何ごとも、大きな事は、ちょっとずつ。ほんとの少しずつの日に日にての進み方の歩みです。こうした、日々の、少し少しの歩みのみで御座います。

何ごとも、段階と言うものがあります。
小学生になったら、ひらがなや、カタカナの、
読み書きが出来ることが求められます。女房のノートです。

もう、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

ノートがあってこそです。


      <女房も、何十年かぶりに、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字を、

       原字で、原文で書くようになりましたら、感覚が、

       まさに、一変してきました。すごいもので御座います。

       ヲシテの力は。

       当たり前の事ですが、わが国の、本当の文字だからですね。

       ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、そのちからは、とてつもなく、

       すごいです>

まあ、この頃、幼稚園の時代には、です。
思い出して下さい、

幼稚園で、ひらがな・カタカナの読み書きできるお子様とは、
かなり、勉強の進んでいる場合です、そう言う場合も多いです。
どうしても、ひらがな・カタカナは、
現代生活で必要です。
さて、さて、

の事ですが、

これから、もっと先には、その、100年後には「ヲシテ(ホツマ文字)」も、
必須になって来ましょうか?
そうあって欲しいと、願います。

今に、覚え解いたら、 そうです ね。
なにしろ、『古事記』『日本書紀』の原書が、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」ですから、
ちゃんとした、わが国の正当な固有文字を読み書きできるのが、
当たり前の事です。
そう成る時代の潮流にと、懇願しています。
ずっと、
これが、成就できるまでは、私もイノチの尽きないようにと、

願います。


            <クワの葉、です。

             なにしろ、クワは、長寿の、

             かなめです。

             『ミカサフミ』にも、多くの用例もあります。

             クワを「桑」として固定的に直訳するのが間違いです

             漢字の渡来以前には、もっと、多くの意味が、

             「クワ」の言葉には含められて添えられていたのです>

ここを、守りゆかねばと思っています。本当の我が国の尊厳をです。

わたくしなんぞ、長命にもなり得るか、いささか疑問ですが、

世事にまあ、長けるようにもなり得るには、長寿のギネスを塗り替えても、

って言うよりほか、道筋が見えません。

目標の200歳のこと。(少なくとも)
何とか実現せねば! って、言っていましたら、
ダンスの友達には、理解が、とても、むつかしい事でした。

みんな100歳だと言うのです。

さびしいです。

真実が解かってきた人は、もっと長生きしなくっちゃしょうがない。

どうやって? 後世に伝えれるのですか? 真実を。

オオタタネコさんも、ヲヲカシマさんも、長寿に、

邁進の事、真面目になさいました。尊ぶべきであると思います。

その、大きな、ヲヲヤケの認識に立って。

ライフワークの、段取りの進め方を構築してゆかねばなりません。

                 ・

長寿だった医師の日野原重明先生は、

父の善輔さんから、「みっつのV」を、心掛けろと、

いつも言われていたそうです。

「Vision」ビジョンは、大きな視覚の展望の事。
「Venture」ベンチャー・ベントレ、は真面目に取り組んでゆくこと。
「Victory」ビクトリは、達成することで喜ばれること。

 

外国語で考えるのもいいですが、

ホントは、わが国に、大古典が有ったんです。

アマテルカミが、お褒めになられた心がけです。

 

カナサキさん(住吉、スミヨロシ、スミヨシ)さんの、

提案の心掛けです。アマテルカミのおこころも、やすんじられる、

素晴らしい心掛けの提案です。 

               ・  

わたくし、64歳で、こんなにも活動的で若いようにもみられるのは、

なにか? 秘訣があるのでは?

って、行き始めたダンスの会場でも、

きかれたり問われ出したりもしています。

それには、幾つもの秘密があります。

ひとつには、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、

真面目にやってきたのもあります。

| - | 16:38 | comments(0) | - |

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、「直訳」の罪深さの事。いまだに、「直訳もいいものだ」なんて言ってこられて、困っています。「ミソギ」のこと。

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、
『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」においての、
現代仮名交じり文の「直訳」の流布の罪は、
その、インチキで、怪しげな、レベルも低い、
著作が世に残っているうちは、その罪科は消えませんでしょうね。


                 <武野紹鴎さんの墓参、堺市の南宗寺にて>

ヲヲヤケに対する罪ですから。ね。それは、大きいのですね。

だから、宇宙ゴミと一緒で、回収すべきです。

直訳は、やっぱり、「ゴミ」だと思います。

直訳にすると、Chinaの思う壺になるからです。

          ・・

アマテルカミの、打ち建てられましたる、

「サガをかぞえるミチ」(23-25(4463))にても、

ヲヲヤケに対してのツミは、量刑が、厳しいことでした。

『ホツマツタヱ』の7アヤを見ると良く解かります。

「オシテのハチ」は100+100で、200クラもの(7-8(938))加算が為されます。

「メクミわするる」で200クラもの量刑の(7-15(965))加算が為されます。

    (ちなみに、360クラが、死刑相当の罪科です)

この例は、ともにヲヲヤケに対する、ツミです。

世を欺く罪っていうことですね、そういうモノがあるのですね。

アマテルカミの、ツミを数える数え方です。
いまだに、「直訳もいいもんだ」なんて、
私に言って来る人も居ます。著作物って、影響が大きいのです。
ついこの間も、そう言ってこられて、困っちゃったんです。

たくさん、こういった類のお人も、あふれていますので、

ご注意をお願いしたいと思いました。

              ・

だって、

既に、松本善之助先生は「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」

として、はっきりと認定を為されていたのです。

それを、否定して、

どうして?

松本善之助の門下生だ、なんて言うのか?

そう、いえるの?? 大疑問です。

ちょっと、どうにも意味が不明です。そのような、根拠の乏しい主張をする人たちの、

そんなサークルなどには、

スルーをして下さいますよう、お願い申し上げます。

松本善之助先生は、「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」と、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の位置を、

認定発見為されたのです。

これが、重大発見でした。ここが、この結論が重要です。

「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」です。

1300年来の、わが国の基礎の『古事記』『日本書紀』の、

その、大間違いであったと言う事を、はっきりさせた、

本当の、『古事記』『日本書紀』の原書の発見だったのです。

この、重要事項に、隠蔽をしたいのが、

1300年来の既得権益に守られている構図です。

       <長生きのために、自家製造の納豆の製作です>

余りにも、ヘンな多くの人々がいます。

ちょっと、見渡しただけで大変です。

でも、次には、

新たな、構図が生じますね。当たり前の事ですが。 

逆転したら、この、構図の変化の情勢は大きいですね。

オセロのゲームのようです。

風で入れ替わっちゃいます。 

そろそろにも、

どなたさまも、既得権益のガチガチの1300年来のChina関係には、

距離を置いて頂くのがよろしいようで御座います。

あまりにも、どうにも、

あちらさまの方は、未来に於いての筋道も、かなり、

動静もおかしいようなヘンなことにも成りゆき方が目にも目立って来ているようです。

どうにも、嘘やだましは、いつかはバレます。

 

            ・

同じ道筋のストーリーなのですね。何千年も。

やっぱり、いつの日にかには、

真実は、通ります。

当たり前の

文脈です。
師の主張に、それは、間違っていると反駁するのなら、

それはそれで、ヘンなことでもありません。

真実に対する追及や読み解きが、本来の学問です。

いくらだって、前説の否定は当たり前の日常茶飯事です。

前説の、更新については、   

ちゃんとしての、論文や書籍など、

論理的に覆すだけの論拠の提示が必要です。

なにも、大きな事もせずに、意味不明の怪しげを、横車を押し通うしてのことならば、
ヲヲヤケに対して、の罪とも言えます。

記紀の原書だから大切だ、と、松本善之助先生は、

全生涯を掛けて、真面目に取り組もうとなされたのです。

              ・

全然違いますよね。直訳の、そこに群がる人達とは。

師の松本善之助先生が「『古事記』『日本書紀』の「原書」だ」、

だから「真書」だと、

研究の成果を発表されておられているのに、

それを否定して、「直訳もいいものだ」なんて、うそぶいて、「直訳」をやるんですから、

本心は、おとしめたいのか?

いったい、あなたは、どこの国の回し者? って、疑問の疑いが生じます。

「真書」を「偽書」におとしめる「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」に、

売国して広めるんですから、それは、わがくにのヒトでは無いかも? って、疑問が生じます。

本当に、そう言う事情も確信犯的にお解りならば、

わたくし的には、せめて、100回ぐらいは生まれ変わって贖罪にこれお勤めいただくのが、

ふさわしい、のでは?? って、わたくしは、思っちゃうんですね。

だってって、アマテルカミなら、「キッて」厳しい目を為されるのではあるまいか?

まちがってもアマテルカミが微笑んでくださいます事にはならない事でしょうね。

この感覚は、まちがっているのでしょうか??

それはさておき、

アマテルカミの「サガをかぞえるミチ」というのは、現代にも、

活かしてゆく役立てる考え方が秘められていると、

わたくしは考えています。

              ・
記紀の原書で「真書」の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしん でん)」に、
貶めてのツミ(罪)は、未来永劫に消えるはずがないと言うのが、
わたくしの感覚です。
それはそうでしょう。「真書」を「偽書」に貶めるのが直訳ですよ。
アマテルカミが心血を注がれてお築きになられた、
「縄文哲学」を、無残にもChinaの風下にと、
直訳で、貶めるんですから、
その罪、いかほどかと思います。
わが、「縄文文明」・「縄文哲学」のすばらしさに、
どうして、おとしめをして、Chinaの風下だと言うのですか!
これこそが、直訳の持つ本質です!
売国の行為であるし、アマテルカミに対しての、
冒涜ですよね。記紀の原書の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」が、
発見・研究の前ならまだしもです。
もう、
松本善之助先生は、「記紀の原書」として、
はっきりと打ち出されました。この路線を守るのが、
松本善之助門下だと言う、その、当たり前の前提条件ですね。
これまで、「記紀の原書」としてのはっきりした認定の立場を、
守り続けて来ていたのは、
松本善之助先生の謦咳に浴した人たちのうち、
一体何人いたのか?
あとで気が付いて来て、
「記紀の原書」としてのはっきりした認定の立場に、
立ち戻った人もあったのかも知れません。
ただし、寡聞にして、本分に立ち戻ったケースについては、
わたくしは、ほとんど、まったく聞いた事もありません。

記紀の原書で「真書」の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、
「直訳偽書の秀真伝(しゅうしん でん)」に、
貶めてのツミ(罪)は、未来永劫にまで雪辱は果たせるのでしょうか?
100回生まれ変わってきて償えるなら、
それは、幸いなことだとも思うので御座います。
それで償えるとすればですが。

そこに気付くのかどうか?

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、

ヲシテの文献も読めもしなかったり、書き取りも出来もしなかったり、それはかなしい。

べべさんって、入門の指導に長(た)けた人も、出て来て下さいました。

ありがたいありがたい。

ライザップでもないですが、

基礎の真面目な日常のこと、

そこに行き着くには、

共に一緒に見ていってもらうティーチャーの存在も、

有り難いと思います。

いろんな道筋があります。今からの大発展ですから、

皆さまそれぞれ、おためしのことに、

と、

ご発意をご祈念申し上げる次第で御座います。

わが、「日本文明」

「縄文哲学」「縄文文明」が、

本当の我が国の文字のホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字が、

読み書き出来て、それでこそ、ちゃんと解かって来ます。

 

たのしみです。本来の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

ネイティブの、本当のわが国人の次の世代のお方々がうまれてきつつあります。

わたくしは、糾弾されますことを、免れますでしょうか?

そのお方々から。世は、次の時代にと移り変わります。

           ・

 

過去の事にも思いますと、

誤った思いにとらわれてしまっていた、

過去からの束縛やとらわれに、意識の間違いを余儀なくされてきていた人も、

本当に、多かったと、思います。

でも、

でもです、

間違いに気が付いたならば、

せめて、生きているうちに、ツミの大きさに気が付いたならば、
ちゃんとした「ミソギ」をして、
たとえば、佐久良東雄だって、日本回帰の際には、
思い切った「ミソギ」をしたんですね。

佐久良東雄の、「日本回帰」後の和歌は、とても素晴らしいもので、

わたくしも、若いころ感動したもので御座いました。

勉強になりました。

そういった事もをも、だれでも、真面目に取り組んでいれば、

成しゆけるのだと思います。

佐久良東雄のウタは、わたくし、大好きです。

そんなすごいお人にも、なっていただけます。

そこが、そこが、今日と、明日の、

そして、今日の思いであると思うのです。

              ・・

まったくの事に、

「直訳もいいもんだ」、って、

そんな事を、言われちゃったので、

ビックリしました。

世の中、そんなものそんなものでしょうか?

よくも、おっしゃって下さいました。

結構、ビビンと、ビックリの衝撃を頂きました。

有り難うございます。

松本善之助先生の研究から、もう、

何十年、ですが、そこはそう、

やっぱり、言われちゃうんですね。よく考えないと。

| - | 14:14 | comments(0) | - |

旧暦の5月5日です。さわやかな季節です。「ネコ」のこと。奈良時代の「甲乙」表記の違いは、帰化人の聞きわけからの区別だったこと。

季節の事。サツキの梅雨の、さわやかな季節の事。
「サツキ、サのころ」ホ14-23(2437)
と言う言葉があります。
今日は、旧暦の5月5日です。

びわ1.jpg
               <今年は、ビワが大豊作>

現代に言うと、旧暦のサツキは、現行暦の西暦の感覚では、
6月になります。それで、季節感が間違いやすいです。

びわ2.jpg
                <女房も、ご機嫌です>

葵祭りも現行暦で5月の15日になっていますが、
本来の、漢字以前の時代では、「ウツキ(4月)」の末の行事です。
つまり、サミタレ(梅雨)に入る時に行うのが、
「アオイのメヲまつり」です。

      <「メヲ マツリ」の、

       その「メ」と「ヲ」とは、China風の「陰陽」とはちがって、

       冷たさを齎す「メ」と、温かさをもたらす「ヲ」

       の、その作用・はたらきについて言う言葉ですね。

       「フタハ」は、フタバアオイのその意味です。

       温かさのはたらきの、その極まりを言う象徴です。

       我が国の心象風景は自然哲学がベースです。

       具体性に富む感覚がそなわっているのです。

       「メヲ」のこと、China風の「陰陽」に直訳だったら、

       「マツリ」にすること、意味も意図も不明になります。

       我が国の本来の、感覚である、

       温かさ・冷たさを齎す働きと考えると、スキッと

       わかります。

       漢字の用語に安易な直訳は、いけません。という意味が、

       形而上的に高度な、わが国の本来の文明の擁護にあるのです>

クワの葉.jpg

             <クワの葉も、クワの実も、豊作です。

              クワのイチゴ(実)はジャムにしました。

              ジャムにするのは、女房が上手です。

              瓶の上の「クワ」のヲシテの字も、

              手慣れてきました>

クワいちごジャム.jpg
『ミカサフミ ナメコトのアヤ』と、
『トシウチニナスコトのアヤ』とを、
内容比較しますと良く解かります。

『ホツマツタヱ』だけじゃ、やっぱりわからないですね。

『ミカサフミ』と、『カクのミハタ』が有ってこそで御座います。

サツキ2.jpg

            <何十年も前の仕事ですが、こういった基礎作業は、

             今にも、通じます>

サツキ1.jpg


漢字以前の時代は、
5月とは、「さみたれ」の「梅雨」の時期です。
クワの実も実り、
今現代には、ビワ(枇杷)の実も実ってきて、麗しい時です。
現代の、都会の生活では、
ちょうど梅雨に入ってきて、現在的には、
むしむし、革靴の中は湿っぽくなって厭な時期です。

ユスラウメ.jpg
どうして?
5月のサツキは、いわゆる「梅雨」なのに、
「サのころ」という、
肯定的な捉え方なのか?

この疑問に付いて、
説明しなくてはならない、とも思います。
わかりやすく、説明する努力を何回も重ねましたが、
まだ、ご納得頂ける段階にまでには至っていないと、
反省しております。
幾つもの複雑な要素がからんでいますので、
わかりやすく、どうご説明したらいいのか?
何回も試みますが、いまだに、うまくゆきません。

わたくしなどは、
田舎に移住してきてから、
35年余になります。

縄文時代の生活の感覚に、
少しは戻って来れた思いは有ります。
それで、いろいろと、言う事も出来るんじゃないかと思います。
きのうは、夕方暮れての8時ごろ、女房とホタルの見物に散歩で行ってきました。
幻想的な、ホタル、10か、20ほどが、
水路の近くに、「ほー」「ほー」「ほー」って光ります。
女房が「メスを呼んでいるの」って言うんです。
その通りですね、オスって、いっつもおまけのモノなんですね。
だから、何かを主張しないといけない本質的なサガを背負わされたもの、
それが、「オス」ですね。
動物界でも、もちろん、そうです。
植物界でも、そうなんです。
「オス」「メス」の差異は、違いが大きくあって、
生命的には、もちろん、「メス」が上位です。
「オス」は、突拍子もないもののうちに、
「メス」が、選ぶんですね。

選択権は、「メス」にあります。

「オス」って所詮は消耗品扱いです。生物的には、そう言う位置づけのようです。
それが、証拠にも、植物の「オシベ」なんて、
すぐにパサパサになるのが宿命です。

              ・・

女房は、
このごろ「ねこ」にご執心です。

ねこ3.jpg
女房は、いろいろと、面白いものも創るようになりました。

             ・

わたくしは、いつもいつも相も変わらずに、
コツコツの仕事です、国語の事に執着しています。
4000例ほどの用例の「ことは」に、分析やら考究やらを進めています。
良いものに仕上げるには、
苦労をしなくては、成就の事にも成し難し、それが重要です。

ねこ2.jpg
        <ネコのかたちの前に、調べもの、の女房です。

         文様など、考えているようです。

         女房も、  

         このごろ、姿勢の改良に取り掛かっています。

         肩から背にかけての表情が、良くなってきました>

その、
仕事を、真面目に成就してゆくには、
もっと、長生きの事が、必要であると、
そのように考えております。
アマテルカミのお悩みだった、長寿に対しての、
その回答ですね。縄文建国の当初は、
かなりの長寿で、皆さんが楽しんでおられたと伝えられています。
その理想郷にと、生活のスタイルを一新してゆくように、
進めたいものです。

ネコ1.jpg
それには、China思想の汚染についての1300年来の、
此処を改めなくてはなりません。
ひどい、文化・文明の簒奪と隠蔽工作の、1300年だったんですネ。

「ネコ」だって、ヲシテ文献に、出例があるんですね。

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、

『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」に、です。

      <『フトマニ』のヲオレの項目に「ネコ(猫)」の典拠があります。

             弥生時代に出るネコの骨に、ぴったり一致します。

       『フトマニ』は『カクのミハタ』の収容文献だと理解してきています。

       「窮鼠猫を噛む」のことわざは、実は、日本からの発信の、

       弥生時代の知恵だったのです! 

       これって大発見ですね!>

それを、渡来のモノだって、長く言われてきていましたが、

発掘例から、弥生時代のネコの骨も出てきました。

奈良時代の「猫」渡来説は、もう、崩壊しています。

わが国って、本当は、「縄文建国」なのです。
本当にわかりいただける、真摯なお方を、
ずっと、
待つと言う事です。それも、つまり、
焦ることなく、
待つのも、じっとしての、わたくしの仕事です。

            ・・

奈良時代頃に起きた、「甲乙」の書き分けの漢字表記は、

当時に多く来た帰化人たちの、わが国語に対する聞き取り方から生じた、

書き分けでした。つまり、「8母音説」は虚構だったわけですね。

漢字以前の時代は、当然、「5母音」です。

1300年前だけではなくて、今にも、同じように、

国語の違いからに生じる、聞き取りからくる区別があります。

外国人からの目線だけです。

それは、「甲乙」の区別もです、同じレールの出来事でした。

つまり、

現代でも、同様のことは言えることです。

たとえば、

展望社の読みの「てんぼうしゃ」と、言っても、

あるいは、また、

日本橋の「にっぽんばし」と、言っても、

われわれの、ごくごく普通の本当のネイティブな、わが国人には、

「tenbousya」「tembousya」、の違いとか、

あるいは、「nippnbasi」「nippombasi」の、

n」「m」の使い分けもピンときて解からないのと同様です。

n」「m」の使い分けの差異が解からないです。

わたくしも、何回も、聞き直して表記は変えました。でも、

いまだに未だに、やっぱり、よくわかりません。「n」「m」の使い分けは。

そう言った、

n」「m」の使い分けとか、「甲乙」の、書き分けにこだわるのは、帰化人たちさんですね。

 

そうですか、そうですね。って。あなた様は「甲乙」の区別屋さんですか? って、

そう、疑って下さいませ、ひょっとして、ネイティブのわが国人ではないのかも? って。

それが、正解に近いです。

時代は、明晰な区別時代に到来しつつあります。

解かりやすい時代になりました。

「甲乙」の区別は、漢字の到来から200〜300年経ったら無くなりました。

わが国風に、なじんだんですね。

世代で言うと、十二代ほど。

当時は、文化も暮らし方も融け合いは、ごくゆったりでした。

でも、「甲乙」の区別が付かなくなったら、もう、ネイティブの「日本人」で同朋です。

わたくしも、歓迎します。同邦人として。

さて、今の現代には? どうか?

 

n」「m」の使い分けの、その、ピンと来なくなる、

まあ、そうなると、ホント、わがハラカラ(同朋)だと、

私も認識できます解からなくなるのが、同邦人としての同感です、不思議です。

n」「m」の使い分けでわかる、異邦人か本国人かの現代的な差異です。

1300年前には「甲乙」の区別でしたね。そんな区別だったんですね、「甲乙」って。

帰化人度の区別の閾値だったんです。

 

n」「m」の使い分けがピンとこないようになるのが、

実は、わが国の本当のネイティブのその区別の分かれ目ですね。

京都では、一般に3代住んだらって言います。

『源氏物語』も、高麗人が冒頭に出てきます。これで、話がおかしくなるんですね。

いいにも、悪いにも。

         <土佐光吉の絵で、和泉市の久保惣記念美術館の所蔵です。

          極々の、いうに極めての名品です>

高麗人のその人は、「高名」な「人相見」だそうです。

これって、「高名な」、が、いかにもあやしいですね。何の根拠なのか?

この高麗人の「人相見」の話から、おかしげに、

展開をしてゆくのが『源氏物語』です。

本当は、天皇位の「みくらい」についてもおかしくもないのに、

光源氏は、産まれてからの極わずかな間に、策謀によって貶められたのでしょうね、

それが、

高麗人の人相見だったんですね。だれが、糸引きしたのか?

その、高麗人の「人相見」とは、絵の真ん中に描かれています。

『源氏物語』の時代も、けっこう、こういった事にやられていた訳ですね。帰化人たちに。

あれあれ、今にも細心にも用心せねば、です。

今も昔、まったく一緒です。

それも、京都では、3代住んだらって言う、その認識は広い共通認識に至る、一家言だと思います。

1見に見た目にもよく似てはいても、なにが違うか?

それは、本心からの「ありがとう」の気持ちの、

それがあるかないのか。

ここに、はっきりとわかると思います。それは、サクっていう微妙な感覚で、違うんだと思います。

| - | 17:13 | comments(2) | - |

100歳時代に向けて。高原で、「あわうた」の朗読を。

むかしは、結核で亡くなるお方が多かったです。

もう、結核の死亡原因はずっと低位になりました。

長生きであった日野原重明先生の著書を見ていましたら、

「医学生の時代に、自分が結核で1年間休学して、

復学したら、120人の同級生で、20人ほどが結核で亡くなっていた」

と言う事でした。

怖い病気が結核だったのでした。

日野原重明先生は、運よく、結核の病いから生還できた、

幸運者だったようです。

ジュウヤク.jpg

           <女房は、ジュウヤクを干して、化粧水を作っています>

BCGの種痘のあとも、私の肩にはまだ残っています。

でも、有り難いものでした。

結核の克服のそういったおかげもあり、今や100歳時代、になってきています。

日本政府も、100歳時代にと、備える方向を示しています。
その対応に、お考えを巡らして下さい。
わたくしなどは、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
本当の「国学」の樹立の仕事が、
ライフワークですから、いくらでも、仕事が有ります。

書棚.jpg

お金にはまだ繋がりませんが、やるべき仕事は、多くあります。

この世に生を受けたので、ご恩返しの仕事です。

お金に換算が出来得るのだけが「仕事」と言うわけではないです。

ご恩返しも、立派な仕事だと思います。
それで200歳までと、考えております。

そこで、考慮すべきは、
動物としての人間の原理の事があります。

ヤサン.jpg
       <ヤサン(野蚕)が来ているのを、

        カタツムリは気が付いているのでしょうか?>

筋力などその原動力がいつも必要です。
つまり、動ける力、これが重要のようです。
脳の力のことも、そう成ることかと思われます。
つまりは「筋力」です。
そもそも「脳」も、
筋肉の一種だそうです。って、知ってるお方は、どれだけか?
そう言えば、かつては、わたくしも、お人の名前を覚えるのがとてもヘタでした。
やっと、このごろ、多少は上手になりました。
何でも、慣れと、訓練で御座います。
覚え間違いも多くって、恥ずかしいです。
あまり気にしなくて笑い飛ばすのが秘訣のようです。
もちろん、
わたくしも、
言い間違えも多いですが、
それもお愛嬌です。
何かと関連付けると覚えやすいです。

     <少し暗いめだと、髪の毛が生えてきた感じが、

      お解り頂けますでしょうか?>

          ・
さて、
当面の問題の、目の疎くなってきての視力の事です。
わたくしの7月の初旬からの白内障手術は、
予定がほぼ決定いたしました。
今は、視力の程度が酷いので、これより、
ちょっとでも見えやすくなったら、
それは、大感激でしょうの事です。
執刀医の先生は、万全を期しておいでです。
万が一に、上手くゆき過ぎて、
そんなにも、見え過ぎても 、「皺が見える」っていうような具合の気持ちもあります。

そこまで見えなくてもいいです。
これまでの視力が、私の場合は酷かったですから。
ちょっとでも良くなったら、大成功です!
そこのあたりのご理解は、執刀医の先生もご安心いただけたようです。
さて?
これまでから、どの程度に見えやすくなるのか?

これも楽しみのことで御座います。
執刀をして下さいます先生は、
とてもとても生真面目なお方で、安心しております。

養生の期間には、トレーニングをも考えております。
近所の、
高原のリゾート的な公園にお弁当を持ってピクニック、です。
最寄りの駅から、ほんの少し。
ほとんど、費用も掛かりませずに、有り難いです。

大きな声を出しても、大丈夫。
そこで、「あわうた」やら、
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、
『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の、

朗読を女房とします予定です。
女房も、とても楽しみにしています。
ピクニックで、ヲシテの朗読会です。

            ・
昨日も、
眼科の診察の帰りに、
ウチのカラスのふたり(もう、家族みたいなものです)が、
「お帰り」って、出迎えてくれていました。いつもの、ふたり。

毎朝、ウチに来るハシボソのカラスのふたりです。

カラスにあげる食事も気を使っています。
カラスもそうですが、私たち人間は、もっとの長寿について、
真面目に向き合う事が、
必要だと思うのです。
アマテルカミのお考えでもあります。

| - | 04:19 | comments(2) | - |

うれしい便りの事。『ホツマツタヱ』7アヤまで、暗唱・暗記の事。すばらしい!!! 初夏の麗しさ。

うれしい便りが届きました。
7アヤまでの暗唱と暗記ができた!
と言う事でございます!
すばらしい!!

くわ2.jpg
7アヤまで、暗唱・暗記が出来たら、
もう、大丈夫です。太鼓判!

くわ.jpg
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字のフォントも、お使い下さいませ!
うれしい事で御座います。
わが国の、根幹を直す手立ての、
一歩です。

むぎ.jpg
              <麦秋です。この色もうつくしいです>

何はともあれ、めでたいです。
ふつか、か、三日前に、ホタルを見ました。

用水路の処でです。
もう、ナツも真っ盛りです。

うれしい季節です。
今朝は、クワの実を採っていました。
女房と二人。
近所の人が、何やっているの?
と聞いてきました。珍しい事なんでしょうね。
その人は、クワの実が解からないのでした。

くわ6.jpg
物語りがわからないと、まったくつまらないでしょうね。

それは理解できます。

ちょうど、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

ほんとうの我が国の、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

読むことも、また、書く事も出来ない「いときょう」氏なんかが、

巾をきたすことは、大きな間違いですね。「いときょう」氏なんかは、やっぱりどこかがおかしいです。だって、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の、その文字も読めもしないですからね。

それは、どう考えても最悪。

ですね。

理解の絶対的な慮外の事項だと思うのです。だって字も読めないんですからネ。

やっぱり、古典は原字原文でと言っていますところは、

その意味で御座います。

7アヤまで暗唱・暗記をなさいましたら、

もう、遥かに上のクラスになります、「いときょう」氏なんかよりもね。

             ・
折角の長生きの楽しみのクワの実なのですけれどね。
その人は、ひと粒食べたのですけれど、

残念ながら去っていきました。
所詮はそう言う事が、普通でございます。

さいなら、ですね。

さよなら、ですか。

            ・
それはそうと、
この間から、行き始めたダンスの処で、
わたくしが姿勢を直していたら、
すっと理解してくれた人がいました。「別人みたいだ!」って。

そのひとはおっしゃいますのでした。すごい!

まったく、おシツさまのレベルですね。

くわ1.jpg
まだ、数回だけの顔合わせです。まだ、出合ってひと月足らず。
すばらしい!  の、ひとことです。 歳を聞かれたりしていたら、
そのお方は、80歳だと判明してきました。

「え?」

わたくしには、そうは絶対に見えません。

あの、へこたれ性の無さは、

20代でも、まあ無いでしょう!

それで、気づかいもしてくださいます。
まあ、若干は、わたくしよりも少し上ですが、
でも、関係ないです。大坪併治先生よりもお若いんですね。
ダンスのお友達にも、
かなり年齢差のばらつきは大きいもので御座います。
エミちゃんは48歳だとか。
世の中そんなもので御座います。エミちゃんは、白内障の手術の先輩です。

その後の経過の事、エミちゃんから、もう、そろそろ便りが来るかも?

今度の今夏の私の手術の際の参考になります。ありがたい。

こまかいところ、子細は聞いていまして、

安心してまいりました。エミちゃんがあれなら。

って、そう言う理解が、肉感としてわかってまいります。

お友達が有って、それこそに、あれこれとくわしく解かることも多いです。

| - | 16:57 | comments(0) | - |

左近のサクラの、その品種の事。萌えいつる際の赤い葉の事。ヤマサクラのうるわしいこと。

左近の桜のこと。
どんな品種か?
ちょっと調べても、すぐに行き詰まります。
幾たびも類炎して焼かれては枯れ、また、近隣の品種を植えて来ていた訳です。
『古今要覧稿』には、「一重の時もあり、八重の時もあり」とも、

屋代弘賢(やしろ ひろたか)が言っていますから、
これが、真相に近いのでしょう。

典拠を、屋代弘賢も示していてくれたら有り難かったのですけれど。

結構難しいです。アマテルカミの、その、おミヤに植えられたサクラの樹、とは?

実物を、おがみたいです。


さて、源流にと、もっと古くにもたどるとなると江戸以前の事ですから、勿論の事に、ソメイヨシノでは有り得ません。
ソメイヨシノの品種は、エドヒガンサクラの改良品種ですものね。
つまり、江戸時代の代表的な品種改良の樹が、ソメイヨシノです。

ソメイヨシノは、パッと、派手やかな咲き際でうつくしいです。

でも、

ソメイヨシノの以前の品種は?
では? そうですね、ソメイヨシノの品種の以前が、江戸時代のもっと前からの伝統ですものね。
それ以前に有ったサクラの樹で、
どんな品種が、左近に植えられていたのでしょうか?
ヤマサクラも、品種が多いですから、
左近の桜として植えられてきていた、代表的なサクラの樹は、
どんな感じだったのか? 気になりますね。

ざっとみても、ヤマサクラには、多くの種類が有ります。

ウチの近所の、ヤマサクラの雰囲気です。

サクラ1.jpg
花弁のピンク色の強いのも、かなりあります。

さて、

左近のサクラの事、
絵で書いてい残してくれていたのが、
文化・文政期の広瀬花隠(ひろせ かいん)の絵に有りました。

左近の桜の絵のコピー.jpg
『桜狂の譜』(今橋理子、青玄舎)
広瀬花隠は、多くのサクラの絵を描き残してくれていました。
禁中の左近のサクラの絵は、
文化15年(1809)の3月(旧暦)の作だそうです。
今なら、現行暦での4月頃の話しです。
おそらく、開花を見つつ描いたのでしょう。
臨場感を感じます。そこはかともなく、風を感じます。
時代も、激変にみまわれんとする、
もうすぐ、そこには幕末です。
今に残る最古の、左近のサクラの絵です。これは、紙本ではなくて、絹本です。

絹の布に描かれたので、こまかい所は不明瞭です。

でも絹本ならではの、風は、そこここにあります。かもされるものですね。

西宮市笹部さくらコレクション(白鹿記念酒造博物館寄託)です。
わが国に原生するサクラの品種は、数多いです。
そのなかで、
春先の新芽があかく萌え出つる、
とっても、真っ赤なうるわしい色の、
ひとえの、ピンク色の花弁のやさしい、サクラの樹が、
江戸時代の後期の頃、紫宸殿に植えられてあったという事です。
ウチの近所の、サクラの名所にも、
多くのヤマサクラの樹が植わっています。
おそらくは、あの樹に近いか?
とも思えます。
萌えいずる新芽が赤いんですね。
これが特徴です。

こんなにも赤い萌えの葉は、わたくしは見たことないです。

うつくしいです。
          ・
さて、
サクラの樹のことも、
今では、ソメイヨシノだけが、
一般のお方のイメージに、パッと浮かぶんですね。


これは困った事で、
数千年間、わが国の原生種で固有種のヤマサクラが、
天皇陛下の御座所の南東に植えられてあったのでした。

       <ウチの近くのヤマサクラの名所です。

       広瀬花隠の、絵にあるサクラに近い樹もありました!>

サクラ.jpg
これは、当然の事です。

やっぱり、わが国原生種のサクラです!
アマテルカミの、ウチミヤの東南に植えたのが始まりでした。
こんな大切なことも、『古事記』『日本書紀』は、
抜かしていました。
いわゆる、翻訳削除の記録でした!
『古事記』や『日本書紀』って、本当にひどいんですね。

          ・・

さてまた、

このところ、わたくしのショックを受けたことが御座いました。
それは、「女性天皇・女系天皇」の容認の意識調査で、
80%を超す是認だそうでした。
これこそが、
困った事で御座います。

朝に・夕に、つねに、国民の幸せをお祈りして下さいます、
そのお役目は、
とても、大変で、おつらい事で御座います。
とても、女性天皇陛下様にと、お願い申し上げるのは、
酷なことだと、私は強く思います。
朝の寒い時からの、四方拝も、大変で御座います。
その過酷なお勤めの事、
もっと、
わたくしたちが、良く良く知るべきだと思います。

わたくしの思いは、

「女性天皇」さまもそれは、お勤め過酷でダメです!

「女系天皇」さまも、それは、怪しげな人達が、

むらがってくるので、あぶない!

その意味で、やっぱり、ダメです!

まことに至尊のお方様でしか、

その、お役目には、ムリです。

どうしても。
でも、
そこに、『古事記』の悪さの陰謀が渦巻いていたのです。
「天照大神は、女神だ。」と、『古事記』にも書いてある。
そう言う事ならば、なにを、目くじら立てて「女性天皇・女系天皇」のこと、
言い立てるのか?!
って言うのが、当たり前の理屈になります。
所功さんあたりでも、そんな風に崩れて行っちゃっています。
そりゃそうです。仕方がないです。
勉強したら勉強しただけ、China風に染まっちゃうんですね。

漢字文献に仕組まれた猛毒。

『古事記』『日本書紀』の、仕組まれの猛毒です。

知らずに、使うのが、いわば「愚」なのでした。

これが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」でわかった真実です。
1300年前に仕組まれた、漢字文献に仕組まれたふんわりの猛毒だったのです。

1300年間にも解からなかったので、ある意味、しょうがないです。

忘れ去り行く事柄の事、そう思うと、

スキッとゆきます。
昨今の、「女性天皇・女系天皇」の容認の付加事項を追記するかどうか?
ささいなことから、こじ開けて、わが国の大切な伝統を葬り去りたいんです、
帰化人たちや、売国の人達は。
それにちゃんと立ち向かって下さいます、当面の勇者もおられます。
女性宮家の問題での、有村治子(ありむら はるこ)議員の事、
次回の参議院選挙でも、皆さまのご支持を強力にお願いしたいと、思います。

でも、
「女性天皇・女系天皇」の問題の事で、理論的に、

本当にパシッと決めた事が言えるのは、
『古事記』『日本書紀』を廃して、
その原書の、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を、
わが国の正史に据え変えてからの事です。
どうやっても、この敷居を越えてゆかないと、
どうにも、水掛け論的な時間つぶしでしか過ぎません。

「天照大神は、女神だ。」と、『古事記』にも書いてある。

って言われたら、竹田恒泰さんでも説明に窮します。

本当のところは、

記紀の原書が見つかったので、わが国の正史を、

12代の景行天皇の56年より前のことは、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に定め直すことが必定です。
それには、まだまだ、先が長い事で御座います。
ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、
原字で原文を読んでくださいまして、
わが国の古典のうつくしさを、
本当にお解り頂けますお方の、
おひとりづつの、おひとりづつの、
そのお力が、ネイティブのわたくしたちの、
本当の力の源泉です。
あなたさまのおこころに清らかな泉を湧かして下さい。

なるほど、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、本当の、

わが国の史書。記紀の原書だ! と、お解り頂くには、原字原文で親しんで頂くのが、

どうしても必要だと思います。2000年来初の、発見なのですから、簡単にはゆきません。

ご面倒でも、やっぱり、原字原文。どなた様にも、いつも変わらず、失礼にもあたりますれども、

一体も全体も変わりませぬことで御座います。どなた様にも、変わらず、

原字原文でと、申し上げております。

ネイティブでないと解からない、感動です。

これはこの事だけは、死しても言わずばならない事で御座います。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、真正の「国学」の学会を創り、

大学も創り、国家中枢での仕事にも参画もせねばなりません。

やがては、小中学など、初等や中等教育にも展開も必要にもなります。

まだまだ、先の展開の事で御座います。

              ・

アマテルカミは、男性の、しかもご存命のお方であらせられた、

つまり、

今で言うところの「天皇陛下」であらせあれた。

だから、こそに、とうといのです。

縄文時代の末か、弥生時代の初めのころの天皇陛下です。

そして、大哲学者!!!!!

だから、すごいのです。

この有り難さの事。いくら言っても、わたくしの持てる語彙では表現もつくし難いです。

とにかく、アマテルカミは素晴らしい。

            ・

わが国の原生種の、モモ。

鞍居桃の、少し八重に混じた、ウチに来てくれた品種です。

くらいももも.jpgサクラ2.jpg

          こちらは、ウチの八重のヤマサクラ。

 

本当のうつくしさ、うるわしさは、

こういったところ、に、有るんでしょうね。

| - | 13:48 | comments(5) | - |

地震発生のメカニズムの事。なるほど、って思える理論を見つけました、偶然に。石田昭さんの理論です。 ー追記、天地のうつくしさの事ー

大陸が浮沈を繰り返してきていて、
マグマの対流は、そこに、関与もしつつ、

更に大きな要素は、
冷める・温まるの大原理に拠る所の浮沈に有った。


「ヲ」と「メ」の理論の方が決定的な要素だった。
それがようやくわかって来ました。

大陸は、冷ましであり、浮かぶ要素が大きい。

放射冷却が、モロに効いて来るんですね。

それで、固まって、浮かんでくる、マントルからは。

海洋の地殻は、思いの外に、温かさの温存が図られる、

だから、海洋の地殻は薄くなる。

そういった事だったのでした。

時として、冷えて固まった大きな塊が、

マントルに落っこちると、大地震になって、

ずるっと、薄皮のズレが起きたり逆転してくる場合の事態も起きて、

ポールシフトにも成ったりもする。

また、グリーンランドのような分厚い氷塊によって、花崗岩質の軽い地殻であっても、

圧(お)し沈められる力が働く。

これが、真事情だったようです。
「ヲ」と「メ」の理論。それは、ヲシテ時代も、草期にも結実していた、
素晴らしい事であります。大原理は、ヲシテ時代の草期に確立していたんですね。
わが、「縄文文明」!

「ヲ」と「メ」のこと、China流の「陰・陽」の概念には、やはり大きな違いが有りました。

「陰・陽」には、重いとか軽いのイメージが希薄です。

あるいはあっても、逆理解でした! 「陰」が軽い、「陽」は重い、でした。

「ヲ」と「メ」のほうは、軽い・重いの概念が強くあります。

もちろん、「ヲ」は軽く、「メ」は重り凝る。です。(6-5(11359)))

だから、直訳じゃ、ダメなのですね。

直訳は、魂を売る作業でしかないのです。

さて、

火山なんていうのも、地殻がちょっとぶ厚いところで、

その、隙間や穴ぼこなんかに、染み出てくるマントルのはじっこ。

実は、クニタマ(地球)って、

5000mも掘ったらドロドロの原初のクニタマの状態を保持したまま。

要は、クニタマって、活きているんですよね。

           ・
そうそう、
石田昭さん、まだお若い(女房よりも)のに、
もう、お元気ないのでありましょうか?
とても残念な無念に思いますです。
もっと、長生きで、本当に世のために、
真説の輝きを広めること!

たまたま、数日前に、石田昭さんの事をネットで見つけて、
ご著書を拝読しましたら、
地震の発生の事が、そのシステムの、
成り立ちが氷解して解かってまいりました。
あらためて、
3月11日の地震の映像を、
見ていました。

なるほどそう言う事か!
と、納得してきました。

寄せては帰り、また寄せても来。

余震だって、ゲップするぐらいに来る。

なぜなんだ??!!???
もう一冊、石田昭さんの著書を頼んでいます。明日あたりに来ますかどうか?
何ごとも、原理がわかって来ますと、
無闇な恐れに身をすくめることも無くなります。
現象の発生に対しては、
対処の方法を考える、知恵が働くからですね。

 

          ・・

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、進め方にも、

考えも及びます。常識から、ギャップが大きな場合は、

世間の認知にも、時間がかかります。

要は、ちゃんとお解りくださる、コアのお方々を、どう得てゆくか?

それのみが、唯一のミチでありましょう。

原文の読み書きのできる人を! 

 

ー追記ー

天地のうるわしさのこと。

アメツチの、その、麗しさの事を思います。

このあいだから、クワの葉や、ツボミがおいしいので、

採っては、保存にしています。

冷凍室は、もう、いっぱいです。

今年は、

例年になく、クワを多く採取しました。

夏に、何が有ってもへっちゃらです。

女房も「みつる たこ」です。

もう、わたくしも「みつる たこ」です。

もう、半そでが気持ちいい季節になりました。

今夜か? 明日の夜か? ホトトギスの到着を心待ちにしています。

             ・・

「みつるたこ」のことで、

「みつるたこ」で検索したら、一番に、出て来たって、

今日、来た人がビックリしておられました。

新しい言葉です、「みつるたこ」、引っ張りタコからの、あだ名でした。

「たこ ちゃーん!」て、呼ばれていますからね。さもありなん。

もう、かくれたりとかとは、そんなちょろけたことはしません。

いかに、ご気楽でも、もう逃げれませんです。

勿論の事、八面玲瓏にいたります。

体力も、充実してきました。、まあ、20歳前後の活力はあるかと思っています。

これからの事で御座います。と、わたくしは、そう思っております。

| - | 21:29 | comments(2) | - |

令和の御世の、その代数の計算につきまして。138代と言うのが正しいのでは? ありむら治子議員のこと。

ご奉祝の事。

お祝い申し上げたいと、「ヨロトシ(万歳)」を、

申し上げたいです。

「ヨロトシ(万歳)」としての用例です。

ホ20-33(3956)

ホ26-5(5492)

ホ27-83(7029)

ホ30-24(7888)

さて、また、喜ばしきは、

御代の代数の、本当は、更に長かったことが御座います。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見と研究の成果です。

 

「アマカミ」からのその代数の事。
126代だと言う話が、強調されていますが、
それで良いのでしょうか?
本当は、国祖のクニトコタチさんからの、
その数え方が、本来です。

「縄文建国」が、やっと解かったのです!

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、『古事記』『日本書紀』の原書によってです!
そうしますと、
神武天皇以来、126代に、
カミヨ(神代・上世)の12代をプラスしての、
138代と言うのが、正解になります。
これが本当の処だと思います。
国祖のクニトコタチさまの時代の頃では、
「アマカミ」と、尊称をしていました。
今現代では、「天皇陛下」ですが、
カミヨ(神代・上世)からの名称と融合すると、
具合が良さそうです。
「アマカミ(天皇陛下)」として、わが国風の雰囲気を取り戻すべきでしょう。
『万葉集』のように。

そうしますと、神武天皇以来、126代に、
カミヨ(神代)の12代をプラスしての、
138代と言うのがすっと理解が及びます。
漢字以前のヲシテ時代でも、
「アマカミ」→「アマキミ」→「スヘラギ」
と、
現代の「天皇陛下」を意味する称号にも、
時代の変遷が有ります。

でも、
根幹の処は、何も変わっていませんですね。
国民のためを思って、まつりことを、お執りになって下さる。
国民は感謝をして、尊敬申し上げる。
国祖のクニトコタチさまの時から、

その「縄文建国」の際となんら変わらない。
スゴイ文明だったのです!
そのキーワードが「トのヲシヱ」だったのです。

くわしくは、解説書をご覧願います。

 

           ・

女性宮家の問題で、有村治子(ありむら はるこ)議員の事、

次回の参議院選挙で、

皆さまのご支持をと、思います。

          ・     ・

『古事記』『日本書紀』の原書が、
発見と研究が、
此処まで進んでまいりましたのです。
もう、そろそろ、世間的にも気付いて来て下さいます時期にも、
近付いてきています様な雰囲気も感じます。

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」対策も、

かなり出来てまいりました。彼らからの貶めには、

対応力も付いてきたようで御座います。

その、「偽書遊び」に貶めんとする手口は、悪辣であり、

もう、底がバレました。

 
書籍の出るスピードも、若干早くにも成ってきて参りました。
世間は大きいので、まだまだでは御座います。

「みつる たこ」の事も、上手くご活用くださいませ。
女房は、主唱者です。
また、
「みつる たこ」の発展形も考えたりもしているようです。
石の上にも45年の上にもなりました。
もうちょっとで、半世紀です! わたくしの研究歴は。
もうそろそろ、双葉ぐらいは出て来てもいいですかも?
もう、そろそろで御座います。

 

      ・     ・

追記、さきほど、ウタを読みました。

記載させて頂きます。

  みよひらく 時得て栄え

  トのヲシヱ あらたなふなで

  トコタチのよに

また追記。

四国のおシツさまからおウタが寄せられました。

  ゆつります  のちもみまもる

  くにのこと  あめつちたらの

  みこころにます 

 

  とこたちの  とのをしゑより

  うけつぎの  たねをそたてん

  はなこころこそ

新編に現代に『万葉集』を編んだら、

入れらるべしの、おウタだと思いました。

おシツさまも、近くの神社に参拝に上がるとの事です。

奉祝1.jpg奉祝3.jpg

奉祝2.jpg

 

わたくしの返歌です。

  あけそめの 日はまだみてぬ

  ハルのあめ クワの苗木の

  根の伸びの良く

こちらは、1〜2mm程のシトシト雨で、

恵みの雨です。

数日前にクワの苗木を移植したところでして、

もう、活着は間違いなしです。

令和のクワと名付けます。

犬走りの、コンクリートの際に生えて来ていました。

そこでは、これ以上成育させてやれません。移植が必要でした。

女房が、移植したいと言って来ました。

切れ込みの少ない葉の形です。

日本固有種のクワに近い樹のようです。

クワは、過去に2度、外来の品種を導入しています。

自然界で、交配が進んできました。

ですので、純粋の我が国の固有種は、原種としては、なかなか無いです。

そんな中でも、この苗木は、わが国の固有種のヤマグワの「赤木」に近そうです。

鞍居桃の再顕彰の方も、かなり盛んになって来ました!

わが国風の、本当の再構築に向けて、

これから楽しみです。

それには、大きなキーワードに「長生き」です。

ヲシテ時代のお方々、ご長命のお方が多くって、勉強になります。

今日は、むつかしい語彙の山場のひとつ、

これを何とかクリアーしようと、数日来の練り上げの最中で御座います。

また、試行錯誤の連続で御座います。ホント、このごろ、とみに目が見えにくいので御座います。

               ・

テレビは有り難いですね。

ご継承のおん事。

謹んで拝聴させて頂いていました。

ミクサタカラの、その本当の意義と意味について、

まあ、そのうちには、

御下命で、講申のこともあるような事になるのかも?

記紀じゃ、『古事記』『日本書紀』では、

まったく、しょうがないです。

それを待つにも、「長生き」です。

今日は、たのしみの大野豆富さんから、来ました!

タケノコをおまけに入れて下さいました。

おいしそう!

さらに、さらに、初めて見る「生あげ」も!

これは、美味かも?

大野豆富さんの「おぼろとうふ」、絶品です! ほんとうにおいしい。

5月4日が賞味期限ですけれど、今日が美味しいです。

どうして?? 味の劣化があるのか? 不思議です。

年齢を重ねると、栄養吸収の能力がおとろえてくるので、

栄養分を、若い時よりも多めに食べてこそ、体力維持が出来ます。
 

| - | 11:47 | comments(2) | - |

「みつる たこ」のTシャツを作りました。「トホカミヱヒタメ」のヲシテ文字の守り入りです。

引っ張りダコから、「みつる たこ」の八面玲瓏の、
守りのTシャツを作りました。

八面玲瓏は、世阿弥の能の「野守」に出る言葉です。

うつくしきこと。最高のレベルで、

解かりあえますね。

いくらなんでも一年間ぐらいは、はじめの感覚のそんなことです。

 


春日の杜を守る「野守」が言うには、
小さな池の「野守の鏡」が有るんだとか。
その小さな池の鏡は、大宇宙の果てからも、
大地の奥底までをも、すべて映し出す、
八面玲瓏なんだとか。
その清らかさを持ってしてこそ、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の進展はあるんだと、
四国の合田さんが、お名付け下さった称号です。

それでこそ、守りが幅ひろいのです。

 

「トホカミヱヒタメ」は、季節の守りでもあります。

トホカミヱヒタメの説明文.jpg

添付を致しました説明文には、ていねいに、くわしい解説もしています。

先日の、京都のヲシテ講習会で、早速にご着用して喜んで下さいました!

みつるたこTシャツ.jpg
八面玲瓏の言葉にすっと導かれて、これからも進めてまいります。
アマゾンで、
「みつる たこ」Tシャツを、お頒け出来ます!
https://www.amazon.co.jp/dp/1100000100?ref=myi_title_dp

ネックのタグの「S」の寸法表示が、

女性用の「M」寸にちょうど良さそうです。

どうぞよろしくおねがい申し上げます。

引っ張りだこの、心配から、一時は、目立たない服を着てゆくような事でした。
それでは、間違っていて、それはならじと、やっと、思いが抜けて至りました。

「八面玲瓏」の境地です。
修正の展開は、一種の分身の術で御座います。
そこから公案の結果、出来ましたのが「みつる たこ」八面玲瓏のTシャツです。
どうぞ、どうか、ご愛用のほどをお願い申し上げます。

 

明日は、ダンスなので、「M」寸を着て行こうか?

とも、思っています。暑くなっても参りました、少し動くと、汗もかきます。

ちょっと汗かくぐらいの運動をしてこそ、「動物」ですから、

何万年来の本来です。この、楽しさを満喫し得てこそうれしいです。

 

  ー追記ー

結果です。美人の着用とは、桁外れ。

目の下の赤いのは、糸ムカデにやられた、赤みです。
決して、お酒のせいではありません。平成の時代の、最後の厄落としのようです。

笑らかされたようです。どうやっても、目の下の、ムカデは消えませんでした。

あと、2週間は、こんな状況でしょうね。

 

フヂの花が美しく。

フヂ.jpg

フヂ1.jpg

法泉院さんの、ボタンです。

初夏のおとずれも、もうそこです。

ボタン、あでやか.jpg

あでやかさの、ボタンなど。さまざまに、うつくしい。

これからのボタンも。

ボタン、やさいい.jpg

ボタン、塀の高貴さに.jpg

 

 

 

| - | 09:39 | comments(1) | - |

『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の重版出来! 「あわのうた」の原理が解かります!

『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の
解説書の、


『よみがえる縄文時代 イサナギ・イサナミのこころ』
ー新発見 ミカサフミ ワカウタのアヤ
アマテルカミが解き明かすー

という、かなり長い表題の書籍を、
やっと、重版出来! 出来ました。
重版出来の読みは、ジュウハン シュッタイだと言うそうです。
重版に当たって、手直しは、ほとんど出ませんでした。

展望社、池田 満です。書店でもお取り寄せできます!
よく、
新発見から、2か月ほどで書き上げたものでした!
四国の合田さんのお力添えが有ってこそでした。

今から思いましても、神がかったほどの取り組みで御座いました。

それでいて、修正箇所は、ほとんどない。すごいことでした。
国語の原理の事が、
『ミカサフミ ワカウタのアヤ』に、
幾つもの新知見を開いてくれます。

アマテルカミと、妹君のワカヒメさんとの、やり取りの会話が、

たのしいです。

妹君でも、実は、年上なのですね、ワカヒメさんって。

解説でいろいろ、初めて見て貰う人にも分かるように、

くわしく説明をしました。

年上の妹君のワカヒメさんと、学力の差が、大きく開いたのは、

アマテルカミって、留学先のトヨケカミにじきじきにご進講を得たからですね。

アマテルカミの、母上のイサナミさん、その父上がトヨケカミです。

ですので、おじいさま、祖父にあたるのが、トヨケカミです。

はトヨケカミは、すごいおかたでした。

ご学友のヨロマロさんも居たのも、良かったのでしょう。

ちなみに、ヨロマロさんは、後のヒタカミのカミです。

タカミムスヒを継がれます。

おそらく妹の、タクハタチチヒメさんが、

アマテルカミの次代のアマカミのオシホミミさんの、おキサキになられます。


どうぞ、お手元に!

「あわのうた」の原理が解かります!

 

なぜ? 「あわうた」なのか?

絶対に必要な本です。新発見の原理が満載です!

そりゃそうで、ございます。

『ホツマ ツタヱ』だけじゃ解からないはずです。

『ミカサフミ』の、奥の院を見なくては、

真実の真相にはたどり着けないんでした。

絶対に、当たり前でした。

これが良く解かります。

世には、「ほつま」「ホツマ」って言って唱える人も多く居られます。

勿論そうです。「ホツマ」は、「よよのおきて」であり、常識的なベースのラインの理解です。

その先に、奥の院のような、『ミカサフミ』!

すごいことです。

わが国の、漢字以前の大文明!!!

これを、はっきりと理解出来得たのが、 

『ミカサフミ ワカウタのアヤ』でした!!

すごい、新発見、最新の発見の本です!

 

『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の発見で、むつかしかった、

「あわのうた」の本当の原理が、正確に解かったのでした!!

 

それは、今にも明瞭に、思い出されてまいります。

2012年の暮れのクリスマスの日に、わたくしに知らせて貰った、

おおきなおおきなビッグのプレゼントでした。

びっくりしたわたくしは、もう翌日の満月の夜には、

河口湖の大橋を渡っていました。

あの、天空にのぼっていた、丸いうつくしいお月様を思い出します。

照らし出される、河口湖の湖面もうつくしい。 

あの日あの日のことを思い出します。

そこからの怒涛の日々の連続でした。

わたくしの人生にとりまして、とてもビッグな周密な出来事です。

長年苦しんできていた「あわのうた」の原理が、

すっと、氷解した、その一瞬の日々でした。

40年来の、苦しみの末の、氷解です!

すーって、きましたですね。

さすがの、わが、「縄文建国」からの伝統だと、

感嘆でございます!

本当に本当に、わが国は、漢字以前に大文明だったのです!

『よみがえる縄文時代 イサナギ・イサナミのこころ』
ー新発見 ミカサフミ ワカウタのアヤ
アマテルカミが解き明かすー

よろしくお願い申し上げます。

 

  

ー蛇足のお話しですー

アマテルカミのご留学の際の事を、考えていました。

タクハタチチヒメさんの、「スズカヒメ」という、マコトナ(実名)を、
アマテルカミがお名付けしておられたのですね。(ホ13−27)
で、今考えましたらば、ヒタカミの留学先での事だったのでしょう。

アマテルカミの、留学先のご滞在地のアマツミヤは、

涌谷町の黄金山神社のところ。だと思います。(金華山に当てるのは、大間違い! 砂金が採れるから、ホ11−24の記述にもぴったり当てはまるのです)
アマテルカミの、そのご命名は。
「スズカヒメ」良いお名前です。
長じて、織物の上手な「タクハタ」の称し名と、「チチヒメ」さんのお名前は子育て上手でしょうか? そして、夫君のオシホミミさまの崩御の後には、アマテルカミにお仕えに行かれるんですね。

タクハタチチヒメさんの、お産まれの時からの、深いつながりです。
それだから、お伊勢さんに、同床同殿にお祭りされているわけです。
お墓の処は、三つ子山。鈴鹿川の源流のお山です。
三つ子山は美しい!

| 日本史・国語 | 10:00 | comments(6) | - |

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