<< 何ごとも、大きな事は、ちょっとずつ。ほんとの少しずつの日に日にての進み方の歩みです。こうした、日々の、少し少しの歩みのみで御座います。 | main | 『ホツマツタヱ』の1アヤの、第2回目のお話しです。「ヒロタ」や「カナサキ」、広田神社、西宮神社、住吉大社、射水神社などに関連して。 >>

『ホツマツタヱ』の1アヤから、最新の解説。その1。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
1アヤから、読んで面白いトピックに、まとめてゆこうと思います。

竹田恒泰さんの『中学 歴史』を読んだ感想からの、その、今日のスタートです。
現代の常識との、違いを浮き彫りにします。

『古事記』じゃどうしてもダメだと言う、その感覚を、解かって欲しいからです。
『古事記』『日本書紀』の翻訳前の原書は、
何が違うか? Chinaの漢字翻訳の直訳版との相違の事です。
そこに、重点を置いての説明をします。
なにしろ、「カミヨ(神代?・上世)」では、
8割もが、翻訳カットされてしまっています。

漢字訳は、所詮が、売国なんですね。

どうしても、わが国の固有の「縄文文明」「縄文哲学」について、

まともな、解説が不可能になります、漢字直訳では、ダメです。
そんなバカな? って思われるお方には、『定本ホツマツタヱ』を、
ご覧願います。

如何にもひどくインチキをし込まされていたのか?!!!

1300年間もの長い間にも!! ほんと、ひどい話で御座います。
完全に、カミヨ(神代・上世)で8割は翻訳削除されています。ご確認の事!! 一目でわかります。
それで、さらにも、
おそろしいことに、たった、
2割だけが、『古事記』『日本書紀』に翻訳されていただけだったのです。

さらに、さらに、驚愕の怖ろしい事には、
漢字翻訳された、2割の処も、いたるところが誤訳だらけです。ひどい話で、これが、漢字翻訳での真実です。

もう、わたくしはヲシテ研究、半世紀に近くにも成りますが、

生涯を掛けて、わが大文明に再興の萌しを! と、

奮励赤心の思いで取り組んでまいりましたのは、

この、インチキのたぶらかしの1300年来の疑義に真面目に対応しなくてはならないと、真実、心の底から、

17歳の時にわかったからです。
               ・
さて、その記紀の批判はさて置きまして、
『古事記』『日本書紀』に漢字訳される前の、
世界観をお感じ下さい。いかに、わが「縄文文明」が素晴らしい事であるのか!

           ・        ・
『ホツマツタヱ』1アヤ
「キツ(東西)のナ(名・名称)と、ホムシ(イナゴ、イネの害虫)さるアヤ」

(東西南北と中央を代表して東西で表しています。古語で、東西南北を「キツヲサネ」と言います)
わたくしたち、ヒトは、
天地の恵みの中に生きている事を、説くアヤです。
恵みに感謝をする。
そして楽しく生きてゆくのが、私たちの幸福につながります。
生きる知恵です。
恵みを感じること。そして、感謝する。

さて、物語りの解説に進めます。

アマテルカミの、実のお姉さんであり、
捨て子にされた経緯から、
アマテルカミの妹君の扱いになった、
ワカヒメさんと言う人が居ます。
ワカヒメさんと名が付けられた、その「ワカ」の言葉の意味が、
若返ることからでした。
アマテルカミは8代目のアマカミ(古代の天皇陛下)です。
31文字の5+7+5+7+7の、ワカ(和歌)は、
ヲシテ時代の中期から起きてきたウタの形式です。
最も初めの31音の歌は、
アマテルカミのお父様の、
7代目のアマカミ(古代の天皇陛下)のイサナギさまのウタでした。(記紀削除の部分です)


つちかふは みのあしはらも 
みつほなる たみとなせとみ 
とみとなれたみ 
(『ホツマツタヱ』17アヤ94頁)
これが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に記載されている、
31音ウタの最古の例です。
この、イサナギさまの時代には、ウタの事を「ワカウタ」とは、
命名が為されていませんでした。
31音韻のウタを、「ワカウタ」と名が付けられたのが、
アマテルカミの実はお姉さんだったのに、
妹君の扱いになったワカヒメさまの物語から起きました。
話せば長い事になります。
ウタの発達の歴史だけ、少しふれておきたいです。

 
1、トコヨのウタ(クニトコタチの時代のウタ)
決まった音韻数の数に捉われない形式
例1、オモイカネは古くからトコヨ(建国の時)の踊りに、
「ナガサキ(あなたの幸せを祈る)」を込めてウタを詠みました。(記紀削除の部分です)


かくのき (タチハナの樹、外二点の濁点表記は伝承時代(後世の漢字時代)の付加物と認定できます。そのため、清音の「ク」に表記しました)
かれてもにほゆ
しほれてもよや
あがつま あわ
あがつまあわや
しほれてもよや 
あがつま あわ
(『ホツマツタヱ』7アヤ37頁)

 
例2、アマテルカミのミチスケのウタ
古い時代のトコヨの時代の踊りに合わせたウタの形式のようです。
3・6・5・5・2・5・3・4(5・4・5・7・5・7)の32音のウタです。
ソサノヲの犯したツミ(罪)は大きなものでした。兄のアマテルカミには、弟にこころを目覚めさせる事が出来なかった重荷がありました。弟が死罪になる事態だけは避けれたのが、せめてもの救いでした。クニトコタチの建国の時代に縁(ゆかり)のあるトコヨのオトリに合わせたウタだったのでしょう。

(記紀削除の部分です。『古語拾遺』に一部掲載されています。『定本ホツマツタヱ』に明記)


あはれ あなおもしろ
あなたのし
あなさやけ おけ
さやけおけ
あわれ おもしろ
さやけおけ あなたのし
(『ホツマツタヱ』7アヤ44頁)

「アナニ」の用例は、むつかしいですが、

重要なので揚げます。


2、ツキウタ(ひと月30日にちなんだ、続きウタ))
15音と15音との続きウタ。7代目のアマカミ(古代の天皇陛下)の
イサナギさまと、イサナミさまがお詠みになられた。
ツキウタの詠まれる前に、5音4音のウタを詠まれていました。(記紀削除の部分です)


あなにえや ゑをとこ (あなにえや ゑをとこ)
(『ホツマツタヱ』3アヤ7頁)ホ3-7(385)、ミ3-7(11099)
「とても素晴らしいことを得ました。良いオトコ(男性)でありました事よ」
わなうれし ゑおとめ (わなうれし ゑおとめ)
「私も同感に思います。良いオトメ(女性)を得ました事よ」
さて、この結果産まれるべき子供は流産してしまいました。
その改善のために、5音7音のウタをお詠みになりました。(記紀に、一部改編の記載があります)


ヲ(男性、イサナギ)は、
「あなにゑや うましおとめに (あなにゑや うましおとめに)
あいぬ」 (あいぬ)

(『ホツマツタヱ』3アヤ12頁)ホ3-12(405)、ミ3-12(11119)、ワ-016
「とても素晴らしいことを得ました。良いオトメ(女性)に会い、この時の麗しさよ」
メ(女性、イサナミ)は、
「わなにやし うましをとこに (あなにやし うましをとこに)
あひき」 (あひき)
「私も同感に思います。良いオトコ(男性)に会い得ました事こそ
素晴らしい限りです(此処から何かを開き生じさせましょう)」
5・7・3のウタでした。『フトマニ』に照らしますと、5・7では「モ」「エテ」になりまして、
物事の成就が為される意味合いです。また、5・12に照らしますと「モ」「ソノ」に相当しますから、
物事の揃い成る意味です。こうして、イサナギ・イサナミさんは7代目のアマカミへの即位を果たされて、
国家再建への全国巡幸をおこなってゆかれるのでした。
この、5・7・3の15音のウタは、両首合わせて30音になります。
それは、月の巡りに準(なぞら)えられていました。
ツキタチ(月立ち・朔月)からモチ(望月)にと日々ツキ(月)は大きくなってゆきます。
モチ(望月)からは末のユミハリ(弓張り・下弦の月)を経て、ツキ(月)は細ってゆきます。
満ちゆきと、欠けゆきですが、それは、天空の話で、地表上には逆にモチ(望月)から
コ(実体化・ツキの働き)の及ぼしが強くなると考えられていました。
男性は発展させる働きが強く、女性は固化する働きが強いのですね。
ツキ(付加する働き)の周(めぐ)りの表現のウタが、
イサナギさん・イサナミさんの合わせウタの30音ウタでした。
それで「ツキウタ」とも呼ばれます。
月の意味にも含めて、また、続きの意味の続きウタの意味合いも込められての命名です。
また、「ツクハ」のカミと讃えられるのも、
合わせての30音のウタのユカリ(縁)からでした。

お互いに合力するのが、「ニこころ」の基本です。

それが、「ツク」(付いて)と、「ハ」(成就してゆく)の言葉に現われての表現です。

何かあったら、そこに、どう? プラスできるか? を、思うのが「ニ」のこころです。

それが、「タス」と言う言葉でもあります。
「ツキウタ」にて「ハ」を為された、「ツキ(月の巡り、付く(ツク)働き)」の「ウタ」で
「ハ(物事を生じさせた)」の、国家建国を、お世継ぎのご誕生の実現を為されたのでした。
3、2番目の31音の、ココリヒメのウタ
待ちわびていたミコ(皇子)の誕生を祝うウタが、ココリヒメによって詠まれました。この時のミコは、後に8代アマキミ(神武以前の天皇陛下)になるアマテルカミです。
オイ(甥)に当たるミコ(皇子)に産湯を使って手伝うために来ていて、ココリヒメは赤ん坊の泣き声を手に抱いて聞きました。この子が聡明なる事を知ったのです。赤ん坊自ら自分の名前を泣いて呼んでいるのだと、ココリヒメには聞き取れたのでした。「う」「ひ」「る」「ぎ」と自らの名前を呼んでいるのです。
「う」は大小の大で大きい事を意味しました、「う・す(大・小)」の「う」です。「ひ」は、お日さまの「ひ」で、太陽と月に世継ぎ子を得る祈願をして授かったミコでしたので、日の分霊としての意味で「ひ」です。「る」は日のまさに燃え盛る炎のようなエネルギーの溢れかえっているさまを表す「る」です。「ぎ」は、男女の添え名の「きね」や「ひこ」また「こ」などの男の添え名の「ぎ」です。ココリヒメが赤ん坊の泣き声にイミナ(まこと名)を聞き取り得たので、このミコのイミナは「ウヒルギ」と称される事になります。のちのアマテルカミです。
赤ん坊の泣き声から名前を聞き取ったココリヒメは、キクキリヒメという褒(ほ)め名を貰います。イサナギさん、イサナミさんから大層感謝されましてので、ココリヒメもウタを返しました。

(記紀に、一部改編の記載があります。『定本ホツマツタヱ』を参照してください。。それは、すさまじい、ひどい誤訳です! わたくしの眼には、見るにも耐えがたい程のひどさです。記紀共に、ひどい)


あかたまの わかひるのるは 
あおきたま くれひのみたま 
ぬはたまなりき 
(『ホツマツタヱ』4アヤ38頁)
「赤々と丸く輝きだした初日の出のヒ(日、太陽)は、元気なア(ウツホ、気体)の集積したタマで若々しいです。私のような、クレヒ(暮れ日)のミ(身体)のタマ(心の中心)は、ヌハタマ(黒い球)のように光るだけです」
             ・
さて、以上に、
ウタの歴史の「ワカウタ」と呼ばれる前のことを、述べました。
これを踏まえて、ワカヒメさまの話に入ってまいりましょう。
(ホ1-1(97))
それ、わが国の文化を語るうえで、大切な「ワカウタ」の名前の謂れに付いての、
説明をしましょう。
アマカミ(古代の天皇陛下)の8代目にご即位なさいます、アマテルカミには、
先に生まれたヒルコヒメがいました。お昼に産まれたからヒルコヒメと名が付けられました。
そのヒルコヒメさん。
アメのフシ(現代で言う厄年)に、父母がその年齢だったので、
捨て子にされまして、他の夫婦に育てて貰う事になりました。
のちに、皇室に復帰なさいます際に、アマテルカミの妹君にと、
兄妹の順が変わります。
ヒルコヒメさん、捨て子にされて、
育ての親にとされたのは、カナサキさんと、ヱシナツさんの夫婦でした。
カナサキさんは、ナカクニのクニカミです。
造船から、航海術から、海運にかけて、
幅広い能力を備えて活躍していた人物です。
そして、文化度も高くてウタのミチにも秀でていました。
ヒルコヒメの育ての親として、託するのは、適役です。
そして、折しもヱシナツさんは、幼い子を夭逝させてしまって、
失意の傷心の状態にありました。
まさに、渡りに船。
ヒルコヒメさんは、カナサキ・ヱシナツの夫妻のもとで、
温かく、そして、教養も高く育てられました。
ヒロタのミヤにて、養育に当たられます。
ヒロタとは、今現代での、西宮市の広田神社の祭祀が、相当します。
また、平安時代頃までは、広田神社の摂社の扱いであった「浜の南のミヤ」は、
西宮神社が今に伝えを受け継いでいます。10日エビスの祭礼にも、
はっきりと、ヒルコヒメ(ワカヒメ)の謂れは伝わっています。
さて、当時に、
産まれ初めからの、
一番初めに、受けるべきの初等教育は、
今に言う七五三(ヒチゴサン)です。
「アワ」の学び始めです。「アワウタ」です。

        ・    ・    ・
さて、こんな感じで、です。
これならば、
お解り易いかも?
でも、そうだと、
これで、やっと、
『ホツマツタヱ』の、1アヤの5行目ぐらいにまで来ました。
ヲシテ文献の全体量は1万行は越える分量ですから、
こんな感じのページが、単純計算だと2000ページ必要になります。
ホント、
漢字以前の我が国の大文明は、
簡単には説き起こせないと言えますか。
すでに『日本への招待』の原稿は、8割がた完成しています。
これを出版するのが良いか?
ほかのもっと良い手だては?
と、悩みます。
さて、次の仕事は?

| - | 10:18 | comments(4) | - |
Comment
法泉院さんには、とっても親切にお世話になって有り難かったです。
宣伝文をPDFで作って頂いたり、法泉院さんの塔頭(たっちゅう)の門には、「ヲシテ講習会」の、看板を出しても下さって、有り難かったです。
なにより、おやさしくて楽しい美人の佳代子さんに良くしていただけまして、うれしかったです。
このたびは、ご住職さんの代替わりの機運になりまして。のことで、今回は、ごろっと、住職さんが入れ替わりになるとの事でした。電磁波の問題とか、わたくしは、影響されないので良く解かりませんが、諸事情が複雑にあるようです。
さて、
次の段階にも差し掛かりました。と、思っていましたらば、次の、会場探しで、
手筈も、最早にも、ずっと進めて下さいまして、有り難うございます。ビックリしました。もう、何か所も候補を上げて下さって! かなり、多くの候補地もあるものですね。
そのうちの、ひとつ、
女房の実家の方の、
寝屋川市の木屋(こや)でしたら、
「いつでもどうぞ」って、さっきも、女房が言っています。みなさま来て下さって、風を入れたりお掃除をほんの少しして頂けたら、嬉しいとの事です。また、貸し布団屋さんに頼むと、お布団も1000円ほどで借りれますので、気楽です。泊まりの合宿も、いいですね。いつでもどうぞとの事です。雑魚寝で良ければ、50人ぐらいはいけそうです。このあいだも、
近所のスーパーのお弁当なんかとか、もうちょっと上等のモノも、買い出しで、供給できました。安息的にも、木屋(こや)は、上位の及第点だと思います。
でも、もっと、アクセスの便利な所の方が、皆さまのご希望に添える事が出来ますね。木屋(こや)は、京阪電車の香里園から歩いて15分もかかります。
そうは、言っても、
自動車からのアクセスは、
とっても便利です。いつも、わたくしも、高速が終わってから、ふたつめの信号で右折。って思っていたら、ほぼ間違いなく来ます。くるま(自動車)だったら、至ってのことにも簡単なんですけれどね。
木屋(こや)も、良いのですが、やっぱりアクセス的に遠いです。
このごろは、一秒刻みの段取りが多いです。
時間的にもご気楽な場合は、どうぞ、木屋(こや)にもおいで下さいませ!
みんな、関係者は歓迎です。
 
『日本への招待(仮題)』は、
新書版にしようと思ってまとめたものです。
おおよそは出来たので、あとは出版社探しです。新書版の出版を手掛けているところに、まだ、接点が持てないでいます。なにか、良いお知恵がありますれば…。
さて、上皇后陛下も、白内障手術。
私も、覚悟を決めて、今夏の主要事項です。
これ程にも目が疎くにも成ったら、
手術するべしですね。さいわいに、近々の身近にも先輩・先達の話も聞いて、
うまく対処する対策にも配慮をしてきました。もう、ここに至っては、眼科の主治医の先生にお任せ・お願いをすると言う事になりました。何においても、託しての信頼にむすぶということですね。
 
わたくしは、
『古事記』『日本書紀』の原書の大切さを、身に染みて実感しての約半世紀の50年ほどになります、もうすぐ、50年です。この、身に受けた感触と言うか実感を、後世にも残し、出来たら、今の現在にも共感の輪を広げたいと、そう、願っています。
2019/06/17 3:29 PM, from いけだ
早いもので、明日は6月の京都「ヲシテ講習会」になりますね。雨の中になりそうですが、また皆様とお会いできるのも楽しみに、参加させて頂く予定でいます。

『日本への招待』の原稿が出来そうなのですね。沢山売れて、多くの人の目に止まる本になると良いですね。是非とも、ベストセラー本になって、「ヲシテ文献」が周知の事実になる事を祈りたいです。そして、「面白いトピックのまとめ」も楽しみです。一項目ずつ「ヲシテ文献」による真実が紐解いてあったら、説得力もありますね。これからが、益々楽しみです!

京都の法泉院さんの会場は今年いっぱいになる様ですが、今年中はお世話になれますね。また、明日の講習会はよろしくお願いいたします。
2019/06/14 11:58 PM, from 山脇幹夫
お久しぶり、
お元気そうで何よりです。
『日本国紀』とか、竹田恒泰さんの『中学歴史 平成30年度文部科学省検定不合格教科書』を読んでみて、現代の常識のこと、
『古事記』をベースにした既存の常識の、
もう、如何に根本的にひどいかを、あらためて実感しました。
そういえば、次著の、
『日本への招待(仮名)』を、ほとんど書き終えていたんですが、
その出版の前に、あれこれと、急ぎの仕事が発生したりして、
とどこおっていました。
この『日本への招待(仮名)』も、早くにも出したいとは思うのですが、手は2本しかないのですね。タコみたいに8本は無いのです。「みつるたこ」見て頂けましたか? 
http://wosite.jugem.jp/?eid=60
今日は、わたくし「みつるたこ」のTシャツを着用でした。ちょっとかわいくて、力が出るように思えます。気分ですかね?
温かくなったら、「みつるたこ」です、ね。
冬にも、何か良いアイテムも? 考えれますでしょうか?
「みつるたこ」のことは、さておき、
出版は、時空を後にも残す仕事です。
今現在に於いて、動かすのは、
ネットのことかも知れません。
わが、本当の「国学」。
どうやって行ったら良いのか? なやみます。
2019/06/14 8:54 PM, from いけだ
最新の解説 、 本当に楽しみです。
既に本になっている池田先生の研究が、
より深く新しくなっていることと思います。

ふだん拝見しているブログにある最新研究が
アヤの順番どおりに今一度整えられるのではないでしょうか。
こちら、読み手のアタマの整理にはありがたいです。

この解説のお仕事もかなりの大変なものでしょうから、
少しでもモチベーションを後押し出来ればと
コメントさせていただきました。
2019/06/14 6:25 PM, from マユケル










07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの7回目。交感神経と副交感神経の事。
    山脇幹夫 (07/16)
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。
    いけだ (07/15)
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。
    ヨシダユキヒロ (07/15)
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。
    いけだ (07/15)
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。
    山脇幹夫 (07/14)
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。
    いけだ (07/14)
  • 『ホツマツタヱ』1アヤの6回目。「キタ(北)」の言葉と、「タ(春)」との関係性の事。
    山脇幹夫 (07/14)
  • 『ホツマ ツタヱ』1アヤの5回目。「キタ」の意味のこと。
    いけだ (07/13)
  • 『ホツマ ツタヱ』1アヤの5回目。「キタ」の意味のこと。
    山脇幹夫 (07/13)
  • 『ホツマ ツタヱ』1アヤの5回目。「キタ」の意味のこと。
    いけだ (07/13)
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM