『ホツマツタヱ』1アヤの10回目。ヒルコヒメのラブレターのおウタ。

さてさて、
そう言う事で、アマテルカミは、イサワ(現代の志摩市の伊雑宮の付近)に、
ミヤコ(首都)を遷されたのでした。


『古事記』が『日本書紀』が、インチキの漢字訳をしてしまったので、
「女神」だなんてことに、歴史の捏造をされてしまって、困った事です。
それは、まったく誤認の1300年間でした。
8代目のアマカミ(古代の天皇陛下)が、アマテルカミであらせられます。
やっと、わかったわが国の真実です。
だって、天皇陛下は、女性の場合はリリースのお立場の場合だけで、
向後ずっと何千年も受け継がれる伝統です。
アマテルカミが女性として認識したら、やっぱりおかしいでしょう!
のちのちの何千年来の伝統から言っても。
ずっと男系なのに、どうして? アマテルカミが女性なの?
アマテルカミの女性論は、まったくの、『古事記』『日本書紀』の垂らし込んだ「毒」です。
解毒をしましょう!
このミチを真面目に取り組むのが、本当の「国士」です。
マトモの伝統に戻せる根拠が、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」です。
なにしろ、記紀の原書です。
アマテルカミの時代とは、
考古学の時代で言うと、
縄文時代の終わりか、弥生時代の初めの頃の話です。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究から、
神武天皇の以前に、12代のアマカミがご即位されていた事が解かりました。
わが国の建国は、初代のクニトコタチさまに遡ります。
時代は、考古学での区分で言うと、縄文時代の前期に相当します。
『古事記』『日本書紀』と、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」との対比比較は、
『定本ホツマツタヱ』をご覧ください。
ヲシテ時代(漢字以前の我が国の事)の、12代の景行天皇56年までの記事について、
一文字も欠かすことなく、掲載してあります。
もちろん、『ホツマツタヱ』は40アヤの全文を掲載しています。
校異(こうい、写本の記載の違い、校本の異同の事)も頭記しました。
             ・
現在の三重県志摩市の伊雑宮は伊勢神宮の摂宮になっています。
そのいわれが、アマテルカミのミヤコの地であったからです。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究で、
初めて明らかになった事実です。
1300年来の、『古事記』『日本書紀』からの歴史のひも解きでは、
まったく解からなかった、わが国の真実です。
さて、1300年来の迷妄を、
どうでしょう、
醒めさせてゆくと言う、記紀原書のヲシテの持つ、
本来の担うべき役目について、
お解り頂けますでしょうか? この、大きな錯誤の1300年来の常識に「喝!」です。
         ・         ・
1300年来からの、たぶらかされてきていた常識を、
壊すわけです。ぶっ壊します。
この構図がお解り頂けますと、簡単です。
漢字での直訳が悪い、という事が、一発でお解り頂けます。
でも、現代の文章は、漢字かな混じり文が普通の文章で、
このスタイルが現代のスタンダードです。ある程度は、ここに、寄り添わないと、
現代人に読んでももらえません。ここがむつかしいところで御座います。
古文の原字原文に立脚しつつ、
現代文の風体に寄り添いを、芸術的に極めるのが、美的感覚の極致でしょうか?
極致を極めてゆくのも、たのしさです。

すっすごい、ヲシテです。
記紀の原書としての、
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」です。このランクを崩さないでくださいませ。

「偽書」にはね、いくらなんでも酷いです。
「偽書」に貶めようとするのが「いときょう」さんですね。ひどい事で御座います。
どうして?
「偽書」のレベルに貶めようとするのか?
まったくのところ、わたくしには、
理解が出来得ません。です! ね。
折角の真実の「真書」の『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」なのに!
記紀の原書ですよ! それを、どうして、「偽書」に貶めるんですか? ばかみたい。

まあ、どうせ、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字も、

読めやしない人が、いっぱしに専門家を「騙(かた)る」のも、

まあ、少しの残り時間の事でしょうね。

ホント、ホント、バカみたいなアホみたいな話が、数十年も続いて来て、本当にあほらしいと思います。

「いときょう」氏なんて、何回も、ミチを訪ねに、わたくしのもとにも、

訊きに来て居ていましたが、まさか?

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

彼が、読み書きも出来得ないとは?

当時の私には、思いもよらずでした。

幾ら何でもと、良いようにと、多くにも過誤にミスリードしたのを、今には、反省しています。 

ヲシテの字は、そもそものところ読めるの??

の、基礎の理解のあたりからの、基本からのアプローチが、絶対的に、彼、「いときょう」氏には必要でしたね。

わたくしの、反省するところで御座います。

            ・

あれ?
脱線が、また、多くなってしまいました。すみませんです。
あれこれ、多義にわたっての説明を迫られることも、この頃は、多くなりました。
これも、うれしい事で御座います。
それはそうと、
『ホツマツタヱ』の、1アヤの、その中間からのお話しでした。
     ∽     ∽     ∽
さて、本題。『ホツマツタヱ』の1アヤの10回目です。
ヒルコヒメさんは、8代アマカミのアマテルカミのイサワのミヤに、
おいでになられていました。
妹なのに、年上のヒルコヒメさんです。


アマテルカミは、トヨケカミの直々の教えを受けておられましたので、
一日の長がすでにおありでした。
ヒルコヒメは、「はへる」(侍る)と言った感じでした。
折りからの、トヨケカミのご薨去(こうきょ、貴いお方のカミアカリ)のあと、トヨケカミをお忍びするお祭りがもようされます。
アマテルカミは、今の京都府の北部にミユキ(御幸)になられていました。
その時に、キシヰ(和歌山)のイナタ(稲田)に、害虫のイナゴが大発生したことが起きました。
ミヤコ(首都)のイサワには、アマテルカミはこの時にはご不在でした。
さて? 害虫の発生に対して、どう対処するか?
コトは、緊急の事態です。
キシヰ(和歌山)からの、訴えをお聞きになったのは、
お留守をうけておられた、正皇后さまのムカツヒメ(ホノコ)さまでした。
そこに、「はへ」(侍る)っておられたヒルコヒメさんもおいでになられました。
キシイ(和歌山)からの訴えは、深刻でした。
「はへる」(侍る)ヒルコヒメさんは、ムシ(虫)払いのウタを詠みました。
   たねはたね うむすきさかめ
   まめすめらの そろはもはめそ
   むしもみなしむ
特殊のヲシテ文字も多く使って記されていますウタです。


原字でヲシテ文字で読んでゆきますと、幾つもの、
読み解きのヒントが思い起こされてまいります。
それが、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
大切さです。
31文字よりも、一文字多い、32文字ウタは「マモノ(魔物)」除(よ)けになります。
字余り歌と言う、ネガティブな感覚ではなくて、
字余らせ歌の、より、アクティブな、現代の感覚で言うと「魔よけ歌」になります。
31日のコヨミの隙間に、マモノが入って来やすいのを、
32の日で、音韻の余らせでギチギチに満たすと、
マモノ(魔物)は絶対に入って来れません。
この思いを込めて、字余らせ歌の32音韻で、
ヒルコヒメさんがお詠みになった、
「たねはたね」のおウタです。
さて、
キシヰ(和歌山)のイナゴ(イネの害虫)をどうするか?
今現代では、農薬が発達しました。簡単なことですけれど、当時は、大変なことでした。
ヒルコヒメさんの「たねはたね」のウタを、
とにかくも試してみよう。
正皇后さんのムカツヒメは、急いで、キシヰ(和歌山)にお行きになります。
そして、
ムシ払いの、「たねはたね」のおウタを、
田んぼにやるわけです。
効きますのでしょうか?
ムカツヒメさまは、30人の女性を両翼にたたずませて、
つまり、ムカツヒメさんを含めて総勢が31人ですね。
田んぼの東に立ち、360回、「たねはたね」のおウタを、
大きな声でうたいました。
そうすると、どうでしょう、イナゴの虫は西の方に飛び去って行ったのでした。
あれあれ、ビックリです。
アキには、すっかりと、充実した稲穂の実りになりました。


これほどの、奇異の出来事もあるのか?
人々は驚嘆するのでした。
イネも若返ったので、ヒルコヒメには、ワカヒメさんという讃え名が付きました。
キシヰのクニの名前も、ワカのクニと呼ばれます。
さてさて、
キシヰ(和歌山)、いやワカのクニの人々は、何かお礼をしたいと、こう、思うわけです。
これまであったアヒミヤに、もうひとつ、アヒのマエミヤ(日前神宮)を建築することにしました。
前も、良かったけれど、今回の、「ムシ払い」のことは、また、素晴らしい。
そう言う意味でした。
前からあったアヒミヤは、改名してクニカケ(国懸神宮)と呼ぶようになりました。
さてさて、若返りを授けてくれたのはワカヒメ(ヒルコヒメ)さんです。
その、32音のマヨケ(魔よけ)ウタを詠んで下さったワカヒメ(ヒルコヒメ)さんにも、
何か? 感謝の意を、呈したい。 そこで、風光明媚のタマツシマに、
行宮(あんぐう)のところを、建築することになりました。
カタで、みちしお(満潮)と、ひきしお(干潮)の、
素晴らしい景観がタマツシマの真骨頂です。
すばらしく美しいところに、どうぞおいで下さいませ。
という、キシヰ(和歌山)の人達の思いですね。
わかります。 タマツシマ、とっても、風光明媚の名景です。
今にも、玉津島神社として立派に祭られてあります。

和歌山の名前の元になったのは、おウタの「和歌」も意味しますし、

若返った意味の「ワカ」の意味もあります。

漢字の「和歌」に限定してしまうと「若返る」方の肝心の大切な意味が吹っ飛ばされてしまいます。

漢字訳の不具合の頂けない所です。
             ・
キシイ(和歌山)の人々の感謝の思いのもとに、
新築のなったタマツのミヤに、
ワカヒメ(ヒルコヒメ)がタマツシマにご滞在の時の事でした。
アマテルカミからの勅使に、アチヒコが使わされてきました。
もう、ワカヒメ(ヒルコヒメ)も、讃え名が付いたので、気後れすることもありません。
かねてからの思いを、ウタに込めて詠みました。
   きしいこそ つまお(を)みきわに
   ことのねの とこにわきみお(を)
   まつそこいしき


ウタミ(ウタフタ・札)にそめて、アチヒコ(のちにオモイカネ)に渡しました。
アチヒコは、返事をしようにも、相手が、アマテルカミの妹君です。
どうしたものか?
また、マワリウタ(回文のウタ)ですので、びっくりしちゃったのでした。
さてさて、どうしたものか?
一旦は、ミヤコに持って帰って、カナサキさんや他の人達にお知恵を借りて、
相談をすることにしました。

今度は、アチヒコの方が、威張れるほどではないと言うかすこしは身の置き所の位置の狭いとも、そう言う思いにも成ります。

男女の関係の、きわめて微妙なアヤの織り成しですね。

これが、重要なのですね。

ワカヒメさんは、もう、対等なわけです。

もう、功績を建てる前のヒルコヒメさんではなくて、

若返るの虫のハライをやってくれたワカヒメさまです。

もう、もう、

オモイカネと、対等ですね。

ちなみに、 

アチヒコさんは、ワカヒメさんからのラブレターのマワリウタ(回文)、から、

もう、

オモイカネての、そう言う意味で、

オモイカネさんという、呼び名が、誰とも無しに起きて来て、

もはや、アチヒコさんなんて呼ぶ人は、まずなくなってしまいました。

思いかねて思いかねての、オモイカネさんです。

| 日本史 | 13:13 | comments(6) | - |

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