶民でも感慨が深いです。

今から遡ってみましても、30代も前でしたら、鎌倉時代の末期の、
花園天皇さんに行き至ります。
そして次の時代が、有名な96代の後醍醐天皇さんの、
南北朝時代です。『古事記』の最古の写本でも、南北朝時代までです。
30代もの時代の変遷とは、
今、考えても、ビックリの変化です。
ずっと、わたくしの使っていました、天皇表を掲げます。
薮田嘉一郎さん編(綜芸社さんの発行です)もう、
今は出しておられるのかどうか?
なにしろ、40年物以上の骨董品的な年代物で御座います。
これが何しろ便利。サッと見には、とってもとっても便利です。

詳しいところは、もっと詳細な年表で見ればいいだけです。

見て頂けましたでしょうか? 神武天皇以前に、12代のカミヨのプラスのご存位のことを、

書き足すべきですね。 これからの仕事で御座います。

天皇表1.jpg天皇表2.jpg天皇表3.jpg天皇表4.jpg

手の肌のことも、ウルメのイワシにも、影響されたか?

少しづつ、若返ってきております。

アマテルカミの、カキツハタのお例え(ホ15-41(2708)

にも、そぐわしい嬉しさです。

それで、ダンスでもたったかと、自分でビックリするぐらいに、

あれほどにも動けまくれるので御座いましょうか?

不思議で御座います。

36歳のプロのダンスの先生に、ヒケを取ることもまったく無かったです。

スローフォックストロットも、ルンバも、拍手でした。

昨日のあの先生は、スローフォックストロットが、上手でしたですね。勿論、ルンバも。

あ、タンゴは、忙しくって踊る機会を得ませんでした、また今度の機会に。

どう言う理解なのか? 

その昨日のご近所の先生のタンゴの曲想の理解の事ですが、そこが、わたくしの興味のところです。これから、またの。

踊りの前の、曲の、音楽の事の理解の事が、一体どうなのか?

そこが、わたくしにとっては興味のありかです。

スローフォックストロットの音楽について、おーっていうレベルだった、です。

わたくしも、うれしかったです。こういう共感性のことが、うれしいですね。

なんといいましても、これからの事で御座います。

あと、最低でも、100年は軽く必要です。

 

 

| 歴史から長寿・健康まで | 11:39 | comments(2) | - |

名刺のまたの刷り直し、「更衣(ころもがえ、こうい)」のお題の献歌のこと。 追記、ロウバイの偽果を見つけました。

名刺のこと、もう無くなってきて、
新たに刷ったのだという話をこの前にしました。さて、そのあとで、
050の局番から始まる、IP電話が無くなると言う連絡が、名刺の刷り上がりから一週間もしないうちに参りました。
時代の動きが、
また、ここに到来ですね。
花も時と共に、ムメ(梅)も咲いてまいりまして、良い香りです。季節も変わります、時代も変わります。

ウメ.jpg

電話番号が変わっちゃうので、また、名刺を刷り直すことになりました。

まあ、ビックリ! 出来た早々、またやり直し! おもしろい!!

聞くと、システム的なビッグ変化は無いそうでした。聞いてみると残念なことで
この3月21日(平成31年、2019)の日が、光ケーブルへの工事の、
切り替えの日だという連絡がこのあいだに来ました。
切り替えの日は、この先、まだ、ひと月ほどは先ですが、
名刺は、昨日に刷り上がって来ました。

今の印刷屋さんは、有り難いです。頼んだら、あっと言う間に、すぐ出来上がっちゃいます。

これも「新石器時代」の一コマでしょうね。

用紙の紙が、思いの外の上に、きれいでした!

良い感じです! これが、あの値段でできるとは!! さても、ビックリです。
さて、新着の名刺、こんな感じです。

名前の振り仮名を、大きめにしました。

本当は、漢字除去のことも考えたりもしました事も事実です。

​でもでも、まだ、時期尚早でしょうね。

ともあれ、「ヲシテ」の文字のフォントを明朝体で無い、

訴求力のある字体に変えたりと、

こまかな種々の工夫を凝らしました。

ですが、見た目は、出来るだけシンプルにと。

それが、女房の美的感覚からのアドバイスです。ありがたい!!

何じゃかんやと言っても、絶対的な信頼は、やはり女房の美的感覚にありますね。

こんな大きな定礎のことは、わたくしの人生のさだめの指針に、

ひとつだにも、狂いなきものと思って来ていました。これからも、変わらないと思っています。

いわゆる「おけんのいうとおり」の類いです。 女房の、親戚の生駒の家で、何か問題が起きたら「おけん」おばあちゃんの鶴の一声で、すべてが決まる。という話でした。

「おけん」とは、いうなれば、マザコンの頂点の人物です。お局さんの、極めつけですね。幕末まではよくよくよりしまっていて、「お局さん」ですね。機能をはたしてくれたんですね。重要です。まったくに切れちゃったのが、此処が問題です。そこを解いて下さいますのが、すばらしいあなた方の智力で御座いましょう。

 

名刺2.jpg

次の、2月16日の京都のヲシテ講習会には、この名刺は、お渡しできます。

600枚刷りました。いくらでもご自由に。
時の流れは早いものです。

あって、思う間に、

流れが変わっちゃいます。ビックリ! まさか、IPアドレスの変更なんて、10年に一回もいいとこか?

って思っていたのが間違いでした。これからも激変の時代が続きますね。覚悟しないと。
今回の刷り直しの際に、用紙も変えて、文字フォントも細かく色々変えたりしたので、見易くなったと思います。
これも、時のウンで、IP電話が無くなることや、名刺の在庫の無くなることなど、
偶然に重なった幾つもの要因からの、万事、塞翁が馬の様な事でした。

こうした経緯で、二回刷り直したので、フォントの使い分けや、用紙の選定など、

細かな修正が出来ました。それで、もっと良い雰囲気になりましたわけです。

女房も、今度の用紙は良いって、と。 OK! と言ってくれていました。

なによりで御座います。

椿.jpg

ほんと、こうして、二回目に直しの刷りもできてよかった! ですね。

何故なら、うつくしさがグレードUP出来たからです。見た目にも美しいと、そう思います。

万事が万事、コトはすべて、塞翁が馬で御座います。

         ・     ・

冷泉家の小倉山会(おぐらやまかい)のことですが、

もう、冷泉家(れいぜいけ)さんには、30年来にも御厄介になっています。

藤原定家さんの、遺徳をしのぶのが小倉山会です。それで、献歌(けんか)を、つまり、ウタを詠(よ)んで奉(ささ)げる訳です。おもえば、藤原定家さんは偉かったですね。

わたくしの目標は、ヲシテ風のウタの追求と、その、新国学からの視点からくる新たな創造です。ウタの新局面からの創造ですね。そこには、まず、お勉強が必要です。おウタの世界はきわめて深いので、一朝一夕にはまいりません。少しづつの諄々とした理解の深まりが長年かけての勉強で培われますから… 。

いろいろ考えても、漢字の言葉を入れない歌会は、冷泉家さんしかその当時もそうでした様に今のところも無いのですね。それで末席にと、できるだけ身を小さくして、自分の勉強のためにとずっと御厄介になっております。

心配りとしまして、できるだけ、目立たないようにとしていました。大きな目的が違いますので、そこは、分をわきまえております気持です。

でも、女房が一緒に行き出して10年ぐらい、言わなくてもいい事を女房が言ったりします。こちらはこちらの分があり、あちら様にはあちら様の分があるんですね。目的がそもそも違うので、そこに焦点を当てると、いたたまれなくなるのが双方の立場です。でも、女房の知り合いが共通だとどうしても言っておかねば、あとでまずい場面も生じますので、最低限度の理解のレベルでは、問われたら言わすばならないのも事実です。女房の大学からの友人たちが、結構の人脈で関係者なのですね。でもね、もっと、控えめに、ってわたくしは思うのですが、そこはむつかしいもので御座います。
さてさて、藤原定家卿の、追善の会での献歌が、
その、小倉山会のお題が、今年は「更衣(ころもがえ・こうい)」でした。
さて、昔からの事に付いて、思い出しますが、小学生か中学生の頃、
「ころもほすちょう(てふ) 天の香具山」のその意味が、

幼いわたくしには解からなかったです。
山に衣を干してどうするんだ?

どうやって? 山に衣を干すんだ?

なーんて、いくら実物的に即物的に考えても、良く解からないのでした。

今で考えましたら、

たとえもよくわからない、いわば「直訳」のレベルだったのですね。

そこで、中学生の頃を思い出して雪辱の思いから、

次に、いだしますウタに詠(よ)みました。

更衣.jpg

「きてみべき」の言葉は、『万葉集』にもあるのですが、

浅野信先生の国文法の書を拝読していて、

たまたま心に残ったフレーズでした。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」で、「きてみべき」の用例は有りませんが、

『万葉集』には用例の確認が出来ますから、そこそこ古い時代からの言葉であると思われます。

「きてみべき」の後の余韻の「切れ」の感覚のこと、

爽快さを覚えます。ウタは「切れ」に、情緒も雰囲気もありますね。それがウタの価値にもなるんですね。

    <大根おろしの、二色仕立てです。

     摺っていましたら、青首大根の、上と下では、

     辛みが違うのを、女房が知らないと言うんです。

     大根は、上下の半分で部位が違って、

     上は茎、下は根だから、

     青首の青いところは甘いんだ、下の白いところはおろすと辛いんだ。

     って説明したら、「え?」って言っていました。

     この頃は、わたくし、大根おろしの辛みも、苦手さが減少しました。

     煮炊きしましたら、下部分の根のところの辛みの成分が、

     化学変化して甘くなるのでややこしいのです。

     大根は、漢字以前には「すすしろ」って言って呼ばれていまして、

     蕪(カブラ、ススナ)の、

     代用品としての「ススナ」の代わりとしての「ススシロ」の名称でした。

     つまり大根は、「ススナ」の代用品の扱いです>

 

中学生のわたくしの脳裏からは、だいぶ、進化をしてきていると思います。ちょっとづつですが… 。

わたくしの能力が低くて大したことないので、

長い年月をかけたら、もう少しは、まともにもなってくると、そう踏んでいますのです。

あと、少なくみても100年は必要かと、そう思って覚悟をしているところで御座います。

 

ロウバイの実がありました。

不思議な実のカタチです。偽果と言いますのだそうで、何を思ってこんな実にしているんでしょうか?

ズームアウトしてみます。果実は、偽果にしているからこそか、目立たないですね。

 

目立ちもしないで、なおのこと、まずい! って、鳥なんかに思わせたいのでしょうね。でも、食べてもらってこそ、広く広がる成育の機会に戦略を取っている樹木の方が多いです。ロウバイには、何か適切な思いがあるのでしょうね。

わたくし達、記紀の原書から、本当の我が国の基礎を定礎するべき志にあるからには、

「ヲシテ国学」についてまじめにめざしてゆく、わたくし達ですから、

それなりの、長期の視点に立った戦略も必要です。ヘンなレベルに巻き込まれて、貶められては元も子もない!!

今を時めく、GHQのお手先連の人達に、いいように貶められて、果たして良いのでしょうか?

疑問に対しての、戦略的な立ち向かい方の為し行き方です。

ひょっとすると、ロウバイの偽果にも、ヒントがあるかも?

ロウバイに訊く、あすの話です。

多く枝を切って来ましたら、まあ、なんて良い香り!! しびれます。

女房も、いたく喜んで、あちこちに活けていました。顔写真出し過ぎるなって言われたので、やめときます。ビックリの程の良い表情なのですけれど、それはともかくも写真は、写真撮影の技術があんまり大したことないので、幻滅ですね。わたくしの下手さからの問題でした。そうは言っても、カメラを構えただけで、表情がこわばってしまう事はおおいです。真実の事を表現するのは、どうしても、むつかしい。

あれこれ、そこそこまあまあのレベルでしかなかないのが普通です。本当は、スキッとした、精緻な真実を取らまえたいもので御座います。

だいたいが、これからどうやってゆくか? の事で御座います。

試行錯誤はこれからまだまだ、始まった程度です。今日の、わたくしの机です。

ズームアウトして見ます。まさに、何かを作ってゆく現場です。

どう考えても浅野信先生はすばらしい。

| 国語 | 14:09 | comments(23) | - |

「新北斎展」森アーツギャラリーで開催中です。

「新北斎展」のこと。
葛飾北斎のその、絵の画境の進展に、
思いを新たにしています。

6期に別けられる、画境の進展が、
よくわかるように、つぶさに解説してくれています。
わたくしも、まだ見た事も無かった絵が多く有りました。
晩年期の第6期目に入ると、
絵の趣きが飛び抜けてまいりますね。
そこには、地道な積み重ねがあってこそでしたわけが、
良く良く解かります。

東京の、森アーツセンターギャラリーでの、開催です。
上に掲げました、HOKUSAI アップデートの「図録」は、日経アートから取り寄せ可能です。
なお、
沼津の絵のところで、ショウロ採りの図がありました。


熊手って、引きずって使うやり方もあるのですね。
今度、ショウロ採りの際に、試してみます。

いや? 帰りがけの光景でしょうか?

実際に試してみましたら、どういう事だか判明しますね。
この絵には、狂歌が添えられています。
読みにくいのですが、富士の白雪が化成してショウロに成るっていう意味合いかと思います。
享和4年(1804)の作品ですから、北斎が45歳を迎えて、葛飾北斎として名乗る始まりの時でした。

このころから、北斎の第六期に入ると言われています。
百人一首や、俳諧など、の絵も広く注文が来て、
良い絵にするためには、その背景も良く良く理解してゆく必要が出て来て、
それで、勉強をしたのでしょうね。
さて、どうやって彼は大きく脱皮できたのかの疑問についての回答は、此処に有ったと理解されましょう。
だから、絵に奥行きが、その背景の物語の精神性にまで、
進展してきたからこそであったわけでした。

第一期目とか第二期目だと、通常の「お絵描きさん」のあたりですね。

もちろんのこと上手なことは、確かですけれど。

その上への、ステップのUPのことに、わたくしは考えています。
何においても、文化・文明の根幹に付いて、
理解を深めてゆくのが、まずもって、そこが、
稀代の偉人に脱皮するステップUPへの土台ですね。

 

北斎は、45歳のあたりからが、勉強に目覚めたようです。

今の現代人なら、60か70ぐらいにも相当しましょうか?

昨日だって、わたくし、あれだけ踊りまくっても、

余力充分でした。ざっとみて、体力的には6掛けか7掛けでみると、

江戸時代中頃にも相通じるかと思います。

50過ぎたら、お茶漬けサラサラの、江戸時代とは、時代が変わっているからですね。

 
やっと、『古事記』『日本書紀』に専横されてきた、
黒歴史に、終止符を打つ根拠を得たわけです。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」によってです。
もう、百年の後には、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
受容以前か? 「ヲシテ文献」の受容後かと、一線の画されて来る時代も来ましょうか?
そこに向けての、いろいろな取り組みの事が、わたくしの仕事で御座います。

そうそう、ちか頃に盛行の『魏志倭人伝』のおとしめ度は、またまたさらに酷いものですね。『古事記』『日本書紀』にさらに輪を掛けて酷いものです。敗戦後にまたひとつ増えたわけですね。そりゃ、敗戦後に盛行させられてくるわけですね。

| - | 05:46 | comments(0) | - |

『ホツマツタヱ』の1アヤのこと。『ミカサフミ』の1アヤのこと。「縄文哲学」の基礎のこと。

この頃は、やっと、
「アヤ」って言う言葉の復活が少しづつ進んでまいりました。


      <今日は来客との事で、お花を活けようと、

       切って来ました。ロウバイは、とっても良い香り。

       新しい携帯を使って写真を撮ってみました。

       まあまあ、使えそうな感じ>

折角、新発見の貴いヤマトコトバの「アヤ」の言葉に、
「綾」って直訳の漢字を当てて直訳変換して、お花畑に悦に入っている人も、
だいぶ減って来ました。

ひとつづつの、漢字以前の我が国の言葉の、取り戻しです。

言葉の取り戻しも、大変ですよ!

「アヤ」のひとつだって、本当に大変!

みんな、漢字直訳にやっちゃうんですからね。その潮流に、どう?

逆流を与え得るのか? 大きな、切り替えのセンテンスです。

それが、切っ掛けにもなります。

ひとつの、小さな切っ掛けが、巨大な効果にも及ぶのも不思議な成り行きですね。

 さてさて、
千と千尋の、「千(セン)」って、「ちひろ」ちゃんを「セン」って呼んでいたら、
いつまでたっても「セン」ちゃんで、なに国人か? 自分でもよくは解からないじまいです。ここが、おかしいわけですね。やっぱり、本名の「ちひろ」って呼ぶようになってこそが本物です。

豚も、元に帰ることが出来ますよね。

お母さんや、お父さんの、あの、飲み食いばっかりの、

それは、その、情景はあわれであると、わたくしは思いました。

 

ようやくに、他人に何回も聞くだけの「パードン?」「パードン?」「pardon?の「直訳のパードン」も、

少しは減ってきたようです。

そもそもが、聞いてマトモに応えられるのは、日本ヲシテ研究所に集う人達だけです。まずもって、聞くべき人を間違えては、お話しにもなりません。1アヤの重要性が解からない人に、モノを聞く方が、やっぱり間違った初発のはじまりだとそのこと、わたくしは思いますね。だって、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の書かれた文字も読めもしない人に、訊ねるのがそもそもの大間違い!

カタカナ英語のオンリーの人に、いまどき、だれが習いましょうか? 江戸時代の終わりころなら、カタカナ英語も、それなりに市場価値もありました。

 

『ホツマツタヱ』でも、『ミカサフミ』でも、
1アヤ目は、「キツの名のアヤ」が据えられています。
『ミカサフミ』は「キツ・ヨヂのアヤ」ですね。「キツサネ」のこと、
その四方に於いての締めのことです。「ヨヂ」とは四方の締まりの事です。四方とは、東西南北の事を意味しています。つまり、「キツサネ」の言葉は、「キ・東」「ツ・西」「サ・南」「ネ・北」のことです。方角の別の呼び名が「キツサネ」なのです、ね。 現代にも「ネ・北」だけは不思議になぜだか残っています。
なお、『万葉集』に、「キ・東」「ツ・西」の用例は、1例発見しました。私の発見です。『ホツマ辞典』(池田 満、展望社)の100ページに、記載しておきました。「キツサネ」あるいは「キツヲサネ」の言葉の解説の項です。 『万葉集』3327番の長歌に、東西としての「キ」「ツ」の用例がありました。くわしくは『ホツマ辞典』をご覧願いたいと思います。

 

『ミカサフミ』も『ホツマツタヱ』も、トビラを開けての、開口一番が「キツ(東西)の名のアヤ」なのです。
始め、わたくしも戸惑ったものでした。でも、段々とその真意にも理解が及んでまいりました。
わたくしたちは、天地自然の恵みを受けてこそ、生活を営むことが出来得るのです。
その所への感謝。
また、直接の父母のことはもとより、さらなる先人たちが営々と築いて来てくれた、文化の力も、これを恵みとして得てこそ、
今現在の生活が出来得るのだ。其処への感謝のこと。
このふたつの感謝のこころが、「縄文哲学」の基礎中の基礎であること、
これを教える意味で、開秩一番、「ヲシヱ」のハツ(始まり)は、「キツ(東西)の名のアヤ」なのです。『ミカサフミ』の1アヤ目の冒頭で、アマノコヤネさんの説くところの文章があります。さすがアマノコヤネさん、ものすごい、名文です。

結局、いろいろ考えてきましたら、わたくしたち日本人のたましいには、「ご恩」を感じる何かDNAの様なモノがもう埋め込まれるほどにあるようです。

アーリア人や、大陸の諸民族の多くには、「ご恩」と言う概念が、はじめっから今も無いそうだと、聞いて、この間ビックリしました所です。そりゃ、「トのヲシヱ」の概念を説明しようとしても、恩義を感じるその根底の「感謝」のこと、そういった概念すらなかったら、本格的に説明困難な部類になっちゃいますね。「トのヲシヱ」って、説明がむつかしい。

 
そのことからしても、わたくしたちとは何者か? その本性について、本当にわかってくるには、現代にも通じて、1アヤから読んでいって欲しいと私も思います。アマノコヤネさんも、此処を強く思って居られたのですね。『ミカサフミ』の冒頭の、アマノコヤネさんの綴られた文章は、まことに、秀逸です。

小学校や中学校の教科書に、どうしても、載せるべきですね。と、わたくしは思います。さてさて、実現するまで、どうしても生きていたいですね。食べ物と運動、そして気力。気力は使命感にも通じますね。

これ程大切なことを、忘却させてはならじ。また、もっと、世間・世界に普及してゆくべきだ!

こういった思いの、本当の意味での共有関係ですね。それが、わたくしの思うところです。

 

 
衢(ちまた)には、「奉呈文」からという人も居ますが、それは違うと、わたくしは考えます。

どうみても、目的が違うのだと思います。彼らとは。

わたくしの場合、『ミカサフミ』や『ホツマツタヱ』の1アヤから叩き込まれた、知恵により、大きな目的が心の奥底から出来たわけです。それは、国家であり、わたくし達の子孫の幸せであり、それが、ひいては世界の人々の幸せになる訳です。

だから、わたくしは、身命を賭して47年来刻苦努力をしてきましたし、これからも、死ぬまで努力を続けてゆくわけです。

此処が解からない人は、アマノコヤネさんのお気持ちにまでは達しても居ないのですね。そう判断できます。簡単なリトマス試験紙の様なものです。『ミカサフミ』・『ホツマツタヱ』の1アヤの重要性が解からない人は、やっぱり、「縄文哲学」の入り口にも到達していないレベルです。スルー、にしていて下さいませ!

そもそも、
奉呈文の中には「フソムのアヤに カモワレテ」と言う箇所が出て来ます。それならば、『ホツマツタヱ』の26アヤの事が解からないと何のことだか? 意味不明におちいります。26アヤのトヨタマヒメの事の話が解かるには、1アヤから25アヤまでの記述がある程度わからないと、また、混乱してしまいます。そう言った意味で、「奉呈文」は26アヤの後からやるべきであると思えるのですね。
京都のヲシテ講習会でも、26アヤの次に「奉呈文」を講義しようと考えています。

 
『ホツマツタヱ』は40アヤで、『ミカサフミ』は64アヤだと言うと、分量的に『ミカサフミ』が多そうにも思われましょうが、そういう事では無いです。おおよそは、同じ程度の文章の分量であったろうか? と想像されます。「わりうるり」(
ホ0-21(82))の言葉も有りますね。

『ホツマツタヱ』の1アヤは、「キツのナと、ホムシさるアヤ」です。
「キツの名のアヤ」と「ホムシ去るアヤ」と、ふたつのアヤを合体させて編まれたわけです。
それで、『ホツマツタヱ』は全巻40アヤになったわけですね。
『ミカサフミ』は、総数64アヤとも伝えられても居ます。合体させて編まれたアヤが少なかったからでしょうね。
ただ、全巻の発見には未だ至っていないので、『ミカサフミ』の総アヤ数が本当はいくつなのか?  確実な所は良く解かりません。

『ミカサフミ』が全部で64アヤであるとの説は、江戸時代の中頃の研究家だった和仁估安聡(わにこ やすとし)さんが『生洲問答』(高島市の旧家、野々村家の所蔵)の記述のなかで答えているところが根拠です。『生洲問答』(くにうみ もんどう・せいしゅう もんどう)の最後のところには、「ミカサフミ ハニマツリのアヤ」が載せられています。これは、ヲシテ文献のうちの『ミカサフミ』のひとつのアヤ(章)であるわけです。「ミカサフミ ハニマツリのアヤ」はヲシテ文献の内のひとつだと、認定できます。このため、勿論のこと、『記紀原書ヲシテ』にも、『新訂ミカサフミ・フトマニ』にも収録してあります。

 

『生洲問答』の書とは、江戸時代の中頃の人物だった和仁估安聡さんが、他人から聞かれる疑問に対して答えるスタイルの入門書の一種として、執筆なさったものです。和仁估安聡さんは、相当に、ご勉学の努力をなさったと、今にしても思うところしきりです。江戸時代の中期の頃ですよ! ほんと、大変で御座います。きわめてのハイレベルでの尊敬に値します。本当に国士のおこころですね。ですけれど、現代研究での大発展の今の段階から見直しましたら、ちょっと、ひとこと言わざるを得ません。記紀との比較もきちっと済ませた現代研究には、まだ至る前の段階ですから、今の研究レベルからの評価ですと、「直訳」に毛が生えた程度とも申せましょうか。それでも、ご努力のことは、つよく尊敬に値します。今の現代に「直訳」やってる、人達に、和仁估安聡さんの爪のアカでも飲ませてやりたいものです。何と言いましても、和仁估安聡さんは、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字に、強い敬意を払っておられましたね。そこが、高評価の一因です。ヲシテの大切さがわからないでは、もう、失格の判定は当たり前だと思います、わたくしは。

さてさて、和仁估安聡さんが『ミカサフミ』64アヤの全巻を見ていたのかどうか? わたくしには疑問です。

おそらく、現在において発見してあるアヤよりも、あと、幾つかのアヤは見ていたとは思いますが、とても全巻64アヤの全部を見ていたとは思えません。『ミカサフミ ワカウタのアヤ』も、和仁估安聡さんは見ていなかったと思われます。『ミカサフミ ワカウタのアヤ』に出てくる超重要語の「ちまと」の言葉や、「なかれき」「およくき」と、筏とカモ(鴨)との関係などのことを、和仁估安聡さんほどの人だったら、見逃してはいないと思うからです。

 

さて、ふつう、史書を編集しようとしましたら、
国家の始まりから説き起こそうとしますのが普通の処でしょう。
ところが、その天地の始まりや、国家の起きた始まりのところは、
2アヤに記載がなされています。『ミカサフミ』でも、『ホツマツタヱ』でも、
同じく、2アヤが「天地開闢(てんちかいびゃく・あめつちのはじまり)」と、
国家の成立からの歴史が記されています。

1アヤは、天地や父母そして先人たちへの感謝、という、概念をがちっと説くわけです。

そこには、「縄文哲学」の基礎中の基礎に付いて、最初に理解をしてもらおうと言う、

深い思いがあってのことからです。『ホツマ縄文日本のたから』(池田 満、展望社)には、

『ミカサフミ』1アヤ・2アヤ。『ホツマツタヱ』1アヤ・2アヤの、

原文も添えて、CDに朗読も録音して付録をしています。ご一緒に、朗読して下さいとの願いからです。

 

| 日本史 | 08:50 | comments(3) | - |

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