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『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、「直訳」の罪深さの事。いまだに、「直訳もいいものだ」なんて言ってこられて、困っています。「ミソギ」のこと。

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、
『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」においての、
現代仮名交じり文の「直訳」の流布の罪は、
その、インチキで、怪しげな、レベルも低い、
著作が世に残っているうちは、その罪科は消えませんでしょうね。


                 <武野紹鴎さんの墓参、堺市の南宗寺にて>

ヲヲヤケに対する罪ですから。ね。それは、大きいのですね。

だから、宇宙ゴミと一緒で、回収すべきです。

直訳は、やっぱり、「ゴミ」だと思います。

直訳にすると、Chinaの思う壺になるからです。

          ・・

アマテルカミの、打ち建てられましたる、

「サガをかぞえるミチ」(23-25(4463))にても、

ヲヲヤケに対してのツミは、量刑が、厳しいことでした。

『ホツマツタヱ』の7アヤを見ると良く解かります。

「オシテのハチ」は100+100で、200クラもの(7-8(938))加算が為されます。

「メクミわするる」で200クラもの量刑の(7-15(965))加算が為されます。

    (ちなみに、360クラが、死刑相当の罪科です)

この例は、ともにヲヲヤケに対する、ツミです。

世を欺く罪っていうことですね、そういうモノがあるのですね。

アマテルカミの、ツミを数える数え方です。
いまだに、「直訳もいいもんだ」なんて、
私に言って来る人も居ます。著作物って、影響が大きいのです。
ついこの間も、そう言ってこられて、困っちゃったんです。

たくさん、こういった類のお人も、あふれていますので、

ご注意をお願いしたいと思いました。

              ・

だって、

既に、松本善之助先生は「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」

として、はっきりと認定を為されていたのです。

それを、否定して、

どうして?

松本善之助の門下生だ、なんて言うのか?

そう、いえるの?? 大疑問です。

ちょっと、どうにも意味が不明です。そのような、根拠の乏しい主張をする人たちの、

そんなサークルなどには、

スルーをして下さいますよう、お願い申し上げます。

松本善之助先生は、「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」と、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の位置を、

認定発見為されたのです。

これが、重大発見でした。ここが、この結論が重要です。

「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」です。

1300年来の、わが国の基礎の『古事記』『日本書紀』の、

その、大間違いであったと言う事を、はっきりさせた、

本当の、『古事記』『日本書紀』の原書の発見だったのです。

この、重要事項に、隠蔽をしたいのが、

1300年来の既得権益に守られている構図です。

       <長生きのために、自家製造の納豆の製作です>

余りにも、ヘンな多くの人々がいます。

ちょっと、見渡しただけで大変です。

でも、次には、

新たな、構図が生じますね。当たり前の事ですが。 

逆転したら、この、構図の変化の情勢は大きいですね。

オセロのゲームのようです。

風で入れ替わっちゃいます。 

そろそろにも、

どなたさまも、既得権益のガチガチの1300年来のChina関係には、

距離を置いて頂くのがよろしいようで御座います。

あまりにも、どうにも、

あちらさまの方は、未来に於いての筋道も、かなり、

動静もおかしいようなヘンなことにも成りゆき方が目にも目立って来ているようです。

どうにも、嘘やだましは、いつかはバレます。

 

            ・

同じ道筋のストーリーなのですね。何千年も。

やっぱり、いつの日にかには、

真実は、通ります。

当たり前の

文脈です。
師の主張に、それは、間違っていると反駁するのなら、

それはそれで、ヘンなことでもありません。

真実に対する追及や読み解きが、本来の学問です。

いくらだって、前説の否定は当たり前の日常茶飯事です。

前説の、更新については、   

ちゃんとしての、論文や書籍など、

論理的に覆すだけの論拠の提示が必要です。

なにも、大きな事もせずに、意味不明の怪しげを、横車を押し通うしてのことならば、
ヲヲヤケに対して、の罪とも言えます。

記紀の原書だから大切だ、と、松本善之助先生は、

全生涯を掛けて、真面目に取り組もうとなされたのです。

              ・

全然違いますよね。直訳の、そこに群がる人達とは。

師の松本善之助先生が「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」、

だから「真書」だと、

研究の成果を発表されておられているのに、

それを否定して、「直訳もいいものだ」なんて、うそぶいて、「直訳」をやるんですから、

本心は、おとしめたいのか?

いったい、あなたは、どこの国の回し者? って、疑問の疑いが生じます。

「真書」を「偽書」におとしめる「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」に、

売国して広めるんですから、それは、わがくにのヒトでは無いかも? って、疑問が生じます。

本当に、そう言う事情も確信犯的にお解りならば、

わたくし的には、せめて、100回ぐらいは生まれ変わって贖罪にこれお勤めいただくのが、

ふさわしい、のでは?? って、わたくしは、思っちゃうんですね。

だってって、アマテルカミなら、「キッて」厳しい目を為されるのではあるまいか?

まちがってもアマテルカミが微笑んでくださいます事にはならない事でしょうね。

この感覚は、まちがっているのでしょうか??

それはさておき、

アマテルカミの「サガをかぞえるミチ」というのは、現代にも、

活かしてゆく役立てる考え方が秘められていると、

わたくしは考えています。

              ・
記紀の原書で「真書」の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしん でん)」に、
貶めてのツミ(罪)は、未来永劫に消えるはずがないと言うのが、
わたくしの感覚です。
それはそうでしょう。「真書」を「偽書」に貶めるのが直訳ですよ。
アマテルカミが心血を注がれてお築きになられた、
「縄文哲学」を、無残にもChinaの風下にと、
直訳で、貶めるんですから、
その罪、いかほどかと思います。
わが、「縄文文明」・「縄文哲学」のすばらしさに、
どうして、おとしめをして、Chinaの風下だと言うのですか!
これこそが、直訳の持つ本質です!
売国の行為であるし、アマテルカミに対しての、
冒涜ですよね。記紀の原書の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」が、
発見・研究の前ならまだしもです。
もう、
松本善之助先生は、「記紀の原書」として、
はっきりと打ち出されました。この路線を守るのが、
松本善之助門下だと言う、その、当たり前の前提条件ですね。
これまで、「記紀の原書」としてのはっきりした認定の立場を、
守り続けて来ていたのは、
松本善之助先生の謦咳に浴した人たちのうち、
一体何人いたのか?
あとで気が付いて来て、
「記紀の原書」としてのはっきりした認定の立場に、
立ち戻った人もあったのかも知れません。
ただし、寡聞にして、本分に立ち戻ったケースについては、
わたくしは、ほとんど、まったく聞いた事もありません。

記紀の原書で「真書」の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしん でん)」に、
貶めてのツミ(罪)は、未来永劫にまで雪辱は果たせるのでしょうか?
100回生まれ変わってきて償えるなら、
それは、幸いなことだとも思うので御座います。
それで償えるとすればですが。

そこに気付くのかどうか?

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、

ヲシテの文献も読めもしなかったり、書き取りも出来もしなかったり、それはかなしい。

べべさんって、入門の指導に長(た)けた人も、出て来て下さいました。

ありがたいありがたい。

ライザップでもないですが、

基礎の真面目な日常のこと、

そこに行き着くには、

共に一緒に見ていってもらうティーチャーの存在も、

有り難いと思います。

いろんな道筋があります。今からの大発展ですから、

皆さまそれぞれ、おためしのことに、

と、

ご発意をご祈念申し上げる次第で御座います。

わが、「日本文明」

「縄文哲学」「縄文文明」が、

本当の我が国の文字のホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字が、

読み書き出来て、それでこそ、ちゃんと解かって来ます。

 

たのしみです。本来の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

ネイティブの、本当のわが国人の次の世代のお方々がうまれてきつつあります。

わたくしは、糾弾されますことを、免れますでしょうか?

そのお方々から。世は、次の時代にと移り変わります。

           ・

 

過去の事にも思いますと、

誤った思いにとらわれてしまっていた、

過去からの束縛やとらわれに、意識の間違いを余儀なくされてきていた人も、

本当に、多かったと、思います。

でも、

でもです、

間違いに気が付いたならば、

せめて、生きているうちに、ツミの大きさに気が付いたならば、
ちゃんとした「ミソギ」をして、
たとえば、佐久良東雄だって、日本回帰の際には、
思い切った「ミソギ」をしたんですね。

佐久良東雄の、「日本回帰」後の和歌は、とても素晴らしいもので、

わたくしも、若いころ感動したもので御座いました。

勉強になりました。

そういった事もをも、だれでも、真面目に取り組んでいれば、

成しゆけるのだと思います。

佐久良東雄のウタは、わたくし、大好きです。

そんなすごいお人にも、なっていただけます。

そこが、そこが、今日と、明日の、

そして、今日の思いであると思うのです。

              ・・

まったくの事に、

「直訳もいいもんだ」、って、

そんな事を、言われちゃったので、

ビックリしました。

世の中、そんなものそんなものでしょうか?

よくも、おっしゃって下さいました。

結構、ビビンと、ビックリの衝撃を頂きました。

有り難うございます。

松本善之助先生の研究から、もう、

何十年、ですが、そこはそう、

やっぱり、言われちゃうんですね。よく考えないと。

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