相手の事を思う、「カリ(雁)」のこと。

  雁にても はてるかなとも
  このふゆに ととまると思う
  あのときのちきり

 

むつかしい、理解のことは、あれこれと御座います。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、

記紀の原書ですから、どうみましても、大切極まり無き事で御座います。

 

そうそう、

本質について言えば、もっと古く2000年来の、

いや、3000年来か、さらにはもっと、もっと古代からに遡るのが、正しいかも知れませんね。

すくなくとも、6000年は。

それはそうです、『古事記』『日本書紀』の翻訳前の原書ですから。

わたくしの取り組んできていた文献学と、

その、別の筋道の、現物の発掘での取り組みが明治以降に、

それを、考古学が発掘の地道な調査で明らかにしてきて下さっています。

鳥浜貝塚の遺跡って、12000年来のタイムカプセルですよ!!

ホント、縄文建国の時代の優雅さを彷彿とさせてくれています。

スゴイ発掘物が、鳥浜貝塚から出て来ています。

スコップと移植ゴテやハケで、極めて精緻な櫛も発掘して下さいました。

もうもう、もう、10000年は超えたすごい漆塗りの朱に彩られた精密な櫛であったり、もう、ビックリです。

わたくしの、6000年来って言う表現は、極めて、控えめに言ってもそうであるという、

その意味での、6000年の「縄文建国」の年代の表しの仕方です。

九州の東名遺跡の、その発掘の成果にても、また、

縄文文明の、10000年説は、確たる証拠の根拠になりつつあります。

いったい、わが国の文化・文明って、

どれほどにすごいのか?

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」でわたくしの考えているよりも、

考古学の発掘で明らかになってきている、事実も、さらに、凌駕をしてきています。

漢字が渡来してから、文化が生まれた。

だっていう、

バカみたいなパラドックスに、

もう、おさらば! したいですね。

ここが重要です。China丼からの卒業です。

なんでもかんでも、漢字に訳してからモノを考えるからChina丼になっていたのです。

まあ、

おさらばしたいですね。その1300年余のばからしさ。記紀、特に『古事記』の誤訳の多さは極め付きです。外国勢力や、おもねる、曲学的な阿世の人達も多いです。

 

勿論、考古学の発掘と進展によって、もっと、確定的に言える年代も更に遡ることは、

わたくしの希望的な観測にも、おそらくは、倍はゆくんじゃないか?

つまり、概略的には12000年の建国とか、10000年建国説とか、そう言う議論の勃興に期待をしています。

まさに、これからの世界をリードして先導してゆくべき、

それは、わが国の叡智においてしかない。

 

さてさて、

文献学からの解析の事で御座います。

「カリ」と「カモ」 との区別の事、
これも、極めて不思議なのです。

「カリ」とする水鳥はどこまでか?

「カモ」もどう見たって、そんなにも、変わり映えもしません。

カルガモだっていますし、どこから、どこまで、「カモ」「カリ」の区別に、

どういうように、峻別をすべしか??

「カモ」というのは、雁行をして帰ってゆく種類とは別と考えていたのか?

この差をどう考えるかですね。

カモのその、現在に生物学的な分類の種も、バリエーションが複雑です。

さらには、ふるい時代に因っても捉え方も変化があってもおかしくも無いはずです。
「丸刈りのパラドックス」にも通じます。簡単ではありません。

だからむつかしいのですね。

             ・・

さて、古来、ヲシテ時代の初期の頃から、
「カモ」は、水鳥の自走する象徴にとられています。
「カリ」は、「カワカリ」とも典拠にもありますが、

これは、ヲシテ時代の中期にある典拠にその根拠を確定することが出来ます。

ヲシテ時代の晩期にも、ヤマトタケさまのご葬送にも、

「カリ」のことは典拠としてあります。

「カリ」は、その雁行のイメージが奈良や平安の時代にも濃厚です。
ヲシテ時代中期の「カリ」と「カモ」 との区別の事はどうだったのか?
私にはまだよく見えておりません。
と言いますのも、
「カリのヲヤ・コ」のお言葉を、ヲシロワケさま(12代スヘラギ、景行天皇)が、おっしゃっておられるのです。

(ホ40-81(10716))
まだ、おこころについて、そのお言葉の内容が良く解かりかねています。
「カリ」は、マガン(真雁)は、大陸で子育てしますので、親子の事を見聞きはむつかしいものです。
でも、子供を行儀よく連れ立って歩くカルガモは、現代にも話題になります。
親子の連れ立つようなしぐさを愛でるなら、カルガモでしょうね。

そのイメージを、「カリのおやこ」のお言葉として、ヲシロワケさま(12代スヘラギ、景行天皇)がおっしゃっておられると理解すると文脈が通るのです。私も納得です。

で、そこで、気になるのが、
「カリ」と「カモ」、ほんの微妙なニュアンスの違いの事なのですね。
これが、実際の事にどう結び付けて考えるのか?
結構難しいのですね。

とにかくも、「カリ」は、夫婦のキツナが強いのだそうです。
プレーリー・ドックのような。

「カリ(雁、マガン)」は、夫婦間のキヅナが強くて、

本来は、大陸に帰るべきその季節に、

パートナーが不具合だと、

もう、もう、帰還をあきらめちゃうケースも見受けるのだそうです。

すごいですね。

それのことをおっしゃってのことなら、

ホ40-81(10716)

 

の「カリのヲヤコ」の意味にも納得ができるのです。

それで、ウタを詠みました。

 

いつだって、

はてるとも、そう思い、

その時をうつくしく、

自分自ら、うつくしさにさわやかに思う事がしあわせなのかな?

でも、でも、

ヲシテ文献みたいな、すごいものに出会ってしまったら、

生ある上は、そのイノチのあるうえは、

看過も出来ないワケでして、

出来得る限りの仕事は、

取り組んでゆく。

そう、わたくしのスタンスで御座います。

なにしろ、アマテルカミにせよ、

初代のクニトコタチさまにせよ、

すばらしいのでありますから。

 

「曲学阿世」って言葉は、

今村流とか、鳥居礼流とか、いときょう流とか、

直訳のひとたちに、ピッタシだと、わたくしはそう思います。

なにしろ、「China丼」からの説き起こしですよ。

おなかがペコペコの時は、天津飯もとってもおいしいです。

辛い、マーボドウフもおいしいですね。かなり辛い料理も、わたくしは大好きです。

そうなのです。

でも、直訳したら「China丼」から、説き起こしなので、

支那料理の、ベタベタからのアレンジになっちゃいます。

和食の爽やかさ、それを、ギタギタのChina料理にして、

そうだ、あんたらは、これを有り難く食えって、そう言うわけです。

でも、わが国は、もっと前の数千年も以前から、さらに美味しい食べ物で食卓を彩ってきていたんですね。

おとしめ族は、そこを、あげつらうわけです。

もっときれいなお皿を、ってなふうに。

小さな瑕疵を、あげつらうのですね。

やられてしまうひとも、当時にも、続出。

いまも、ルーピーとか、いっぱいいます。

 

そう言ったことで御座います。。

さわやかさのうつくしさは、

消されてしまう、

そういうようなことが、

どうしても多いですよね。

あー、これが、1300年来のあやまりだったのです。

漢字文への直訳で、本当の、わが国のうるわしさが消されたのです。

翻訳削除です。

やっと、

この、誤謬に、大間違いに、

ただそうと、訂正してゆこうと、そう言い始めて、

やっと、50年です。

まだまだ、で御座います。

そう思います。

どうぞ、ご安心ください。わたくしは、生ある限り、まじめにやってゆきます。

そして、継いでくださいます、おこころざしのそのお方様も、着実に増加してきてくださっています事を、如実にわたくしも理解をしてきております。

さすが、

ヲシテは、ほんと、

ヲシテは、永遠ですよ。

掛け値なし。

で、絶対に騙されないキーワード、「ホツマ」「ヲシテ」の文字が読めますか?

この、呪文をおっしゃって下さいませ。

95%のおかしげが、篩(ふる)い除けれると思います。

そもそも、95%が大体おかしい場合が通常です。

 

 

| - | 16:09 | comments(2) | - |

記紀原書の発見から、長命の記事のリストです。『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、長命の事をピックアップしました。

記紀の原書の発見と、現代研究の始まりの事ですから、
この、現代のこの50年は、
わが国の歴史認識においての、
ドギマギのランクをはるかに超えたる出来事でした。

そのなかで、長命に関する記事の確認が幾つもあります。

記紀の原書ですから、事実として、受け入れてから考えるべしです。

かなり、ご長命の事がうかがわれます。

アマキミ、あるいはスヘラギの、ご宝寿の事は、『ホツマ辞典』を見てもらえば、

「年表」で、すぐに、わかります。それ以外で、目立つところの、

アススのコヨミで確実なところを、リストにしましたのが、

上記の、表です。

健康長寿の、その、支えの参考になるかと思いました。

            ・・

ご長寿のお方々の、ひとこと解説です。

 

ワニヒコ、『ホツマツタヱ』の28アヤ(章)までを編集した人物。クシミカタマとも言う。ワニヒコが28アヤまでの記し染めた書物(巻子本、おそらく絹本であろう)は、アハのアカタ、つまりアワミヤに納めおいたと記述がある。(ホ28-110(7515)、ホ40-96(10778))アワミヤの場所が何処だったのか? 議論百出の現在の状況である。飛鳥時代にも活躍した三輪氏、大神氏の源流の祖先にあたる。カンヤマトイハワレヒト(神武天皇)の、ヤマトウチ(二朝廷並立の統合、漢字時代になってからは直訳的な「東征」とも)に重要な寄与をしたミギのトミ(右の大臣)。代々のミギのトミで、初代がソサノヲの子のオオナムチ。国家の平穏と平和をつかさどるのが役目。

 

アメタネコ、『ミカサフミ』の前半の方を編集したと、推察される人物。『ミカサフミ』は、現在の発見分が約2割程度であるため、アメタネコがどの程度の編集に関わったのかの詳細は未詳。平安時代に藤原氏となってゆく、源流の祖先にあたる。国家の、行く末を見つめ、大きなタテ(経て)の道筋の間違い無きを保つのが仕事。

 

イキシコメさま、9代スヘラギのフトヒヒさまの、正皇后になられた。イカシコメさまのお名前も以前にあった。かなりの魅力的なお方様であられたと、推察される。クレオパトラも楊貴妃も、それは、大して目じゃないほどだったようだ。イキシコメさまは、もっとすごいのが、さらなるご長寿。とにかくもすごいお方様であられた。ヒトとして、この世に生を受けたのだから、イキシコメさまのことは、わが教訓にとすべきか?(スヘラギは、神武天皇以降の天皇陛下の事を示すことが多い言葉)

 

トヨスキヒメさま、初代のミツエシロ(伊勢神宮の斎王)のお方様。

 

ヤマトヒメさま、二代目のミツエシロ(伊勢神宮の斎王)のお方様。伊勢神宮の再興を為されたお方様であられる。

 

ヲシロワケさま、12代のスヘラギ。漢字時代になってから景行天皇と、呼ばれて、こちらのお名前の方が現代の私達には、なじみが深い。ヲシテ文献に記載のある最後のスヘラギ。ヲシテ文献の記載の後になってから、ミヤコ(首都)をヲウミ(近江)にお遷しになられているのが、『日本書紀』の記載に載っている。外国からの情勢が緊迫してきている事を指し示していると、推考できる事柄だ。ヲシテ文献以降は、『日本書紀』など、漢字文献に拠ってしかわが国の歴史は辿ることが出来ない。

 

ヲヲカシマ、『ミカサフミ』の最終の編集をした人物。平安時代に藤原氏となってゆく、源流の祖先にあたる。激動の、漢字の流入を余儀なくされて来る時代に、切羽詰まった「国士」的な思いから、高齢をおしても、『ミカサフミ』の編集に命をささげた人物であると考えられる。さすが、「ヒタリのトミ(左の大臣、臣下の第一番)」の重責を、一身に受けて、最高齢の活躍も、まだ未だしの思いが、ヲヲカシマさんのこころの内であったと、わたくしは推察する。祖先の、その深い世界観・哲学の境地にまだ辿り着けていないと、忸怩たる思いはヲヲカシマの胸に去来していた事だと、わたくしのそう思うところだ。もちろん、わたくしも、ヲヲカシマさんのところに一緒になって苦しんでいるからそう思うのである。

 

オオタタネコ、『ホツマツタヱ』の最終の総合の編集をした。タタネコとも、ミワのタタネコとも言う。飛鳥時代にも活躍した三輪氏、大神氏の源流の祖先にあたる。先輩のヲヲカシマに、常に強い影響を受けていたのがオオタタネコだったのだろう。代々の「ミギのトミ」としての重責を、『ホツマツタヱ』の最終編集の仕事に燃え尽くしたと言えよう。どうみても、高齢に鞭打ってもの、先輩のヲヲカシマと、相携えての切羽詰まった緊迫感のこの、大仕事が『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』、また、キミ(ヲシロワケさま)にては『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の最終の編集の仕事だったわけだ。切迫しつつある状況、今にも眼前に見るようだ。

| 歴史から長寿・健康まで | 23:15 | comments(2) | trackbacks(0) |

『古事記』『日本書紀』の原書の発見。「ヲシテ国学」の構築の事。

『古事記』『日本書紀』の原書の発見と、
その現代研究の事が、
此処まで進んできているのだと、
そう、わたくしは、まじめに、
訴えて、ずーっと四十六年来に来ています。

『定本ホツマツタヱ』、『ホツマ辞典』や、『ホツマツタヱを読み解く』などの出版で、

根拠をくわしく述べ得ております。もちろん、解説書も多く出版しております。

でも、

世の中は広いので、広くには知られていません。

ほんと、世の中は広い事で御座います。

今朝の、「日経新聞」の「私の履歴書」の前橋汀子さんの話でも、

バイオリンのソリストにナタン・ミルシテインと、言う立派な人が居たことを、

わたくしは、初めて知りました。

 

              ・

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」が、ここまで、

発見後の現代研究で、此処まで解かっても来ましたけれど、

一般への、ちゃんとした普及を阻んでいるのは、

直訳の、安直訳文が演出した「偽書」としての広まりのためでした。

 

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」が悪さをしていたのです。


鳥居礼など「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の族の人達が、跳梁したがために、
悪いイメージを及ぼしてしまいました。
松本善之助先生は、苦虫をかみつぶした表情でしたですね。

直訳にと、その偽書作りは、敗戦後に、はなはだしかったですね。

せっかくの、記紀の原書のその、大発見なのに…。

悲しいものでございます。

それが、敗戦後以来の悲しい真実で御座いましょうね。

 

                 ・


とは申しましても、
当時は、まだまだ、「縄文哲学」の真相については、解明の以前だったことも、残念ながら、事実で御座いました。

このあたりに付きまして、

『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助、展望社、池田 満編)に、

解説に記載を致しました。
やや、
「縄文哲学」の全容を明らかにし得たのは、
『ホツマ辞典』の出版の時点のあたりでしょうか。

これを読んで、馬野周二さんが、わたくしに話を聞きたいと、

すっ飛んでこられました。

それで「第一人者」だと、馬野周二氏が認定をして評価を下さいました。

また、松本善之助先生からのご評価はこちらをご参照ください。
もっと前には、『ホツマ神々の物語』において、大まかには示し得ていまして、この本は、再出版しまして『ホツマ縄文日本のたから』(池田満、展望社)として、再版を繰り返しております。おかげさま。もう、今回で5刷目になります。前版の『ホツマ神々の物語』でも3刷りですから、合せますと、8刷りにもなりますか。松本善之助先生のご評価も、とても、抜群で御座いました。

考えてみましたら、松本善之助先生の脳血栓など大病のその以前に、

ご評価戴けました書籍は、わたくしの、処女出版の『ホツマ神々の物語』のただ一冊だけでした!
ヲシテの真実性が、すこしづつ世に浸透してきて来ましたら、それこそ初版本は希少価値のプレミアが付くような事にもなりましょうか? あれ、もう、わたくしの手元にも少ししか無いです。



そう言いますれば、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、

『カクのミハタ(『フトマニ』)』の「ヲシテ文献」の解明にも、
新解明のアイデアが少しづつ現われて来ています。時代は、進みます。

3000年来の不思議の宝物のトビラも、

少しづつ、すこしづつ、開いていっております。

 

わたくしは、ちゃんと、作り上げてゆくだけで御座います。

ご評価のことは、それは、あくまでも、世間様のご判断で御座います。

一応は、松本善之助先生や、馬野周二氏のご評価も頂いておりますが、

まだまだ、まだまだ、先の山は「ヲシテ国学」の樹立ですから、

もっともっと、大きな仕事が待ち構えています。

          <今、取り組んでおります、「助詞」の研究です>

             ・

でも、でも、

よく考えましたらば、

この、ここ15年で、

随分の「ヲシテ国学」樹立への深化の解明が起きて来ています。

あと、20年あれば…、

と、思います。

せめて、10年ですね。

「ヲシテ国学」の大まかな樹立には、根幹のところが、見えても来つつ御座います。

まじめにやっていれば、こそだと、そう思います。

もっと、明瞭になってくるまでの、あと、10年か20年ほど、

それまで、どうか、

木簡の様な確定的にわかる発掘材料の掘り上げは無い事を願っております。

        <京都のヲシテ講習会の写真です>

もう、すこしで、文献学的には、あと少しで大きな山場が越えられそうで御座います。

何と申しましても、

文献学でしか、精密な思想内容にはくわしくたどるすべは御座いません。

掘って出てくるモノには、精神性の概念は、どうしても、希薄ですから…。

 

| 日本史・国語 | 07:39 | comments(8) | - |

アメミヲヤ(天の御祖、Mi woya)のこと。本当に高度な、とても精緻な哲学の内容に裏付けされています。天地開闢(てんちかいびゃく、あめつちのひらきはじめ)とも密接に関連しています。さすがの、縄文土器のあのすごさの時代性と、まさに、同一時代性を感じます。

フジバカマと、アサギマダラの蝶です。

 

        <京都の法泉院さんで、今朝(10月21日)に、

         フジバカマの花に来たアサギマダラの蝶です。

         多くのフジバカマの花が咲いていて、

         昨日は、良い香りにホワッとほだされていました。

         アサギマダラも、良い香りに惹きつけられるのでしょう>

漢字の渡来のしてくる以前は、文化や、文明の以前だったと、
そう、
1300年来に言われ続けて来ていたので、
もう、無反応のパブロフの犬の条件反射になってしまっていましたが、
本当は、そうでは無かったんですね。

本当は、わが国って、ものすごい文明国だったのです。

「アメミヲヤ」のこと、(天御祖)のことは、『ホツマ辞典』と、

『縄文人のこころを旅する』に、詳しく書いていました。

ともに、池田 満、の著で、展望社の刊です。

何回も増し刷りを、増版ですね、

増し刷りを何回もという事は、それなりに、ご評価を頂いているという事だと思われます。

 

わが国の、本当の素晴らしさとは、やっぱり、素晴らしくもすごい事だと思います。

 

それも、縄文時代の前期からの事です!

もう、もう、6000年来の大文明国だったのです!!!

     <アサのヒの光りに、シベ(蕊)がかがやいていました>    

それを、ねたんで、ねたまれて、

渡来人たちや、その風潮に迎合する人たちからの、貶めのプロパガンダで長い間やられちゃっていたのですね。

知らず知らずのうちに、China風に悪しくにも染められちゃっていたのですね。

1300年の余りの長い期間のうちにも、です。

それがやっと解かってきたのは、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、

『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の現代研究が進んだからです。

『定本ホツマツタヱ』や『ホツマ辞典』などの出版に拠ってです。

アメミヲヤ7.jpg

        <天地開闢のことは、『定本ホツマツタヱ』の15ページに記載しました、

         「7か所の比較」が考える上での基本になります。

         ことあるごとに、わたくしは考えるために、

         このために、拡大コピーをして座右に貼り付けています。

         何回考えても、むつかしいので御座います。

         それだけに、わが国の漢字以前の文明は、とても高度だったのです。

         「直訳」なんてChinaまぶしをやっていたら、

         とても、わが国の縄文時代のすごい文明力なんて、

         解かる訳も御座いません。

         Chinaまぶしの直訳は、吾郷清人、鳥居礼、千葉富三、

         あるいは、今村聡夫、「いときょう」、大江幸久などなどの各氏です。

         きのうも聞かれましたので、宮崎貞行氏も高畠精二氏も追加して記載します。

         さてさて?

         聞いてみて下さい、かれらは、ヲシテの文字の読み書きも、

         満足には出来ませんよ。それで、専門家って? 言えると思いますか?

           

         べべさんの取り組んで頂いています、教養課程の敷居を、クリアー出来たら、

         名誉回復の事、大いにさせて頂きます。わたくしも、強く願ってもおります。

         わたくしの主張しています事は、極めて簡単です。

         ホツマ文字の事、ヲシテ時代の事を云々して論を言うなら、

         ヲシテ文字の読み書きが出来て来てからですよね!!!

         って、本当に簡単な主張です>

やっと、本当は、わが国は、縄文時代の前期頃から素晴らしい国家を築いていたのだ。

って、やっと、解かってきたのが、ホンに『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』)など』の「ヲシテ文献」の発見と現代研究の始まってからです。

                ・・

    上の「7か所の比較」の表に、貼り付けてある、「長さの換算表」を掲げます。

    「トメヂ」の長さの事についての考え方です。

    『ミカサフミ』に詳しく記されています。

    「トメヂ」の長さの単位が、38サトにイコールだと言うのです。

    すごい、高度な数字も、天文学も進んでいたのですね、縄文時代は。

    クニタマ(地球)の周囲長の365分の1の長さを「トメヂ」と規定していたのです!

    クニタマ(地球)の直径は、114トメヂとしていて、

    ほとんど、円周率のパイに近い数字です。365÷114=3.2018 

  

                ・

もちろん、考古学の発掘からは、縄文時代に、すごい文化・文明があった!!

って、そういう報告はありましたけれど、

Chinaからのおもなプロパガンダの本の『魏志倭人伝』に、

もとを、たどろうとする、

敗戦後の、あの悲しい、そしてひどい自虐史観の感覚の蔓延のもとでは、

あああ、ああ、そういうことで御座いましたです。

本当に、ほんとうに、悲しい事で御座います。

 

                ・

 

さてさて、わたくしが、

この仕事に取り組み始めて、もう、わたくしは研究46年目になりました。

早いもので御座います。あっと言う間で御座います。

池田 満.jpg

   <京都のヲシテ講習会の

    平成30年9月15日の時の写真です>

どうして?

わが国のその凄い真実の事かって?

余りにも、多い新発見の数々の中でも、きわめて白眉なのが、

「アメミヲヤ」のことです。

             ・          

それが証拠には、
「アメミヲヤ」って、

50年前には、だーれも、知らなかった大事実です。

「アメのミヲヤ」とも言います。

さて、

日本は広しと言いましても、

50年前には、「アメミヲヤ」って、だーれも知らなかったのです。

このような、大きな理解が、わが国の古い時代、

それも、縄文時代に有っただなんて、

誰が、いったい、ひとりとしてだれひとり想像出来ましょうか?!
すごい概念が、漢字の渡来以前には有って、
それで、
わたくしは、心底のことから大感動したわけで御座います。

かんぴょうの水差し.jpg

          <カンピョウの水差しです。

           池田 満の作。女房の焼き>

もはや、

どうしても、この大感動は、わたくしのこころの内にだけにとどめるべきモノではない。
その大感動を、どう伝えるか?
それが、『縄文人のこころを旅する』(池田満、展望社)に、
もう、やむにやまれぬ気持で書いた訳で御座いました。
さいわい、
このところ、やっと、ご理解くださいますお方様も、
お出でて下さいます。
ありがたい事で御座います。

やっと、いまに、本当の真実の理解を分かち合える。おおよそ、2000年来からの稀有な出来事です!

わが国の、本当の素晴らしさがここに、現代、どなた様かとも共有の認識に至れるうれしさで御座います。

とにうるをえる.jpg

                ・

それにつけても、思いますのは、
漢字の、それも、現代風の現代語の概念での、直訳の当て付けでは、
わが縄文時代の、あの高貴さの、あの、とんでもなき美しさの世界観を、

地の底までも貶めるような所業なのか???

とても、あの素晴らしい漢字の渡来以前の高貴で高度な世界観は、

直訳の当て付けの翻訳では、

多く見積もっても、5%も再現なども出来ません。

かえって、
GHQのペンキの塗りたくりの貶めに、してしまっちゃうのです。

酷い貶めで御座います。

それが、直訳の現代漢字の仮名交じり文の簡単のコピペの当て付け作業です。

ひどいんですよ!
さてさて、
考えてもみて下さい、
縄文土器の素晴らしさの、あの、火炎土器に、
真っ赤な、サイケな色のペンキを塗りたくられたら、
どうでしょうか?
わたくしは、唖然としてしまいます。

憮然としてしまいます。怒りの表情にも出て来ますよね。

国宝ですよ!

それに、ペンキの真っ赤を塗りたくるなんて!?

せめて、

せめては、
朱の、水銀朱の、あのうつくしさの色に、
彩って下さいよ!! って、どうしても、声を出さずにはいられません。

少々の問題点には、まあまあ、と、言ったりも出来ますが、

わが国の貴さに、尊厳に、これを貶めてくるひとたちには、

断固として、わたくしは立ち向かいます。だって、世界に類を見ない、素晴らしさですよ。

どうしてどうして?? 貶めたいのか? わたくしには理解不能で御座います。

「(アメノミヲヤの) なすイキは きわなくうこく」の書です。

典拠は、『ミカサフミ』にあります。(ミ6-3(11351))

「アメノミヲヤの なすイキは
きわなくうこく」
と『ミカサフミ』の「タカマナルアヤ」に記されています。
また、他の用例では『ホツマツタヱ』14アヤには「ウイのヒトイキ うこくとき」とも記されています。(ホ14-9(2383))
「キワ」とはどういう意味なのか?
単に「際立った」とかの現代用語の「際」に当てて良いのかどうか?
とても微妙です。他の用例とも勘案して、また、文脈にも良く熟慮して考えてゆくのが、直訳からの卒業の方法です。『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の読み方は、現代語の感覚に即の当て嵌めをしない事が大切です。

 

      <勉強のためにいろいろとやっています>

そうなのです。
漢字の渡来以前ですから、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の時代はですね、
簡単な、直訳の漢字当て付けでは、齟齬を生じさせるばかり、
誤訳を創るばかりです。

「トのヲシヱ」の「ト」の概念を、

「赤い玉」の「瓊」の漢字に当てたら、100%バカみたいでしょう!

と、わたくしは思います。

これが、漢字直訳のダメさです。
わが国の本当の美しさや高貴さを貶めるばかりです。
わが国の大切にすべきものを、Chinaなどに叩き売ってしまうばかりです。

本当の「トのヲシヱ」の意味は、みんなで力を合わせて、もっとより良い社会にしてゆきましょう!

って意味です。

みんなで、力を合わせるのが「トのヲシヱ」の真骨頂ですね。

それを、ホント、バカも休み休みにしてほしいです。

赤い玉の「瓊」に替えたら、シャーマニズムの世界に貶める事になるのですね。

貶めの、目的によって、言っている人たちです。

こころの本体が、いわゆる「日本人」ではまだなっても居ないのでしょうね。

だから、彼らはおかしいのだと思います。

 

              ・・

そのような、売国的な「直訳」で売名行為に走っていたのが、

鳥居礼君とか、鏑邦男さんとか、千葉富三さんとかです。

そのあとに、金魚のウンコみたいにくっ付いて、さらに酷い事などをいいふらしているのが、

今村聡夫さんとか、「いときょう」さんとか、他にもいっぱいいます。

さて、さて、ちゃんと目が覚めて下さいましたら、わが国のこれからのタカラにもなっても頂けましょうか? と、

随分と前から、願いもして、それなりにも発信しても来ましたが、ムリなことは、やはりムリなことで御座いますね。所詮は、目的が違う事は、ママ御座います。

 

         ・       ・       ・

 

そうそう、

これほどにも、わが国の大切なる、この精神のこと、

つまり、

協力し合う精神のことを、

赤い玉、だなんて、バカみたいなことに、曲がった直訳の翻訳をするのが、ひどい事で御座います。

つまりは、このように、

大切でうるわしい、わが国の精神性の、
たからものを、二束三文で売ッパラうほどの行為は、
愚かさの極限とも申せましょうか?

こうほねのみずさし.jpg

       <こうほねの水差しは池田 満の作>

さてさて、
寄り道をしてしまいましたが、
「アメミヲヤ」のこの大きな概念の事、
今回も色々と考えておりましたらば、ひとつだけ、新しく解明の点を得ました。
一昨日の京都の講習会で述べました。まだ、試案の段階です。
納得となるか? 異論が出てくるか?
しばらく様子を見ることになるかと思います。

 −−追記 (平成30年9月19日)−−

  早速、四国のおシツさまから、賛同の意見を頂きました。

ふたもの.jpg

         <女房の作品です。うちわは矢谷長治先生>

ちなみに、
「アメミヲヤ」の事を考えるには、
次の用例が、役に立つと思います。

くわしい解説は、

『ホツマ辞典』28ページや、

『縄文人のこころを旅する』第10章「アメミヲヤの真相」195ページから、

を、ご覧下さい。ともに、池田 満 著、展望社 です。

なお、『ホツマ辞典』の系図には、アメノミヲヤは載せておりません。

わたくしたちの祖先に繋がる、初代のクニトコタチや、人類の初発のミナカヌシとは、

次元の違う、創造祖がアメミヲヤであるからです。

同じ言葉でも、意味内容の違う用例があります。

この概念分離をしておかないと、まさに「直訳レベル」になります。

アメミヲヤ1.jpg

 

アメミヲヤ3.jpgアメミヲヤ4.jpgアメミヲヤ5.jpgアメミヲヤ6.jpg

貴きヒトや、その立場のモノが、出来るだけカバーしてゆく、noblesse obligeのような感覚は、

実は、わが国においては、

遠く、古く、

縄文時代の前期頃からもそなわっていた事が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」でわかります。

少なくとも、縄文時代の晩期には確実にこの感覚は醸成されていたことが、

文献上にも『ホツマ ツタヱ』『ミカサフミ』など「ヲシテ文献」にわかるので御座います。
すごいですね、わが国って!

ほんとうの、本当の、このすごさを、

わかって、それでこそ、その先の展望があると、

わたくしは、ずっと、思いこしてきているので御座います。

さらに、

「アメミヲヤ」の「ミ」の意味は、

単に、尊敬語だけではなくて、

「生じせてくる」意味の、ヲシテ文字の「ミ」のイメージが強く込められています。

ベースのよこ棒から、縦棒がぶらさがるのは、何かを生じさせているイメージです。

 

つまり、「アモト」の宇宙の中心からの齎(もたら)される「イキ」の恵みの、

降されて来ることを、「ミ」の音韻で強く言っている言葉なのです。

とくに、『ミカサフミ』の記述内容は哲学の面で深奥です。

さすが、アマノコヤネさんの偉さです。

 

             ・・

女房の焼き物の釜を、覗いてきました。

かま.jpg

良い感じに、焼き上がったようです。

新匠工芸会の、東京展と、京都展の日程です。

新匠工芸展、73.jpg

東京展.jpg

京都展.jpg

 

写真の追記です。

珍しい、クワコ(野生のカイコ)を、女房が見つけました。

ハスの実が美しいです。

ユズの実が大きくなって来ました。

 

 

「ヲヲンカミ アメのミチなす」って言葉があります。

クシヒコの子孫のヲミケヌシの言葉ですね。ここでは、一歩下がってオミケヌシと、

表記が為されています。

アメのミチなんですね、アマテルカミがご政道での人々を教導なさっておられたのは、ですね。

要するに、その時代、その時代に合わせた「トのヲシヱ」なのです。

永遠のすごい、ものすごい真実のロジックの極致が「トのヲシヱ」なのだったのです。

アマテルカミも、「トのヲシヱ」に、「アメのミチ」を理解できたので御座います。

ああーあー、あー、なんたるか!

すごいことで御座いますね。

「アメのミチ」とは!!!

そして、その原理を定め得たクニトコタチさまの偉さに感動します。

わが国って、本当に素晴らしい国がらなのですね。

漢字の渡来以前に、その時代を、ちゃんと真面目に『ホツマ ツタヱ』や、『ミカサフミ』、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」で現代研究で再発掘したから、

やっと、1300年来に新解明の事実です。

ですから、『古事記』『日本書紀』なんかの漢字文献は、もう、除外して考え直す時代になった訳で御座います。

 

  ・・

ー追記ー

『ザ・リバティ』さんに記事を載せて頂いて、
また、「アメミヲヤ」のことを、さらにさらにと、大き過ぎるテーマでもあるよです。
あれこれと考えていました。
余りにも大きなユニットの概念なので、
何回考えても、パシッとした、説明の文章にはまとめられないでいます。

でも、今回の『ザ・リバティ』さんの記事は、かなり良くまとまったと思っています。

編集長の綾織さんや担当の駒井さんが、しっかりとお考え下さいましたからです。

有り難うございました。

ほんと、未来の「日本」のためでもあり、

世界の遠い幸せに大きく貢献する一歩です。

記紀の原書の今の時点での、この、

プッシュは貴いです。

直訳のおとしめ族に、蹂躙された、

過去の40余年来の事を思い出していました。
直訳の人達との闘いの日々でありました。鳥居礼君とか、鏑邦男、千葉富三、今村聡夫、いときょう、高畠精二などなどの各氏、どうして直訳のような低いレベルで、ゴチャゴチャやっているのか? 不思議に思っていて、もう40年にはなりました。

ようやく、疑問が解けたのが、今年で、要は高畠精二氏のGHQのご用達の翻訳会社の理念に基づいて、わが国の貶めを図るのが、その真相であったようだと、ようやくに、わたくしも認識し始めました。

この、40年来、なにかおかしいと、

そう思っていたのが、GHQのわが国の貶めのプロジェクトの残像だったのです。

すみません、わたくしは、ご気楽で、やっと、今の時点で気が付いてきた段階でした。

お人よしにも、程がありますね。


最も大きな差異は、根幹の基礎のホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、
読み書きが彼らにはスラスラ出来ないのですね。

とくに、高畠精二氏は、おそらく書く事も読むことも、ヲシテをですね、99、9%出来ない方に、わたくしは高額の掛け金を積みます!!
外国文字としての「ヲシテ」でしかなかった。彼らにとっては、でしょうね。
それじゃ、
あのすごい「縄文哲学」の神髄が解かる訳がないのでした。
やっと解かった、40年来の青空でした。
もう、曇ることは無いですね。

ヲシテ時代の真実をわかるには、どうしても、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の読み書きの基礎の素養が必要です。
絶対無理ですよ! 「いときょう」さんはホツマの1アヤの暗唱もですし、暗記も出来ないと、今時点で、わたくしは賭けろと言われたら、大金だって賭けますよ。

それで、べべさんに、基礎の素養の修練をと、せめて今からでも「いときょう」さんにも本当のうつくしさをわが国のですね。それを知って欲しい!

その思いで、
小説にも書いたので御座います。
折角にも、こんな素晴らしい我が国の宝物に遭遇して、
余りにものちゃらんぽらんでは、悲しいと思います。

それで、貶めているのですから、実も蓋も無い!

言い過ぎても、それはどうかとも思いますので、

この程度の、
ヒトコトヌシ程度に致します。

やや、目の見開きを、期待しております。

何ともの今までは! の彼にも、花開いてくる、

すばらしい未来も待ち受けているのかも知れません。

それは、本人の覚悟と努力と見識の見開きにあります。

わたくしは、すごい光が放たれて来たら、そこには、

生涯をかけて応援する傾斜におもむくこと請け合いで御座います。

 

 

 

 

 

| 日本史 | 10:47 | comments(11) | - |

古来からの本当の日本精神とは、めぐむこと、いつくしむ(愛)こと、めでる(賞)事にあります。現状肯定に基本があります。

「古来からの本当の日本精神とは、めぐむこと、いつくしむ(愛)こと、めでる(賞)事にあります。現状肯定に基本があります。」
わが国の本来の伝統は、ここに有りました。


        <京都の法泉院さんで、今朝(10月21日)に、

         フジバカマの花に来たアサギマダラの蝶です。

         多くのフジバカマの花が咲いていて、

         昨日は、良い香りにホワッとほだされていました。

         アサギマダラも、良い香りに惹きつけられるのでしょう>

中世などは、末世思想の流行などで、厭世観も強くなりました。
ところが、漢字の渡来以前は、明るい世界観だったのです。
さらにいうと、
初代のクニトコタチさんから、稲作が本格的に取り入れられるまでは、もっと、あかるい世界観だったのです。

 

水田稲作は、7代目のイサナギ・イサナミさんの時代からの広範な広がりを得ました。
『ホツマ縄文日本のたから』(池田 満、展望社)で、
詳しく述べました。
添付しました表も解かり易いと思います。

「縄文哲学」と、わたくしが表現しているのは、

初代のクニトコタチさんからの、世界把握の哲学の事です。

シャーマニズムの台頭が起きてくるまでが、全盛期です。

しかし、どのような時代になっても、

長い長い、初代クニトコタチ以来3000年以上も培われていた「縄文哲学」の精神は、

わたくしたちの、こころの根底にどかっと根を下ろしているのだと思います。

ここに、気が付いてゆくのが、本当のわが国の高貴の取り戻しに繋がるのだと、

このようこのよう考えて来ております。

| - | 08:05 | comments(2) | - |

「うた」の原意の事。「うつくしく、たのしい」じゃないのか? 「うれしい・たのしい」かも?

言葉の原理の事をずっと考えています。
国語の基礎の事であります。
大きなテーマで、もう、何十年来と進めて来ている仕事です。
「ウタ」のこと、その意味が少し開けて見えてきました。
「訴える」という事が、その意味内容だと、近来において言われてもおりますが、もっと深い内容がこの言葉には込められてあるように、前々から思って居りました。
それで、
「うつくしく、たのしい」の「う・た」のニュアンスがこの言葉の根幹に近いのかな?
と、ようよう思い至りましたのでございます。

「うつくしく、たのしい」の思いの共有が、解かって欲しい、

これが、あなたにも、有益になる。

その思いが、「うた」になる元のこころの動きじゃないか?

          ・・

さて、考えてみましょう。

ヒトって、

何に興味を引かれるのか?
飲み・食うは、基本です。

おいしいもの、食べて満足の物、これは、

絶対にみなさま納得の価値観です。

で、その、上の事ですね。

ここが、文化や文明の事の、上段の部類です。

つまり、

上の段階での文化的な基本の発想の事ですね。

「おいしい」だけよりも、もう一段階の上の事です。

もちろん、「おいしい」は最大の重要事項です。ここは、余りにも当たり前の必須事項です。

           ・
その上に、

「うつくしく、たのしい」じゃないのか? と。
「うれしい・たのしい」でもいいんですけれど、
ほとんど同じだと思いますが。
そう言った思いが「ウ・タ」の本質ではあるまいか?

もっと、根源的には「大宇宙の成り始めのウ」からの「タ(春の位置)」ですかね。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、そのイメージで考えないと、

漢字以前の時代の、その感覚にはたどり着けないですね。
かつて、
「トコヨのオトリ」のつまり、縄文前期の頃、
初代クニトコタチさまの時代に、
「トコヨのオトリ」が重要な楽しみのポイントだったわけですね。

             ・

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」のトコヨの言葉は、漢字以前の意味内容の言葉ですから、

飛鳥時代以降の「常世」にペタッと貼り付けしちゃうと、誤訳になりますね。

「トのヲシヱ」の理念が「トコヨ」の言葉の根幹の意味内容にあるからです。

決して「神仙」のそこに憬れる思いではありません。

過去、40年来の誤訳の人達、鳥居礼や、「いときょう」、今村聡夫などなど、おとしめの目的の人達がやってきて困った事で御座います。今日も、今村聡夫氏への疑問のメールを貰いました。コメント欄に転載致しました。お解りのお方には、ちゃんと、お解りなので御座いますね。直訳の人達は、わが国の高貴を貶めるのが目的ですね。わたくしとは、目的が異なるので御座います。わたくしは、わが国の、うつくしさや高貴を磨き上げて現代に再顕彰してゆくこころざしです。

                 ・・

さて、

本来の「おとり(踊り)」は、
どのようなものだったのか?  わたくしも興味津々ですが、まったく詳細が不明です。でも、「おとり(踊り)」で楽しんでいた事は、事実として明白ですね。動いてアーやコーやとやり取りしてリズムに合わせての「おとり(踊り)」は楽しいものです。
4年前に、ダンスを再開して、ゴタゴタの際に踊ってもらった人から、昨日は、踊って下さいと申しこまれました。そこそこは上手にエスコートできるようになってきていました。喜ばれました。
そういう事で御座います。

「うつくしく、たのしい」か? 「うれしい・たのしい」のことなのですね。
スローのフォックストロットが良いとの事で、
評判が、見ていて下さいましたひとから、
「すごく上手にと、アグレッシブなダンスになりましたね」って言われました。

いえいえ、お相手がとってもお上手だから、って言っておいたのですけれど、

前よりも、ダイナミックになっていて! って、言われました。

足腰鍛錬は、だいぶ、充実してきていますようで御座います。

「殺されちゃうわよ」って言われたような、アグレッシブな人と、

もう、対等に渡り合えるぐらいに、鍛錬できてきました。

ここ、半年の鍛錬です。

「乗り越えたのね」って、その人から言われました。

女房が、言うわけです。

そのひとは、相当の人物ねって。

 

うちの女房の「メ・目」には、

むかしから、敬服しています。それで一緒になった様なものでもあります。

人生が倍になりますからね。

いや、倍以上でしょうね。だから、一緒になる価値がある訳ですね。

ここが、今にして思えば「トのヲシヱ」だったとも、

邂逅しています。

ウチの女房と、めぐり合わせでは、

とくに、骨董の品定めです。

ほんとうにスゴイと、また、よく創ると、創造性に魅せられました。

ひとそれぞれで、得意得意もありますが、

評価の見立ての事は、

わたくしの得意と、女房の得意と、

分野が少しずれていて、勉強になります。

わたくしにはわからないことが、

女房には見えているのですね。ひとそれぞれで、見え方は違うので、それが真実でありましょう。

ものすごく貶め上手な今村文学、

さぞ、GHQご用達の高畠精二氏的にも満足で、ありましょうか。

あの人達の考え方は、わたくしには、よくわかりません。

           ・
さてさて、

これも、「ウ・タ」の一種なのではあるまいか?
と、そう思いました、事で御座いました。

100歳は軽くいけるような感じになって来ました。

200際も軽いとも。

 

それは、前例があるからですね。

オオタタネコさんはふもみそよ歳で、

234で、234歳でお元気ですから、

まだまだ、これからで御座います。

髪の毛も生えてきたと、言っていたら、

このごろは、同意も得て来ても居ます。

ただ、写真には、まだ、明瞭には写らないようで御座います。

つまめるのでは御座いますが、不思議であります。

本来の取り組むべき仕事の、

「ヲシテ国学」に、

このいのちを、どう? 100%役立てるのか?

「いきますところ」のその真価の追い求めが大切だったのですね。

 

 

| 日本史・国語 | 17:50 | comments(3) | - |

『ホツマツタヱ』24アヤ32ページの、文章の解釈について。

「活きますとこを」の意味についての読み取りの事。

詳しくは、『縄文人のこころを旅する』(池田 満、展望社)を、

ご覧ください。

imo.jpg

『ホツマツタヱ』の24アヤは、

アマテルカミのお孫さんのニニキネさんが皇位を得る

までの物語をくわしく纏められたアヤです。
お兄さんのホノアカリさまが、アスカヲキミとなって、

ナカクニに赴任なさっていますので、

10代のアマカミはアスカヲキミ(ホノアカリ)だと、みんながそう思っているのですね。
ところが、失政を繰り返すことから、アスカヲキミの方から人心が離れてゆきます。

 

弟の方のニニキネさんは、新たな技術での新田開発を進めてゆかれるのでした。
初めは、慎重姿勢で渋っておられたアマテルカミも、ニニキネさんの大活躍に、

ついに、

評価を下されて「ミクサタカラ」を授与なさいます。
そして「ヤシマめくれ(巡幸せよ)」とふれ賜るのです。
事実上の皇位のランクとしての認定です。

そうして、サルタヒコ(当時はチマタカミともシラヒケとも言う)の

本拠地の琵琶湖の西岸に、ニニキネさんがご巡幸なさいましたら、

チマタカミ(サルタヒコ)が、昼寝して待っていたのです。

ニニキネさんを歓待するために、ご馳走を用意して。
物見の先駆けに出た、ウスメさんとの問答が始まります。

ikimasu1.jpg

ikimasu2.jpg

ここで、引っ掛かっていたのが、
ウスメさんが、「キミのお行きになられるところ」をサルタさんに問うところでした。
行き先について、どうして? サルタさんが知っているの?

預言者として、サルタさんを見ているのが不思議でした。

あ! と気が付いて「活きますとこ」の意味だったらば、
ニニキネさんの次に為しゆくべきテーマと言うか、

次の重要テーマの施策の事項についての認識を、サルタさんに尋ねたとしたら、文脈が通じます。

 

そこで「いき」と「ゆく」の言葉の用例を調べました。
これで、決然と判別が出来ました。

ikimasu3.jpg
「go」の「行く」のすべての用例が、「ゆく」の動詞の「Yu」のヤ行でした。
「活きる」などは、すべて、ア行の「いく」に使い分けが為されていました。
そうすると、この24アヤの例でも、
動詞の「go」の「行く」では、おかしい事にとなってまいります。
この24アヤの「いきますとこ」は、「活きる」の意味に取るべきです。
写本の用例のすべてがア行の「イ」の「イキマス」でした。
完写本の4本と、溥泉著の『朝日神紀』の引用文の、5例があり、
すべて「イキマス」と記されています。ヤ行の「ユキマス」の例はゼロでした。

そうなりまして、「行きますとこ」ではなくて、「活きますとこ」の意味に解釈してストーリの文脈を考え直してみます。

ウスメさんが、尋ねたらば、
チマタカミ(サルタヒコ)が、父祖伝来のこの地から「去ってゆく」と断言して言うのです。
それならば、どうするのかと聞くと、「イセに行って、アマテルカミのもとで出直しを図りたい」とチマタカミ(サルタヒコ)が言うわけです。
じゃ、ニニキネさんの「活きますところ」(次の課題)について尋ねると。
チマタカミ(サルタヒコ)は「キミはツクシのタカチホぞ」と、答える訳ですね。
九州南部の火山災害の復興について、その事を、ニニキネさんに伝えたかったのでしょう。
「行きますとこ」では、預言者然として文脈に齟齬を生じていた。
でも、
「活きますとこ」の意味で考えると、次の重要施策での問い掛けなので、大きな文脈としてストーリーが成り立ちます。

| 日本史・国語 | 05:32 | comments(5) | - |

「獅子舞い」のこと、サルタヒコとの関わり。

静穏で穏やかな日差し。
今日は、たまたま穏やかな日和でした。
近所の田舎の「獅子舞い」を拝見しました。

獅子舞い.jpg

サルタヒコとのご縁が深いのですね。
「獅子舞い」のこと、『ホツマツタヱ』の最後のところに記載があります。

sisimahi1.jpg

sisimahi2.jpg

「カグラシシ」って、「獅子舞い」のことですね。

典拠が『ホツマツタヱ』の40アヤにありました。

人皇12代の景行天皇の時代です。

そのこと、
勿論、『古事記』『日本書紀』に一切において、一文字も書かれていませんでした。
お約束の通りでした、いつもの事です。大切なことは削除するのが、
『古事記』『日本書紀』などの、漢字文献の、
いつもの事です。
それは、わが国を貶めたいがために「翻訳」するのですから、
いかにも「良い翻訳」なのですね。ご立派なことで御座います。

スゴイ翻訳です。

A級レベルであると認定できます。
この箇所も、
いわゆる、「翻訳削除」の個所です。

ちょん切ったのですね。

悲しいかな、よくも、やられてしまったもので御座います。かれらの翻訳意図からすると、及第の、良い翻訳だったのでしょうね。「翻訳」って、そんな感じですよ。
『定本ホツマツタヱ』を見ておきましょう。

「獅子舞い」のこと、モノの見事に、ズバッとちょん切ってありました。

『日本書紀』はもとより、『古事記』でも、同じでした。

酷い事で御座います。

ちょっと見にも、すごいですね。

こんな、『古事記』『日本書紀』を、マトモにこれからも信じて良いのでしょうか?

「いときょう」氏なんかは、記紀が大事だと言います。

でも、わたくし達の本当の歴史をこんなにもちょん切って、更に誤訳もすごいのです!!

「いときょう」氏の言うように、このまま、やられっぱなしを放置したままで、

指をくわえてみているのが正しいのでしょうか?

あれっ? 彼「いときょう」氏は、どうも、貶めをしたい方の側のお方だったのか?

 

 

「獅子舞い」のことは、『ホツマ辞典』にも記載をしています。

おおよそは、『ホツマ辞典』をご覧くださいましたら、

90%の基礎の理解はできるようにと、編集をしました。

それはそうと、

こんな疑問を、田舎の「獅子舞い」を見ていて、
如実に、『古事記』『日本書紀』ではこれからはダメだな、って、心底から感じました。

 

過去、40年来、何処の神社に行っても、

ほんと、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」のそのままだと思う事は、

だれでも同じだと思います。

もっと、敷衍的にも通用する、普遍の真理を見出してこそ、

現代にも、みなさま、納得してもらえると思うのです。

こんなにも、こんなにも、一致してる!! って、

それは、当たり前なのですね。記紀の原書なのですからね。

その解明において、なにがどう?

違って来てすごいのか?

そこを、その意味を提示することだと思うのです。

 

お祭りだって、ハナですよね。楽しみは。

近所の子供たちは、お菓子の撒きにつられて来ていたんですね。

お餅も、撒いています。

 

          ・・

お祭りのハナは、

餅撒き.jpg
モチの投げ撒きです。拾う方もそうですが、投げる方も楽しいです。

でも、この頃のポテトチップのような軽いお菓子だと、

ブン投げても飛ばなくて、飛距離が稼げなくて苦労するのだと聞きました。

さてさて、さて、

餅投げも、『ホツマツタヱ』に記述があるのでした。

やはり、この行事も伝統なのですね。

昔は、ポテトチップの袋入りなんて無かったですけれど。

時も、モノも変われど、「餅投げ」の拾いは楽しいです。

餅撒きは、やはり、楽しいです。

田舎の村祭りの光景でした。

もちろん、餅まきの箇所も、「翻訳削除」のところです。

記紀って、ひどいシロモノですね。

いうまでもないです。『古事記』『日本書紀』はひどいです。

それほどの、貶めをされてきていたんですね。

もう、1300年来のやられっぱなしです。

こんなことで、ホント、よいのでしょうか?

『古事記』『日本書紀』を、天下第一の書籍だと、このような、

現在の認識のままに、見過ごしておいても良いのでしょうか?

わたくしは、断じて、それではダメだ!!!

と、考えます。

帰化人たちや、それに組する、おかしげな人たちのプロパガンダに、

おどらされて、もう、1300年余りです。

そのままに、放置を続けてよいのでしょうか?

 

『定本ホツマツタヱ』に詳細な、『古事記』『日本書紀』との対比比較を、一目でご覧いただけるようにしています。

この、漢字翻訳におけるわが国の本来の貴さを貶めるやり口を、どうか、

どうか、ご覧になられて下さいませ!!

 

先ほども、お神輿はうるわしく、ありました。

お神輿は、拝殿の前に鎮座していました。

omaturi.jpg

| 日本史 | 13:15 | comments(2) | - |

「縄文哲学」の時代の、あの「縄文土器」の造形美。

「縄文哲学」の時代のあの造形美。
縄文時代の土器の、火炎式とか、素晴らしい精神性は何処にあったのか?
それが「縄文哲学」の存在だったとすると納得できます。
わたくしたちには、その素晴らしい祖先の精神が残っているのですね。
だから、縄文土器に大きな感動を覚えるのでしょう。

上野の森の展覧会では、人気が高まってきて、
終わりの頃になると、切符を買うのに、
1時間待ちの行列にもなっていたと聞きました。

その後の、弥生時代になると、スッキリした土器になります。
時代が変わったのですね。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の研究で、
その時代区分の意味が解かったのです。

わたくしは、その時代区分を、ヲシテ時代初期とヲシテ時代中期との境としました。


7代目のアマカミのイサナギ・イサナミさんの時からが、
ヲシテ時代の中期です。
水田稲作の耕作方法が、全国に広がってゆく時代です。
この頃からが、「瑞穂の国」と言えます。

でも、わが国の建国は、
もっと古い時代の、初代のクニトコタチさんの時にありました。


考古学で言うと、縄文時代の前期になります。

堅果類の時代です。
その時代は、各個人が自立していて、それぞれにモノを考える時代です。
だから、縄文時代の土器の、素晴らしい造形美がそこにあったのです。

さて、水田稲作が普及して「瑞穂の国」になってくると、
人々の生活様式もバラエティーさが狭くなって来ます。
イネの成り具合の豊作が、最も大きな関心事になります。
天候の巡りの良い事を祈ることが重要になります。
でも、どんなに祈っても、天候のコントロールは出来やしません。
無い物ねだりでも、やっぱり祈らずには居られないのが、
「瑞穂の国」のサガなのでしょう。

こんなにも、技術の発展した現代でも、

台風の進む道筋に、コントロールが出来得ていません。予報のみです。

ムリな、無い物ねだりが、

世を乱れさせてくる、根幹の狂いだと思います。わたくしには。

技術で、台風の進路変更とかが出来るようになったら、良いですけれどね。

            ・

結局のところ、

無い物ねだりの気持ちの行く末は、

そのながれが、次には、仏教を求めることになりました。
また、今後も迷路をさまようのかも知れません。

でも、本当の事が解かれば、
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』)』の「ヲシテ文献」で、
わが国に、こんな素晴らしい文化・文明があったってことが、
理解できてきたら、
もう、迷う事もないのです。
さあ、そう言う意味で「縄文哲学」です。
取り戻しましょう!
それには、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の「写経」が、
とっても大切です。
アマテルカミの使われておられた、ヲシテの文字・ヲシテの文章で読み書きするから、
漢字渡来以前の精神が解かるのです。
「直訳」したら、もう、Chinaに染まっちゃって、「偽書」になっちゃいます。

              ・

長生きで健康を得るには、

良い食べ物と、適度な運動です。

それと、コミュニティを持っている事も重要だそうです。

そして何かをする気力と目的ですね。

歌代幸子 『100歳の秘訣』 | 新潮社

を読んでいて思いました。

何かをする、意思と努力ですね。

剣道家で103歳のお方は、毎日、基礎の体力トレーニングをなさって居られるそうです。

いまだに、素振り200回も!

 

そうだ、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の「写経」は、

本当に心休まる良い事ですね。

 

べべさんは、ここまで暗唱・暗記できた!!

って、時々知らせて下さいます。

もう、わたくしよりも、暗唱・暗記は、べべさんの方がはるかに上ですね。

うれしいことです。

私よりも先に進んで行ってもらうのが、

大切です。

かつて、松本善之助先生も、同じことをおっしゃっておられました。

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』)』の「ヲシテ文献」の、

大きな森は、まだまだ解からない事が多くて、

また、

今の世にも知らすべきことも多くて、

さらには、

未来のお方に解明を託すことも多いです。

なにしろ、わが国の文明って、

考古学が、大森貝塚のモースから始まって、

まだ、141年です。(明治10年、1877)

掘れば掘るだけ、

遺跡が出ます。現物の発見です。

「東名遺跡」や「鳥浜貝塚」が代表例です。

漆製品のすばらしさ! 縫い糸もある! 『魏志倭人伝』の貶め記述がウソだったのは明白になりました!

いつもChinaは嘘を言う。

富永仲基の言葉が思い出されます。

天竺と、Chinaと、わが国の、

表現の傾き方です。それは、

「幻」と、「文」と、「絞」なのです。

「絞」は、誠実とか真面目と言った意味です。

「文」とは、要するにプロパガンダってことですね。

もう、GHQのギルティ・プログラムから目を覚ましてきた人も多いです。

           ・

わが国の考古学の発掘で、

「東名遺跡」や「鳥浜貝塚」からは、

炭素14の年代測定で、11000年前のもごろごろしています。

私が、6000年と言ってきたのも、かなり控えめな表現のようです。

もっと、精密な発掘が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の記述を裏打ちしてくれますでしょう。

それほどの、文化・文明の蓄積がわが国の本質だったのです。

決して、「漢字が来てから、文化が生まれた」のインチキの宣伝文に騙されてはなりません。

もう、その、プロパガンダに支配された1300年余りの時代は過ぎようとしています。

記紀の原書が51年前に発見されて、現代研究が、ここまで進んだからです。

こちらは、ソフトの面です。精神や考え方、理念のことは、文章からでしか解かろうはずもないです。

どこの博物館に行っても、「縄文時代はシャーマニズム」って、『魏志倭人伝』のプロパガンダにやられたままです。

このようなことを、放置するのは、わたくしには耐えられません。

なぜならば、記紀の原書の研究をしたから、

『魏志倭人伝』のプロパガンダや、『古事記』『日本書紀』の誤訳の多さ翻訳削除の余りにモノ多さに気が付いたからです。

 

「いときょう」氏なんかは、記紀を変える必要はない、

なんて、おかしげなことを言うんです。

彼は、Chinaの風下に、何時までも留まりたいんですね。ビックリします。

おかしげな考えだと思います。

折角の我が国の、大真実ですよ、二束三文に売り払って、

それで、良いのでしょうか?

わたくしは、それは「筋が違う」と思います。

だから、「いときょう」氏はポンコツだって言うわけです。

 

国宝の段階のところだと思いますね、

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』)』の「ヲシテ文献」は。

やっぱり、「おもちゃ」にしては、余りにも悲しいと、それは、悲嘆の断崖絶壁の思いです。

記紀の原書の発見と、現代研究が、根拠になります。

記紀との厳密な比較対比をした、『定本ホツマツタヱ』と、

語彙の意味解明と、年表、系図をセットした『ホツマ辞典』です。

なにしろ、わが国の漢字の渡来の以前の文明って、

本当に、凄いんです。

| 日本史・国語 | 07:48 | comments(0) | - |

鞍居桃のシロップ煮のコンポートの事。

日本固有種の「モモ」です。鞍居桃(くらい もも)。

大変、珍しいものです。牧野富太郎さんの命名だと伝わります。

わたくしが、さらに大切さを、説いていましたら、

コンポートにして、試作販売して下さるそうです。

鞍居の里の、フェイスブック

うれしい事で御座います。

原生種の種々の魅力は、変化の多さだと思います。

多くが一重の花です。白の花びら、ややピンクなど。

もっと、赤さの際立つ樹もあります。まさに、色とりどりな所に多くの品種の亜種が咲き誇っています。
たまたま、ウチに来てくれたのは、
八重の花弁がピンクで、うつくしい、見惚れる品種でした。

でも、ウチの「鞍居桃」は結実には至らずに梅雨を越す頃に実が落ちてしまいます。
多種で多様の自生のモモですから、
実の味も良いのも、御座いましょう。そうでもない実の樹もございましょうね。
なにしろ、
「みちみのもも」(『ホツマツタヱ』24アヤ25ページ)の、そのいわれの伝承の、
日本固有種の「もも」ですからですね。

「ニシノハハ」の用例です、つまり、漢籍に言う「西王母」です。

 

ー追記ー(平成30年9月26日、PM7時53分です)

今、女房が帰宅しましたので、

待ちあぐねながらに、

やっと、鞍居桃のコンポートの試食をしましたら、

本当に美味しい!! 実によって、いろいろと、味香りが微妙に変化があります。

それが、おいしいのです。

個性がたのしい!! 本当に美味しかった!!!

それはそうですよね、

自生種とは、変化の率が大きいという事です。

だから、大きな変動が起きても、種の保存は長い間にも可能だったんですね。

それが、大きなる知恵で御座いますですね。

実の色も、それぞれです。

それがたのしい、

なにせ、3000年のイノチを長らえる「モモ」ですよ!!

こんな素晴らしいものは、

ひと瓶5000円ぐらいは価格を、値段付けしても、

いや、二万円でも解かって下さいましたら、引く手あまただと思います。

なにしろ、3000年のイノチを長らえる「モモ」の本当の祖種のモモです。

極めて、大切な「モモ」です。

「3000年、長寿のモモ。西王母の桃の源流の樹!」

と、キャッチコピーを、わたくしなら書きます。

富岡鉄斎の西王母の絵です。

本当は、わが国から、お土産にあげたものだったのです。

トヨケさんが、つかわされたのです!!

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、記紀の原書だから、確実に、証拠として言えます。

それが、

わが国の固有種の「モモ」、この存在を、すなわち「鞍居桃」が証明しています。

  −追記終わり−

 

10代のアマカミのニニキネさまが、全国巡幸をなさいます時の事です。

ご巡幸に際して、「ミクサタカラ」をお持ちになられていたのですね。


良い木の実の種を、「くにつと」に為したのは当たり前だと思います。

それで、
3000年のイノチを伸ばす。西王母のモモですね。
漢籍の文章に、そう言う雰囲気が残っています。

「モモ」も、わが国は、古い時代からすごかったでした。深い由来です。白眉ですね。
それは、イサナギさまやイサナミさまの時代からの事ですから。
どういっても、「モモ」は、こちらわが国が源流のようです。

 

逆輸入の品種に、

蟠桃(ばんとう)が、ありますね。ウチにも植えてみましたが、ダメでした。

水はけの良いところがお好みのように思えました。

山片蟠桃は、モモの品種に掛けてペンネームを作ったんですが、

番頭さんだったので「蟠桃」。

今なら「鞍居桃」でしょうね。残念でした。

せっかく、山片蟠桃の生まれも鞍居の里に近かったのに、ホント、残念でした。

播磨の国の印南郡神爪村(今の兵庫県高砂市)だから、すぐ近くです。

かれは、なかなかの人物でしたですね。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を読ませてあげたい人でも、ぴかいちの一人です。


また、
ハスの方は、
縄文バスで、遺跡からの発掘タネで、
再現出来て、大賀博士のハスと、ようやくに広まりました。明治以降の話です。


今度は、日本固有種の「もも」ですよ。ブームにしなくっちゃとわたくしは思います。
「ハス」よりも、インパクトは強いと思います。

3000年の「モモ」で、長寿の美味しい果物ですから!

さてさて、
奈良の桜井の纏向遺跡の出土の「もも」の種では、
発芽しないのでした。
ハスの実の生命力は、強靭で強かったですね。

でも、
「もも」は、原生種に訪ねなくては、
本当のわが国の真実に辿り着けません。
ここが!! 何と言っても、ミソです。
それが、何と言っても、鞍居桃の出番なわけですね。
この意味で、鞍居桃はとてつもなく大切なわが国の宝物なのです。
なぜならば、
Chinaで、
仙人の「3000年の桃」とは、
実は、その由来が、
わが国の「もも」にあったのですからね。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」にちゃんと記載があったのです!

富岡鉄斎も、
Chinaの文献にあたって、それを根拠に、
西王母の桃の絵を、沢山描いていましたけれど、
よくよく考えましたら、
まあ、
『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』)』の「ヲシテ文献」の発見と、現代研究が、ここまで進んだ今だから言えることですけれど、そうですね、鉄斎の認識も、それはそれで、大したことないとも言えましょうか。何となれば、Chinaの文献を元にしているに過ぎないからですね。だって、Chinaよりも、わが国の方が歴史ももっと古代にも遡れるわけですし、政権の劇的な入れ替わりも、6000年来無い訳で御座います。
『中朝事実』の事にもそうですが、わが国が、「中朝」の世界のまんなかだと、そのように考えるのが、どう見ても正鵠のひとことだと私には思えます。

さあさあ、どうでしょうか?

あれこれの、貶めのトリップにかかった人達も多いので、
わたくしの、こんな、
わたくしとしては、正論だとは思っては居りますが…。

そう言った、
わが国の大切さを守る運動の一環として、
鞍居桃の広範な及ぼしは必要であると思います。

鞍居桃は、
一重の樹が多く、八重の品種は、
ウチに来た僥倖の品種!
実も良くて、花も美しい。
いくつかの、代表的な品種を特定栽培して、
銘柄のような事に、宣伝のアッピールをすると良いかと思っています。
自生種には、かなり広い種類にも分化した亜種がゾーンとして何百本もの個性の存在が、ここに有るのですね。
それこそ、何千年にもわたって自生してきていた証拠です。
確たる証拠が、何百種類もの個性の亜種の自生の事です。
すごい事ですよ!!!

現代人に、アッピールするために、
花の良い品種。
実の味の良い品種。
その他、こんなに良いと、そのアッピールできる品種を、
特定栽培すること。
そして広めてゆく事で、日本固有種の「モモ」の存在を現代に広めることが出来ると思います。
ホント、この事って、大きな意義があります。
Chinaは、日本から「モモ」をお土産にもらって、それで「神仙思想」が出来て来たんだったって!!!
このストーリーって、
今回初めての着想ですけれど、すごくないですか??
これを、証拠として確実に提示するのが「鞍居桃」なのです。
わが国の宝物を、まともに、提示してアッピールできるのです。

鞍居桃のことは、以前の記事で、

こちらから。

その1

その2

その3

その4

その5

その6

鞍居の里は、赤穂から近いです。

相生(あいおい)で、山陽本線に乗り換えて、2駅目の上郡(かみごおり)が最寄駅です。

でも、相生でレンタカーを借りた方が得策のようです。

車でしたら、播磨新宮で降りた方がラクです。

 

| 歴史から長寿・健康まで | 15:37 | comments(2) | - |

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