名刺のまたの刷り直し、「更衣(ころもがえ、こうい)」のお題の献歌のこと。 追記、ロウバイの偽果を見つけました。

名刺のこと、もう無くなってきて、
新たに刷ったのだという話をこの前にしました。さて、そのあとで、
050の局番から始まる、IP電話が無くなると言う連絡が、名刺の刷り上がりから一週間もしないうちに参りました。
時代の動きが、
また、ここに到来ですね。
花も時と共に、ムメ(梅)も咲いてまいりまして、良い香りです。季節も変わります、時代も変わります。

ウメ.jpg

電話番号が変わっちゃうので、また、名刺を刷り直すことになりました。

まあ、ビックリ! 出来た早々、またやり直し! おもしろい!!

聞くと、システム的なビッグ変化は無いそうでした。聞いてみると残念なことで
この3月21日(平成31年、2019)の日が、光ケーブルへの工事の、
切り替えの日だという連絡がこのあいだに来ました。
切り替えの日は、この先、まだ、ひと月ほどは先ですが、
名刺は、昨日に刷り上がって来ました。

今の印刷屋さんは、有り難いです。頼んだら、あっと言う間に、すぐ出来上がっちゃいます。

これも「新石器時代」の一コマでしょうね。

用紙の紙が、思いの外の上に、きれいでした!

良い感じです! これが、あの値段でできるとは!! さても、ビックリです。
さて、新着の名刺、こんな感じです。

名前の振り仮名を、大きめにしました。

本当は、漢字除去のことも考えたりもしました事も事実です。

​でもでも、まだ、時期尚早でしょうね。

ともあれ、「ヲシテ」の文字のフォントを明朝体で無い、

訴求力のある字体に変えたりと、

こまかな種々の工夫を凝らしました。

ですが、見た目は、出来るだけシンプルにと。

それが、女房の美的感覚からのアドバイスです。ありがたい!!

何じゃかんやと言っても、絶対的な信頼は、やはり女房の美的感覚にありますね。

こんな大きな定礎のことは、わたくしの人生のさだめの指針に、

ひとつだにも、狂いなきものと思って来ていました。これからも、変わらないと思っています。

いわゆる「おけんのいうとおり」の類いです。 女房の、親戚の生駒の家で、何か問題が起きたら「おけん」おばあちゃんの鶴の一声で、すべてが決まる。という話でした。

「おけん」とは、いうなれば、マザコンの頂点の人物です。お局さんの、極めつけですね。幕末まではよくよくよりしまっていて、「お局さん」ですね。機能をはたしてくれたんですね。重要です。まったくに切れちゃったのが、此処が問題です。そこを解いて下さいますのが、すばらしいあなた方の智力で御座いましょう。

 

名刺2.jpg

次の、2月16日の京都のヲシテ講習会には、この名刺は、お渡しできます。

600枚刷りました。いくらでもご自由に。
時の流れは早いものです。

あって、思う間に、

流れが変わっちゃいます。ビックリ! まさか、IPアドレスの変更なんて、10年に一回もいいとこか?

って思っていたのが間違いでした。これからも激変の時代が続きますね。覚悟しないと。
今回の刷り直しの際に、用紙も変えて、文字フォントも細かく色々変えたりしたので、見易くなったと思います。
これも、時のウンで、IP電話が無くなることや、名刺の在庫の無くなることなど、
偶然に重なった幾つもの要因からの、万事、塞翁が馬の様な事でした。

こうした経緯で、二回刷り直したので、フォントの使い分けや、用紙の選定など、

細かな修正が出来ました。それで、もっと良い雰囲気になりましたわけです。

女房も、今度の用紙は良いって、と。 OK! と言ってくれていました。

なによりで御座います。

椿.jpg

ほんと、こうして、二回目に直しの刷りもできてよかった! ですね。

何故なら、うつくしさがグレードUP出来たからです。見た目にも美しいと、そう思います。

万事が万事、コトはすべて、塞翁が馬で御座います。

         ・     ・

冷泉家の小倉山会(おぐらやまかい)のことですが、

もう、冷泉家(れいぜいけ)さんには、30年来にも御厄介になっています。

藤原定家さんの、遺徳をしのぶのが小倉山会です。それで、献歌(けんか)を、つまり、ウタを詠(よ)んで奉(ささ)げる訳です。おもえば、藤原定家さんは偉かったですね。

わたくしの目標は、ヲシテ風のウタの追求と、その、新国学からの視点からくる新たな創造です。ウタの新局面からの創造ですね。そこには、まず、お勉強が必要です。おウタの世界はきわめて深いので、一朝一夕にはまいりません。少しづつの諄々とした理解の深まりが長年かけての勉強で培われますから… 。

いろいろ考えても、漢字の言葉を入れない歌会は、冷泉家さんしかその当時もそうでした様に今のところも無いのですね。それで末席にと、できるだけ身を小さくして、自分の勉強のためにとずっと御厄介になっております。

心配りとしまして、できるだけ、目立たないようにとしていました。大きな目的が違いますので、そこは、分をわきまえております気持です。

でも、女房が一緒に行き出して10年ぐらい、言わなくてもいい事を女房が言ったりします。こちらはこちらの分があり、あちら様にはあちら様の分があるんですね。目的がそもそも違うので、そこに焦点を当てると、いたたまれなくなるのが双方の立場です。でも、女房の知り合いが共通だとどうしても言っておかねば、あとでまずい場面も生じますので、最低限度の理解のレベルでは、問われたら言わすばならないのも事実です。女房の大学からの友人たちが、結構の人脈で関係者なのですね。でもね、もっと、控えめに、ってわたくしは思うのですが、そこはむつかしいもので御座います。
さてさて、藤原定家卿の、追善の会での献歌が、
その、小倉山会のお題が、今年は「更衣(ころもがえ・こうい)」でした。
さて、昔からの事に付いて、思い出しますが、小学生か中学生の頃、
「ころもほすちょう(てふ) 天の香具山」のその意味が、

幼いわたくしには解からなかったです。
山に衣を干してどうするんだ?

どうやって? 山に衣を干すんだ?

なーんて、いくら実物的に即物的に考えても、良く解からないのでした。

今で考えましたら、

たとえもよくわからない、いわば「直訳」のレベルだったのですね。

そこで、中学生の頃を思い出して雪辱の思いから、

次に、いだしますウタに詠(よ)みました。

更衣.jpg

「きてみべき」の言葉は、『万葉集』にもあるのですが、

浅野信先生の国文法の書を拝読していて、

たまたま心に残ったフレーズでした。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」で、「きてみべき」の用例は有りませんが、

『万葉集』には用例の確認が出来ますから、そこそこ古い時代からの言葉であると思われます。

「きてみべき」の後の余韻の「切れ」の感覚のこと、

爽快さを覚えます。ウタは「切れ」に、情緒も雰囲気もありますね。それがウタの価値にもなるんですね。

    <大根おろしの、二色仕立てです。

     摺っていましたら、青首大根の、上と下では、

     辛みが違うのを、女房が知らないと言うんです。

     大根は、上下の半分で部位が違って、

     上は茎、下は根だから、

     青首の青いところは甘いんだ、下の白いところはおろすと辛いんだ。

     って説明したら、「え?」って言っていました。

     この頃は、わたくし、大根おろしの辛みも、苦手さが減少しました。

     煮炊きしましたら、下部分の根のところの辛みの成分が、

     化学変化して甘くなるのでややこしいのです。

     大根は、漢字以前には「すすしろ」って言って呼ばれていまして、

     蕪(カブラ、ススナ)の、

     代用品としての「ススナ」の代わりとしての「ススシロ」の名称でした。

     つまり大根は、「ススナ」の代用品の扱いです>

 

中学生のわたくしの脳裏からは、だいぶ、進化をしてきていると思います。ちょっとづつですが… 。

わたくしの能力が低くて大したことないので、

長い年月をかけたら、もう少しは、まともにもなってくると、そう踏んでいますのです。

あと、少なくみても100年は必要かと、そう思って覚悟をしているところで御座います。

 

ロウバイの実がありました。

不思議な実のカタチです。偽果と言いますのだそうで、何を思ってこんな実にしているんでしょうか?

ズームアウトしてみます。果実は、偽果にしているからこそか、目立たないですね。

 

目立ちもしないで、なおのこと、まずい! って、鳥なんかに思わせたいのでしょうね。でも、食べてもらってこそ、広く広がる成育の機会に戦略を取っている樹木の方が多いです。ロウバイには、何か適切な思いがあるのでしょうね。

わたくし達、記紀の原書から、本当の我が国の基礎を定礎するべき志にあるからには、

「ヲシテ国学」についてまじめにめざしてゆく、わたくし達ですから、

それなりの、長期の視点に立った戦略も必要です。ヘンなレベルに巻き込まれて、貶められては元も子もない!!

今を時めく、GHQのお手先連の人達に、いいように貶められて、果たして良いのでしょうか?

疑問に対しての、戦略的な立ち向かい方の為し行き方です。

ひょっとすると、ロウバイの偽果にも、ヒントがあるかも?

ロウバイに訊く、あすの話です。

多く枝を切って来ましたら、まあ、なんて良い香り!! しびれます。

女房も、いたく喜んで、あちこちに活けていました。顔写真出し過ぎるなって言われたので、やめときます。ビックリの程の良い表情なのですけれど、それはともかくも写真は、写真撮影の技術があんまり大したことないので、幻滅ですね。わたくしの下手さからの問題でした。そうは言っても、カメラを構えただけで、表情がこわばってしまう事はおおいです。真実の事を表現するのは、どうしても、むつかしい。

あれこれ、そこそこまあまあのレベルでしかなかないのが普通です。本当は、スキッとした、精緻な真実を取らまえたいもので御座います。

だいたいが、これからどうやってゆくか? の事で御座います。

試行錯誤はこれからまだまだ、始まった程度です。今日の、わたくしの机です。

ズームアウトして見ます。まさに、何かを作ってゆく現場です。

どう考えても浅野信先生はすばらしい。

| 国語 | 14:09 | comments(23) | - |

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