ホツマのことから、ヲシテの国学への覚醒のこと。 有村治子(はるこ)さんのこと。 追記「みつる たこ」のイラストのこと。

はじめは、みなさん、日本のあちこちに旅行してビックリするもので御座います。

つはき2.jpg

               <ツバキと、マンサクです。

                マンサクの花は、とっても良い香りがします>

全国各地について、どこに行ってみても、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での記載にまったくピッタリなのです。

それはそのはずで、

『古事記』『日本書紀』の原書の、

本物の我が国の歴史そのものが、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」ですから、

全国どこに行ってもピッタリなのは当然です。

まあ、最新、新発見の旅行記の虎の巻としての活用も、

勿論の事に、ひとつの手です。

 

でも、

本当の価値は、旅行本のガイドじゃ有り得ないぐらい大切です。

わが国の、本当の国柄を知るには、

記紀の原書を「国史」として扱ってゆく必要性が有ることに、

やはり、気が付いて来てもらえますと、

それこそが

本当の正着です。正着を打つ目を養うと、本当に楽しさが何十倍にもなります。

観光の旅行で、100年を費やして楽しむのも、

悪くは有りませんね。良い事で御座います。楽しいです。

でも、

ちゃんと本当の真価が解かって来出したら、

これ程にも大切な、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、

旅行ガイドブックの虎の巻のランクの程度に、

さらに、今のままの「偽書」のランクの扱いに終始させておくのが、

なんなんだかなー? ってことに、やっぱり思い至る訳ですね。

つはき1.jpg

 

そこには、アマテルカミの、わが国民を思いやって下さいます深いおこころが、

今の現在の皇室にもちゃんと受け継がれてきている。

この事実に目ざめてまいりましたら、

本当に有り難いことだと、わが国の縄文時代以来の国柄の事を、

ぐっと、じっと、感謝する訳で御座います。

本当に、たとえようもなく有り難くうれしい事で御座います。

 

たとえば、神社に行きまして「ご祭神」が何方(どなた)であるかを、

ご覧ください。

大概(たいがい)が、ご先祖であったり、大昔の偉人であったりします。

北野天満宮でも、ご祭神は菅原道真公です。偉人ですね。

明治神宮だったら、明治天皇さんだし、

近江神宮だったら、天智天皇さんですし、

橿原神宮だったら、神武天皇さんですね。

ご先祖であったり、大昔の偉人の多くの場合、

その他での場合の、

自然神であるのは、愛宕神社とかごく少ないのが事実ですね。

そこが、真相をときほぐしてゆく、キーポイントになります。

わたくしの場合、清和源氏の末裔ですから、

ずっと遡ると、56代の清和天皇さんにつながります。

もっとずっと遡ると、神武天皇さんに繋がります。

もっとさらに遡ると、アマテルカミにつながります。

そうなんですね、100代も遡ると、2×100乗になります。

1,267,650,600,228,229,401,496,703,205,376。

125代も遡ると、2×125乗になります。

42,535,295,865,117,307,932,921,825,928,971,026,432。

とても、多くて、勘定しきれません。

つまり、100代も日本社会で暮らしていたら、

血の混ざっていない人は、もう、皆無だと言う事でしょう。

わが国に来て、普通に暮らして数代を経たら、みんなどこか親戚です。

すなわち、アマテルカミの血縁にも繋がっている事になるのですね。

だから、祖先の意味の「カミ」だと言う事になります。

つはき3.jpg

 

 

「かみ(神)」と言う概念が、現代には、

とにかく、ごちゃ混ぜになってしまっています。

「八百万の神」って言われ続けて来ていたので、

そこの処からがおかしくなってきていたのです。

これが、そもそもの間違いのもとの『古事記』的な「神」の捉え方だったのでした!

漢字以前の時代においての「カミ」の言葉の意味とは、

『古事記』的な「神」の捉え方とは、随分と内容が違うと言う事です。

一番の違いは、誤解の大元が、実は、このところに起因していました。

直訳の場合は、この大きな違いに気が付かないで、

十把一絡げに「神」と直訳してしまうのが大間違いの元だったのでした。

たとえば、後世の「国司(こくし、地方長官)」に相当する意味の「カミ」の言葉でも、

直訳だと「神」に当て付けちゃうので、それは無茶苦茶なわけです。

そんな程度のシロモノが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」。

だれが見ても、ちょっとマトモな人からは「偽書」だと思われること、100%確実です。

 

そのあたりのくわしい「カミ」概念の区分けは、『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)の解説に記述しました。

 

どうやって、この、奇跡の書物の発見が為されたのか?

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見50年の記念に、

見直しまして、再編してその発見の手に汗握る物語を上梓出版しました。

よくもまあ、松本善之助先生は奇跡の書物の現代発見をなさって下さいましたものです!

その発見の物語を述べるのが、

『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)です。

そこに、わたくしは、誤解の大元について解説を加えました。

 

その解説の箇所には、

「かみ(神)」の言葉についての現代語とのギャップの解説を、

ここが肝心で要の最重要の箇所であると、

見定めましたので、くわしく記述しました。

 

これまで、40年来にわたっての、「直訳偽書の秀真伝」の人達は、

もう、この解説をいっぺん読んだらギャフンの感じでした。

自分たちの間違っていたこれ迄の路線について、

その思い違いにやっとやっと気が付いたようでした。

もっと前にも『ホツマ辞典』(池田 満、展望社)にも、用例も掲げて解説をしておいたのですけれど、

もっと直截的な物言いでないと、彼らには、解からなかったようです。

辞典は、よりパブリックの要素が強いので、出来るだけ公正・中立的な表現に努めたものです。

さしもの「直訳偽書の秀真伝」の族の人たちも、『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)の解説を読んだらギャフンと来たようでした。

 

それで、彼らが路線変更してきてくれたら、

マトモな方にね、

そうしましたら私も、温かく対応します。

すべて水に流して受け入れもするんですけれど、

もう、彼らはイカッちゃって、反発だけでした。

「あれ?」、それって、おかしげの事実を指摘された「ウミサチヒコ(海幸彦)」の取った態度に似ていませんか? 「ウミサチヒコ(海幸彦)・ヤマサチヒコ(山幸彦)」の物語は、『ホツマツタヱ』の25アヤに詳しいです。来る3月16日(2019)

京都の「ヲシテ講習会」の講義の処です。

何で? 彼らは、そんなにも怒るんだろうか? あ? そうだ、彼らは目的が違っていたんだ、彼らの目的は、別の処だったんだ! と、やっと、わたくしの悟る所になりました。

彼等は、『古事記』的な史観・神観を、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に読もうと、いわゆるChina読みに、つまりは迎合読みをしたかっただけだったんでした。それって、Chinaの漢字占領下のママじゃないですか? 阿(おもね)る曲学阿世的とはその事ですよ。真実に対して、真面目に向き合うのが「学」ですから。

殉じてでも、真実に真面目に向き合います、わたくしは。

そりゃ、ま、彼らとは袂を分かつのみで御座いますね。私の採るべき方向は。

つはき4.jpg

 

 

そう言った人たちの、仲間のひとりが、

「いときょう」さんですね、

びっくりしました。

10年ぐらい前になりましょうか?

「ほつま」の一番大切な所は何ですか?

って聞きに来ました。

それなりの返答を、その際に私はしましたけれど、

幾ら何でも、「いときょう」氏がホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

まったく読み書きも出来ないお人だとは、その時に、いささかも、思い及ばずでした。

自分が専門家だと言う触れ込みで偉そうにして来るんですから、まさか? ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字が読み書きも出来もし得ないなんて!

今にして思えば、ミステイクの指導をしてしまいました。

何だかわかった様なそぶりで来るので、

わたくしはウブさゆえに、ちょっと、いや、大きく間違っちゃったようでした。

今にして思えば、幾ら何でもの、大間違いのボタンの掛け違えの齟齬でした。

初めっから、「あなたの場合は、もっと基礎学力を!!」 って指導していたらよかったですね。

 

今にして思いますと、

歴史簒奪のGHQの意思のもとに操られる走狗での位置が、彼の場合にてのようです。

根底には、わが国の大文明に、

この50年来の世紀の大発見に、

どうやって簒奪してゆけるか?

それが、狙ってくる諸外国の人達のテーマになっても居るんでしょうね。

ひとつが「偽書」仕立てです。

こちら側とは、まったくの正反対です。その目的や感覚は。

 

「記紀の原書で大切だから、記紀の間違いは訂正しましょう!」

と、いうのが私の立場です。

ところが、どっこい、

「いときょう」氏は、「『古事記』に訂正をしようとは思わない」って、

言って迫ってくるんです、私に面と向かって。そして、私の考えは間違っていると批判してくるんです。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字も読めもしない書けもしない人がですよ!

ビックリで、あんぐりです。

なにも、わたくしとしては言葉が継げませんでしたですね。

二の句が継げないとは、この事を言うのか! って、実感させてもらる、良い勉強になりました。

レンホーさんからでもあるまいし、ですね。誰から言われちゃってるのかと思います。

 

 

そんなのが、

それが、これまでの処は多かったのでした。これまで40年来です。

90%は、大体のところあやしいです。

これからは、そう言う人達も多少は減って来そうで、楽しみにしています。

でもでも、まだまだ、要注意の時期が続きます。

よくよくみなさま、眉に唾を付けてお考え下さいませ。

ニコニコとしてやって来る人は、70%恣意的な目的があるようです。

そして、悪魔のささやきを言うのです。耳元で。

そういったことで、80%ほどの人はやられちやぃますね。

怖い事で御座います。

でも、

歳月は遡れません。

ある程度はちゃんと、わたくしの仕事を見て来ているのか?

って、ウブなわたくしはそう思い込んでいたのが間違いです。

だってね!!?

高級料理店にご招待して貰ったり、ちょっと、幻惑も及ぼされちゃいました。

そういった事は、すべておかしい事でしたすね。

わたくしは、牛肉なんて食べませんからね、その時どうやって排除し除外していたのかも忘れましたが、いやいや、食べたくもないものを並べられて困ったな! のレベルでした。それが、ご馳走してくれてる感覚であるのが、余りにも滑稽でした。あれ? この人、専門家ぶっているのに『ホツマツタヱ』の15アヤを読んだ事無いのかな? と、その時に少し疑問には思いました。 

 

『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著・池田満編、展望社)には、

『古事記』的な神観からの離脱の事を、

つまり、Chinaからの思想操縦からの、

1300年来の、リセットをするすべを、記述しました。

松本善之助先生の、神社でふと見上げた紅梅に悟った、

わが国の真実の物語、そうだ! 神社とお寺は別モノだったんだ!

と、本当の我が国の真相の発見に至る、発見物語。

松本善之助先生は、ふと見上げた、雪中の紅梅に「あ」って、

瞬間に悟られたそうでした。座禅をいくら組んでいても解からなかった真実!

それは、

わが国って、神社! お寺とは違うものがあったんだ!

今まで何をやって来ていたんだろうか?

座禅座禅・修行修行って、一体何だったんだ?

ホンの瞬間の瞬きもしない間に、悟ったんだ。

と、松本善之助先生はおっしゃっておられました。

今も、わたくしの耳の奥には聞こえてくる、善之助(よしのすけ)先生のお声です。

その物語りに添えて、

『古事記』的な神観からの、本当のわが国風への独立離脱の解説を加えて添えて…。

 

            ・

 

このあいだ、

たまたま、国会答弁を聞いていましたら、

良いお方の話を聞きました。しっかりしたスタンスのお方で人物だと感心しました。

有村治子(はるこ)さんです。

「女性宮家」の問題で、付帯決議の付加に異を唱えたお方です。

わたくしは、この事に大きく評価をしました。

早速に、後援会に申し込みをしました。事務所にFAXを入れただけですけれど。

今年(2019)の改選に際して、上位の得票数で、改選を果たして欲しいと切に願います。

ー追記、3月10日ー

有村治子さんの事務所から、後援会署名の礼状が来ました。

あれ? 参議院の投票って、1枚目も2枚目も同じに、候補者の個人名の記入が、

それが、候補者にとって有り難かったんですって!

初めて知りました! ハガキをUP致します。

 

         ・        ・

 

ー追記、3月6日、19:24ー

 

「みつる たこ」のイラストです。

さっき、書いていたら、

女房が、とても、褒めてくれました。

と、言いますのも、

ダンスの友達から「たこ ちゃん!」って言われています。

なぜだか? 良く解かりませんが、

そう言う愛称になっています。それで、メールの返信に、「みつる たこ」を、

書いた訳でした。

女房がとっても喜ぶので、それで、

UP致しました。

髪の毛も生えて来たし、「たこ ちゃん」もないでしょう。

って言っても、やっぱり「たこ ちゃん!🎵」。

それで、しょうがないので、毛を3本生やしました。

「みつる たこ」です、頭の毛は。しょせんがぷわぷわ若草山的な生え方ですからね。

そんな程度のことで御座います。たった三本でも、盛り過ぎかも?

           <カワヅサクラ(河津のさくら)です>

でも、

このごろは、団扇であおぐと、毛のさわさわ感が、自分にも感じられて面白いんです。

「たこ ちゃん」のあだ名の事こと、

絶対に相手にけがをさせない、フォローを100%する、の意味で、

足を8本にも、無い能力も振り絞っていろいろ踏ん張る意思の事。能力は、まだまだですけれど。

そこの評価でしょうか?

| 日本史・国語 | 04:21 | comments(5) | - |

03
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
  • 「いのしし」女房の陶器です。「新匠工芸会」春季の展覧会です。
    いけだ (03/25)
  • 「いのしし」女房の陶器です。「新匠工芸会」春季の展覧会です。
    山脇幹夫 (03/24)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    いけだ (03/18)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    山脇幹夫 (03/17)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    いけだ (03/15)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    いけだ (03/15)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    山脇幹夫 (03/14)
  • 本のスタイル、装丁のこと。ちゃんとした製本だと、どうしても割高になっちゃいます。
    いけだ (03/12)
  • 本のスタイル、装丁のこと。ちゃんとした製本だと、どうしても割高になっちゃいます。
    山脇幹夫 (03/11)
  • ホツマのことから、ヲシテの国学への覚醒のこと。 有村治子(はるこ)さんのこと。 追記「みつる たこ」のイラストのこと。
    いけだ (03/10)
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM