<< 『古事記』『日本書紀』の原書の発見。「ヲシテ国学」の構築の事。 | main | 相手の事を思う、「カリ(雁)」のこと。 >>

記紀原書の発見から、長命の記事のリストです。『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、長命の事をピックアップしました。

記紀の原書の発見と、現代研究の始まりの事ですから、
この、現代のこの50年は、
わが国の歴史認識においての、
ドギマギのランクをはるかに超えたる出来事でした。

そのなかで、長命に関する記事の確認が幾つもあります。

記紀の原書ですから、事実として、受け入れてから考えるべしです。

かなり、ご長命の事がうかがわれます。

アマキミ、あるいはスヘラギの、ご宝寿の事は、『ホツマ辞典』を見てもらえば、

「年表」で、すぐに、わかります。それ以外で、目立つところの、

アススのコヨミで確実なところを、リストにしましたのが、

上記の、表です。

健康長寿の、その、支えの参考になるかと思いました。

            ・・

ご長寿のお方々の、ひとこと解説です。

 

ワニヒコ、『ホツマツタヱ』の28アヤ(章)までを編集した人物。クシミカタマとも言う。ワニヒコが28アヤまでの記し染めた書物(巻子本、おそらく絹本であろう)は、アハのアカタ、つまりアワミヤに納めおいたと記述がある。(ホ28-110(7515)、ホ40-96(10778))アワミヤの場所が何処だったのか? 議論百出の現在の状況である。飛鳥時代にも活躍した三輪氏、大神氏の源流の祖先にあたる。カンヤマトイハワレヒト(神武天皇)の、ヤマトウチ(二朝廷並立の統合、漢字時代になってからは直訳的な「東征」とも)に重要な寄与をしたミギのトミ(右の大臣)。代々のミギのトミで、初代がソサノヲの子のオオナムチ。国家の平穏と平和をつかさどるのが役目。

 

アメタネコ、『ミカサフミ』の前半の方を編集したと、推察される人物。『ミカサフミ』は、現在の発見分が約2割程度であるため、アメタネコがどの程度の編集に関わったのかの詳細は未詳。平安時代に藤原氏となってゆく、源流の祖先にあたる。国家の、行く末を見つめ、大きなタテ(経て)の道筋の間違い無きを保つのが仕事。

 

イキシコメさま、9代スヘラギのフトヒヒさまの、正皇后になられた。イカシコメさまのお名前も以前にあった。かなりの魅力的なお方様であられたと、推察される。クレオパトラも楊貴妃も、それは、大して目じゃないほどだったようだ。イキシコメさまは、もっとすごいのが、さらなるご長寿。とにかくもすごいお方様であられた。ヒトとして、この世に生を受けたのだから、イキシコメさまのことは、わが教訓にとすべきか?(スヘラギは、神武天皇以降の天皇陛下の事を示すことが多い言葉)

 

トヨスキヒメさま、初代のミツエシロ(伊勢神宮の斎王)のお方様。

 

ヤマトヒメさま、二代目のミツエシロ(伊勢神宮の斎王)のお方様。伊勢神宮の再興を為されたお方様であられる。

 

ヲシロワケさま、12代のスヘラギ。漢字時代になってから景行天皇と、呼ばれて、こちらのお名前の方が現代の私達には、なじみが深い。ヲシテ文献に記載のある最後のスヘラギ。ヲシテ文献の記載の後になってから、ミヤコ(首都)をヲウミ(近江)にお遷しになられているのが、『日本書紀』の記載に載っている。外国からの情勢が緊迫してきている事を指し示していると、推考できる事柄だ。ヲシテ文献以降は、『日本書紀』など、漢字文献に拠ってしかわが国の歴史は辿ることが出来ない。

 

ヲヲカシマ、『ミカサフミ』の最終の編集をした人物。平安時代に藤原氏となってゆく、源流の祖先にあたる。激動の、漢字の流入を余儀なくされて来る時代に、切羽詰まった「国士」的な思いから、高齢をおしても、『ミカサフミ』の編集に命をささげた人物であると考えられる。さすが、「ヒタリのトミ(左の大臣、臣下の第一番)」の重責を、一身に受けて、最高齢の活躍も、まだ未だしの思いが、ヲヲカシマさんのこころの内であったと、わたくしは推察する。祖先の、その深い世界観・哲学の境地にまだ辿り着けていないと、忸怩たる思いはヲヲカシマの胸に去来していた事だと、わたくしのそう思うところだ。もちろん、わたくしも、ヲヲカシマさんのところに一緒になって苦しんでいるからそう思うのである。

 

オオタタネコ、『ホツマツタヱ』の最終の総合の編集をした。タタネコとも、ミワのタタネコとも言う。飛鳥時代にも活躍した三輪氏、大神氏の源流の祖先にあたる。先輩のヲヲカシマに、常に強い影響を受けていたのがオオタタネコだったのだろう。代々の「ミギのトミ」としての重責を、『ホツマツタヱ』の最終編集の仕事に燃え尽くしたと言えよう。どうみても、高齢に鞭打ってもの、先輩のヲヲカシマと、相携えての切羽詰まった緊迫感のこの、大仕事が『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』、また、キミ(ヲシロワケさま)にては『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の最終の編集の仕事だったわけだ。切迫しつつある状況、今にも眼前に見るようだ。

| 歴史から長寿・健康まで | 23:15 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comment
どうして、そんなにご長寿だったのか?
松本善之助先生も、不思議だとおっしゃっておられました。
自分で長寿の証明をしなくっちゃ!
とも。
残念ながら、松本先生は、大病を2度もなさってしまわれたので、果たせぬ夢のついえにと…。
果たせぬ夢を受け継いで、実現にと、現代の「ヲキナ」の大坪併治先生にご長寿の秘訣を伝授してもらいました。
あかるく、前向き、たのしく、何か未来への目的意識を強く持つこと、工夫をする事、他人に役立つことをするのをこころねとすること、30回咀嚼すること、適度な運動をすること…。
と言った雰囲気でした。
そうそう、30回咀嚼が、まだ実行に移せていません。
まだまだ、真摯さに至らないのを反省しております。

それで、106歳でご著書の出版です。明治43年、西暦では1910年のお生まれ。
https://www.kazamashobo.co.jp/products/detail.php?product_id=2116

大坪先生は、「ご満足なさいましたか?」って、帰りがけに真顔で聞いて下さるのでした。
素晴らしいおこころ遣いだと、感動を覚えました。
かくぞ、あらねばならない!
これこそが核心だって、思いました。

素晴らしいお方、
そうだ、
こころが、からだをつくるのだと。
昨日再読していました生命とは何か?
の、ウィルスの本も、参考になりました。
『ウィルスは生きている』中屋敷均さん、講談社現代新書

1918年のスペイン風邪の猛威はすさまじかったわけですが。
その後のインフルエンザのすべては、
どうも、スペイン風邪の後継のモノであるとの事です。
なにしろ、細菌よりも図体のでっかいウィルスも発見されたんですって!
パンドラ・ウィルスって命名されたとの事。遺伝子情報も、ほとんどが新発見レベルだった! おどろきです。まさに、自在変化も突き抜けています。これが、生命の真実なのだようです。

そう言えば、「ナカハカル(半分ぐらい病死した)」と、『ホツマツタヱ』ホ33-12(8658)に、パンデミックの状況が記されていました。1918年のスペイン風邪と同等か、さらに悲惨であったのかも知れません。ヒトの寿命も、どうでしょうか? 影響を全く受けないって、言えませんですね。でも、オオタタネコさんも、ヲヲカシマさんも、その疫病の流行の少し前の生まれですから、何とも言えませんが。

われわれ、ヒトとは、
自分たちだけでイノチを保っているわけではなくて、
環境依存の因子が大きいのが真相で有るようです。
細菌やウィルスなどの微生物にしても、まだまだ未解明の分野も山のようにあって、
調べると、もっと解からない事が出てくるって言うことでした。遺伝子情報の、ウィルスなどとのやり取りが、平行移動的に、今も日常的におこなわれているのが現実だそうです。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での、
その解明の事にも連想されまして、ほとんど、イコールのようです。

世の中が、このごろは、うるさくなりましたですね。
電車のアナウンスでも、やたらとモラルの注意が多くなったと感じます。
世は人につれ、人は世につれ。
そんな環境変化も、常にある訳で適応をすべしだと、90歳からパソコンを始められた大坪先生のようにどうやって日常の良い生活を創るのか?
そこが工夫なので御座いましょう。
工夫をするのを楽しみにするっていう事だと思うのです。

そうそう、
昨日は、ダンスで新しい試みのステップをふたつ試してみました。
何とかうまくいったようです。喜んでもらえたようです。
ラテンの方での、グリグリって回転をするやりかた。
スタンダードの方で、カウンター・プロムナードで、すぐに回転するんじゃなくて、ウオークを入れてみるタイプ。微妙にリードのやり方を区別する訳です。ワルツはまだうまくゆきませんでしたが、スロー・フォックストロットでは大体OKです。そもそも、わたくしは、スロー・フォックストロットが一番マシだと言われていました。
手を変え品を変えて、いろいろな技を会得しておくと、ぶつかりそうになった際の、危険回避の手段にも通じますし、音楽を表現する能力のUPにもつながります。
2018/11/02 6:02 AM, from いけだ
「ヲシテ文献」に登場しておられる方々の寿命は、本当に長いですね。
もっと昔の世は、更に長命であって、ミケ(食事)の数が
増えて来てから逆に短命になったとも書いてありましたですね。
それでも、長命リストにあげて下さったほどの長生きです!

最初は、「信じられない!」とか、半年で一年と数えて
2倍だったのでは?と考えてもおりましたが、
環境の違いという事は、大きな要因なのではなかったのか?
と、思うようになってまいりました。

私の幼少期は、昭和30年代の終わり頃ですが、今も
同じ土地に住んでいて、思いますのは、50数年程の間にも
空気感が全く変わりましたですね。交通事情の変化、住宅環境の変化
は一番大きいのですが、幼少期のあの春のホンワカとした優しい
風の香りや春の小川の歌のように、本当にサラサラ流れる小川も
無くなってきています。
秋には、日差しの中で稲藁の温かいベッドで寝た、
あの懐かしい藁の匂いも、もう絶対に嗅ぐとこができない夢物語に
なってしまいました。

そう考えますと、環境による寿命の変化は、余程大きかったのではないか
と思えます。酸素や二酸化炭素の濃度の違い、オゾン密度も減った事でしょう。
太陽から来る宇宙線の量の変化、また、電波がこんなに沢山
飛び交ってなかったですし、騒音によるストレスも太古の時代には
なかった事ですね。

また、古代は食品添加物もなかったですし、
大気中の有害な微粒子などもありませんよね・・・。
余りにも多くの生活環境の違いが、考えられます。
こうやって考えてみますと、やっぱり長生きでも当然のような気がして
まいりました。戦争や伝染病、飢饉がなければ中世ももっと
長生きだったのかもしれませんね。

何にしましても、長生きの方がおられることは、祭り事の知恵もあって、
平和な世の中が続くという事のメリットも大きかったと思います。
長生きの長老の知恵は、今の世の中でも尊重すべき
大切な「宝」なのではないでしょうか。
2018/11/01 9:47 PM, from 山脇幹夫









Trackback
url: http://wosite.jugem.jp/trackback/25

11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
  • 「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。
    いけだ (11/14)
  • 「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。
    山脇幹夫 (11/13)
  • 「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。
    いけだ (11/13)
  • 「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。
    いけだ (11/12)
  • 「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。
    山脇幹夫 (11/12)
  • 「あるひ」の「ひ」の特殊ヲシテ文字のこと。ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字には、多くの特殊文字の使い分けがあります。
    山脇幹夫 (11/12)
  • 『古事記』『日本書紀』の原書の発見。「ヲシテ国学」の構築の事。
    いけだ (11/05)
  • 『古事記』『日本書紀』の原書の発見。「ヲシテ国学」の構築の事。
    山脇幹夫 (11/05)
  • 相手の事を思う、「カリ(雁)」のこと。
    いけだ (11/03)
  • 相手の事を思う、「カリ(雁)」のこと。
    山脇幹夫 (11/02)
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM