「このときに」か?「このときは」か?『ホツマツタヱ』の2アヤの冒頭の部分のこと。追記、文章の編纂者の人物のこと。

文章論から、2アヤの読み解きの事。
浅野信先生の国語の文法論を、
再再再読(もっとかも?)しています。


   <バラ(『万葉集』にはウマラ)のツボミが、開き始めて来ました。

    台座に、ジャガイモをしたのです。

    穴を穿(うが)って。養分が上がってきたのか?

    素晴らしい生命力です。

    2月3日の朝の状態が次の写真です。また少し動いて来ています>

本当にしあわせと、そう思う事は?

いかなることか?

その事を思います。

お金でもないし、安直な名誉やランクでも有り得ません。

いったい何が一番、幸せに近いのか?

どう見ても、モノでも無いし、むつかしいところです。

古来、ウタが、和歌ですね、ずっと言われても来ましたのは、

本来のこころの在り処は、

ウタにあるのかと思います。

初夏の、小倉山会の、

題は「更衣」だとの事です。

さきほど、

わたくしの頭の毛の事で、女房と笑っていました。

「ふりさけみれば」という、そこにも、

何だか、フィットする程に、

ぽやぽやと、春のわかくさやまのような、

そんなような、ビックリの生え方にもなって来ました。

現代の奇跡と言いますか、おもしろい、お話しの事です。

ほんと、ビックリです。団扇であおぐと、ソワソワするんですね。

思うんですが、2アヤの文章は、本当に良く書けていると、
今更ながらに再認識していました。
2アヤの始まりの文章は、
『ホツマツタヱ』の方がピリッとしていると思うようになりました。

それは「に」の「このときに」であると、認識してこそであると思うからです。

『記紀原書ヲシテ』の該当箇所を掲げます。

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

左側の「クロポツ(黒点)」は、

校異(こうい、写本の違い、校本の異同)のある目印です。

右側に赤で記したの箇所が今回の疑問点です。

ヲシテの文字の、たった一文字が、大きな問題点なのですね。

「に」か? 「は」か?  ものすごい大きな違いなのでした。

帰着文としての考え方が、この時期に、がちっと定着をしているのかどうか?

国語文法の展開発達史にいおての、キーポイントのひとつです。

それほどの大きなテーマが、「に」か? 「は」か? の、

このテーマの大きさに関わっていたのですね。

赤の、矢印のところの説明です。

 「ニ」の記載が「安」であり、

 「ハ(助詞のハ、(ワ?)」が「弘武内」だと言うのです。

 

 つまり、ここの用例のヲシテの文字には、見るべきちゃんとした写本には4部があります。

 それが、4部の写本です。それぞれが24冊の写本であったり、12冊の写本であったり、

 写本の仕様は変化があります。そこには、漢訳文を付加したのかどうかで、

 行数に倍ほどの違いがおきる事に拠ります。『ホツマツタヱ』の本文の内容については、

 さしたることもありません微細な違いがあるだけです。

 さて、「善本」と、そういうランクには落ちる写本との、違いの見極めの、

そこをどう言っての基準で区別して区分けするか?

其れも、専門家の、それでこそのお役目ですね。

地道に『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、原文で取り組んできていてこそ、

ばっちりわかることが多いです。

 どっちみち、漢訳文と言うのは、直訳の「直訳偽書の秀真伝」と大差のないレベルですので、

 見ない方が漢字以前のわが大文明の真実に近づくのが容易になります。

 「善本」の各種それが、「安・弘・武・内」の各写本の4部です。完写本と呼んでいます。

 全部のアヤを完全に40アヤを収録した、写本の文字体にも信頼が出来る「善本」の位置付けです。

 「善本」の4部の写本を、見てみましょう。

 さてさて、

「安」には「ニ」と書かれています。

「弘・武・内」の三写本には「ハ(助詞のハ(ワかも?)」と記述されています。

  これだけで、大きな違いがあります。 

   「善本(ぜんほん・ぜんぽん)」の意味は、ちゃんとした写本の意味です。  

   安は、和仁估安聡本の「安」の略です。高島市の中江藤樹記念館に保管をして頂いています。

      漢訳文付き、24冊の写本。紹介者がいないと閲覧不可。

   弘は、小笠原長弘本の「弘」の略です。宇和島市の旧家の小笠原家にての蔵書です。

      漢訳文無し、12冊の写本。紹介者がいないと閲覧不可。

   武は、小笠原長武本の「武」の略です。漢訳文無し、12冊の写本。

      16アヤまでは前半は私(池田 満)の保管です。紹介者がいないと閲覧不可。

      17アヤ以降は、宇和島市の旧家の小笠原家にての蔵書です。紹介者がいないと閲覧不可。

   内は、小笠原長武本の内閣文庫本の「内」の略です。国立公文書館の所蔵で、一般閲覧が可能です。

      漢訳文無し、12冊の写本。

 写本のそれぞれの小さな筆記の違いも、一覧して見れるように、

 脚注にて校異を掲載したのが『記紀原書ヲシテ』です。

 『定本ホツマツタヱ』は頭注に校異を記載しました。

 写本に付いて「善本」のすべてを掲げました。刊行時の時代の現時点の事です。

 のちに、『ミカサフミ ワカウタのアヤ』が発見されましたので、次回の改訂版の出版の際には、

 追加することになります。「善本」とは、校異に掲げるべきしっかりした写本としての位置付けです。

 

文法上での、美しさが秀でていると思えるのです。

「に」であるべきか? あるいは、「は」であるべきか? の問題です。

写本では、ふたとおりの記述の別があるからです。
もちろん、『ミカサフミ』の方は、冒頭の部分も、

素晴らしいですし、さらにアヤ末の添えの文章がまことに白眉ですばらしいです。

『ミカサフミ』の2アヤの冒頭の部分を掲げます。

『ミカサフミ』と『ホツマツタヱ』の同文個所の文章は、

先行文献の文章の引用です。ですから、同文になっているわけです。

左に線を引いて、同文個所の明示をしています。(実線や、点線などで区別して明示)


さすが、アマノコヤネさんならではです。
それにしても、
『ホツマツタヱ』の2アヤの書き始まりの導入の文章は、
すばらしいです。

つまり、通常の状態からの帰着文の、ちょっとひねった、
強調文にしているのは、かなりの高度なる文章力であると、
そのように考えることが出来ます。それが「に」の構文にしているところです。

高度な技と言うべきです。

浅野信博士の、『日本文法文章論』『日本文法語法論』をお読み頂きたいと思います。(国語の桜楓社の刊行、現、おうふう社)

浅野信博士のご著書は日本の古書店でも購入可能です。(たま出版とは違う、それ以外の出版社の本をご覧ください。浅野信先生のご誕生は、明治38年(1905)です。わたくし(池田 満)と同様にて、同姓同名の別人との区別に悩まされます。浅野信先生の場合は、混乱の対象がひとりかのあたりの程度ですが、わたくし池田 満なんてありふれた名前でしたら4〜5人が混乱的の候補の人にどうしてもリストUPしてしてきてしまいます。浅野信先生のように、とも、較べてもどうかとも思いますが、ポピュラーな池田 満なんて、ちょっともっと不利にも思います。ポピュラーさからも、池田 満なんて、余りにもありふれても居ます。これも、どう言うわけでも御座いません。やっぱり、長い時期おせわになった本名ですから。先には、未来には、ひょっとしたらビックリの嫌だったことも僥倖にも反転してのこともなるかも? 覚えて貰えやすいということは、有りふれた名前の良い面だと思います。

「たま出版」関連の人物とは、完全に、別人格の、極めて真面目なお方が浅野信博士です。出版社で区別をして下さいますようお願い申し上げます。出している出版社で、幾つかのランク付けが出来ます。「たま出版」関連はやっぱり「たま出版」) 

さてさて、かつては、ずっと悩んできておりました。

それが、『ホツマツタヱ』2アヤの冒頭のところ、
わたくし「は」の方が良いのでは? って、
ずっと長らく悩んできておりました箇所でした。
校異で、「は」と「に」のふたつがあるのですね。
どちらも捨てがたいと思うのでした。
今回、「国語」の文法に付いて、浅野国文法に閲してなお再考してみていましたらば、
この『ホツマツタヱ』の2アヤの冒頭部分は、
「に」の方が、何倍も素晴らしい文章であると、
そう判断をできるようになりました。
校異の判定考慮は、むつかしいもので御座います。
ヲシテ時代中期の、わが大文明!!
この素晴らしさですね、再構築してゆくべきは。
考古学的時代の把握では、
縄文時代から弥生時代に掛かる変遷期の頃のことです。
さてさて、
この、わが国の大文明の事、
もっと大切にしてゆきたいもので御座います。
反日の人達の餌食にされてしまっては、もってのほかです。

それを目的とする、GHQのお手先のような人も居ますし、

お花畑のように、「楽しかったらいいんじゃない!」っていう、

何処の国の人なのか? 国籍の不明的な人も多く居ます。

クワバラクワバラで御座います。

アマテルカミから、褒めてもらえるような仕事にと、

その事を真面目にやってゆく事を、

やっぱり、わたくしとしては、ずっと、貫いてゆくわけです。

ヘンな人からの、「悪魔のささやき」に耳をかしたら、

ヘンに染まっちゃいます。

やっぱり、トとロのヲシヱの如くに、自らの立脚点に、ちゃんと立つことですね。

            ・・

この、2アヤの冒頭の文章のところでも、

たった8行でも、多くのホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

特殊文字がたくさんに出て来ています。

ここの詳しい事情が、

実際に、自分の手で書いて見ないと実感が出来ないのです!

うちの女房なんかも、ヲシテの「ヲ」は、中点無しの「ヲ」ですよ!

30年来にも言い続けていても、100%スルーでした。

まったく、ひどいもので御座います。

カタカナに変換しただけでも、特殊ヲシテの文字の情報は、

削除されます。

女房は、半年ぐらい前から、ヲシテの「ヲ」は、やっとこせに中点無しに、

認識をしはじめました。

そして、いう事がふるっています。「変体文字って、結構使われているのね」って。

やっぱり、自分で読み書きして、それで、初めて解かることも多いものですね。

いまさら言っても、なんなんですが…。

『ホツマツタヱ』のそのホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字が、

読み書きできなくちゃ、しょうがない。

ヲシテの文字の読み書きも出来ない人が、紹介をしましょうか?

って、言って来て下さいましても、

このごろは、もう、遠慮しています。

どう見ても、曲げられちゃう恐れの方が勝っています。

かつての「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の騒ぎと同じです。

結局は、おとしめられて、その後には傷付けられての結果だけで、

悲惨な思いをするだけ。

カタカナ変換や、ひらがな変換だけでも、意味の切り捨ては、

かなりの被害にも達します。

さらに、直訳なんかにしたら、

もっともっと多くの情報がぶちん・ぶちんとちょん切られることになります。

いっときの解かり易さの、ちょっとだけのために、

わが国の貴さを、二束三文に叩き売りするのが、

いわゆる、直訳です。

それで、わたくしは、

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」と表現して、極力排除してきています。

これからも、この姿勢には、いっさい、変わりは御座いません。

わがくにのタカラモノを大切に思うからで御座います。

せめて、1アヤとか2アヤのあたりぐらいは、

暗唱して下さいますようお願い申し上げます。

          ・・

文章の編纂者のこと、この追記をいたします。

さて、
「このときに」の文章の秀逸性について、
感動をしていたところですが、
さてさて? この文章を編んだのはいったい何方であったのか?
わかれば、お祭りしている神社に参拝して、
お礼を申し上げたいと思います。
顕彰もしてゆかねばと思います。
『ホツマツタヱ』の最終編集はオオタタネコさんです。
タタネコさんとも言います。
序文にあたる「奉呈文(ほうていぶん)」(0アヤの表示をしています)の、
末尾に(ホ0−6、ホ奉−6)自身の署名が為されていますので、
オオタタネコ(ヲヲタタネコ)さんの事が判明します。
また、『ホツマツタヱ』28アヤの末尾には(ホ28-109)ワニヒコのことが、
自身の名として記録されています。
ワニヒコさんとは、クシミカタマさんと同人物です。
そこで、28アヤの処あたりは、クシミカタマさんが文章を編まれたのだと解かります。
ところが、『ホツマツタヱ』をよく読んでみると、幾つもの文章のスタイルの違いに、気が付きます。40アヤのあたり、28アヤのあたり、17アヤのあたり、
とそれぞれ文章のスタイルが違います。
解かる人には解かるレベルの微妙で高度な違いです。
余り解からない人の方が、多いと思います。
でも、違いが分かる人には、歴然とした差があるんですね。
つまり、40アヤあたりで書かれた時代から、
28アヤの文章が編まれた時代まで、約850年の時を隔てているのですから、
文章のスタイルだって、変化するはずです。
今なら、江戸時代に書かれた文章が読みにくいのは、
現代人誰しも納得ですものね。たった、300年でもそうです。
『ホツマ辞典』の302ページをご覧ください。
年表にてはっきりわかります。

 
ところで、
知りたいのは、いったい『ホツマツタヱ』の2アヤの冒頭の文章を編んだ人物のことでした。
お祭りしている神社に参拝して、お礼を申し上げたいからですね。
さっき、確認したのは、40アヤのあたりを編んだオオタタネコさんじゃなくて、
28アヤのあたりの文章を編んだクシミカタマ(ワニヒコ)さんとも違うようだ、
という事でした。
クシミカタマさんは、28アヤの書かれた頃には、ご逝去の間近かのご様子です。
また、17アヤなどとは、28アヤあたりの文章と随分と文章スタイルに違いがあります。
つまり、別人物が17あやあたりの以前については、文章を編んだと推測できます。
さて? いったい何方様なのか? クシミカタマさんよりも、もっと前の世代であることは、言えそうですね。

 

『ミカサフミ』の方を見てみましょう。
『ミカサフミ』の1アヤの冒頭の独自文は哲学的にとても深い内容でした。
わたくしは、アマノコヤネさんの文章であると想像をしています。
アマノコヤネさんは、ご逝去に当たって、「あめものごとし」(ホ28-90(7434))とも例えられたほどでした。

つまり、天皇陛下のご葬送にも匹敵する程に、
人々から惜しまれ慕われたのです。
また、「よよのみち ひとりにつけり」(ホ16-93(3122))とも言われるほどの、
秀逸なお方でした。
だからこそ、『ミカサフミ』の初めの頃のアヤは、アマノコヤネさんを置いて、
ほかに、これだけの文章を編めるお方は、居られ無いからです。

 

そうして、ひるがえって、
『ホツマツタヱ』の初めの方のアヤの文章、
これを編んだ人物に目星を付けてゆきますと、
幾人かが思い浮かびます。『ミカサフミ』の初めの方を編纂したと思われるアマノコヤネさんと双璧を為す人物でなくちゃ、出来るはずがないという事が解かると思います。

そうしましたら、
第一の候補はクシヒコさんですね。
クシヒコさんは、多くの褒め名を頂いています。
ヤマトヲヲコノミタマカミ、ヲヲコヌシ、ヲヲクンヌシ、
2代目オオモノヌシ、コトシロヌシなどなど、ややこしいですが、それだけに大偉人です。
3代目のオオモノヌシのコモリカミも、候補者に上がります。
ツミハさんや、アタツクシネさんも候補者に上げることになります。
さてさて、ふかい話にまで、発展しました。
「このときに」(ホ2-1(242))の「に」なのか? 「は」なのか?
の、ヲシテ1文字の校異の吟味からの展開の話でした。

| 日本史・国語 | 12:40 | comments(2) | - |

「御世の代わられます、おんこと」につきまして。 イノシシの焼き物のこと。

御代もいよいよお代わられてのこと、
時代の、進みゆきますことで御座いますね。


女房が、「イノシシ」を作っています。


香炉にも、花活けにも使えるか? と、ちょっと大きい目と。

小さな方は「ウリボウ」の可愛いのです。

女房は、目をつむっちゃっていました。

 

御世変わりの事に関連いたしまして、
素朴な疑問が寄せられました。
読者のお方にも、同じような事、を思われておられるお方も、
おありか? と、返答を、掲示いたしたいと思います。


―問い 1―
この「ゆき、すき」の由来などについてはヲシテ文献で
詳しく語られている箇所はあるのでしょうか。
以前の講座の中であったかもしれないのですが、勉強不足で
思い出せません。


―返答 1―
拝復
今朝がたも
お月さまが美しかったです。
どうして同じ面を向けるのか? 表側だけ?
それは、重心の原因だったようです。
表側の方に、重たい物質が多く集まっていて、
月の裏側の方には軽い物質の成分が多いのだそうです。
それだから、引き合う力によって、いつも、地球の方には、
表面だけ向くわけですね。 なるほど、です。
「ゆき・すき」のこと、
「あゆき・わすき」や「おおなめ」の項目に見るべき用例も列記しています。
『ホツマ辞典』33pや155pです。添付します。
 

深奥の哲学的な理解に至るには『ミカサフミ タカマナルアヤ』にくわしいです。
敬具

 

   <ツバキと、バラ。 バラは『万葉集』で「うまら」とも呼ばれます。

    堅いツボミ、さてさて、咲いてくれましょうか?> 


―問い 2―
アユキワスキ、モトアケ、ユキキノミチ、タナハタなど
色々読みつつ池田先生の動画を拝見したりしつつ、
御代替わりとはいかなるものか想像してみようと
しております。恐れ多いことではありますが、
天皇陛下はユキスキの意味はご存知なのかなあと
素朴な疑問を持つ今日の私です。

ところで、また質問なのですが、唐に日本が支配?されて
日本語が漢字に取って代わられた様子の記述は
ヲシテ文献に記されているのでしょうか。
質問ばかりですみません。

 

―返答 2―
拝復

御代の、お代わりになられる時に、
また、遭遇させてもらえますのも、
不思議なめぐり合わせです。

「ユキ・スキ」「アユキ・ワスキ」の本当の意味合いが分かったのは、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
発見と、現代研究からです。
ですから、ご進講を! と、
昔から言っては居りますが、
お求めが無くては、かなうことでは御座いません。
残念なことです。
ですから、かくなるうえは、出来るだけ長生きの、
その事にも気を遣っています。

漢字渡来は、公式には、
王仁(わに)の事かとされています。
https://kotobank.jp/word/%E7%8E%8B%E4%BB%81-154262


15代応神天皇の御世ですから、
12代の景行天皇さんの後になりますね。
12代景行天皇さんの56年までが、
『ホツマツタヱ』の記述があります。
それからの以降は、
まず、正史は『日本書紀』になる訳です。
ところが、『日本書紀』は、漢字だけで書かれています。
すでにして、わが国風は、表面的に相当削除されていると見ることが出来ます。
だからはっきりしないですね、漢字にやられちゃって。
漢字国字化以降は、真相の解明が困難です。
そして「アユキ・ワスキ」のことだって、
やっと、2000年近く経ってから、此処にはっきりと内容が解かったのですからね。

敬具

池田 満

| 日本史 | 03:34 | comments(1) | - |

京都御苑の仲立ち売り休憩所が、オープンしたとの事です。ニシン(鰊)のこと。

京都御苑の仲立ち売り(なかだちうり)休憩所が新築して改装のオープンをしたとの事です。

http://fng.or.jp/kyoto/news/service/service-nakakita/
 

思っていたより早かったです。
1月19日の土曜日は、仲立ち売り休憩所で、
早や御飯を、と、予定いたします。
荷物があるので、車で行こうとしましたら、
山科を、早めに抜けないと、時間が予定通りになりません。
それで、早めに行くようにしています。

 

         ・・

ニシンのことで、関連の話がありました。

そこで、『古事類苑(こじ るいえん)』の記事をスキャンしUPします。

本が分厚いので、端が黒くなってしまいすみません。

大切な箇所は読めるかと思います。

| 歴史から長寿・健康まで | 01:48 | comments(7) | - |

「ふ・こけ」の『フトマニ』の茶碗のこと。今年は激動の年のようです。名刺の更新のこと。

明けましておめでとうございます。

寒さが厳しくなってきまして、
厚めのコロンとした茶碗を出してきました。

フユ(冬)は、こんな感じの茶碗が良いですね。
「ふ・こけ」の茶碗です。


わたくし作の、女房の焼成です。

ロウバイがほころび始めています。
『フトマニ』の「ふ・こけ」の項目は、
諦めてはいけないというメッセージだと思います。

 

今年は、御代の替わりの年でもあり、
世界情勢もいよいよ混沌と激動もして来そうな勢いで御座います。
元気にやってゆくにはどうするか?
「諦めない」、「ふ・こけ」の項目の事を、
常に念頭に置いておきたいもので御座います。

           ・

今やっと、「国語」の原理の究明に、
糸口を見つけつつあります。
このアイデアを、纏めるべく、
浅野信先生の説の読み直しをしています。

 


仕事をまだまだしてゆかねばなりませんから、

元気で長生きに気を付けています。

  <いつきのみや歴史体験館で、各地のしめ縄が飾られてありました。

   石垣島のは、めずらしいです>

 

わたくしは、
食べ物と、運動で、
体調の維持管理をしています。
ダンスの再開で、足腰も随分としっかり致してまいりました。
食べ物:1、糖質制限(糖質置き換え)
    2、キノコ(岩出菌学研究所、「姫マツタケ」など)
    3、昆布を毎食食べること
    4、アミノ酸のサプリメントと、ビタミンCの摂取

長生きをして、もっと仕事をしてゆかねばと思います。
当面、の仕事です。
    1、「国語」の基礎理論の構築
    2、和仁估安聡さんの筆体のフォントのレベルUP

        ・・     ・・

名刺の在庫が少なくなり、刷ろうという事にしました。

裏側にスペースがありましたので、一文を入れる事にしました。

1週間で刷り上がるとの事です。

今度の、京都に行く際には持って行けそうです。

 

生まれ年(昭和30年・1955)と、出身地(大阪府)を入れましたのは、
同姓同名が、全国にはとても多くて、間違われやすいのを防ぎたい思いからです。

「池田」の名字も多いし、「満」の名前も多く有ります。
池田 満、なんて、組み合わせは、

極々ありふれた名前になりますから、
いろいろなお方が現代に居られます。そりゃそうですね。

一番びっくりしたのは、病院で、生年月日が同じの「池田 満」さんと遭遇したことがありました!

これは、いささか怖い事です。医療事故にもつながる恐れも無きにしも無く。怖れるべしで御座いました。
「ホツマ」とか、「ヲシテ」とか、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」関連での言葉をプラスしての併せての検索だと、
バシッと、区別が出来ますが。

まだまだ他にも、もっと、別の意味のむつかしい問題も御座います。
「池田満」の書籍検索では「池田満寿夫」さんの著作の作品の方が、
大多数を占めてしまいます。かなりの、活躍をされましたですね。

「満寿夫」さんも、立派なアクティブなお方でした。

ぜひ、そのうちには、%で「満寿夫」さんにも逆転したいもので御座います。

あと、ざっと見積もって50倍ですか?
とにかくは、当面に区別してもらいたいと願っての思いで、
生まれ年と、出身地を入れました次第で御座いました。

「絵描きさん」とか、「彫刻家さん」とか、そういったお方と、ちょっと目的意識が違うのが、

「国士」の言葉の持つ感覚だと思うのです。

国家レベルの枢要についてどう考えてゆくのか?

『古事記』や『日本書紀』のこと、それをどう捉えて考え、

さらには、『古事記』『日本書紀』の原書のことに、

もっと、根源的な思いを馳せるのが、

本当の意味での「国士」であるのだと、こう思います。

さてさて、

「満寿夫」さんの芸術家のきらめきだけの段階から、もうひとつ、

UP、UPしての、「国士」へと。

これは、単に、せまい愛国心的な感覚ではないのです。

全世界を覆った、一神教の狂乱の時代に幕を引く端緒が、

トヨケカミの宗教改革に有ったのでした。

この詳しい成り行きは、

『ホツマツタヱを読み解く』(池田 満、展望社)に、詳述しました。

先ほど、また、在庫がないので送ってほしいと展望社からFaxが来て、

女房が喜んで持って来てくました。うれしいことでございます。

欣喜雀躍、

今朝も、カラスもスズメも、喜んでいました。

ネコ避けに、ネットを、張りまして、

もう、もう、ネコは来ないように。そうなったかな?

カラスの、こと。

かわいがるのも、諸事情、

けっこう、あれこれ、むつかしいです。

それはそれは、アマテルカミのお気持ちのこと、

どうであらせられた? のでも、あるのかな??

の推察のことを、どうしても、

追認したいがための、わたくしの、思いです。

なかなか、むつかしい、現代には理解もされにくい思いであるわけは確かだと思います。

でも、アマテルカミの、そういった、すばらしいおこころの、

こころはえ、

この、

スピリットを体現して、追認して、アマテルカミのその素晴らしさを、

感動を、できたら、ともに思い涙したいです。

 

記紀の原書としての位置の確認をするのが、階段の一歩目ですから、

 

『ホツマツタヱを読み解く』(池田 満、展望社)は、基本の必須の書籍でしょう。

必携書の第一だとも思います。

明日に、発送したいと考えて思っています。

やっと、はぐるまが、噛み合いつつにも来て来たことを、

うれしく、思っています。やや、なんとなく、少しは進みました。有り難い事で御座います。」

『古事記』『日本書紀』の、その、国史の原書の、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」なのですね。

Chinaのすばらしい一流の、超一流のことで素晴らしいですね。

敵ながら、あっぱれの称賛の思いを伝えたいです。

プロパガンダの、その、アクティビティの活性度がすばらしい。

プロパガンダ力のすごいちからですね。

魏志倭人伝の、たぐい。

そこなどとも、つうじます。

おとしめの構図の人達に、やられちゃうのはひどいです。でもひどさを解からない人が、じつは、90%以上であることも、公然の事実です。悲しきことですが、やっぱり、どうかんがえても、事実なようです。

 

| 歴史から長寿・健康まで | 16:07 | comments(12) | - |

「オニヤラヰ」の追儺(ついな)の行事のこと。『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」にも記述がある古い行事です。

昨日は、いつきのみや歴史体験館、
にて、追儺(オニやらい)の再現行事がありました。

おにやらひ1.jpg
斎宮(さいぐう)、とか、「いつきのみや」って、
聞いた事も無いお方も多い事だと思います。
伊勢市の北側の隣の明和町(めいわ ちょう)にあります。
すぐ近くに祓川(はらい がわ)の清流の小川が流れています。
禊ぎをして清く居つくのが、斎宮の位置です。

祓川はうつくしい、ちょっとすずやかな小川の流水です。

シジミの貝も居ます。
大昔は、ハライガワで、ミソギをなさいましたのだと思われます。

おそなえ.jpg
西暦650年頃の遺構が、今年の発掘調査で見つかったとの事です。
やはり、早い時期の「いつきのみや」はハライガワに近い位置であったとの事です。

平安時代まで天皇陛下のご名代として伊勢神宮にお仕えする皇女の、
斎(い)つきまつる・お宮殿(みやところ)のこと、これが「いつきのみや」です。
いつきまつるので、漢字で書くと、「斎宮」になります。
それで、
斎宮(さいぐう)とも、「いつきのみや」、とも呼んでいました。

精進潔斎のおミヤですから、「追儺」の行事もしっかりと執りおこなわれていたはずです。
独身の皇女(ひめみこ)さまが、ずっと、お伊勢さんに、

お仕えしておまつりをなさいますのです。それで、精進潔斎です。
独身のママに、ずっと。
斎宮さんになられたお方様は、さみしい思いで御座いましたでしょう。

そうそう、

節分の日の事ですが、

この頃の、日程の表を掲げます。

最盛期には、斎宮(さいぐう)の斎官(さいかん)は、

職員の総数で500人からなる大きな規模であったと推定されています。

でも、どうしてそこまで、

お伊勢さんに、お仕えするのに、大仰なことをずーっとしてきていたのか?

『古事記』『日本書紀』を読んだだけでは、さっぱりわかりません。

『古事記』『日本書紀』に翻訳削除された個所を見ると、

「あー、なるほど」と、納得できます。

なにしろ、カミヨのところは、8割がカット部分の、

ひどいありさまです。

『定本ホツマツタヱ』をご覧ください。

こりゃひどい! って、思って頂けること請け合いです。

神武天皇以前の我が国の文化文明のハナ(華)の時代を、

消し去るのが、『古事記』『日本書紀』だったわけです。

アマテルカミって、本当にすごいお方であらせられたのです。

それだから、2000年近く経った平安時代にも、

それほどの最重要意識での重要視のお祭りをずっとしてきていた訳で御座います。

          ・

 

だから、だから、思いも掛ける事、

100%も無い様な、ビックリの物語も発生します。

それが、やすこ内親王さまと、在原業平との物語ですね。

京都の嵯峨野の、精進潔斎も、野々宮さんですね、

クロモジの小柴垣の香りが、さわやかです。

でも、その深い歴史にこめられた意味合いは、なみだなみだです。

在原業平も、恬子内親王(やすこ ないしんのう)の親御さんにミヤコで言われて、

そういうお気持ちのこと、お聞きして…。ってことだったのだろうか?

いわれると、気を遣います。へたっぴのわたくしだってそうです。

ダンスでだったら、気が軽いですけれど、スポーツですから。

このあいだ、どうして来てくれなかったの?

って、

言われたりしています。

やっぱり、スイスイ踊れる男性は少ないようです。

びっくりですが、嬉しいお話しです。

とはいえ、

そうは言われても、

その日は仕事でなんですよ、って、親しい人には前もっても言ってはいるのですが…。

それでも、他の人達から、あの日来なかったって、言われちゃう。

そう、求められて言われるのがハナ(華)のうちですね。有り難い事で御座います。

おかげさまで、足腰の鍛錬は充分に出来て来まして、このごろは、腕の部位にも筋肉が付いてきました。

何ごとも鍛錬で御座います。

 

おにやらひ2.jpg
斎宮さんのこと、長い間にはいろいろな出来事も興ります。
当然、ヒトの世の中です。そして500人もの大所帯です。
『伊勢物語』69段に、
在原業平の逸話が載せられています。
恬子内親王(やすこ ないしんのう)とのやり取りです。
「君やこし我れやゆきけんおもほえす夢か現かねてかさめてか」
(君や来し 我れや行きけん 思ほえず 夢かうつつか 寝てか覚めてか)
「かきくらす心のやみに惑ひにき夢うつつとは今宵さためよ」
(かきくらす こころの闇に 惑いにき 夢うつつとは 今宵定めよ)
「かち人のわたれはぬれぬえにしあれはまたあふさかのせきはこえなん」
(徒人の 渡れば濡れぬ 縁あれば またあふさかの 関は越えなん)

    『群書類従』から引きます。17輯です。

narihira1.jpg

narihira2.jpg

今は、斎宮の司庁の建物も再現して建築されています。

立派な御殿です。

当時の斎宮さまのお住まいだったおミヤは、

近鉄電車の線路の下に遺構があるのでは? と、想像されています。

さてさて、在原の業平の事、
ゆかりは続いて、えにしのある高階家の貴子さまのお子さんが、
藤原伊周(これちか)さんでして、『枕草子』の清少納言の憧れの人でした。

 

おにやらひ3.jpg

そうそう、
「追儺(ついな)」の話しでした。
なじみ深い言葉での「鬼やらい」の、言うなれば今の節分の豆まきの行事の元の、
再現に行ってきました。平安時代の初め頃にと、再現の時点を想定しつつの事です。
豆まきの鬼やらいも、
長い時代に、
いろいろ変遷をしてきていました。
時代がその経(へ)た期間が長いので、
ひとくちには説明がむつかしいのが困った事です。
ヲシテ時代の中期にも「オニヤラヰ(フ)」の行事の記述は有りました。

この記事を読んで頂いたからにはもう、「オニヤラヰ」の行事の効力は得て頂けたと思います。

今シーズンでの、これから先、
「トシワケのヨ」の行事です。
「トシワケ」とは「ヱ」の季節から「ヒ」の季節に移り変わる夜に、
マモノ除けをする行事です。
(トホカミヱヒタメの事を参照してください。『ホツマ辞典』)

病気除けの行事です。
「ヱ」の季節から「ヒ」の季節への移り変わりの日頃は、
太陽の巡りに関わりますから、今で言う「節分」の事と同一です。
お正月の元旦の前の、大晦日は、月の巡る周期と関わって変化します。
大晦日は、いつも、月夜ではなくて真っ暗ですし、
節分は、月の満ちひきとは無関係です。

今シーズンの節分は、来年の2月3日です。

また、旧正月は、2月5日です。

正月よりも節分が早いのは、3年に一回程度起きます。

うるうツキが入る関係で生じます。

「オニヤラヰ(フ)」の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での用例は3例あります。
ホ38-82(9923)、ミ7-5(11485)、ト-2(11674)です。


こうして見ますと、
漢字の流入から、「オニ ヤラヰ」の仕様の仕方は大きく変遷があったと判断できます。

さてさて、

これから、どうやってゆくか?

そこを、マトモに考えてゆきますのが「ヲシテ国学」です。

わが国の大文明を、終わらせるのか? ここから、再発展のことを目指してゆくのか?

それは、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

記紀の原書の発見から、ここ、一番で大きく変化します。

記紀の原書であるとの、

この事実の、認識の如何(いかん)です。

みんな、へんちゅくりんのやさしげの人達は、

『古事記』『日本書紀』と、比較もしたことも無いので、

なんでも良し良しの、そう言った人たちは、これから、

遠ざけるべきのベクレルが強く働いても来ましょうね。

だって、

他国のスパイにやられ放題ですね。これでは、おかしいです。

 

 

それはともかく、

記紀の原書の発見に付いて、

その意義のただしい理解に、焦点をあてて来て下さいます、

そういう、まじめなお方が、

おひとり、おひとり、って、

本当の「おとしめ」ならぬ「格上げ」に、

おわかりくださいます、おひとりの、

真摯なお方に、真面目なエスコートをして、

間違い無きの所信をはたす。

これが、わたくしの、

お役目で御座いましょう。

 

| 歴史から長寿・健康まで | 05:31 | comments(21) | - |

お料理のこと。長生きで楽しくをどう実現してゆくか? アマテルカミのご追求のテーマでもあります。

お料理は、一種のひとつの楽しみですね。
どうやって? おいしく、健康にと、活用出来得るのか?
そのこと、
あれこれと考えるのは、楽しい事で御座います。

きょうは、パパイヤの料理をやってみました。青果のパパイヤです。

味噌のゴマ和えと、味噌煮込みが良さそうでした。

左側は、コンニャク添え。右側は、昆布とミニがんもの炊き合わせです。

青果としてのパパイヤの料理です。

             ・

あれもしないといけない、
また、これも、先行の事項だと、
毎日ゴチャゴチャやっています。
たまたま、
パパイヤの青果が、
近所の人から届けられました。何でも、霜が降りて来そうで、全部収穫したのだそうです。

もう、冬ですから、甘くにはなりません。


何か、パパイヤを良い活かすようなお料理は無いものか?

と、相談です。
見ると、良さそうな青果のパパイヤです。
バナナだって、青果で熱帯地方では活用しています。

甘くならない品種は、主食的な食べ方もしています。
それを言ったら、持ってきた人は、目をビックリマナコでした。


        小さな種の粒々が出来始めています。

食物のこと、もっと、視野を広げて貰いたいな、って、
このときに感じました。
それで、
青果のパパイヤ料理です。

そう、青果のパパイヤのこと、茹でましたらば、ちょっと苦みを感じました。
それで、お味噌仕立てがフィットすると解かりました。
流水でさらし過ぎて、味も風味も流し去ったら、単なるポスポスのウリみたいです。
それは、おいしくないです。
少し、苦みと風味の残しつつ、
お味噌の味に、青果のパパイヤの風合いをインパクトとして加えるようにしたら、
これは、
絶妙の、1+1が、2ではなくて、3にも、4にも、もっと大きくにもなる、
相乗効果を発生させてくれる原理にはまるんです。
どうやったら?
相乗効果を発生させ得るのか?
この、
その、
大切なる基礎原理が「トのヲシヱ」なのです。
まあ、
なんとか、
この「トのヲシヱ」の大発見について、
消え去る間際に、痕跡については、
残し得るような、そういうことが、
わたくしの成果なので御座いましょう。
何と言いましても、「トのヲシヱ」の伝承をゼロになることは防ぎ得た!
この自負は御座います。

             ・・

それはともかく、

すぐに、お料理をしてもらってと、
随分喜ばれました。わたくしの虎の巻は、料理でもそうですが、参考書は『群書類従』です。
ホント、何でも『群書類従』です。

お料理のこと、随分と喜んでもらえましたようです。

      <近頃の写真です。髪の毛が増えたような?>

でも、
あれ? わたくしは、ダンスもそれなりなんですよ、って。

言いたいでした。
ダンスは、『群書類従』は残念ながら参考にはなりません。
しかしながら、お茶の仕様や仕草など、「紹鴎茶湯百首」などは、
ダンスにも活かせる所も、また、あるのも厳然たる事実です。

何でも、勉強で御座います。

でもね、ちゃんとヲシテ文字の、ヲシテの文献の、

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』ですね、

読み書きがスラスラ出来ていれば、

大きく、私はリスペクトします。

さてさて、そう言ったことが、

残念ながら、40年来ほとんどの例においてごくごく少数の事例でした。

青木純雄さん、平岡憲人さんも苦労をしておられたです。思い出します。

合田静江さんの出現もビックリ致しました。

斯波克幸さんの出現も驚きでした。また、辻公則さんの出現はまたまたビックリです。

辻公則さんの出現は、またまた、大きいです。

まだまだ、これからが楽しみです。まだ、そう言えども、わたくしもがんばって、創意ってことが、

これからも、日々の努力にて融通無碍に大きな発展の創意のアイデアを創り上げてゆこうと強く念願していて努力しています。

どう考えましても、「トのヲシヱ」の意味合いのすごさですね。

今後の10000年の、定礎の理念であるべきだと、

そう、

わたくしは、判断しています。

そうそう、

「力(ちから・暴力)の時代」は終わり、

「幻惑の時代」は終わり、(ゾロアスター、アメン神、崩落の現生の否定の仏教などなど)

ましたと、わたくしは言いたいと思います。

ゾロアスター教の問題のところを、昔、わたくしは、

昔によくよく考えていました。

https://www.youtube.com/watch?v=BqAG9Zf5h1o

逸翁の小林一三さんの池田文庫で、

かつて、わたくしは、ゾロアスター教に付いて、かなり調べていました。

若い時の、こころの奥そこに、どんと埋め込んだDNA的なわたくしの感覚でしょうか?

一神教においての、ゾロアスター教において総合的にまとまってゆく、概念と、

本来の、私たちの自然な感覚とは、究極的に

齟齬が生まれてくるのだと、わたくしは思っています。

わたくしの思いには、どうしても、私意の、身勝手な身贔屓な判断がどうにも少しはあることだと思うのです。

ダンスでもそうですが、

あの人よりも、わたくしが上手だと、

そういう思いは、気持の半分か、十分の一が、ある意味正しいようです。

自分の思いは、絶対に、他人の評価は低いです。

この事は、私の経験で100%万全に正しいとわたくしは思っています。

気持ちではあんぶんが旧恐懼的にんと

この思い間違いの、ボタンの掛け違えを、

どう見直してゆくか?

もちろん、現状認識においての、齟齬がありますので、

そこからの、間違い直しの事で御座います。

 

 

 

 

 

 

| 歴史から長寿・健康まで | 18:49 | comments(2) | - |

「縄文カレンダー」の2019年版が出来ました!

わが国の、風土の自然観を取り戻す事も、
重要な事柄で御座います。「縄文カレンダー」は良い道しるべです。

「トホカミヱヒタメ」の意味合いが良く実感できると思います。

極めて早い時代での「のと(祝詞)」が、

「トホカミヱヒタメ」の言葉だったのです。

いわば、祝詞(のと)の初発の事に近い。

縄文時代の、すくなくとも前期の頃には確定的に言えるでしょう。

「トホカミヱヒタメ」って、すごいとなえ(唱え・称え)の言葉なのですね。

天地自然とマッチングした、ものすごい、祝詞(のと・のっと)の言葉だったのです。

その原理が、この、「縄文カレンダー」に解かり易くまとめられて記述されました。

 

さて、さて、思いましたらば、出来れば、太陰太陽暦にも戻したい思いもします。

とは言いましても、
最早、世界は密接なつながりもあり、
グローバルには、西暦が大きなウェイトを占めています。

むつかしい問題でもあります。
さて、視点を変えて、よく考えましたらば、
稲作以前は、太陽暦の方が主体だったことも考えられます。
暦の受け入れの感覚も、ふたつのレンジが有っても良いかも知れません。
でも、わが国の風土において、太陰太陽暦は、捨てがたいものがあります。

昨夜は、シモツキの5日、上弦の少し前で、細めのお月さんでした。

雲目に隠れたりしながら、田圃道を照らしてくれていました。

つくしい光景です。

さて、とは言え、霜も降りれば、

シモツキとて、サトイモの葉もしょぼくれて枯れて来ました。

「きはみおち」(黄ばみ落ち)のその季節の巡りです。

よくよく、温かくしてお風邪など召されませぬように、と、願います。

『カクのミハタ』の「トシウチニナスコトのアヤ」は、

さすがに、超国宝物の絶品のクラスですね。今のところは、その真価の解かるお人も少ないのが、正直のところ残念ながら、実情で御座います。

ヘンに、おとしめようとたくらむ人達に、40年来やられっぱなしに、やられ続けて来ていましたので、

今のところ、マトモな反論するのは私を含めて数人の事で御座います。残念なことですが、このところ、潮流にも転換期が来つつあります。GHQのWGIPのおとしめのギルティ宣伝に、70年経って、ようやく目が覚めて来て下さいましたお方が、あちらこちらにも、出現です! うれしい事で御座います。

さてさて、70年前の歴史改竄のこと、

それも、直して行くべきです。

 

またまた、また、

1300年の、昔にやられちゃっていた、いわばWGIPのおとしめのギルティ宣伝のような、

漢字の導入期のおとしめのプロパガンダについて、

やっぱり、直してゆくのが本当の筋論だと思うんですね。

これを言っているのは、今のところ、私だけのような雰囲気です。

さてさて、どうして? 成り行きましょうや??

 

 

そのことはさておき、諸病に掛からないようにと工夫するには、

自然の季節の巡りを理解するのも、とても重要で御座います。

「もちゐ ほとこし」の事も、ヱヤミ(病気)避けだったのです。

健康維持にも、自然の巡りの理解が欠かせません。

 

もっともの最優先事項は、健康の事です。

その上が、楽しく暮らす。

さらに、この理想を実現してゆくには、もっと大きなレベルの安寧のルールが無くては成り立ちません。

国家も必要です。

早くにも、縄文時代に、わが国は「縄文建国」を成し遂げていたと言うべきなのでした。

それは、「トのヲシヱ」による、文化建国だったのです。

 

その、本当の基礎の状況が解かる「縄文カレンダー」です。

 

 

 
「縄文カレンダー」の2019年版の、お求めなどのお問い合わせは、
冨山喜子さんへお願い致します。


今回の改定に向けて、文章も全面的に見直したとの事です。
良くなったと思います。

| 歴史から長寿・健康まで | 11:40 | comments(4) | - |

百田さん『日本国紀』と、ヲシテからの『日本国前紀』のこと。『ホツマツタヱ』の「タ」と「ヱ」の意味合いの解明につきまして。

百田尚樹さんの『日本国紀』かなり売れゆきも良く、
敗戦後に蔓延してきた自虐史観の払拭に、
一役はたしてくれそうです。
ひとことでまとめて言いますと、
「わが国は、2000年来の立派な国家である」
という事です。
もちろんこれは、世界のどこを見回しても、
わが国ほど素晴らしい「国」は、なかなかお目に掛かれるものではありません。
偏狭なナショナリズムの気持ちを、取り除いて考えても、
現在、130か国以上のどこと比べ得るか? と、私も思います。
その意味、百田尚樹さんの見るところは、ある意味、良いと言えましょう。

さてさて、
その先の話が、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
わが国の歴史の再構築の事になります。
なぜならば、『古事記』『日本書紀』の原書が発見されて、
現代研究が進んできたから、
わが国の歴史の根底からの見直しが必要になった 事実が起きてしまったからです。

ここ、50年のそのような近々の出来事で御座います。

 

もちろんのこと、

わたくしには悪意は100%にもに毛頭、

悪意は御座いません。

ですが、

新発見の事実によるわが国のさらなる素晴らしさのupに於いてのインパクトは、

さらに、大きなものであるとわたくしは思います。

もっと、

わが国は、もっともっと、

更に素晴らしかったのだ!!!!!

と、この発見をしたからには、

生を掛けて、生命を掛けて、イノチのことです、

ご説明、訴え、ご理解を賜るべく進んでゆくしかないと思って居ります。

つまりは、もはや「わが国は2000年どころじゃなくて、少なくとも6000年の歴史がある」
と、言うべきなのです。
『古事記』『日本書紀』の原書が発見されたのです、驚愕の事実です!

今やっと、現代研究50年ではっきり言えるようになりました!!

 

かなしいかな、1300年のその年来のくやしさですね。

その、その、くやしさをわかってももらえない、

悲しさで御座います。

 

 

わが国の歴史を、
たった2000年だと、思い込ますことに成功したのが『古事記』『日本書紀』の、
漢字文献だったのでした。

百田尚樹さんでも、やられちゃっているんです。おそるべし、『古事記』の罠です。

 
あれ?
敗戦後に蔓延した自虐史観と、構図がそっくりじゃありませんか?

なんだ、70年前に起きたことが、

まったく同様の「自虐史観」植え付け操作のプロパガンダが、

1300年前にも挙行されて、虚構の歴史観が植えつけられていたのです。

あーれー、昔にもやられちゃっていたんです。1300年前にも。

この事実が判明したのが、ここ50年の、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見・研究からしての、

新事実でした!

『古事記』『日本書紀』とは、

漢字が来てから文化や文明が出来たと、そういう、虚偽のプロパガンダの書籍だと、時代要請の上で書かれた書物だったのです。
そうなのです、そう言う事情から、

真実の我が国の素晴らしさが、

記紀の原書の発見と現代研究から、さらに、もう一段階も二段階もupするんです。

そうなりましたらば、もう一段階の一昔前、

つまり1300年の前の、漢字移入時においての「自虐史観」を払拭しましょう!
と、言うべき話になります。

これが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」による、
「ヲシテ国学」の樹立です。その意義なので御座います。

どうですか?

すごい話で御座いましょう?

へんに、おとしめの人達のお軽いたのしげなお話しに惑わされることは、

お気を付け下さいませ。
『古事記』『日本書紀』の原書の発見と現代研究です。

真摯な真面目な歴史にまつわる、訂正を入れようとするべき根拠の発見なのです。

現実面で、その事実をあばいてくれたのが考古学でした。

国立博物館で縄文展が、ものすごい迫力で展開されて、

あれ??

わが国の、その、元は、ひょっとしたら「文明国」だったのかも知れない?

って、ちょっとは、縄文展で感受なさって下さいましたお方も多かったと思います。

 

やはり、簡単にはゆきません。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の受容は難しいです。
直訳じゃ、ダメなのです。漢字移入時においての「自虐史観」を受け入れてしまう事になるからです。

直訳だと、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」になっちゃうから、ご用心のほどを!!

さて、
そうしましたら、
『日本国紀』に前半の部分は、とくに、大幅な見直しをしてゆくべきであることになります。
さしずめ『日本国
紀』として、書くべきか?
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の専門家でないと、
この述作はとても、その、任に堪え得るものではありません。
さて、やはりやってゆかねばと思います。

あれ?
でも良く考えてみましたら、
既刊の『ホツマツタヱを読み解く』や『縄文日本のこころを旅する』や、
『ホツマ縄文日本のたから』や『ホツマで読むヤマトタケ物語』や、
総合解説の『ホツマ辞典』
を読んでもらうと、
『日本国
紀』としての内容は、おおよそ、8割は入っていることに気が付きました。

『ホツマツタヱ』が解かってきて貰えますと、
『ミカサフミ』や『カクのミハタ』の『フトマニ』などの奥の院的な高度な書物にも理解が至ってきて貰えます。

もちろんのこと、『日本国紀』の構想は、温めながら抱卵をしてゆく所存で御座います。
もう少し、今、国語の出来つつある原理原則の解明に、この大きな疑問にトライ中で御座います。
これが一段落してから『日本国
紀』に向かいたいと考えております。
なにしろ、頭が一個しかないものですから、不便で御座います。
手も、2本しかないので御座います。

 

         ∞      ∞     ∞

 

さてさて、歴年の大疑問の解明の事が出来してまいりました。
動詞活用の表記の事で御座います。
松本善之助先生からの、命じられましたる課題のひとつでした。
『ホツマツタヱ』の「ツタヘ」の動詞の言葉が、
ハ行じゃなくて、ア行とか、歴史的仮名遣いからしたら、
逸脱している用例が多い事を、
松本善之助先生は、随分とお悩みになられていました。
そのひとつの、解答が、四国の合田さんの解明によって、
つい、数日前にもたらされました。
ここに、ご紹介したいと思います。
さすが「おシツさま」で御座います。

        ・      ・
『ホツマツタヱ』の本当の意味合いのこと。「つたゑ」と、「つたえ」、それと「つたへ」のこと。

微妙なニュアンスの文章表現で、
高度な意味の込められ方が、
『ホツマツタヱ』の文献名に、為されていたようです。


そもそも、『ホツマツタヱ』の文献名には、
「ほつまつたゑ」「ほつまつたえ」とも写本に記されています。
ちなみに、「つたふ」のことばの用例は以下に詳しいです。
http://woshite.com/ya/img124.jpg
『和仁估安聡本 ホツマツタヱ』(松本善之助監修、池田満編著解説、新人物往来社、平成5年)
http://woshite.com/ya/img120.jpg
http://woshite.com/ya/img121.jpg
http://woshite.com/ya/img123.jpg
http://woshite.com/ya/img125.jpg
また、
今回の、四国の合田さんの発案で、その元の動詞の活用形は、

すでに、

ヲシテ時代の中期にも、皆さん認識していて認識済みの事であるようです。

もう、アワウタが一般にも広く唄われていた訳です。
すなわち、
単に動詞活用の「ハ行」表記の基本は、もとよりある訳です。
勿論のこと、ヲシテ時代の中期にもですね。だいたい、ヲシテ時代の中期とは、縄文時代から弥生時代にかけての考古学の時代区分に相当します。
縄文土器の素晴らしさは、国立博物館での縄文展で多くの人が感動していました。
あれほどの文化の有った時代です。われわれのご先祖さんたちは、当時にも、優れていたのですよね。

そうであるからには、子供じゃあるまいし、
動詞の活用の原理なんて、
アワウタの原理をちゃんと掴(つか)んだら、
だれだって、間違いなしに理解出来るわけです。
基本的に「つたふ」の活用は「ハ行」ですよ、
ですが、ニュアンスでもっと意味を盛りたい際には、
「ア行」にも「ヤ行」にも変移させて意味込めをしていたと理解すると、
いろいろな不思議なことが、氷解してまいります。

『ホツマツタヱ』の「つたゑ」とは、
「ほつま」の良い事
「つ」たくさんの
「た」足す事、愛情をもって育ててゆく、春の温かな
「ゑ(え)」得ること、授かる事

「たす」の教え治めてゆく意味の動詞は、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、
広く出典しています。おおよそ、この語根の言葉は100例弱の用例を検出しました。


どう言うように現代語の言葉に当て嵌めても、しっくりと来ません。

むつかしいです。
「治める」では、権力による弾圧的な治世がイメージされて、そぐわしく無いです。
「養育す」にも、意味合いは近いですけれど、対象が子供に限定されてきやすいので、問題があります。
「養(た)す」と、言う表現を、松本善之助先生は試みられていましたが、定着も難しい事でした。
「た」と言う言葉は、「トのヲシヱ」の「と」の言葉と密接に意味合いを通用していることが、
ヲシテ文字のイメージで見ますとすぐにわかります。


           (ト)

 

           (タ)

子音の文字形の「Y(ワイ)」の集まる集積のイメージが、

ハニ(固体)態の「ト」になると固まった雰囲気になります。

ウツホ態(気体)の「タ」になるとアグレッシブになって来ます。

「トのヲシヱ」を能動的に働かせる状態がウツホ態の「タ」の意味合いと理解できるのです。

さて、その「タ」の言葉の理念を、
「ゑ(え)」得ること、授かる事において、
現象の表面上をなぞる表現の「ハ行」の動詞の表現では、
軽過ぎるのですね。
それで、
得るものだ、と言う意味合いを強く言うべき気持が、
「ア行」にも「ヤ行」にも変移させて、
『ホツマツタヱ』や『ホツマツタエ』と言う表記だったと理解出来得るわけです。

「伝える」の意味でもあるんだけれど、「タ」の温かな気持を得るための書物でもあると。


つまり、ジャズの主で種のメロディーに、
思いを込めて添えるようなバリエーションの、
表現として、「ア行」にも「ヤ行」にも、動詞の活用の範囲を広げて表記をする。
そこに、5文字7文字の制約の強いヲシテ時代中期の公式の文体に、
アドリブ的な、意味合いの付加をしたと考えると、
動詞活用の、行の乱れの意味も、必然的であったと考えることが出来て納得に至る訳です。
勿論のこと、伝承時代においての写本伝承上に書き間違いも多く、
現有の写本にも秘められてはいる事でありましょう。
でも、
余りにも多い、歴史的仮名遣いに、端的にわかるような動詞の活用の表記の乱れが、
多いのです。やはり、多過ぎだと、わたくしは思っていました。
現代で言えば小学生レベルでも解かるようなおかしさを、どうして? 直しもしなかったのだろうか?そこに、
もっと高位のレベルでの意味合いの付加を込めたとしまして、
この仮説のもとで、勘案を進めましたら、
理解の不都合さに悩んでいました諸事実が、わけもなく解決して解消してくるのですね。
すごいことでございます。
これの範疇のひとつが、
今回の
ある別の高位の次元の意思が働いて、
意味合いをわずかな行文に込めるための、
智慧がそこに働いて来ていたとみるべきなのです。

 


さてさて、「た」と言う言葉の大きさについて、
もっと、われわれは大発見だと、さらに大々的に報道やら発表やら主張やらをしてゆくべきだと思います。
「た」の言葉の概念のことはかなり高度なので、
直訳のレベルの段階だと、さっぱり訳も解かりませんですね。

ヲシテの字が読めなかったら、わが国の国語の造語器としての土台の理解が出来ないからです。

 
「トのヲシヱ」との関連の概念であると、そう言う説明を、
説き得て現代風にわかりやすく!!
ってこと、どうしてゆくか? ですね。
いつもいつも考えさせられます。

さてさて、
今回の、
「つたゑ」のことは、まさに、そう言う真相の真実発見の感動の物語に軌を一にする出来事でした。

どうして?
わが国の、文化も文明もすばらしいのか!!?

ひとつの発見ごとに、
いつも涙することです。

「つたゑ」の「た」とは、
天皇陛下が、国民の幸せにおいて、現状のご認識と、それを経てから、そこに、どう? 「た(た・足す)」してゆくかを、思い悩みご祈願あそばされるその事々なので御座いました。

ひとことで、言い表しましたら「タ」を為す。


なので御座います。

大東亜戦争の敗戦後の、自虐史観から、もう70年余になって、
『古事記』『日本書紀』の貶め記事に重きを置く、
歴史観が蔓延して、
この頃には「大王」だなんて、おとしめの表現をする人も多くなってしまいました。
本来なら漢字以前の伝統に立ち返って「アマカミ」や「アマキミ」あるいは「スヘラギ」として讃えてゆくべきです。

               ・
それを、何が悲しくて「大王」だなんて言うんでしょうか?
これこそが、『古事記』に込められた毒牙にかかって脳幹にまで毒素の蔓延した雰囲気であると、私には思えます。

「トのヲシヱ」や「タ」の精神で、国民を教え導く政(まつりこと)のお気持ち、

それが、現在にも連綿として繋がる皇室の精神です。

これ程の高貴なレベルのことなのに、

それを、何が悲しくて「大王」だなんていうのか?

わたくしには、どうにも納得も出来ない大きな違和感を感じます。

やはりどこかの回し者に、操られた人なのかも知れません。「大王」なんて貶め語をいうのはですね。

 

世間的には、

10万部ぐらいのボリュームの版が作れたら?

って、言われます。

勿論のこと良く良く解かっても居るつもり、です。

ですが、むつかしい。

歴史の根拠になるほどと言って貰えるような、

そこが、私の立場。

押さえるべきは、もちろんのこと、

ちゃんと見て押さえていますよ。

この、当たり前のレベルはほぐせません。

ちゃんと、根拠のあるレベルでの発信がありうるべきだとおもいます。 

よくよく、考えてゆくことが、問題解決の手段にも成り得ましょう。

 

               ・

 

先日に、冨山喜子さんが来宅で、
アワウタを、いろんな歌で吹き替えの、
替え歌でやっていました。
第九の歓喜の歌にも、赤とんぼでも、他にもいっぱいやっていて、
リズムも乗り、それにメロディーも添えて面白く出来ますようで、
楽しくやってゆけそうでした。ビックリするようなアイデアが、
また面白いものですね。


ととのえの なからうみちの
あさことの めくりよかれと
あわのうたには

 

健康で長生きのこと、みなさま、この思いは、

アマテルカミもおっしゃっておいでになられておられました。

 

アマテルカミの、

本当のお気持ち、

そのことを、思い巡らすこの幸せを、

わたくしは思います。

なんてなんて、なんて、すばらしい、

事などだろうか!!! 

 

 

| - | 05:48 | comments(2) | - |

ご近所の図書館の有効利用のこと。

あまり図書館を利用なさっておられなかったら、

図書館同士の書籍の貸し借りサービスを、

ご存じでないお方もあるかも?

と、気が付きました。

今は、便利になっています。

お近くの図書館に、訪ねて行って下さいませ。

とくに、ウチの近所ですと、田舎ですので、

ガラガラで来館者待ち状態です。

こんな本を読みたいんだけれど、って、相談しますと、

「取り寄せましょうか?」って、聞いてくれます。

予算が切れていると、送料がこちら負担になる場合もありますが。

どうしても見るべき書籍の場合、

上京してとか、交通費などに比べたら、楽なモノであります。

 

良いメールを頂きまして、その返書のメールを、

掲示させて頂きます。

 

      ・    ・    ・ 

   

○○○○様

 

拝復
お早うございます。
ヲシテの原字原文で、読み書きをなさって下さいます事、
嬉しく存じ上げます。

Chinaの思想汚染の、2000年来からの成り行きに、
この際、克服とまではゆかなくても、
せめて気付きの段階には、持って行きたいです。

古典ですので、
原文の原字での暗唱と読み書きの「写経」を、
毎日2〜3行ずつやってゆくと、
ある時から、パッと視界が開けて見えてまいります。
あせらずに、少しづつ取り組むのがコツのようです。

 

京都のヲシテ講習会では、
何しろ、見るも聞くも初めてのお方も、
おいでにもなりますので、
幅広く、聞いてもらえるようにと、
工夫を凝らしています。
導入部の、日頃の話題から入って、
各アヤの解説を主に説明します。
その後に、原文の朗読をします。
毎月、解説文に見直しをしていますが、
毎回、新発見が、やはり御座います。
ヲシテの、真実性なるが故の、奥深さの証明でもあります。
テキストは、ルビ付きにしています。

そのあと、
書き取り「写経」をしてもらって、
ヲシテの字の書き順など、質問に答えたりします。

資料は、A3で通常10枚前後と、
録音のCDです。

 

お送り先を、お知らせくださいましたら、
お送り致します。

 

刊行した書籍が、
一気に、あれもこれも在庫切れになり、
増し刷りで、てんてこ舞いです。
それで、
余り出ないものが、後回しになっています。
『よみがえる日本語』の1冊目も気にはなっているのですが、
青木さんも、平岡さんも、あまり熱心に増し刷りを言わないものですから、
後回し状態です。

 

『ホツマ縄文日本のたから』を、
増し刷り終えまして、
『縄文日本のこころを旅する』の、
増し刷り訂正のところのチェックをして、
先日に、送ったところです。

 

『よみがえる日本語』の1冊目のこと、
図書館でなら見れると思います。
国立国会図書館にも蔵書してあります。
この頃は、書籍の貸し借りが、
図書館どうしてしてくれるサービスも、
ありまして有効です。
わたくしも、
時々この、図書館同士の、書籍貸し借りサービスを、
有効に利用しています。

 

「ヲシテ国学」にむけて、
基礎は、『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』や、『カクのミハタ(『フトマニ』など)』の「ヲシテ文献」の原字原文の読み書きです。
『ホツマ辞典』を参考にしてもらうと、辿れると思います。
それと、記紀との比較対比をしますと、確定的に、記紀よりもヲシテ文献が古い事が解かります。
記述の違う箇所の内容の比較をしましたら、記紀が、ヲシテ文献から翻訳されてきている事も解かります。
さてそうしましたら、
もう、記紀なんて、机の脇にどけておいて置くべきだと解かってまいります。
これで、China由来のオカルトなどとの決別が可能になります。

記紀に翻訳されなかったところを、重点的に見てゆくと、
我が国の、漢字渡来以前のすごい文明性が解かってまいります。
『ホツマ辞典』で、サポートしています。

また、
その他の、解説書も、どうか、ご参考になさって下さい。

 

                    敬具

                      池田 満 拝

| 日本史・国語 | 02:34 | comments(2) | - |

カナツキ(カンナツキ・旧10月)のもう、モチ(満月)です。風邪予防のこと。

昨夜の、月明かりは美しかったです。
雲間が、ぽこんと切れていて、深い青空が見えていました。
雲の上からは、ほぼ満月の月が雲間の端で照らしていました。
先ほどに、降った様な水にほのかな月明かりの光が路上にあちこと、明るくしています。(私のカメラには撮影不能でした)
クニタマ(地球)って、どうしてこんなにも、うつくしいのか?

そういえば、今朝、「ビナンカズラ」の実を、
朝日が照らしていました。

カエデのモミヂも、うつくしいです。

サクラのモミヂも、早や落ちの樹には残っていませんが、
残っているモミヂ葉の美しい事。

この、季節の移り変わりのさまは、 

「みてくらそむる」の、
ようです。『ミカサフミ』に典拠があります。

アメミヲヤの創造の祖(をや)が、

その、宇宙の初発からの伝統によって、「イキ」を吹き出して、

それで、山野の彩りが染まる。

そういった自然観です。縄文文明の出来て来て来た頃の感覚です。

田舎では、よくわかります。

昨日に詠みましたウタです。

  (ハのオサに ヘにつりわけて

   ヒをナクル 数いたらせて

   フエ(増え)巻くチマキ)

 <織り機の事で、タテ糸の交互の上下の振り分けをする器具の綜絖(そうこう)とは、

  実は、古語で「へ」と言うのでした。

  その、タテ糸の上下の隙間に横糸を通すのが、「ひ」です。

  タテ糸の左右のブレを制御するのが「は」の「オサ」なんですね。

  「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」の、

  「は」「ひ」  ぬけ 「へ」  ぬけ なのでした。まさに、「成して、生え・増えてくる」感じですね>

 

           ・

 

季節は、カナツキに、それも、
もうモチ(満月)になろうとしています。
ヲヲナムチが、病避けにと、「ヌルテ」を焚(た)いて、
人々に暖をとらせた季節です。『ミカサフミ』に記載があります。

また、『カクのミハタ』の「トシウチニナスコトのアヤ」にも、

同様の記載があります。

『ホツマツタヱ』だけで、漢字以前の我が国の大文明の全貌が、

わかるわけないです。『ミカサフミ』や『カクのミハタ』が、

どうしても必要です。 『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」と、わたくしがいうのは、

本当の我が国の「国学」の樹立を目指しているからです。

このところ、

女房が、『フトマニ』の私の解説文を読んで、

いたく感心しています。『新註ミカサフミ・フトマニ』(展望社)です。

自分の字で読み書きしてみると、『フトマニ』のその奥深さが解かるのですね。

 

 

「カナツキ」とは、
温かいはたらきの、4本の内の、最後の一本までが、
地中に潜って行ってしまう事を表現しているのが、
「ミ」のヲシテの文字です。

それで、寒いはずなのです。

普通の感覚に思うよりも、原理からして寒いのです。

わが国は、漢字が渡来する前の、もっと古い時代の縄文時代の前期から、

「国家」として成り立っていた、文明国でした。

この真実に、ほんとうに、気が付いて自覚が出来てくるのが、

未来に向けての、真実の一歩目です。それには、漢字以前の世界観に目覚める必要があります。

すなわち、

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の復活と、ヲシテ原字原文の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の取り戻しが基礎になります。直訳じゃ、「売国」的な構造のママです。だって、直訳でChina風に染めちゃっているのですから、ダメなのです。

 

 


子音の横棒が、地表を意味します。

子音の縦棒が、温かさの働きの最後の一本です。

地表の上は、寒いはたらきをもたらす4本の「メ」が満ちます。
皆さま、風邪などの予防に、暖をおとりになられて下さい。

    ・

なお、

「みのうちの めくりよく」のこと、

病気の予防の極意のようです。

『ホツマツタヱ』の1アヤにありました。

アワウタを朗唱するのも、役立つようです。

          ・

 

我が国の本当の独立には、

アマテルカミもお使いであらせられた、ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字の、

これを、ちゃんと、その復活が、

まずもって第一番の、いの一番です。

我が国の本当の文字と、ヲシテ時代からの本当の根本の伝統の文章を取り戻してからが、

ちゃんとした、階段の一歩になります。

それまでは、

「対処療法」的なことで、漢字の直訳の亜流の風下での位置に甘んじているだけで御座います。

こういった意味で、

どうしても、

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、の現代復活を、

わたくしは目指しています。なにしろ、記紀の原書なのですから。

つまりは、2000年来からのChinaの陰謀に、

もう、騙されないように出来得るのは、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」が有りてこそ、

それも、原字・原文での取り戻しが出来てこそです。

それが出来ていない人は、「又聞きちゃん」の「マタさん」ですね。

どこが、おかしいかって言いますと、

Chinaのサングラスを通してみているから、おかしいのですね。

 

また、

世上の「常識」しか知らないのに、

折角に見つかった、我が国のタカラモノに、

まったくの検知の不可能のお人も、多いです。

この方は、こちら側の努力不足の感も否めないことも事実で、忸怩たる、

そういう思いも無きにしも非ずでは御座います。

 

でも、何百万部も売れたらからって、

その、本に込めた思いは、なかなか世間には浸透しても居ないのも、

百田尚樹本を、わたくしは、すべて見ましたけれど、まあ、そう言ったことでしょうか?

世間は広い事で御座います。

でも、

『ホツマ辞典』は、もう、類歴の販売冊数で、5000部はとっくに突破しているので御座います。

初版を1000部刷ってから、増刷も繰り返しと、

さらには版をあらためて、もう、3版目にもになっています。

とても、わたくしの力だけだとは、とてもとても思えません。

我が国の、本当の大文明なるが故です。

わたくしは、そう思います。

まじめな、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

理解は、着々と進んできていると思います、「直訳」の方式では無いマトモな路筋での…。

今日も、この間から考えていました「いさ」「いし」「いす」「いせ」「いそ」の言葉の意味も、

少々解き明かしが出来て来ました。

わがくにの、大文明って、

掘れば掘るだけ、

ソフト面での文献学でも、幾らでも出てくるんですね。すごい、大文明だと思います。

ヲシテ文字の、イメージでこそ、

 

我が国の国語の根幹が解かるのですから、本当にすごい事で御座います。

 

さらに、さらに、わが大文明のミチのおくの素晴らしさに、

わたくしは追い行って精進しております。

それが、果てしない程のすごさなのが、鳥肌立つほどの、

我が国の真実なので御座います。

だって、

「いさ」「いし」「いす」「いせ」「いそ」の意味でも、

ものすごい事だったので御座います。この内容だけで、本の一冊やそこらは出来ちゃいますね。

もちろんのことですが、

ホツマ文字と言いますか、ヲシテの文字、

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に、

記紀の原書だと、位置確認の確定作業の上、

そのことの、基盤の認識が出来ていてこその事で御座います。

なにしろ、根拠と基礎が重要の事実で御座います。

 

直訳での、意味不明の、

幻様なる、国籍不明の理解では無いのです。

8世紀に、国史として編まれ編纂・編集されたちゃんとした、

『日本書紀』のその、翻訳前の原書だと、

わたくしは、認定して、その研究成果を書籍にも上梓しております。

このごろは、ぼちぼちと、売れ行きも多くなってまいりました。

さすが、わが国は、縄文時代からの文明国ですね。

やっぱり、本物に分かるお方も多いです。

| 歴史から長寿・健康まで | 09:40 | comments(13) | - |

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