<< ご近所の図書館の有効利用のこと。 | main | 「縄文カレンダー」の2019年版が出来ました! >>

百田さん『日本国紀』と、ヲシテからの『日本国前紀』のこと。『ホツマツタヱ』の「タ」と「ヱ」の意味合いの解明につきまして。

百田尚樹さんの『日本国紀』かなり売れゆきも良く、
敗戦後に蔓延してきた自虐史観の払拭に、
一役はたしてくれそうです。
ひとことでまとめて言いますと、
「わが国は、2000年来の立派な国家である」
という事です。
もちろんこれは、世界のどこを見回しても、
わが国ほど素晴らしい「国」は、なかなかお目に掛かれるものではありません。
偏狭なナショナリズムの気持ちを、取り除いて考えても、
現在、130か国以上のどこと比べ得るか? と、私も思います。
その意味、百田尚樹さんの見るところは、ある意味、良いと言えましょう。

さてさて、
その先の話が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
わが国の歴史の再構築の事になります。
なぜならば、『古事記』『日本書紀』の原書が発見されて、
現代研究が進んできたから、
わが国の歴史の根底からの見直しが必要になった 事実が起きてしまったからです。

ここ、50年のそのような近々の出来事で御座います。

 

もちろんのこと、

わたくしには悪意は100%にもに毛頭、

悪意は御座いません。

ですが、

新発見の事実によるわが国のさらなる素晴らしさのupに於いてのインパクトは、

さらに、大きなものであるとわたくしは思います。

もっと、

わが国は、もっともっと、

更に素晴らしかったのだ!!!!!

と、この発見をしたからには、

生を掛けて、生命を掛けて、イノチのことです、

ご説明、訴え、ご理解を賜るべく進んでゆくしかないと思って居ります。

つまりは、もはや「わが国は2000年どころじゃなくて、少なくとも6000年の歴史がある」
と、言うべきなのです。
『古事記』『日本書紀』の原書が発見されたのです、驚愕の事実です!

今やっと、現代研究50年ではっきり言えるようになりました!!

 

かなしいかな、1300年のその年来のくやしさですね。

その、その、くやしさをわかってももらえない、

悲しさで御座います。

 

 

わが国の歴史を、
たった2000年だと、思い込ますことに成功したのが『古事記』『日本書紀』の、
漢字文献だったのでした。

百田尚樹さんでも、やられちゃっているんです。おそるべし、『古事記』の罠です。

 
あれ?
敗戦後に蔓延した自虐史観と、構図がそっくりじゃありませんか?

なんだ、70年前に起きたことが、

まったく同様の「自虐史観」植え付け操作のプロパガンダが、

1300年前にも挙行されて、虚構の歴史観が植えつけられていたのです。

あーれー、昔にもやられちゃっていたんです。1300年前にも。

この事実が判明したのが、ここ50年の、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見・研究からしての、

新事実でした!

『古事記』『日本書紀』とは、

漢字が来てから文化や文明が出来たと、そういう、虚偽のプロパガンダの書籍だと、時代要請の上で書かれた書物だったのです。
そうなのです、そう言う事情から、

真実の我が国の素晴らしさが、

記紀の原書の発見と現代研究から、さらに、もう一段階も二段階もupするんです。

そうなりましたらば、もう一段階の一昔前、

つまり1300年の前の、漢字移入時においての「自虐史観」を払拭しましょう!
と、言うべき話になります。

これが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
「ヲシテ国学」の樹立です。その意義なので御座います。

どうですか?

すごい話で御座いましょう?

へんに、おとしめの人達のお軽いたのしげなお話しに惑わされることは、

お気を付け下さいませ。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究です。

真摯な真面目な歴史にまつわる、訂正を入れようとするべき根拠の発見なのです。

現実面で、その事実をあばいてくれたのが考古学でした。

国立博物館で縄文展が、ものすごい迫力で展開されて、

あれ??

わが国の、その、元は、ひょっとしたら「文明国」だったのかも知れない?

って、ちょっとは、縄文展で感受なさって下さいましたお方も多かったと思います。

 

やはり、簡単にはゆきません。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の受容は難しいです。
直訳じゃ、ダメなのです。漢字移入時においての「自虐史観」を受け入れてしまう事になるからです。

直訳だと、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」になっちゃうから、ご用心のほどを!!

さて、
そうしましたら、
『日本国紀』に前半の部分は、とくに、大幅な見直しをしてゆくべきであることになります。
さしずめ『日本国
紀』として、書くべきか?
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の専門家でないと、
この述作はとても、その、任に堪え得るものではありません。
さて、やはりやってゆかねばと思います。

あれ?
でも良く考えてみましたら、
既刊の『ホツマツタヱを読み解く』や『縄文日本のこころを旅する』や、
『ホツマ縄文日本のたから』や『ホツマで読むヤマトタケ物語』や、
総合解説の『ホツマ辞典』
を読んでもらうと、
『日本国
紀』としての内容は、おおよそ、8割は入っていることに気が付きました。

『ホツマツタヱ』が解かってきて貰えますと、
『ミカサフミ』や『カクのミハタ』の『フトマニ』などの奥の院的な高度な書物にも理解が至ってきて貰えます。

もちろんのこと、『日本国紀』の構想は、温めながら抱卵をしてゆく所存で御座います。
もう少し、今、国語の出来つつある原理原則の解明に、この大きな疑問にトライ中で御座います。
これが一段落してから『日本国
紀』に向かいたいと考えております。
なにしろ、頭が一個しかないものですから、不便で御座います。
手も、2本しかないので御座います。

 

         ∞      ∞     ∞

 

さてさて、歴年の大疑問の解明の事が出来してまいりました。
動詞活用の表記の事で御座います。
松本善之助先生からの、命じられましたる課題のひとつでした。
『ホツマツタヱ』の「ツタヘ」の動詞の言葉が、
ハ行じゃなくて、ア行とか、歴史的仮名遣いからしたら、
逸脱している用例が多い事を、
松本善之助先生は、随分とお悩みになられていました。
そのひとつの、解答が、四国の合田さんの解明によって、
つい、数日前にもたらされました。
ここに、ご紹介したいと思います。
さすが「おシツさま」で御座います。

        ・      ・
『ホツマツタヱ』の本当の意味合いのこと。「つたゑ」と、「つたえ」、それと「つたへ」のこと。

微妙なニュアンスの文章表現で、
高度な意味の込められ方が、
『ホツマツタヱ』の文献名に、為されていたようです。


そもそも、『ホツマツタヱ』の文献名には、
「ほつまつたゑ」「ほつまつたえ」とも写本に記されています。
ちなみに、「つたふ」のことばの用例は以下に詳しいです。
http://woshite.com/ya/img124.jpg
『和仁估安聡本 ホツマツタヱ』(松本善之助監修、池田満編著解説、新人物往来社、平成5年)
http://woshite.com/ya/img120.jpg
http://woshite.com/ya/img121.jpg
http://woshite.com/ya/img123.jpg
http://woshite.com/ya/img125.jpg
また、
今回の、四国の合田さんの発案で、その元の動詞の活用形は、

すでに、

ヲシテ時代の中期にも、皆さん認識していて認識済みの事であるようです。

もう、アワウタが一般にも広く唄われていた訳です。
すなわち、
単に動詞活用の「ハ行」表記の基本は、もとよりある訳です。
勿論のこと、ヲシテ時代の中期にもですね。だいたい、ヲシテ時代の中期とは、縄文時代から弥生時代にかけての考古学の時代区分に相当します。
縄文土器の素晴らしさは、国立博物館での縄文展で多くの人が感動していました。
あれほどの文化の有った時代です。われわれのご先祖さんたちは、当時にも、優れていたのですよね。

そうであるからには、子供じゃあるまいし、
動詞の活用の原理なんて、
アワウタの原理をちゃんと掴(つか)んだら、
だれだって、間違いなしに理解出来るわけです。
基本的に「つたふ」の活用は「ハ行」ですよ、
ですが、ニュアンスでもっと意味を盛りたい際には、
「ア行」にも「ヤ行」にも変移させて意味込めをしていたと理解すると、
いろいろな不思議なことが、氷解してまいります。

『ホツマツタヱ』の「つたゑ」とは、
「ほつま」の良い事
「つ」たくさんの
「た」足す事、愛情をもって育ててゆく、春の温かな
「ゑ(え)」得ること、授かる事

「たす」の教え治めてゆく意味の動詞は、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、
広く出典しています。おおよそ、この語根の言葉は100例弱の用例を検出しました。


どう言うように現代語の言葉に当て嵌めても、しっくりと来ません。

むつかしいです。
「治める」では、権力による弾圧的な治世がイメージされて、そぐわしく無いです。
「養育す」にも、意味合いは近いですけれど、対象が子供に限定されてきやすいので、問題があります。
「養(た)す」と、言う表現を、松本善之助先生は試みられていましたが、定着も難しい事でした。
「た」と言う言葉は、「トのヲシヱ」の「と」の言葉と密接に意味合いを通用していることが、
ヲシテ文字のイメージで見ますとすぐにわかります。


           (ト)

 

           (タ)

子音の文字形の「Y(ワイ)」の集まる集積のイメージが、

ハニ(固体)態の「ト」になると固まった雰囲気になります。

ウツホ態(気体)の「タ」になるとアグレッシブになって来ます。

「トのヲシヱ」を能動的に働かせる状態がウツホ態の「タ」の意味合いと理解できるのです。

さて、その「タ」の言葉の理念を、
「ゑ(え)」得ること、授かる事において、
現象の表面上をなぞる表現の「ハ行」の動詞の表現では、
軽過ぎるのですね。
それで、
得るものだ、と言う意味合いを強く言うべき気持が、
「ア行」にも「ヤ行」にも変移させて、
『ホツマツタヱ』や『ホツマツタエ』と言う表記だったと理解出来得るわけです。

「伝える」の意味でもあるんだけれど、「タ」の温かな気持を得るための書物でもあると。


つまり、ジャズの主で種のメロディーに、
思いを込めて添えるようなバリエーションの、
表現として、「ア行」にも「ヤ行」にも、動詞の活用の範囲を広げて表記をする。
そこに、5文字7文字の制約の強いヲシテ時代中期の公式の文体に、
アドリブ的な、意味合いの付加をしたと考えると、
動詞活用の、行の乱れの意味も、必然的であったと考えることが出来て納得に至る訳です。
勿論のこと、伝承時代においての写本伝承上に書き間違いも多く、
現有の写本にも秘められてはいる事でありましょう。
でも、
余りにも多い、歴史的仮名遣いに、端的にわかるような動詞の活用の表記の乱れが、
多いのです。やはり、多過ぎだと、わたくしは思っていました。
現代で言えば小学生レベルでも解かるようなおかしさを、どうして? 直しもしなかったのだろうか?そこに、
もっと高位のレベルでの意味合いの付加を込めたとしまして、
この仮説のもとで、勘案を進めましたら、
理解の不都合さに悩んでいました諸事実が、わけもなく解決して解消してくるのですね。
すごいことでございます。
これの範疇のひとつが、
今回の
ある別の高位の次元の意思が働いて、
意味合いをわずかな行文に込めるための、
智慧がそこに働いて来ていたとみるべきなのです。

 


さてさて、「た」と言う言葉の大きさについて、
もっと、われわれは大発見だと、さらに大々的に報道やら発表やら主張やらをしてゆくべきだと思います。
「た」の言葉の概念のことはかなり高度なので、
直訳のレベルの段階だと、さっぱり訳も解かりませんですね。

ヲシテの字が読めなかったら、わが国の国語の造語器としての土台の理解が出来ないからです。

 
「トのヲシヱ」との関連の概念であると、そう言う説明を、
説き得て現代風にわかりやすく!!
ってこと、どうしてゆくか? ですね。
いつもいつも考えさせられます。

さてさて、
今回の、
「つたゑ」のことは、まさに、そう言う真相の真実発見の感動の物語に軌を一にする出来事でした。

どうして?
わが国の、文化も文明もすばらしいのか!!?

ひとつの発見ごとに、
いつも涙することです。

「つたゑ」の「た」とは、
天皇陛下が、国民の幸せにおいて、現状のご認識と、それを経てから、そこに、どう? 「た(た・足す)」してゆくかを、思い悩みご祈願あそばされるその事々なので御座いました。

ひとことで、言い表しましたら「タ」を為す。


なので御座います。

大東亜戦争の敗戦後の、自虐史観から、もう70年余になって、
『古事記』『日本書紀』の貶め記事に重きを置く、
歴史観が蔓延して、
この頃には「大王」だなんて、おとしめの表現をする人も多くなってしまいました。
本来なら漢字以前の伝統に立ち返って「アマカミ」や「アマキミ」あるいは「スヘラギ」として讃えてゆくべきです。

               ・
それを、何が悲しくて「大王」だなんて言うんでしょうか?
これこそが、『古事記』に込められた毒牙にかかって脳幹にまで毒素の蔓延した雰囲気であると、私には思えます。

「トのヲシヱ」や「タ」の精神で、国民を教え導く政(まつりこと)のお気持ち、

それが、現在にも連綿として繋がる皇室の精神です。

これ程の高貴なレベルのことなのに、

それを、何が悲しくて「大王」だなんていうのか?

わたくしには、どうにも納得も出来ない大きな違和感を感じます。

やはりどこかの回し者に、操られた人なのかも知れません。「大王」なんて貶め語をいうのはですね。

 

世間的には、

10万部ぐらいのボリュームの版が作れたら?

って、言われます。

勿論のこと良く良く解かっても居るつもり、です。

ですが、むつかしい。

歴史の根拠になるほどと言って貰えるような、

そこが、私の立場。

押さえるべきは、もちろんのこと、

ちゃんと見て押さえていますよ。

この、当たり前のレベルはほぐせません。

ちゃんと、根拠のあるレベルでの発信がありうるべきだとおもいます。 

よくよく、考えてゆくことが、問題解決の手段にも成り得ましょう。

 

               ・

 

先日に、冨山喜子さんが来宅で、
アワウタを、いろんな歌で吹き替えの、
替え歌でやっていました。
第九の歓喜の歌にも、赤とんぼでも、他にもいっぱいやっていて、
リズムも乗り、それにメロディーも添えて面白く出来ますようで、
楽しくやってゆけそうでした。ビックリするようなアイデアが、
また面白いものですね。


ととのえの なからうみちの
あさことの めくりよかれと
あわのうたには

 

健康で長生きのこと、みなさま、この思いは、

アマテルカミもおっしゃっておいでになられておられました。

 

アマテルカミの、

本当のお気持ち、

そのことを、思い巡らすこの幸せを、

わたくしは思います。

なんてなんて、なんて、すばらしい、

事などだろうか!!! 

 

 

| - | 05:48 | comments(2) | - |
Comment
「うお は よそ あり」って典拠があります。『ホツマツタヱ』の15アヤの35ページです。
そうそう、そう言えば、
あいものさんって、四十物さんって書くんです。珍しい苗字もあるものなのですね。
四十物さんとは、もう、何年も前からのお付き合いです。
昆布屋さんで、数年前から昆布を頂いております。富山の昆布屋さんです。

ホ15−35
こふゆえに なおあらためて
あいものの うおはよそあり
これもみか すすなにけせよ
みつとりお くえはふそひか
すすなえよ

よそあり(40)あり。の記述と、四十物さん。
めったに、思い付きなんかでの一致には見えませんですね。四十物さんって。
古い時代の伝承が、何かしらあったのでしょうね。

今、わたくしの使っている昆布は、
四十物昆布さんの、羅臼の柔らかいタイプのものです。
廉価にしておいしいのです。

昆布の種類について、違いが多く有ります。
浜、浜、浦、浦の、それが、たったひとつ隣にちがっても、
味が違うと言われます。
大まかには、
ラウス(羅臼、道東の方)、
真昆布(まこんぶ、道南の方、おさつべ・尾札部、など)、
道西の利尻昆布や、ポピュラーな日高昆布などなどもあります。
 
料理の用途に拠っての使い分けを、
段々と解かって来ます。好き好きも段々と出てまいります。これが楽しい。
あいものなのでしょうか?
四十物のごとく、千差万別の多くもの微妙な違いがあるんですね。
アマテルカミも、微妙な違いの事をおっしゃりたかったのかも知れません。
それが「あいものの うおはよそあり」の、
お言葉だったのでしょうかと、推察させて頂いています。
あるいは、ヨソヤとも、おっしゃりたかったか、ソムヨロヤチともおっしゃりたかったか? 
そう言ったこともわたくしには思いが胸に去来します。
どんな、
お言葉が、アマテルカミのおこころの裏(うち)にもお有りだったかも?
5・7の音韻の数の制約で、はしょられた可能性もあるかな?
なんて、思ったりしています。
 
コブも、海辺に生(な)れやよろこぶ。
たのしい、言葉です。
この言葉は、『フトマニ』の、「へ・よろ」の項目にあります。
健康の維持についての、「ホコ」に成り得る食べ物が「こふ(昆布)」だと言うのです。
お豆を多食したら、Kのカリウム分をその分に見合うように摂取しないと、
栄養のバランスを崩します。
ちなみに、京都のお料理の基礎が尾札部昆布(おさつべ)の味と香りと味わいにあります。
大阪は、やっぱり、羅臼昆布(らうす)が主力の好まれています。
昔からの知恵を、見直してみたいですね。
味の違いはそれぞれの好みですが、
昆布は、健康においての、人々の「ホコ」の、まあ、ツルギのようなものです。うまく活かして、元気な長寿にと、お使いになって活かせてくださいませ。アマテルカミからの貴い知恵でもあります。
こんなことは、『古事記』や『日本書紀』には、ひとことも、書かれては御座いません。全部が全部、翻訳削除の文面でした。悲しい事で御座います。
2018/12/12 5:43 PM, from いけだ
管理者の承認待ちコメントです。
2018/12/10 9:52 AM, from -










03
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
  • 「いのしし」女房の陶器です。「新匠工芸会」春季の展覧会です。
    いけだ (03/25)
  • 「いのしし」女房の陶器です。「新匠工芸会」春季の展覧会です。
    山脇幹夫 (03/24)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    いけだ (03/18)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    山脇幹夫 (03/17)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    いけだ (03/15)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    いけだ (03/15)
  • 「トのヲシヱ」のこと、『定本ホツマツタヱ』のこと。
    山脇幹夫 (03/14)
  • 本のスタイル、装丁のこと。ちゃんとした製本だと、どうしても割高になっちゃいます。
    いけだ (03/12)
  • 本のスタイル、装丁のこと。ちゃんとした製本だと、どうしても割高になっちゃいます。
    山脇幹夫 (03/11)
  • ホツマのことから、ヲシテの国学への覚醒のこと。 有村治子(はるこ)さんのこと。 追記「みつる たこ」のイラストのこと。
    いけだ (03/10)
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM